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「――え…」
思わず耳を疑った。
「…何を、…言って……」
余りの言葉に、真っ白な思考はきちんと喋る事をさせてくれなかった。だが、何処かで被さる擬似感。直ぐには思い出す事が出来ない。
けれど、これ以上聞いてはいけないと頭が警鐘を鳴らす。
そう、この思いは禁忌だ。
もしもだが、もし、相手も同じ想いだったなら?気持ちが一緒だったなら――。
互いにタブーを背負っていく事になる。そんな事はさせられないと思った。何の為に守ってきたと思っているんだ。
「だから、…好きって……愛し――」
「言うな!!」
大きな声に、裾を掴む手が震えたのが解る。
――解っていた気がする。紡がれる言葉が、そんな意味を含む事を。思い出す。――夢の中でも見たはずだ。あれは警告。
これが禁忌だと思うこそ、嫌われるのかも知れないと思う気持ちが大きく出てた。知られてはいけないと言う気持ちが、そんな恐れが、熱を帯びていく視線をシャットアウトしてきたのだ。自分で気付かないように、気付かさないように、自己暗示を掛けていたのかもしれない。
だから、これ以上言わせてはいけないのだ。
「これ以上……言うな…」
徐々に声が小さくなり、仕舞いには項垂れてしまった。そんな背中の裾が離され、ベッドが軋んだ。どうやら動いているようだ。隣から下りていく。
「ねぇ、嫌がらせなんかじゃなかったんでしょう?」
確信を得たようにはっきりとした口調で突きつけてきた。何を根拠に――?
さっき言われたように『嫌がらせでやったのだ』と言う為に顔を上げると、言葉は出てきてくれなかった。目の前にある顔を見て、何も言えないのだ。
満面の笑みだった。
魅入られるように見詰める事しか出来なかった。けれど、必死に首を振る。『嫌がらせ』だったと否定する為に――――。
「嘘だよ。なら、何故泣いているの?」
「え?」
頬に触れると、本当に涙が流れていた。
「だって、嫌がらせなら…『好き』って言われても、……気持ち悪いって…突き放す事が出来るでしょう?でも、そうせずに泣いてくれてるって事は……哀しかったからか――――嬉しかったから……」
「……」
「ねぇ、何か言ってよ。……ずっと、…ずっと駄目だって思っていたんだよ?解ってたよ。いけない事だって。でも、止められないのはどうしようもない。だから……ベッドに上がってきた時は、覆い被さってきた時はドキドキした。寝たふりをしようと思った」
其処まで言うと、不意に指が唇に触れた。思わず身を引く。そんな態度に哀しい顔をして、触れた指を自分の口許へと寄せた。その手が何処となく震えていた。
「この唇が欲しかった。その唇にキスをして欲しかった。…キスしたかった。――好きだったから」
涙を溢れさせて言う言葉は、最後には震えてしまっている。
ぶつけられる感情に中てられて、未だに何も言えずに固まってしまっている。これ以上言わせてはいけない事は解っている。――これ以上言えば自分で自分の言葉に傷付く事になる。でも、でも何も言えない。余りにも酷似した気持ちだったから。己を見ているようで動けなかったから。
「…き、気持ち悪い……って思うでしょう…?気色悪いって……」
ポロポロと大粒の涙が零れては頬を濡らす。拭えど拭えど留まる事を知らないようだった。
「……けど………わなぃで……ぃになら…ぃで……」
仕舞いには顔を両手で覆ってしまった。その為に途切れがちの声だが、聞えていた。その悲痛な言葉は届いていた。
――嫌わないで――




