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寝ぐせ姫~いつも一緒に~  作者: 蟻屋紋吉
第7章 寝ぐせ姫の最初の一個
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第7章 寝ぐせ姫の最初の一個 (1)

 新しい年を向かえまだ一成の自宅の門柱の松飾が寂しげに北風に揺れている中、一成は久しぶりに勇次の呼び出しを受けてその足をLIvRAに向けて進めていた。ようやく仕事が一段落したと嬉しそうな声音で出てくるように言われてしまっては、クリスマスに無理をさせた手前その誘いを無碍にも出来ない。一成は濃紺のダウンジャケットにアイボリーのマフラーを締めて、寒風に肩をすくめてLIvRAへ急いだ。


「よぉ、カズ。来たな」


 勇次はかなり上機嫌にビールのジョッキを高々と掲げながら一成の来訪を歓待していた。一成はそのすがすがしいまでの陽気さに苦笑しながら勇次に招かれその隣に腰掛けた。そこにはすでに洋平も腰を据えていて、見知らぬ女が二人に寄り添っていた。


「勇次、ご機嫌だな?」

「おう、そりゃそうよ。仕事も片付いたし、正月も来た。それにお前に春も来た、だろ?」

「春って…正月って意味か?」


 一成は勇次の目の前に新しく出されたビールジョッキを勝手に手に取ると、洋平と勇次に小さく乾杯を促してその白い泡の部分に口をつけた。


「ば~か、ちっがうだろぉ…春って言ったら恋の事に決まってんだろぉ」


 一成がまだ液体の部分へたどり着く前でよかったかもしれない、ジョッキを傾けた一成の背中を勇次がばしんとたたき上げた。一成はその体重を乗せた衝撃にジョッキからビールが零れないようにバランスを取り、勇次はその様子を洋平と顔を見合わせて楽しんでいる。洋平は勇次の上機嫌ににこやかに対応しながら、テーブルに飛び散った白い泡をダスターで拭う一成に小声で囁いた。


「勇次さん、カズの腕時計のために徹夜したんだって、知ってた?」

「徹夜…そうだったのか…」


 きっと無理をさせたのだろうことはわかっていた、だからこそ不甲斐ない報告が出来ずにいたのも分かって欲しい、一成はそんな複雑な思いで勇次が瞳を眇めるのを見つめていた。


「で、その成果はどうだったんだよ?もちろん受け取ってくれたんだろな」

「それはもちろん…すげぇ喜んでた」

「そうかそうか、そうだろな。俺の渾身の傑作だ。当然だな」


 勇次は一成の解答に満足げに何度もうなずくと飲み干したジョッキをテーブルに勢いよくおろして、また一成を睨むようにその視線をほそめて口角を引き上げた。


「で?彼女はどうした、ちゃんと言ったのか?」

「う…いまはアメリカにいるぞ?」


 一成は勇次からも洋平からも視線をはずして口ごもると、そこがアメリカの方向だとでもいうようにあらぬ場所を適当に指差した。


「アメリカぁ?なんだってそんなとこにいんだ。つ~か、返事になってねぇぞ、カズ」


 こらぁと勇次が一成の首へ腕を回し、その体を揺すりあげるのに洋平が頬杖をつきながらにやりと意味ありげな笑みとともに口を開いた。


「ふ~ん…また言えなかったんだ…」

「し、しかたねぇだろ、総一郎さんから電話が…」


 一成が洋平を睨みつけながらあの時の悔しさと取り戻せないあの瞬間をやり直したいという思いから口を尖らせると、勇次はそんな一成の両肩に手をかけ思い切りゆすぶりをかけた。


「おい、カズ。おれはお前をそんな情けないやつに育てた覚えはねぇぞ?」

「そ、育ててもらってねぇよ」


 一成はあまりに激しい勇次のそぶりから思い切り体を引き剥がすと、勇次はそれにもめげずに執拗に一成を追いかけてぐっとその腕を掴み寄せた。


「そんなかわいくないこと言うと、このおねぇちゃんたちとの写真を彼女に見せちまうぞっ?」

「なっ…」

「それいいかも。みつきちゃんなんて言うかな?怒るかな?それともなんにも言われなかったりして」


 洋平の含んだ物言いに一成はその可能性を頭で否定しながら、その顔が青ざめるのをいかんともしがたかった。


「何にも言われないなら言われないでそれも寂しいよね。カズかわいい子に囲まれていいな、とかみつきちゃんなら言いそうだしね?」

「そんな子なのか?」

「うん、美少女好きなんだよね。カズのことより好きかもしれない」

「ふ~ん…それはますます試してみないとな。カズ、ほら彼女達にちょっと寄り添って笑ってみろ」


 勇次は洋平のからかい半分の口調を受けてその口角を嫌な具合に引き上げながら一成と自分の位置を強引に切り替える。一成は洋平の無情な言葉の数々に脱力し、勇次にされるがままボックス席の奥へと連れ込まれていた。


「きゃあ、カズ君」

「こっち来て~」


 酒の回ったしどけない女達はその柔らかな体を惜しげなく一成に添わせ、身に纏った甘い香りで一成に迫り続ける。一成はその感触の一つ一つに身の毛がよだつのを感じながら、向けられた洋平の携帯から慌てて身を隠した。


「マジでやめろっ。撮るなっ、触るなっ、向こうに行けっ」


 LIvRA特有の明滅する光の中洋平の携帯のカメラのシャッターは、一成の顔がうまいこと映りこまない角度で数回切られていた。そうしてカメラを向けながら、勇次と洋平は一成がやけに必死に女を遠ざけ、そのからかいに真剣に叫んでいることににやにやと笑みを浮かべていた。


「ね、勇次さん言ったでしょ?カズのこのでれでれした感じ、信じらんないよねぇ」

「意外だな…あのカズがなぁ…」

「おいっ、洋平、携帯よこせっ」


 一成が女達に絡まれたまま唸るように洋平を睨みつけていることに勇次は肩をすくめて洋平の肩をたたいた。


「ま、そろそろ許してやるか」

「そだねぇ。僕の携帯カズに壊されちゃいそうだもんね。カズ安心しなよ、ろくに撮れてないから」


 一成のもとからそれぞれに好みの女を一人ずつそばに引き寄せると、一成は洋平に差し出された携帯のメモリーを確認して忌まわしい写真の全てを消去していく。勇次はこれまでにない一成の真剣な想いを目の当たりにしてその瞳を和らげた。


「お前変わったな」


 ついさっきまでの浮かれたそぶりを一転させて自分の煙草に火をつけながら、勇次が一成を見つめていた。一成は立ち昇る紫煙の向こうから見つめられ、その含んだ物言いに口を尖らせていた。


「なんだよ…悪いか…」

「そのみつきちゃんのためにお前がそんなに変われたなら、俺は悪いなんて思わねぇよ。むしろその子には何度感謝してもしきれないだろうな」

「感謝…?」


 一成は勇次が煙草の煙を脇に向けて吐き出すのを眺めながら、その眉根をしかめて勇次の涼やかな瞳を見つめていた。


「ああ…誰にも出来なかったことをさらりとしてのけたその子に、俺は負けたな」

「何言ってんだよ…」

「俺はずっと後悔してたんだ…お前を救うつもりがお前をこんな場所に埋める手伝いをしちまったんだって…兄貴のクセにだめだよな、俺は…」


 煙草をはさんだままの手で前髪をくしゃりと握り締めて勇次が俯いたのに、一成はどんな言葉をかけたらいいか分からなくなっていた。けれどあの頃の勇次が本当の兄のように一成を思ってくれていた事が間違いないことも一成には分かっていた。一成はうなだれたまま勇次が煙草をふかしていく姿を見つめて、自分の左手のブレスレットに手を添えた。


「なあ、勇次…俺は勇次がいなかったらあのままずっと引きこもっていたかもしれない。洋平にももちろん会っていなかっただろうし、みつきにも会っていなかったかもしれない。勇次が俺を連れ出してくれなかったら、どんな形でも勇次がいなかったら俺は変わってなかったはずだ」

「カズ…」

「勇次…みつきは本当に腕時計に喜んで、すごいすごいって何度も言ってた。帰ったら勇次に絶対会いたいって昨日も電話で言ってたんだ。だから、勇次…俺、ほんとに…」

「カズ…」


 一成が全てを言い切る前に勇次はその一成の体をぐっと抱きしめていた。勇次の煙草の匂いと酒の匂いに抱きしめられて一成は懐かしさすら覚えていた。


「幸せになれよ…がんばれ」


 勇次は小さく鼻をすすり上げながら一成から体を放すと、通りがかったバーテンダーに新たにビールを3つ追加した。一成はまた上機嫌に女の肩を抱きながら楽しげにジョッキを傾ける勇次に付き合って、洋平ととともに久々に朝帰りをしていた。朝もやの立ち昇る駅前の通りで洋平がタクシーを拾うために片手を挙げると、折りよく一台のタクシーが近づいてきた。


「カズ、明日…てか、今日か…みつきちゃん帰ってくるんでしょ?」

「ああ…」

「よかったねぇ、寂しくってカズ死んじゃいそうだったもんね」


 ぽんっと軽く乗せられた洋平の手はいつものように一成をからかうようでいてとてもあたたかかった。一成はその洋平なりに一成を気遣ってくれているのだろう言葉尻に、今日は素直に小さく笑った。


「そうかもな…」

「うわ、なにそんな素直なわけ?気持ち悪いよ?」


 洋平はタクシーの後部座席の扉に手をかけながら、軽く身震いしてみせる。一成は明け方のタクシー運転手の眠そうな顔つきを見ながら、洋平の脛を軽く蹴り上げるそぶりで乗車を促した。


「うるせぇな、早く行けよ」

「はいはい、じゃあまた学校でね」


 洋平が小さく一成に手を振って後部座席におさまると、タクシーはすぐにしらじらと明け始めた街並みに向かって走り去っていった。


「勇次、ほら、帰るぞ」

「おう…帰るぞぉ」


 一成は街路樹にもたれるように立ったまま眠っている勇次を促して、Edgzの上階の勇次の自宅を目指して歩き出した。一成は今夜みつきが帰ってきたら、きっとたまったままのみつきの課題につきあってまた徹夜だろう。それを思うと面倒くさい思いもあるけれど、それ以上にみつきと共にいられる事を密かに楽しみにしている自分に小さく微笑んだ。歩きながら膝を崩した勇次を抱えなおして一成がエレベーターを呼んだとき、街が静かに動き出す気配を見せ始めていた。



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