『二匹のテディベア』
時刻は夜0時を回った。
雪の降る25日。俗にいうホワイトクリスマスに、町中に溢れるカップル達は大はしゃぎだ。
しかし、そんな事とは一切無縁なとある家の出来事である。
二階。自室の扉に耳を張り付けて息を殺す少年がいた。ネズミ一匹の動きでも察知出来そうなぐらい神経を集中させ、廊下の方へ注意を伺う。
家にある時計が日付変更を告げるサウンドを鳴らしてから、胸の高鳴りが止まらない。丁寧にラッピングされた正方形のプレゼントを握りしめている。
25日となって5分後。まだ、来るべき人は姿を現さない。
少年は一度、気持ちを落ち着けようと扉から身を起こし大きく息を吸った。強く、めいっぱい息を吸い込んで静かに吐いていく。それで少しは気持ちの落ち着きはしたが、以前として胸の高鳴りは収まることを知らずに暴れまわる。
「そうだ。もう一回、言うことを確認しよう」
少年は来るべき人に言わなければならない事があったのだ。頭の中で話すべきフレーズを思い出す――その時だった。
タンッと階段を登る足音が聞こえた。
少年は息を呑む。驚きの余り、目を見開く。
――聞き間違えか?
そんな自問自答の答えより先に、答えが返って来た。タンッ、タンッと足音が階段を登ってくる。
――来た!!!
階段を登り切ったのを確認してから、少年は意を決して扉を強く引いて廊下へと飛び出した。
「あら」
「なんだ、まだ寝ていなかったのか?」
そこにいたのは少年の両親だった。少年の突然の登場に、咄嗟に背中へ何かを隠した二人だったが、それをめざとく察知出来る程、少年の方にも余裕が無かった。
「パパと、ママだったのか……」
そう言えば、両親は下でテレビを見ていたのだった。『来るべき人』であるはずが無い。
「おや、そのプレゼントはどうしたんだい?」
優しいパパの言葉に少年はしどろもどろに答えた。
「これは……」
それは、少年の唯一無二の妹のためにクリスマスの前日に一人で買いに行ったものであった。他の同年代の子供に比べても格段に大人しい妹は、年齢が幼いのもあってほとんど口を開くことはない。両親はもちろん、少年に対してもほとんど口を聞くことはないのだ。
「だから……サンタさんも、何をあげたら良いのか分からないだろうと思って」
「サンタさんが?」
しかし、少年は妹が生まれてからずっと一緒に暮らしてきたのだ。妹が見せる些細な仕種で、どんなことを思っているかなんて容易に想像がつく。
少年は言う。「妹と共に過ごしていないサンタさんには分からない」と。
少年の瞳には確固たる自信があった。十二月上旬のあの日、妹は大型ショッピングモールのぬいぐるみコーナーの一角で、テディベアをじっと見つめていたことを。
「だから、僕が代わりに買ったの」
大事そうに握りしめる真っ赤にラッピングされたプレゼントには、お小遣いを叩いて買った小さなテディベアが一つ入っている。それを両親に見せる。
「お前は良い子だな。自分の妹が欲しい物が無かったら悲しむかもしれないから、自分で考えて、買ってきたんだね?」
「……うん」
「そうか。偉い、偉いぞ! パパからサンタさんにちゃんと言っておいてやるからな。安心しなさい」
「本当!?」
「えぇ、本当よ。だから、今日はもう遅いから先に寝ましょう?」
「あ、待って。このプレゼント、置いてきて良い?」
「あぁ、いいとも。でも、起こさないように、静かにね」
ママと手を繋ぎ、妹の部屋の扉をソッと開く。忍び足で気付かれないようにこっそり近寄る。
ベッドでは眠り姫のように、静かに眠る妹がいた。可愛らしい顔は、寝顔も可愛らしい。少しだけその顔を堪能してから、妹の枕の隣にプレゼントをゆっくりとおいた。
再びゆっくり廊下に戻ってきて、妹の扉を物音を立てぬように閉めた。
「さぁ、それじゃあ寝ましょうか」
「……うん」
一仕事を終えた疲労感からか、途端に眠気が襲って来る。目を擦りながらベッドに入り、ママも「寝ちゃうまで、隣にいるね」と添い寝をしてくれた。
ママの温もりに抱かれ、少年は安らかな眠りについた。
翌日。
余り表情をつくらない妹が、珍しく笑顔を浮かべていた。朝、起きて来た妹は何も知らない。
「お兄ちゃん」
「ん?」
それでも、何か思うことがあったのかもしれない。
「ありがとう」
妹は、二匹のテディベアを両手に抱え、自らの笑顔を添えて言った。