表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/22

第20話 ヘルター・スケルター



 クックが再び反応らしい反応を示すまでに、ずいぶんと長い時間が経った。


 その間、ファン・ラインは彼から目を離すことなく、ただジッと待つ。

 相変わらず扉の向こうでは人の気配が感じられ、辺りは静か過ぎるほどに静かだった。


「君は…… わたしを殺すつもりなのかね? マクデブルグでの事を清算させるために」

 クックは目を上げて聞く。


 ファン・ラインは首を振った。

「最初の内はそうしようと考えていました。 ――いや、今でもやり方の一つとして考えてはいます。しかし私はあなたに官憲への自主を勧めたい。死をもって償わせるというようなやり方は私にとって、思わしい効果が得られるものではない」


「そうか…… 君はパッペンハイム隊長を討ち取ったんだったな」

 クックはポツリと呟くように言った。


「その通り、しかしそんな事をしたところで人間満足できるはずもない。恨みごとの対象を消し去ったところで過去は消えたりしない、でもあなたをこのまま見逃すわけにもいきません。あなたが自分のしたことの責任をとるまでは、私を納得させることはできませんよ」


「ああ、分かっているよ――」


 クックの体がグラッと横に傾き、一瞬ファン・ラインは彼が自殺を図ったのかと思った。

 だが直後に起き上がった彼の手には、騎兵が用いる短銃身の銃が握られていた。


「敵襲だ!」

 クックが叫び、銃口が持ち上がる。


 ファン・ラインには一体彼が何をしようとしているのか分からなかったが、それでも戦争中に培った危機察知能力は正常に働き、直前に横っ飛びに倒れこんで身をかわすことができた。


 部屋の外でガタガタと騒ぎが起きているのが耳に届く。


 それによって彼の狙いを知ることができた。 彼はファン・ラインらを深夜の襲撃者に仕立て上げようとしているのだ。


 そしておそらく狼男事件に関する諸々を押し付けようというのだろう。そのためには、事情を知る者を消しておいた方が都合が良い。


「お前達! 誰も殺すんじゃないぞ!」

 床を這いながらファン・ラインは叫ぶ。


 組合の人間がクックに与する者なのかどうかはわからないが、事態が収束した後で誰かを殺したことが知れると都合が悪い。


 床に倒れたファン・ラインの隙を突こうとクックは銃を捨て、ナイフをとって殺到してきた。


 だがファン・ラインとて、このまま殺されるのは本意ではない。

 身を起こして適当に狙いをつけて撃つ。



 弾はあらぬ方向へ飛んで行き、窓ガラスを撃ち抜いた。


 相手がひるんでくれることを期待したのだが、1発しか撃てないマスケット銃の1発を放ってしまったことで、かえって相手は躊躇いをなくしたようだった。


 身を低くして殺到してくるクックを、ただの鉄の筒と化した銃で迎え撃たなくてはならない。



 ファン・ラインが身を構え、クックがナイフを振り上げた瞬間、3発目の銃声が轟く。


 目の前で彼の手と頭がほぼ同時に吹き飛ぶのを目の当たりにし、ファン・ラインは呆然とそれを見守る。

 

 何が起こったのか、弛緩した頭で整理がついてようやく、それが二方向から同時に撃ち込まれた弾丸によるものだと気付いた。



 どうとクックの体が重い音をたてて床に倒れこむ。

 彼の体から噴き出す血が床に広がり、いつの間にか開いていた扉の方へと流れる。



 その先に煙の立ち昇る銃を抱えた男が立っていた。


「ヤン、お前が撃ったのか……」


「1発はな、もう1発はあっちだ」

 そう言ってヤンは窓を指差す。


 指差す先には室内の薄い光に照らされて、ヤンと同じく煙を出している銃を持ったサスキアが呆然と立っていた。

 その横ではヘラルトがナイフを手にして違う窓から顔を出している。その手には持っていたはずの銃がなかった。



 おそらく窓からこっそり侵入してファン・ラインを助けようとしたが、邪魔になるのでその辺に銃を捨てておいたのだろう。


 それをサスキアが拾って撃ったというところか。



 サスキアは射撃のショックが残っているのか、何も言えずに血溜まりを見ている。

 方角からいって、頭を撃ち抜いたのはサスキアの方だ。


 狙って撃ったとは思えないが、初めて人を撃ち殺したと知った時はそんなものだろう。


 ファン・ラインはゆっくりと近寄ってサスキアの手から銃を取り上げた。


 サスキアは何も言わずに、ただ信じられないような物を見る目でそれを見守ると糸が切れたように急に気を失う。その体をヘラルトは慌てて支えた。


「ヘラルト……」

 ファン・ラインは咎めるようにヘラルトを見た。


「分かってるよ」ヘラルトは俯いて言った。

「俺だってまさかこうなるとは思わなかったんだ」


 ファン・ラインは首を振って死体に視線を戻す。 

 ヤンが死体のそばで検死のような事をしているが、少なくとも死因は明らかだ。


 どうみても即死。蘇生の見込みはないだろう。


「うわっ…… ひどいなこりゃ、クックか?」

 ヤンの後ろのドアからフェルナンが顔を出し、部屋の情景を見て顔をしかめると向き直って言った。

「ファン・ライン、こっちの組合の連中がうるさいから拘束したが、奴ら俺たちを押し込み盗賊かなんかだと思ってやがる。ちょっと説明してやってくれ」


 了承して部屋を出ようとすると、ヤンはその肩を掴んで止めた。

「待てファン・ライン、少し話をしよう」


 黙って振り返ると、いつになく真剣なヤンの表情が目の前にある。

 ヤンは身振りで部屋の隅を指し示し、そこで話そうとファン・ラインを促した。


「おいアンタ、この期に及んで横槍は無粋じゃないか? それに隠し事もだ」

 いつの間にかヘラルトはサスキアを抱えて室内に入ってきていた。



 そのまま彼はサスキアの体を椅子に預けると、横目にジロリと睨んで不満そうな声を出す。

「秘密の話はもうたくさんだ。これ以上隠し事をされるようなら、俺はアンタらとはもう一緒にやっていけないな」


 ヘラルトはファン・ラインにも不満の目を向ける。

 クックに関する隠し事が余程癇にさわったのだろう。



 勝手に立ち聞きしてそれはないだろうとも思ったが、長い付き合いのヘラルトにも大事なことを隠していた事に、良心の呵責を覚えたこともまた事実だ。



「フェルナン、外の連中の銃は回収してあるな? 一旦拘束を解いて全員をこっちの部屋に入れてくれ。お前達もみんなこっちに来るんだ」


 そう言ってヤンに目を向ける。

「どのみち組合の連中にも事情を説明しなくちゃならないだろう。変に嘘をつけば、こっちの弱みになる」


 ヤンは意外にも素直にうなずいた。

「それはやむを得ないだろうな。だが俺が問題にしたいのはその後の事なんだ。お前、ここで起きた事を洗いざらい公表する気か?」



 それについてファン・ラインは少し躊躇いがあった。


 クックが死んだのは事故のようなものだし、そもそも先に引き金を引いたのは向こうだから罪に問われるようなことはないはずだが、実際に彼の命を奪ったのはサスキアの放った弾丸なのである。

 そのことはあまり表沙汰にしたくなかった。


 ヤンはファン・ラインの逡巡を見て取ったように言う。

「俺に少し考えがある。みんなを呼んで、ちょっとばかし話を聞いてもらえないか?」


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ