#2 興味 [side光]
今回は光さんの視点から
ド平日のまっ昼間。
店に客は少なく、めずらしく俺の客は一人もいない。
バックヤードにあるソファに横になり、時給泥棒よろしくだらだらと過ごしていると他のキャストの鼻にかけた声が届いた。
「いらっしゃいませ~」
ああ、気合い入ってんな とか、こんな時間から来るやつなら誰かの客かもな とか、自分の客で今日来るって言ってたのは誰で何時頃だっけ とか少し考えたあとにソファから起きあがり乱れているだろう髪の毛を整えるためと化粧がヨレてないか確認するために鏡台に近づく。
幸い、髪も顔もいつも通りのコンディションでそのままホールに向かう。
店とバックヤードを遮る軽いカーテンを通る寸前に笑顔を貼りつけて。
「こんにちはー」
挨拶をしながら新しく来た客がいるだろう入口近くに向かうと、他のキャストが小柄な女にボードを見せながら説明している。
この店のシステムが書かれたボートだ、初回の説明を受けてるということは新規の客。
平日の昼間に一人で来る客の地雷率の高さ・・・という話で、少し前に仕事仲間と笑い合ったところだ。
「あっ。」
ボートから顔を上げた女は、俺の顔を見て固まった。
「もしかして、光さんに会いにいらしたんですか?」
もしかしなくてもそうだろう。
説明をしていたキャストの言葉に、表面上は笑顔を返しながら心の中で悪態を吐く。
「はい・・・。」
案の定その女はこくりとうなずいた。
緊張しているのか、うなずいたまま目線は下の方をさまよっている。
ここでわーきゃーテンションが上がらないところを見ると、案外マトモなのかもしれない。
「本当ですか、ありがとうございます!じゃあ、ここからはボクが席でご説明しますね。」
俺が目当てだと言うんだから、ややこしい担当制度もキャスト一覧も見せる必要はない。
さっさと席に座らせてオーダーを受けてしまえば、こいつの分の売上は俺のもの ってことになる。
「よっ、ろしくお願いします!」
落ち着いた服装に手入れの行き届いた身なりで、年食ってるのかと思ったが近くで見ると意外と若い。
店の奥にあるゆったりとした席に案内する。
いつもなら、各キャストの常連客を優先的に座らせる席だが、今日は誰も来る予定がないし一人客を店の真ん中に座らせると他の客に見られて気まずいだろうと思って使うことにした。
「この中で、どれが良いですか?」
まず最初に"お飲み物をお伺い"することになっていて、このへんの聞き方はキッチリとした丁寧なマニュアルがあるけどそんな堅苦しい聞き方してたんじゃ客はいつまでたっても打ち解けないので、ラフな口調で尋ねることにしている。
「えーと、えーと・・・。」
10種類もない選択肢にさんざん迷ったあげく、そいつはウーロン茶を選んだ。
指定されたそれを氷の入ったコップに注いでストローを差し、盆に乗せて席に向かう。
「はい、どーぞウーロン茶です。」
「ありがとうございます。」
テーブルの上にコースターを置いてコップを置き、一緒に使い捨ての紙おしぼりとクッキーとチョコレートが2~3個ずつ乗った小皿を置く。
「カフェでも、バーみたいにおつまみ出て来るんですね。」
変なところを気にするやつだな、と思う反面、あんまりこういう場所には来たことがないんだろうとその言葉で想像できた。
「うちの店、昼間はカフェで夜はお酒も出すバーになるんで、その流れですかね。」
平日の一人客は~、なんて思っていたが、遊び慣れていない本当の初心者はら話は別だ。
しっかりと教育して、俺の良い客になってもらえば良いんだし。
「お名前はなんて言うんですか?」
「イオリ・・・伊豆半島の伊に、織るで伊織です。」
ゆったりとした落ち着いた口調で、流れるように漢字まで説明される。
「綺麗な名前ですね。」
どんな名前の人にでもだいたい言ってる台詞を繰り返す。
「ありがとうございます。でも、光さんの名前の方が綺麗だと思います。」
そのとき、初めてそいつがしっかりと目を合わせ、まるでまぶしいものを見たときのように目を細めて、でも嬉しそうな顔で笑った。
「そう・・・です・・・か。」
あまりにも素直に褒められたので、一瞬返す言葉を失ってしまう。
「ユーチューブでたまたま光さん動画を見て、名前を見たとき"名は体を表す"ってやつだなあと思いました。」
「動画を見て、今日来てくれたんですか?」
「はい、それで光さんのことを知って・・・。」
宣伝活動の一環だ、ってことで人気の踊ってみた というのを覚えさせられてアップしたことがある。
動画を見た常連客には大ウケだったけど、本当にあの動画でやって来るやつがいるとは思わなかった。
「光さんを生で見たいと思って、来たんです。」
実際に見ると、動画や写真よりも可愛いし、声も生の方が綺麗で・・・とベタ褒めされて悪い気はしない。
「ところで伊織ちゃんは、普段何してるの?学生?」
女の客をちゃん付けで呼ぶのは、距離感を縮めるためのいつもの手だ。
それに身なりからして、学生なワケないと分かっていても、学生かと言われて喜ばない女はいない。
「在宅ワークみたいな感じで、仕事してます。」
そのどちらにも特に嬉しそうなそぶりも見せず、自分のことは淡々と話す。
ちょっとニブい女なのか、それとも俺に興味が薄いのか・・・。
「在宅ワークっていうと、パソコンとか?」
「はい、そんな感じです。」
店にまで来て興味が薄いってことはまずはず。
気をつかってはいるんだろうが、こいつが俺の顔や体をしっかりと観察してるのを感じる。
そもそも強い興味がなければ、わざわざ男の娘カフェに初めて来たりしないだろう。
「仕事以外は、何か趣味とかは?」
「趣味・・・は仕事、みたいな感じで、ほぼいつでも家で仕事してます。今日の外出も久しぶりで・・・。」
「いつもは遊びに行けないくらい忙しいんだ。」
外出が久しぶり、という言葉にひっかかりながらもなんとか話しをつなぐ。
そうすると、そいつは笑顔を浮かべたままふるふるを首を振って見せた。
「外に出るのがめんどくさいんで、家の中でやることもなくてずっと仕事してるんです。」
なんだ、ふつーっぽいと思ったけどどっかズレてるなと思ったら、半分引きこもりみたいなもんか。
やることなくて仕事 ってことは他にこれといった趣味もない、っていうことだろうし、かなり変わっている。
「そっか、今度からは時間が開いたらいつでも来てね。」
そんなこと考えてるなんて微塵も感じさせないよう、笑顔を貼りつけて答える。
「えっ!い・・・いいんですか?」
今までそんなに大きく揺れておらず(俺のこと見てニヤニヤはしてたけど)比較的落ち着いていたそいつが、目を丸くする。
客商売なんだから、また来ていつでも来てと言うのは当たり前なことなのに、それがとても嬉しいらしく信じられないというような表情で頬を手で覆っている。
「また動いている光さんを生で見られる・・・!」
どうやらこいつの中では、俺がこいつに何かをして欲しいとかそういった感情じゃなくて、ただ観察しているだけで幸せだ ってことらしい。
飴玉を手の上に乗せてもらった子供のように、嬉しそうにするそいつを見てまんざらでもないと思っている自分がいた。
客に好かれるのはこの商売上大切なことだけど、それぞれの欲望とか嫉妬とか身勝手な感情に振り回されるのにウンザリしていた俺にとって、伊織が向けてくる、『リンゴが好き』とか『空が綺麗』みたいなものに似た見返りを求めない素直な好意が心地よかった。
男の娘カフェには行ったことがないので、あくまでイメージです。