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――起きている!?――
慌てて舌を抜き取り、顔を離そうと身体を起した時だ。首に腕が絡んできた。腹が冷たくなっていくのが解り、動きが止まってしまった。
見つめる視線の先の瞳がゆっくりと花開くように目を開けた。
とろりと蕩けそうに潤む大きな瞳が、驚いて見開いている瞳を捉えた。その視線を確認すると、背に冷や汗が流れるのが解った。
「――!?」
けれど、その顔はふわりと――――笑ったのだ。声に出さずに自分を呼ぶ。
途端に自分のした行為が恥かしくなって、首に回る腕を乱暴に外した。慌ててベッドから降りようとした。だが、その行動を洋服を掴む腕に遮られた。どきりとして行動が止まる。
「――…何で?」
心臓が早鐘を打つのが解った。もう駄目だと思い。硬く目を瞑る。
ばれてしまったのだ。
後ろの顔はどんな表情をしているのだろう。気色悪いと顔を顰めているのだろうか。それとも怒りで形成されているのだろうか。そんな事を思うと、心臓が壊れんばかりに脈打つ。
知られてしまう訳にはいかなかったのに。その顔を見たくなくて冷たくしたのではなかったのか。拒絶されるのが怖くて避けていたのではなかったのか。積み重ねてきた努力などどうなっても良いと――勢い込んでいたあの気持ちは、実は偽りだったと言うように、どうしようもない程に次々と後悔の念が押し寄せてきた。
膝を掴む手が震える。
「……す、…済まなかった……」
声までも震わせて謝る。顔を見れないから振り向かなかった。
「――謝るくらいなら何故キスするの?」
冷たい声だった。
その声にツキンと胸に何かが刺さる。痛みに顔を顰めた。
解ってはいたのだ。こう言う行動を取ればどんな反応が返ってくるのかと言うのは――。解っていながら止める事が出来ず、衝動のままその唇を貪った。一度触れてしまえば止められないのが解っていながら、己の欲望のままその口内を掻き回した。
威勢が良いのは其処までで、ばれないと高を括っていたのは先入観の所為で、起きている事に気付かなかったのは、止める事の出来なかった己の欲望の醜さの為だ。
起きていると気付いた時には既に遅く、ばれてしまった事に対して――焦った。冷ややかな視線に晒される事に怖れた。
「……」
謝罪が受け入れて貰えずに、紡ぐ言葉が見付からない。
「……謝る位なら……、…儚い期待を抱かさないでよ……」
(――……え?)
『儚い期待』?キスをした事でそんな期待を抱くのだろうか。――――何故?
幻聴だ。これは自分の欲望が聞かせた淡い幻聴だ。あり得るはずが無い。そう言い聞かせる。そうでもしないと、嘘だと言われた時にはこれ以上に無い位に打ちのめされるだろう。
「…!?」
背後から手を回される。それに驚いてしまい、身体をビクつかせてしまった。格好悪いと思いはしたが、今更隠したって意味がないと身体が判断したのだろうか。そう思うと気にしないようにと思考を逸らせた。
「ねぇ、聞かせて。嫌がらせでキスした?」
背中に頬を当てながら訊ねてきた。
「……」
嫌がらせ。そんな手もあったのかと今更ながら思う。それに納得してしまい、後悔してしまった。
「答えないって事は……、…そうなんだ」
(…は?)
自己完結された事に思考が停止する。その所為で又答えられなかった。
「ねぇ」
スッと回された腕が外された。温もりが消えて妙に白々しく空気の冷たさが伝わってくる。離れた腕に淋しさを覚えた。だが、離れた腕は完全に離れた訳では無く、再び洋服の裾を掴んだ。逃げるとでも思っているのだろうか。この期に及んで。
「…困るかな…。……ううん、絶対困る…と思う。でも聞いて欲しい…」
そう言うと裾を更に強く掴むのが解った。心臓が再び早くなる。喉を鳴らしてどんな言葉、どんな拒否の言葉が出て来るのだろうと恐怖した。けれど反対に、この想いから開放されると言う気持ちが沸いて出る。粉々に砕けてしまえば、再生不可能までに壊れてしまえば苦しむ事も無い。
そうだ。その愛しい口から止めの言葉を刺して欲しい。もう立っていられなくなる程に壊せ――――。
「……ずっと――好きだった…――」




