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第22話 アムステルダムの夜警

「ファン・ライン、準備はできたか?」


 ヘラルトが扉から覗き込んで聞く。

 ファン・ラインは薄暗い部屋で一人、着替えをしていたところだった。


「もう少し待ってくれ、こんな仰々しい格好には慣れていないんだ」


 ヘラルトはズカズカと部屋に入り込み、近くの椅子を引き寄せて座り込む

 彼自身は既に着替えを済ませていた。



「知ってるよ。だけど俺たちの晴れ舞台だ、それなりの格好が必要だろ。その服だってサスキアが用意してくれたんだろ? 出来た嫁さんじゃないか」


「からかうんじゃない、それよりもちゃんと警備計画は頭に入れたのか?」


 ヘラルトはニッと笑って頷く。



 狼男事件の終結から5年が経ち、ファン・ラインら工房のメンバーを取り巻く環境も随分と変わった。


 オランダも未だ独立には至らず、戦争は相変わらず続いてはいたが、新教徒軍は優勢を保ち、オランダもブレダ奪還により独立までの道のりを確固たるものにしている。

 アムステルダムの街も以前より活気に溢れ、オランダという国全体が繁栄を享受している。


 ファン・ライン自身は事件の翌年にサスキアと結婚した。


 絵描きも工房も未だに続けているので生活に大きな変化はないが、名家の娘と結婚したということでファン・ラインの名も知られるようになってきており、工房の家計も順調になってきている。

 状況は良くなっていると言えるだろう。



「それにしても皮肉なモンだな、お前がクックの後釜に座るなんて。いくらフレデリック・ヘンドリックの命令だからって、こんな茶番はないぜ」


「たとえ茶番でも、やらなきゃならない事だってあるさ」


 今度はヤンが姿を現し、部屋に入ってきた。

「外国の要人が訪問先で暗殺でもされれば重大な国際問題になる。光栄な仕事ではあるが、責任重大だって事を忘れないで欲しいな」


「別に光栄だなんて思っちゃいない。ただやる事をやるだけさ、あんた自身だって、どうせそのくらいにしか考えていないんだろ?」

 ヘラルトはだらしなく椅子に背を預けて言う。

「それよりファン・ライン、さっさと着替えちまえよ。そのみょうちきりんな襟にいつまで時間をかけるつもりだ?」


 ヘラルトが言うのは、サスキアが用意した服に付いている少々大げさな感のあるヒダ付きの襟のことである。

 ファン・ラインはそれを装着するのに手間取っていた。


 それを見かねてヤンが手を貸した。

「見せてみろ、全く子供じゃないんだから…… そら出来た。後はその飾り帯を忘れるなよ―― それじゃあ行くか」


 揃って部屋を出ると、ロビーでは工房のメンバーが支度を終えて待っていた。

 全員が正式な軍装に剣を帯びている。


 ファン・ラインは全員を見渡して言った。

「待たせたな、みんな。それじゃあ計画どおり、これから警備対象を迎えるため市庁舎に向かう。旗手はハーラン、お前が勤めてくれ。

 ――それじゃあみんな、行こうか」






 ヘリット・ルーデンスは当年44歳、東インド会社に所属する傭兵の一人で、現在はバタヴィアに駐留する東インド会社軍の分隊長を務めている。


 その彼がバタヴィアを離れ、本社のあるアムステルダム戻ってきたことにさしたる理由はない。

 ただ契約更新のために故国へ戻ったヘリットは、平和に過ぎるこの街で退屈しきっていた。


 彼が赤線地帯に通うのも、その退屈を埋めるためのものであり、撃ち殺すべき敵や現地人に代わる相手を探すためのものであった。


 だが今日この日、西の郊外から新教会近くを通る際、街はいつもと違う光景を見せていた。

 通りは人で溢れ、活気付き、まるでお祭り騒ぎの様相を呈している。


 ヘリットは道行く町人の一人を引き留めて聞いた。

「おい、一体この騒ぎはなんなんだ?」


「なんだ? あんた余所者かよ」

 男は一瞬、ヘリットのカタギらしくない面構えに警戒を見せる。だが質問には答えた。

「フランスからマリー・ド・メディシス王妃が来るんだ。向こうは旧教徒の国だから、新教徒びいきだった彼女は国を追い出されたらしいよ」


「ふぅん」ヘリットは気のない返事を返す。


 そういった政治的な話に興味など持ったことはないし、フランスが旧教徒の国であることも初めて知ったのだが、王妃と聞いては彼らの熱狂も分からないでもない。


 去っていく町人を尻目にヘリットは、自分も王妃とやらを見てやろうという気になっていた。


 人の流れにのって進めばいずれ王妃のいる場所に辿り着くだろうと考え、沸き立つ通りを歩き出すが、不意に流れは裏路地へと向かい、見たことのない通りに落ち着いた。


 午前中の日の光が差し込む路地には人だかりができていて、皆何かを待ちわびている様子だったが、どう見ても外国の王室の人間が立ち寄るような場所ではない。

 それでもそこには、先程の通りと変わらぬ活気があった。



 視線を上げて辺りを見回す。

 人だかりの中心はどうやら火縄銃手組合の集会所にあるようだった。


 あちこちから人の声や太鼓の音、犬の吠え声まで響き、狭苦しい路地は喧騒に満ちている。集会所の入り口付近では、おそらく兵士の真似であろう、ブカブカの軍装に身を包んだ少年が走りまわっている。



「見ろ、出てきたぞ!」


 人だかりから叫び声が沸き、集会所の扉が開いて、軍装の男たちが数人、中から出てきた。

 彼らは凱旋する兵士のような歓声を受け、ゆっくりと路地に足を踏み出す。


「おい坊主、あれは誰なんだ?」

 ヘリットは走り回っていた少年をつかまえて聞いた。


「おっさん、知らないのか? あれは警備隊長のファン・ラインだよ」

 少年は得意げに真ん中の男を指差して言う。「ほら、団長の証である赤い飾り帯を巻いてるだろ? あの黒服の人が隊長のレンブラント・ファン・ラインだよ。あの黄色い服を着た人がヤン・リーフェンス副隊長。それから赤いのがヘラルト・ドゥって人だ」


 言われるままに少年の指差す方向を眺める。


 特に何か感慨を覚えるというのでもなかったが、差し込む日差しの中で、ファン・ラインとか言う男が隣の男に何事か指示を出している、



 その光景はまるで一枚の絵画のように、いつまでもヘリットの印象に残った。


 最後までナイトウォッチ・ファン・ラインを読んでくださった方、本当にありがとうございます。


 この話はとある賞に応募したものの、落選してしまった原稿を手直ししたもので、拙い作者の拙い作品ではありましたが、たくさんの人に読んでいただけたらとつい欲が出てしまい、投稿させていただきました。正直なところ自分でも文章力、構成力、人物や心情・風景の描写、知識など、足りてないものが多すぎると思っています。

 ですが、読んでくださった方がいると考えるとすごく嬉しくて、今度はもっと力をつけて、今よりマシなものを書いてたくさんの人に読んでもらいたいと、また欲張りな事を考えています。

 そのためばかりではありませんが、もし手間でなければ読んだ感想でもいただけたら嬉しいです。別に「つまらなかった」の一言だけでも構いませんし、マイナス評価でも受け止めるつもりです。


 長くなってしまいましたが、本当に読んで下さってありがとうございました。

 またどこかで米沢九郎の筆名が皆さんの目に入るような事があれば幸いです。

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