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第11話 長距離偵察部隊

「俺達がスウェーデン軍に雇われたのは、グスタフ・アドルフがドイツ南岸に上陸してすぐの事だ。当時、俺やファン・ラインはデンマーク軍の敗走で職を失い、ハンブルグでのんべんだらりと暮らしていたんだ」


 ヘラルトは雨が窓を打つ工房の2階で、ヤンとサスキアを前にして言った。


「スウェーデン軍上陸の噂を聞きつけて俺達はすぐに彼らに合流した。彼らはあらゆる人種で構成された傭兵部隊を組織していて、俺やファン・ラインのようなオランダ人だけでなく、フランス人、イギリス人、スコットランド人、ドイツ人なんかの傭兵が集まっていた―― 言葉も違うし慣習も違う連中が一ヶ所に集まっていたんだ。当然のようにいさかいが起こる、そこで彼らをまとめ上げるだけの人間が必要だったんだ」


「それがファン・ラインだったの?」

 サスキアが期待を込めて言う。


 だがヘラルトは申し訳なさそうに首を振った。

「ファン・ラインもある面まではそうだが、俺が言いたかったのはグスタフ・アドルフの事だ。彼はポーランド軍との戦いではあまりパッとしなかった訳だが、戦の経験も豊富で軍事改革を成し遂げた実績もある戦争巧者だ。

 傭兵は大抵、自分の認めるだけの力量を持った人間の下でしか戦わない。

 グスタフ・アドルフはそこに集まった連中をまとめ上げ、一つの軍隊として機能させた。これにはオランダ士官学校流の軍隊運用によるところも大きかったのだが、まずは彼自身の功績と言って良いだろう」


 事実、彼の率いるスウェーデン軍は旧教徒や神聖ローマ帝国の軍隊を相手に連勝し、リュッツェンの荒野で死に至るまでは新教徒軍の旗手としての働きを見せた。


「――それで、あなたやファン・ラインがそれにどう関わってくるの?」

 サスキアは微かにガッカリしたように言う。


 ヘラルトは苦笑いしてそれに答えた。

「まとめ上げると言っても何万人からの軍隊だ。どうしたって疎外される奴はいる。本人に落ち度がないのにつま弾きにされてたり、有能なのに団体行動が苦手で組織に馴染めない奴だ。そこでファン・ラインの出番って訳だ」


「……つまり、他の部隊で居場所のないのを集めて部隊を作った訳か」

 ヤンは察しが早かった。「君もそうだったのか?」


「俺が? まさか、俺はずっとファン・ラインにくっついていただけだ」

 ヘラルトは心外だというように答えた。


「一番分かり易いのはウィレムだな、あいつは滅多にしゃべらないせいで、どこでもいつも一人だった。フェルナンは親父とお袋がスペイン人だっていう理由で、いつも除け者扱いだった。カレルもハーランも似たようなものだ。 ――そんな連中が集まって出来たのがファン・ラインの部隊、つまり俺達だ」


「たった6人で?」

 ヤンが聞く。


 工房のメンバーはヤンを除いて6人。

 たったそれだけでは、一つの戦闘部隊を組織するにしては少なすぎる。



「一個の分隊として見ればそんなものだろう。それに俺達の任務の性格上、一個の部隊としての戦闘力は、それほど高くなくても良かったんだ」


 説明するとヘラルトは首を振った。

「話が逸れた、ともかくそうやってできた俺たちの部隊は、グスタフ・アドルフに一つの任務を与えられた。スウェーデン軍本隊から離れて、独立した部隊として敵軍の動きを察知して来い、とな」


「いわゆる偵察ってこと?」

 サスキアが口を挟む。さすがの彼女も偵察の意味くらいは知っているようだった。


「そうだ、でもただの偵察部隊じゃない。敵陣に潜入して情報を集めたり、逆に間違った情報を流したり、時には俺たちだけで敵の拠点を襲撃することもあった。俺達はそれら全てを独自の判断で行っていた。本隊から遠く離れた場所で、馬2頭と荷車、それに積んだいくらかの物資を頼りに、俺たちは一個の独立した軍隊として戦っていたんだ」


「うらやましい限りだな」


 ヤンが呟くように言う。


 彼自身、将校として軍に身を置いていたのだから、命令も上官もないところで戦うという状況が如何に特異なものであるか分かるのだろう。


 だがそれは同時に、強力な後ろ盾を自ら放棄するようなものである。


 軍隊とは、多数が一つの意思によって動くことで能力を発揮するものであり、命令系統がないということは統制された行動がない。数の利がないということでもある。

 数だけ揃えたところで、きちんと機能する命令系統がなければ軍隊など、ただの寄せ集めに過ぎないのだ。



 だが、そのことは海軍出身であるヤンが一番よく知っているはずだ。


 一定以上の大きさの船では、船長の意思の下で船をコントロールする必要があり、それはある種の有機体の作用に似る。それができなければ船は沈むだけだ。



 ヘラルト自身は船員として船に乗ったことはないのだが、そういう逃げ場のない空間での戦いを経験していれば、そう言いたくなる気持ちも理解できた。


 何しろ命令からも上官からも離れるためには、船を飛び降りなくてはならないのだから。



「リスクも自前でなんとかしなくちゃならないがな。自由の代償ってわけだ」

 ヘラルトはヤンに向かって言う。


「ともかく俺達はスウェーデン軍にいながら、独立した部隊として行動していたんだ。それもグスタフ・アドルフがファン・ラインを信頼していたからできたんだがな」


「直接会ったの? スウェーデン国王に?」

 サスキアが驚きの声を上げた。


「そうだ。元々ファン・ラインはデンマーク軍にいた時から、射撃が下手な事と指揮官として優秀な事で名が知られていたし、スウェーデン軍の将軍連中にも士官学校を卒業したのがいたから、ファン・ラインの名前は向こうじゃ結構知られていたんだ。それで興味を持ったグスタフ・アドルフが直接、ファン・ラインに命じて部隊を作らせたって訳だ」


「まるで騎士の叙勲みたいじゃないか」ヤンが言う。

「そういうのは一体何と言うんだろうな…… 遊撃戦闘部隊? それとも特殊作戦部隊とでも言うべきかな?」


「俺たちは単に長距離偵察部隊ランゲ・アフシュテン・フェルケナースと呼んでいた。スウェーデン軍本隊から遠く離れて行動し、彼らが見ることのできないものを見て来たんだ――」


 ヘラルトは話を止めて口をつぐんだ。


 時間稼ぎという訳ではないが、前置きの部分を一通り話し終えて、これからが本題というところに来ており、自分にとってもファン・ラインにとってもここからが気の重い話になってくる。

 できれば話したくないのだが、そもそも二人が聞きたがっているのがこの先である事を考えれば、今更話を止めるわけにもいかない。


 深く息を吸ってヘラルトは再び話始めた。


「俺たちは色んなところへ行って、色んなものを見た。焼けた村や住む所を失った人達、人の住めなくなった町、たくさんの死体――。 それらが当たり前に思えるほど戦争の惨禍ってやつを、俺たちはイヤというほど見せられてきた。そして俺たちはあの街に行ったんだ――」


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