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ドリーム小説とは違いますが、人物名がありません。相手の設定もありません。お好みでご想像下さい。
『…ねぇ、聞いてる?』
そんな言葉に顔を向けた。
『ねぇ、困るかもしれないけど……』
そう言って顔を逸らされた。
『……』
胸が一つ大きく打つ。背けたくても背く事が出来ない。逸らされた顔から続く首筋が、それから続く鎖骨が艶かしく映る。喉を一つ鳴らした。何故か聞きたくないと思った。聞いてはいけない事だと。それが例え、甘美なまでに甘い蜜であろうと、聞いてはいけない気がした。――きっとその言葉を知っているから――。
――――ずっと想っていた。
その肩を抱き寄せたかった。細いその首筋に顔を埋め、跡を残したかった。白い胸に舌を這わし、甘い声を聞きたいと思っていた。けれど、それは禁忌だ。だってお前は――――…
大きく縁取られた睫毛が震えている。そんな瞳を真直ぐ向けてきた。迷いの無い瞳だった。ほんのり赤みが注した唇がゆっくりと開く。
『……好きだよ、愛してる……』
久々に太陽が雲間から顔を覗かせた。朝露を弾きながら木の葉が輝く。葉から落ちた雫があちらこちらで音色を響かせていた。カーテンの隙間から差し込む光に瞼が犯された。朝の日差しに顰めながら薄っすらと目を開く。
「……」
目を庇うように手を顔の前に翳した。何処か遠くで鳥の鳴く声がする。耳はまだ覚醒には少しばかり時間が掛かるようだ。そんな事を思いながら身体を起した。
別に寝起きが悪いと言う訳ではない。寧ろ逆であり、寝起きは良い。現に、はっきりとした意識で、耳が覚醒していない等と頭で考えている。
身体に掛かるシーツを払い、ベッドから起き上がる頃には耳を含め、それ以外のあらゆる場所も覚醒している。ベッド上の、寝ている間の乱れを直した。
シャワーを浴びようと部屋を出た。
脱衣所で衣服を脱ぐと、浴室へと入りジャグジーを捻った。一瞬掛かった冷たい水が、直ぐに適度な温度に変わった。顔からシャワーを浴びていたが、今朝見た夢を思い出して伏せた。眉間に皺を寄せ頭を振る。
『……だよ…』
シャワーの音だけが響く浴室に、夢の中の甘い声が混ざってきた。聞きたくなくて耳を塞ぐ。けれども、響いているのは浴室では無く、自分の頭の中なのだ。塞いだとしても耳の奥で木霊した。
『……愛している……』
大きな瞳を真直ぐに向けて言った。――解っている。これは己の願望が見せた夢だと言う事を。邪な想いが見せた幻想だ。そう思い、皮肉めいた笑いを洩らした。それから、身体の汚れを落としてシャワー室を出た。
部屋に戻ると髪を乾かし、制服に着替えた。鞄を持って階下へ降りていく。
「おはよう」
そう言い、母と挨拶を交わした。食卓に並ぶ朝食を平らげ、「行って来ます」と家を出た。




