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寝ぐせ姫~いつも一緒に~  作者: 蟻屋紋吉
第8章 寝ぐせ姫の涙
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第8章 寝ぐせ姫の涙(9)

 頼んでもいないのに送りつけられるプレゼントの山。これまで一度も開封されたことのないその箱の中に希望の欠片を探しながら、いつしか一成の暗く澱んでいた瞳が期待に輝き、不安に苛まれていた体には活力が漲っていた。


「カズ、手伝うよ。一個ずつ開ければいいんでしょ?」


 洋平は一成が何も言わないうちに、勝手に浩一郎と晴彦、そして元にも割り振って、がさがさとプレゼントを開け始めた。けれど、部室の前のプレゼントの山の中にはみつきからのプレゼントはなかった。一成は教室と下駄箱へも走り同じようにプレゼントの山を抱えて、また開け始めた。


「元、プレゼントってなんなのさ」

「買うのは見ちゃダメだって、デパートまで行ってそこで別れたんで、俺知らないんですよ…」

「ちぇ、肝心な時に元は役立たずだねぇ」

「すいません」


 元は申し訳なさそうに背中を丸めて頭をかくと、晴彦の優しい手がそっとその肩に触れていた。


「元…気にしない、気にしない…」

「洋平、いいじゃないか。元のおかげだろ?」


 浩一郎は洋平に無言でプレゼントを開封する一成の姿を見るように目線で促し、そして軽く片目を瞑って見せた。散乱するリボンや箱が部室に広がり、一成がようやく最後の一つを手に取ったところだった。一成は二つ折りにされたカードを息を呑んでゆっくりと開いた。4人も一成同様に息を呑んで見守る中、開いたカードを見て一成がそれを握りつぶした。


(―ちがう…ここじゃないのか…)


 顔を伏せがっくりと肩を落とし、頭をかかえるばかりの一成を皆はただ顔を見合わせ見守るしかできなかった。眉間に深いしわを刻み、輝きを失った瞳を閉じ、難しい顔で一成が何を考えているのか、誰もが最悪の展開を頭に浮かべないように抑えているのがひしひしと伝わってくる。そしてしばらく居たたまれないまま佇む4人の視線の中で、一成の顔が輝いた。


(―今朝…今朝…見ないで捨てたのが…あったはずだ…)


 その事に思い当たるやいなや一成は勢い良く立ち上がり、また何も言わずに走り出した。その瞳がまた輝きを取り戻していた事に皆が目を丸めていた。けれど走り出した一成の視界の片隅に、清掃員がごみを回収している姿が目に止まると、一成は祈る思いで朝のゴミ箱に駆け寄って飛びつくように中を見た。


(―間に合ったっ…)


 一成はいくつかのゴミにまぎれてしまったプレゼントを、すべて取り出しまた部室に駆け戻った。みつきの心づくしがこの中にある、それを思うと一成の胸が否応ない期待に膨らんでいく。形も色も違うプレゼントをいくつか手に取り、そしてその中で四角くてずしりとした包みに他のプレゼントとは違う感触を得て心が躍った。


(―これだ…)


 当たりをつけて綺麗にかけられたリボンをといた。有名な大型書店の銘の印刷された飾り気のない包装紙に、青いサテンのリボン。この辺りでは見かけない書店名に一成ははやる気持ちを抑え、包装紙を慎重にはがしていった。


(―やっぱりこれだ)


 一成は濃紺の本の上に添えられた小さなメッセージカードを震える手で取り上げ、深呼吸してからゆっくりと開いた。


『ごめんね』


 たった一言だけ書かれたその文字は紛れもないみつきの筆跡だった。しかし一成はその言葉が誕生日祝いには似つかわしくないことまでは考えが至らなかった。ただひたすらにみつきからのプレゼントに心を弾ませ、たった4文字のメッセージを食い入るように見つめ続けた。そしてメッセージカードをゆっくり閉じると震えるその手で本を手に取った。


 何の飾り気もないその本は堅苦しくて分厚かった。専門的な臭いのするその本をみつきがどこで知ったのか、それを思うと一成の喜びはいや増した。一成は本の表紙をゆっくりと指でたどり、そして胸にあてがうように抱きしめた。


「みつき…」


 一成の囁きに込められた愛おしさ、それに洋平たちは困ったような切ないような、なんともいえない顔をして見つめていた。


「俺…やっぱり…無理だ…情けないな…こんな本一冊で…」


 一成は本を改めて眺めてから自嘲するような笑いを漏らした後、つぶやいた。


「すげぇ、うれしい…」


 一成が泣き笑いの顔を浮かべているのを見て、洋平がたまらないというように一成に抱きついた。


「な…なんだよ…」


 洋平はちょっと泣いているのか鼻をすすっていた。一成はその涙よりも洋平の抱擁に何の歪みも感じないことに驚いた。


「行ってきなよ…みつきちゃんとこ…」


 一成が洋平の薦めに驚いたようにまたたくと、洋平は一成から体を離し情けない表情を浮かべるその額をぴしりとはたいた。


「ばかカズ~、早く行きなよっ。プレゼントありがとうって言ってさ、ついでに好きって言っておいでっ。玉砕したらなぐさめてあげるからさっ」


 洋平はいつもの軽い口調で一成の背中を急きたてるように叩いたけれど、その手とその瞳には純粋に一成を励ます色が浮かべられていた。


「ほら、いそげ。また、くだらないこと考えるなよ」


 浩一郎が一成のカバンを投げつけると、一成はそれを胸で受けとめ照れくさそうに浩一郎を見つめ晴彦に手渡されたコートをぎゅっと握り締めた。


「…がんばれ…」


 晴彦の静かな励ましに一成はぎこちない笑みを浮かべ、そして散乱したプレゼントの山に目をやると気まずそうに皆を見つめた。


「この借りはでかいからね。捨てとくから、はやく行きなよ」

「…悪い…」


 洋平が腰に手をあてて一成に手で払うようなしぐさを見せると、一成は気まずそうな声をあげつつもはやる思いでコートに袖を通した。


「元…」


 一成がなんとも複雑な面持ちで立ち尽くしている元に向き直ると、元は一成が本を手にしてからずっと泣きじゃくっていたその目を拭いあげ一成に向かって深く頭を下げ口を開いた。


「カズ先輩っ、すいませんでしたっ」

「なんだよ…お前が謝るなよ…」

「でも俺…」

「お前のおかげで目が覚めた。ありがとな」


 一成がかなり決まり悪そうに頭をさげ走り去っていくと、元は心から一成を応援していいものかどうかほんの少し迷わずにいられなかった。けれど元は駆けていく一成の視線の先にみつきの笑顔を見いだすと、自らの葛藤を押し切ってその口元に笑みを称えることが出来ていた。


(―みつき…俺、少しは役に立ったよな…?)


 元が廊下の向こうにあっという間に姿を消してしまった一成の背中に頭をかいていると、洋平がその元の肩を励ますようにぽんぽんっと二回叩いた。


「まったく、カズには手がやける。元もとんだとばっちりだね」


 その口調はいつも通り悪態をつくときのものそのものだったけれど、元を見つめるその瞳にはいつにない優しさが込められていた。元は洋平のその温かさにまた溢れそうな涙を堪え、にっと微笑んで見せた。


「まったくだな、元…ほんとにありがとう」

「元はいいこだね…」


 浩一郎も晴彦も元の髪や肩をなでたり小突いたりしながら、元が堪えきれなくなった涙を拭うのに気付かないふりを通していた。


「元には僕がもっといい子を見つけてあげるよ。小学生くらいの子がいいんだよね?」

「え…」

 洋平は元が懸命に小学生ではなく同年代の子がいいと懇願するのをあしらいながら、頭ではほかの事を考えていた。



 あのバレンタインの日、瑠奈がなぜあの場にいたのか、洋平は薄々ながら思い当たることがあった。きっと自分にチョコをくれようとしていた、彼女の手の中の紙袋には見覚えがある。


(―僕が瑠奈ちゃんにあそこのチョコが好きだって言ったんだよね…)


 それは学食での何気ない会話に埋もれたはずだった。けれど彼女は覚えてくれていたんだ。


(―期待してもいいのかな…カズ達がうまくいったら…僕ももう少しがんばってみようかな…)


「洋平先輩、俺、ロリコンじゃないですよ…?」

「うんうん、わかってるって。じゃあ中学生にしとく?」

「うぅ…」


 洋平は元の泣き顔にいつも通り悪態をつきながら一成の残した幸せの残骸を片付けつつ、一成のこの一年の変化を想っていた。一成はまっすぐで、まっすぐなゆえに不器用だった。初めて人を好きになることを知った一成の変化がめざましく、自分も感化されたのはいうまでもない。


(―うまくいくといい…手遅れじゃなければいい…カズ、がんばれ)


 元が洋平のおもちゃにされているのを悼みながら浩一郎がため息をつき、晴彦は黙々とゴミの分別をしながら微笑んでいた。あの泥雪にまみれたまま時が澱んでいた部室には久しぶりに穏やかな風が吹き渡っていた。



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