御前会議
左近と珠はルタイ皇国の御所内の禁裏にいた。
禁裏とは帝の住居で、俺達は到着するとここに通されたのである。
しかしロンデリックに言って、宮中の服を急遽作ってもらって良かった、やはり予想通りここは日本の戦国時代そっくりなのであったからだ。
それにしても珠の背中に乗り、ナッソーからここまで通常ならば4日かかる所を、ブッ飛ばして3日で来たのだ身体が悲鳴をあげていたのだが、ここで気を抜く訳にはいかない、俺はそう思って帝が来るのをただ静かに待っていたのであった。
目の前にはおそらく朝廷のトップ達が揃っている、正一位関白、従一位太政大臣、正二位左大臣、同じく右大臣、従二位内大臣、正三位大納言……全員が俺より上の官位だが、後一人は誰だ?見た所、武人の様だが……あ、目が合った。
その物静かな男性が俺に微笑み軽く会釈をしてきた、俺の会釈をして返すと大納言が話し出したのであった。
「帝のおぁなり~」
一斉に全員が平伏し、俺も平伏した。
「一同面を上げよ」
面を上げた俺は驚いた、珠から帝は300歳を超えていると聞いていて、おばば様のようなミイラを想像していたのだが、俺から見えるその手はまだ若々しい。
と言うのも、簾で顔が見えないからだ、ここも同じかよ、そう思いながら俺は違和感を感じていたのであった。
珠の父親とは言え、いきなり左近衛大将を襲名すれば文句の1つでも言いたいはずである、それを少しでも顔にも出さない所を見ると弾正の言っていたことは本当だったのか。
ここルタイ皇国は良質の鉄が全然取れない代わりに、金や銀、宝石類そしてオリハルコンが豊富に取れ、後はシルクが特産品と言う事だが、誰もが簡単に手に入る物なので国内に溢れかえっている。
そして長年鎖国していた為に、一度大飢饉が有れば内乱になり食料の奪い合いが始まる。
そこで帝が考えたのが鎖国の取り止めと、貿易と外部での訓練だ、こちらの特産品はアルムガルド大陸では全くと言って良いほど取れない、なので貿易をして稼いだお金で食料を購入し、力の有り余った侍を大陸で暴れさせガス抜きをすると言うのが方針だった。
そしてこの者達は交易商人の任命権を持つ者達だ、おそらくはその利鞘の何割かを懐に入れて、私腹を肥やして尚且つ食料には困らない、暴れる侍もいなくなる、良い事ずくめで俺は金の卵を生む鶏と言った所なんだそうだ。
気にくわないが、今は精々利用してやる。
「で、此度の火急なる要件とはなんじゃ?」
大納言が帝の言葉を言った。
まぁ大納言ってこんな帝の言葉を通訳する人だから仕方がないけど、めんどくせえ。
俺は帝達に事態の説明をしたのであった、するとその場の全員の顔が引き締まったのであった。
そして、暫くすると帝が大納言に耳打ちをして、大納言が語ったのであった。
「話は解った、ルタイの恥はルタイの手で。
しかしその黒太子を殺す事は罷りならん、その者には罪は無い、当該の者を誅せよ」
何だと?それでは黒太子が即位してしまう、義父殿との約束が果たせない。
「おそれながら申し上げます……」
「左大将殿、控えられよ!」
内大臣が叫んだのだが、帝はそれを制して自らの言葉で語りだした。
「左大将よ、この度の事は全てが悪では無い、だがセレニティ帝国がその者を即位させるか、廃嫡するかは帝国の意思じゃ、そこに我等の意志が入ってはいかん」
帝よ甘い甘過ぎる、ここで禍根を残すと後々に厄介な事になるが、しかしここは納得するしか無いようだ。
「……畏まりました、我等は手を出さずに、帝国の意思を尊重します。
そこで重ねてお願いが御座います、あの地を平和にするためにも至急ナッソーに援軍を頂きたい、あの地を失うとルタイ皇国の交易が安全に出来ません!」
「……解った、右大将、至急に送れる兵力はいかほどじゃ?」
「はっ!神楽隊1千5百、忍1百、騎馬武者3千、徒武者8千の計1万2千6百で御座います」
そんなに行けるのか?しかしこいつが右近衛大将だったのか……後で挨拶をしておこう、問題は時間だ出来るだけ早い方が良い。
「では、いつ位にナッソー迄、来れますか?」
「そうですね、我が軍の侍には職業が勇者の者が多くいます、ナッソーに行ってる者も然り。
その者達の空間転移とアイテムボクッスのスキルを使えば、数日でナッソーに兵糧と共に送れるでしょう」
何だと?侍って勇者が多いのか?って事は俺が発見する以前からルタイ皇国は勇者の条件を発見していたのか?
「その通りです、我が皇国は遥か昔より発見しております」
…………?こいつ俺の心を……
「はい、聞こえていますよ。私のユニークスキルは天話、他の人の心の声が聞こえ、また話せるのです」
「左大将、右大将!私語は慎みたまえ!」
(ほら見ろ、怒られたじゃないか、どうせこの声も聞こえているんだろ?)
俺が心の中で思うと、右近衛大将はウインクで答えたのであった。
ここで俺の悪戯心に火が付き、俺は心の中で歌ってみた。
(たんたんタヌキの金●~風も無いのにぶ~らぶら。)
「ブフォ!」
「これ右大将!何を吹き出しておるか!」
「す、すみません……」
やはり、こいつの心の声が聞こえるのは本物か。
(本物ですよ!止めてくださいよ、変な歌を歌うのは!……とりあえず後で話しましょう帝の御前です……本当に歌うのは止めてくださいよ)
(……振りか?それはやってくれと言っているのか?)
(違いますよ!……スキル停止しておきます)
(たんたんタヌキの金●ぁ~風も無いのにぶ~らぶら)
「ブフォ!」
「これ右大将!御前であるぞ!」
やっぱり内大臣に怒られた。
「す、すみません少し風邪気味で……」
上手いなその切り返し。
「……そうか養生せい」
「はっ、ありがたく」
(また怒られたじゃないですか!本当に切りますからね。)
(……たんたんタヌキの金●ぁ~、風も無いのにぶ~らぶら)
……アイツ本当に切りやがったな、まぁ良いこれで心を読まれることが無くなった、俺の勝利だ……またつまらぬ者を切ってしまった。
こうして俺が右近衛大将と遊んでいる間に、帝は何かを決めたかの様に話し出したのであった。
「左大将よ、交易が出来る国を増やす事は出来るか?」
「今の所はザルツ王国と……セレニティ帝国には伝が御座いますが、この両国は既に100年以上も戦をしていて仲が悪いので、どちらかと交易しかできないでしょう」
「……その両国をまとめろ」
「え?」
「その両国の戦を終わらせて、仲良くさせろと言っておるのだ、これは交易拡大が目的だ。
出来る事ならその両国と同盟も結びたい、その様にしろ」
無理だ、無理だ。
簡単な事じゃ無いぞ、長年憎しみ合っている両国をまとめるなんて、そんな事出来るはずがない。
……断ろう。
「はっきり言って無理で御座います、両国の溝は深く納得しません」
「我がルタイ皇国の武威を示せばよい、その為に今後の左近衛府はアルムガルド大陸に置き、国内は右近衛府が担当する、兵力も資金も欲しいだけやろう」
「さすがは帝、素晴らしいお考えで御座います!」
太政大臣が絶賛していた。
「良いな左大将よ、これは勅命である!」
関白がこちらに凄みながら言った。
……待てよ魔族とこれで同盟も夢じゃ無いぞ、来月に会うんだしなんとかなるかも。
「……解りました、ただし条件が有ります、魔族の国のガルド神魔国……これとも同盟を結んでも?」
『バカな!!』
これには帝以外の全員が叫んだ、やはりここも魔族は天敵なのか?
そう思っていると帝が思わぬことを言い出した。
「良いだろう、許可する。
かの鬼母神もその昔は魔物であった、だが御仏に出合い心を入れ替えて仏に支える者になったのだ、魔族と言えども例外ではあるまい」
「それと最後にご忠告が有ります、交易品に武器や防具、そしてオリハルコンは入れてはいけません、我等の優位性が失われ帝の目的も達成出来ません」
これは弾正の言っていた事だ、ルタイ皇国は良質な鉄が出ないので代わりにオリハルコンで武器や防具を作る。
その結果、偶然にもルタイ皇国の武器や防具はどの国よりも、強い物となったのだ、交易で売ってしまえば他国の兵士が強くなってしまう原因になってしまうのだ、こんな優位性を捨てるなどバカのすることだ。
「解った、その品はご禁制としよう」
「ありがとう御座います」
「最後に右大将よ、今の左大将の配下に我等の武器や防具を支給してやれ」
「はっ、ただちに!」
「左大将よ今日は楽しかったぞ、また何か有れば気軽に来てくれ」
そう帝が言うと皆平伏し帝は出ていったのであった。
帝が出ていった後で他の者も出ていき、俺と珠と右大将の3人になったのであった。
「いやぁ本当にまいりましたよ、まさかあそこで笑いを取りにくるとは思いませんでした。
申し遅れました、私は橘 右近衛大将 正成と申します」
「俺は島 左近衛大将 清興だ、こっちは娘の珠」
「よろしく」
「しかしあの歌は焦りましたよ、こんな場所で笑わせにくるとは……とにかく国外は左大将殿、国内は私となりましたね」
「その事だが……」
「えぇ私も考えましたが、我がルタイ皇国は仏教と神道の国家です、下手に大陸に手を出したら、反感を買うかも知れません、ただ我等も食料問題と内情不安を抱えていますので、引き下がる訳にもいかないのが現状です」
「……そんなに酷いのか?」
「えぇ……何年かの周期で天変地異が起こり、その都度国は乱れました。
人は……人は生きていく為には、何かを食さねばなりません、その為に略奪等が流行り、それにともない盗賊が増え、それを討伐する侍……本来民を守る筈の侍が、盗賊に為ったとは言え民を殺めねばならないなんて。
その中で初陣を飾った者が職業が勇者と為った事が発覚し、勇者の条件、初陣で盗賊を討伐し人を助けると言う事が発見されました。
話しは反れましたが、正直この国は帝の治世により人口が増えすぎました、食料の供給が追い付かないのが現状です」
「人は衣食住足りて礼節を知ると言う、その様な状態では仕方がないさ。
それにしても……今回の左近衛府の話しはもしかして、口減らしも兼ねているのか?」
「さすがは左大将殿、我等はその様に考えていますが、帝は純粋に大陸の平和を願っているみたいです……純粋なんですよあの御方は」
「そうか、右大将殿がそう言うならば本当だろう。
しかし、そんな食料事情ならば、兵糧はこちらで用意しようか?もちろん費用は持ってもらう事になるが」
「正直助かります、資金はあっても物が無ければお金など無用の長物なので。
しかし此度の勅命……あれは難しいでしょう」
「……何をしても良いとなれば、何かしらの方法がある……だがルタイ皇国が恐怖の対象になるやも知れんが、どうする?」
「致し方ありません、帝は武威を示せと言われました……まさか焦土戦をするつもりですか?」
「さすがだな右大将殿、圧倒的な強さで1つの都市を皆殺しにすれば、今後我らに逆らう者も少なくなる。
だが余計な敵を増やす恐れも有る紙一重の戦術だ、やって良いか?」
「私に断りは要りませんよ、私は右近衛大将で貴方は左近衛大将、国外の武士団の最高司令官で御座います。
私は本国から補佐するだけで御座います」
「解った、何とかしてみよう。ではそろそろ戻るよ、珠行くぞ」
「はい」
そう言って立ち上がると橘 右近衛大将が言った。
「左大将殿、次回からはあの変な歌は止めてくださいね」
「それはやれと言う振りだろ?解ってるよ委せておけ」
「全く貴方って人は……本当に楽しいお人だ」
「俺もだ右大将殿、今度ナッソーに来てくれ酒でも馳走するよ」
「解りました、必ず行きますよ」
「あぁ必ずだぞ、温泉に浸かりながら一杯といこう」
そう言って俺はナッソーに空間転移を使い移動したのであった。
「本当に楽しいお人だ……プッ」
橘 右近衛大将は思い出し笑いをしながら笑顔になっていたのであった。
久々だなこんなにも楽しい気持ちは、いつ以来だろうこんなにも楽しかったのは、まるで曇った空を吹き飛ばす風の様なお人だったな。
そう思いながら橘 右近衛大将はナッソーに送り込む兵士の準備を始めたのであった。
後にこの二人は親友となり、ルタイの両翼と呼ばれるのであった。
左近がルタイ皇国から戻った翌日。
ザルツ王国のゲハルト国王の元に山城屋 宗達が訪れて貢ぎ物の品や親書を渡しに来ていた。
玉座の間に来ていた貴族達は、その見事な貢ぎ物の品々に驚きの声を隠せずにいたのだが、ゲハルトの表情は少し険しかった。
それもその筈である、宗達が親書を直に手渡したいと申し出てきてゲハルトは許可をし、内容を読むとそれは左近から自分宛の手紙だったのである。
内容はこうであった。
「至急お話ししたい議が有り、本日の夕方王都レンヌに在る、エルと言う店に護衛は一人だけで来られたし。
なおこの事は必ず極秘で頼みます、貴国の存亡に関わりますので」
そう書かれていたのであった。
左近からこんな形で連絡を取って来るとは余程の事である。
特に最後の貴国の存亡に関わりますのでと書かれていた、これは由々しき事態である、しかも内密にとは一体何なので有ろう?
そんな事を考えていた為か、ゲハルトには宗達の言葉が耳に入って来なかったのであった。
その日の夕方、ゲハルトはセルゲンの案内でエルに向かって行ったのであった。
セルゲンもゲハルトから
「エルと言う店を知っているか?知ってるならば連れて行ってくれ」
と言われて連れてきただけなのであった、しかも護衛は自分一人で他の者はいない。
しかも場所は会員制の高級ブランドショップだ、こんな所に何の用かと思いながらそのドアを開けると、一人のエルフの女性が店にいたのであった。
この女性はマルディの部族の娘でエルマの代わりに店番をやっていた、当のエルマはと言うと、現在はナッソーの別荘でゴロゴロ中であった……単にサボりである。
「いらっしゃいませ、ようこそエルへ。お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
そう言って店番をしていたエルフの女性はゲハルト達を2階の一室に案内したのであった。
「こちらの部屋にお入り下さいませ」
そう言って案内された部屋にゲハルト達が入ると、中に居たのはセシリー1人だけであったのだ。
「そなたは確かスターク子爵の……」
「お久しぶりです陛下、セシリーで御座います」
そう言ってセシリーは貴族らしくスカートを摘まみ、お辞儀したのであった。
「おお、そうじゃセシリーじゃ、息災であったか?」
「お陰様で……陛下、こちらでご主人様がお待ちで御座います」
何を言ってやがる、そう思いながら言ってセシリーは空間転移を発動させたのであった。
「これは?」
ゲハルトは初めて見る空間転移に驚きながら聞いた。
「もちろん空間転移のスキルで御座います、この事は……」
「他言無用で有ろう、解っておる」
ゲハルトは、かなり口惜しかった。空間転移を使用出来るのは職業が勇者の者だけである、と言う事は自分の方針でむざむざと勇者を手放した事になる。
もしもあの時に、援軍を無理にでも出してスターク子爵家を助けていれば、セシリーと言う勇者はザルツ王国専属の勇者となっていたはずだったのだ。
勇者は対魔王でも強大な戦力となるが、それは戦の時でも同じである。
結果論だが、ゲハルトはその強大な戦力を自ら捨てて、更にはその事に対して恨みも持っている。
あの時の自分をぶん殴ってやりたくなっていた。
「さ、どうぞ。中で、ご主人様がお待ちで御座います……そうそう、姉のセシルもこのスキルは使用出来ます」
「そうか……」
ゲハルトは内心怒りに心を震わせていた、もちろん自分に対してであるが。
自分の選択で2人もの勇者を捨てるとは、何と愚かな事をやったのか、唯一の救いは今は左近の奴隷であると言う事だ。
左近の許しが無ければ、この双子の姉妹は王国に歯向かっては来ない。
左近とはルタイ皇国との繋がりが欲しくて、友人になってくれと言ったがこんな所でもそれが効いてくるとは。
ただ左近は何を考えているのか解らない、ルタイ皇国の左近衛大将の筈なのに、傭兵をやっている。
アルム砦を攻め落としたと思いきや、リリアナの命は助ける、しかし騎士団の騎士達は奴隷として騎士団の被害にあった村や人々に売り飛ばす、目的のよく解らない存在だったのであったのだ。
セシリーの方は自分達を見捨てた国王に対して精一杯の嫌味を言ってやり少しだけスッキリしていたのであった。
「こちらです」
そう言ってセシリーの案内で外に出るとそこには、今まで見た事が無い家が建っていたのであった。
これはルタイ皇国の建築物か?だとするとワシはルタイ皇国迄移動してきたのか?そう思っていると玄関にはゲハルトの知っている女性が待っていたのであった、アイリスである。
「お待ちしておりました陛下、こちらへどうぞ。あ、靴はこちらでお脱ぎ下さいませ」
そう言ってゲハルト達は靴を脱ぎ中に入ると、そのまま囲炉裏の間に通されたのでたのであった。
「久しぶりですねゲハルト、まぁこちらにお座り下さい。護衛はセルゲン殿でしたか、貴公もさぁお座り下さい」
左近にそう言われて、二人は囲炉裏の回りに座ったのであった。
目の前には初めて見る、老兵と騎士の様な男、誰だ?服装はルタイ皇国の着物を着ているが。
そんな事を考えながらゲハルトは左近に言われて、座ったのであった。
ゲハルト達が座ると、左近が二人の紹介を始めたのである。
「こちらの男性は、藤永 弾正少弼 久道、ルタイ皇国の侍で御座います、今回は……まぁ簡単に言うと帝の言葉をちゃんと伝えるか、俺の監視役ですね」
「藤永 弾正少弼 久道で御座います」
藤永弾正は礼儀正しく、頭を下げた。
今、左近は帝の言葉を伝えると言った、これは密書にも出来ない、極秘中の極秘の話なのか?
そう思っているゲハルトであったが、左近の次の言葉が衝撃的であった。
「次にこちらの御方は、私の義父殿でもあります、セレニティ帝国の聖導騎士団のエリアス・ノイマン殿で御座います」
「何だと!」
思わずゲハルトは声を荒らげると同時に、セルゲンは剣の柄を握ったのだが、セルゲンの背後にアイリスの殺気を感じ動くことが出来ずにいた。
「止めんかアイリス!」
そのエリアスの言葉で、アイリスの殺気が消えてセルゲンも剣から手を離したのであった。
「では紹介の続きを始めます、こちらがザルツ王国国王ゲハルト・ホーコン陛下で、そのお隣が親衛騎士団の団長セルゲンさんです」
「エリアス・ノイマン殿、貴公の武勇はザルツ王国にまで届いておる、まさかアイリス殿の父親とは……これであの強さの秘密が解ったわい、ハハハ!」
ゲハルトは笑いながら言い、そのおかげで場の空気が少しだけ和んだのであった。
「あの強さ?まさか娘が何かやらかしましたか?」
「そこの左近とザルツ王国の王宮で王女騎士団と、やり合いおっての……結果は二人の勝利だ」
ゲハルト、それは言ったらイカンだろう!ほら、義父殿が「うちの娘になにさらすんじゃい!」って言いたそうな目をしてるじゃないか。
「とにかく早速ですが本題に入りましょう、先ずはゲハルト、義父殿の話を聞いて頂きたい」
こうして左近は何とか誤魔化して本題に入り、エリアスが聖導騎士団の壊滅した話をしたのであった。
「その話し、ワシがフランド辺境伯から聞いた話しと違うな……フランドはイフの村近くで聖導騎士団の奇襲を受けて見事撃退したと聞いたのだが?」
「それは嘘で御座います!我等が奇襲などするはずも御座いません!」
ゲハルトの言葉にエリアスが必死で反論した。
だがその事で俺は1つの確信を得たのであった、もしもフランド辺境伯が聖導騎士団の情報を得て、攻撃したのならば、堂々とゲハルトに報告すれば良い。
では何故にゲハルトに偽の経緯で報告したのか?それは本当の事を隠したいが為。
では何を隠したいのか?隠したい事は、この流れでは1つしか無い、セレニティ帝国とフランド辺境伯が繋がっているという事だ。
ただ、これは義父殿の話が本当であればの話だ。
だがママとフンメルの話しでは、昨日ママの元に暗殺者がやってきて命を狙われたらしい、そして暗殺者の脳から直接情報を調べた所、命令は帝国の宰相が出した事が解っている。
限り無くこれは俺の説が正しい事になる。
ただ、帝国の宰相がここまで見越してフランド辺境伯を嵌めようとしている可能性もある、俺の情報ではそこまでフランド辺境伯の影響力がザルツ王国の内部で大きいのだ、俺ならここまで徹底してやるだろう。
ただ驚くのは、ママの職業が魔糸使いと言われる職業だったと言うことだ、報告を聞いた時はえげつない職業だと思ったよ。
「今回は、貸しにしておく」って言っていたのが怖いけど。
「ではその証拠は?これがもしも帝国の策略で、ワシがその情報に乗せられてフランド辺境伯を処罰すれば、王国内で最大の兵力を持つ貴族を失う事になり、帝国にとっては都合が良いことだろうな」
ゲハルトの言う事も納得できる、帝国の騎士の話しと自国の貴族の話しでは、自国の貴族を信じるのが当たり前だ。
「そ……それは……」
義父殿もその事を解っているのか、反論は出来ない様だな、ここは助け船を出すか。
「ゲハルト今回の件は、義父殿が嵌められたのは事実でしょう。
現に私の妻のアイリスは、義父殿が帝国を裏切った罪で死刑になる所を、皇太子の恩情で命だけは助かり、奴隷として売られました、私がアイリスを助けたのは全くの偶然で御座います。
それにもしも帝国の言う事が本当で、義父殿が裏切ってザルツ王国に行ったのならば、ゲハルトに報告が届き、またそれを宣伝する事で、帝国の戦意を挫く材料にもなりえるこのチャンスを握り潰すなんて有り得ないでしょう。
まぁフランド辺境伯が無能ならばするでしょうが」
「左近よ確かにそうだが、奇襲の様な不名誉な事をやった……その事実を隠蔽する帝国の工作だったとしたら?」
「なるほど、そう言った考え方も出来ますね。
しかしそれならば何故、義父殿はザルツ王国経由でここまで来たのでしょうか?奇襲は不名誉な事と言われましたが、何故その奇襲の事を、帝国が知っているのでしょうか?もしも生き残って帝国に戻った者の証言なのであれば、その者が出てこないのは変な話ですし、揉み消すのならばアイリスに反逆罪で死刑判決は出ません。
それに騎士団が壊滅すれば、本来でしたら騎士は、帝国に逃げるはずです。王国経由で、ここまで来たのも、帝国だと更に罠に嵌められる可能性を考えての事では無いでしょうか?
義父殿は、他の皇太子の死因を以前より内々で調べておられました、戦死や事故死そして病死……因みに戦死とありますが、討ち取ったのはどなたで?」
「フランド辺境伯だ……まさか?」
「そうすると、かなり前から繋がっていた可能性が有りますね、ただこれはあくまでも、推測に過ぎません。
証拠は無いのですから……ただ、もしもこの説が正しい場合は、代償はゲハルト……貴方の命で支払う事になりますよ」
「……なるほど、まだ完全に信じた訳では無いが、内偵捜査をしてみよう、その疑惑を晴らすのに良いかもしれん。
ただ、フランド辺境伯はわが国の貴族でも一際強大な戦力を有しておる。
左近の説が正しいならば、対処しきれんかも知れん……」
ゲハルトは内心どうするか悩んでいた、フランド辺境伯を討伐するにもその間に確実に帝国が攻めてくる、王国最大の兵力と帝国軍の2つを相手にしては負けるのは必定。
この状況を如何に打開するのか考えて見たが、思い付かない。
この話が真実ならば最早自分は詰んでしまったのである。
そんな事を考えていた時に、左近が話し出した。
「そこでですゲハルト、我がルタイ皇国と同盟を結びませんか?」
ゲハルトは意味が解らなかった、既に同盟を結び交易をやっている筈なのだがと思っており、そこには援軍の考えが抜け落ちていたのであった。
それもその筈、ルタイ皇国は今まで海を渡った事が無い、完全に専守防衛に撤していたからであり、それはこの世界の常識でもあったからだ、今回の交易の話しでもゲハルト達にとっては奇跡に近い事である。
しかし次の左近の言葉はその常識を覆す事であったのだ。
「条件は有りますが、軍事同盟を結びましょうと言う事です、これは帝の意思でもあります」
「何だと?確かに武士団の武力は伝説となっているが……その条件とは?」
「連合を作りましょう、そしてその連合にセレニティ帝国、更にはガルド神魔国に入って貰う事です」
『有り得ない!』
これには思わず藤永弾正以外の全員が叫んだ。
「左近よそれはいくらなんでも、無茶苦茶だろう。
セレニティ帝国は我等ザルツ王国の永遠の敵だ、そしてガルド神魔国は人類の……いや、生きるもののすべての敵だ、皆が納得するはずも無い!」
「そうだ婿殿、魔族は我等の永遠の敵であるぞ」
本当にどいつもこいつも……
「そんな事をいっているから2度も負けたのだ!」
そう言って俺は床を殴り付けたのであった。
「何故2度も負けたのか解りますか?2カ国を同時に攻めて負けたのですよ、ならば次は何故1国だけを狙わないのですか?何故魔王の事を調べて対策をとらないのですか?このままなら次も負けは必定。
そこまで貴殿方は無能なのですか?それならばこの話しは無かった事にしてください、近々有ると言われている遠征軍、それが終わった後で疲弊した国々を我等ルタイ皇国が平らげて行きましょう」
「それは世界を敵に回すと言う事か?」
「世界?ガルド神魔国は味方になりますよ、何故今までその2カ国が、遠征軍を撃退してこちらに追撃してこないか、理由が解りますか?」
その事は皆が答えに詰まったのであった、何処の国も攻められると思い、情報を収集していたからだ。
攻める時は情報を収集していなくて、守りに入ると急いで情報を収集する、全く馬鹿げた話しではあるのだが、それは彼等の宗教が関係していたのであった。
教会や神殿やモスクが神の御加護があるので、負けるはずが無いと言えば皆がそれを信じ、無闇に突っ込み負け、自分達のバカさに気が付き情報を収集し守りに入る。
しかしその事をすぐに忘れて、情報収集を怠り神の御加護を信じる、全く馬鹿げた話だが、その馬鹿げた話が繰り返されていたのであった。
しかし直後の情報では毎回ガルド神魔国がメギド魔皇国に攻め込んで、その為に他国に攻め込むことが出来ずにいたのである。
「まさか我等の所に攻め込ませない様にわざと攻めたと言うのか?」
ゲハルトは信じられない表情になっていたのであった。
しかし左近の言う事が本当ならばどうする?2度の遠征軍を打ち負かした新魔国軍、更には伝説の武士団、これが味方になるのをみすみす見逃すのか?それだけじゃ無く最悪の展開はこの両国を敵に回し、更にはフランド辺境伯が本当に帝国と繋がっていたら?そこには滅亡の二文字しか無い。
また自分はスターク子爵の双子の様に後で後悔するのか?あの時の自分の考えは完全に驕りであった。
何故、自分達が子爵ごときを助けねばならん、おばば様にあれほど言われたのに無視をして見殺しにした。あれからだったな、戦でも連敗し領土をかなり失ったのは……それと同じ事をまたするのか?少なくとも左近は徹底した現実主義者だが、自分の事を気にはかけてくれている節がある。
その救いの手を振りほどき、自分はまた愚かな選択をするのだろうか?
そう思ったゲハルトは、覚悟を決めたのであった。
「解った、その話しに乗ろう」




