第6章 寝ぐせ姫のほんとの秘密(9)
一成は昨日腕時計の完成を知らせる勇次からのメールを受けて、クリスマス本番を間近に控えた街並みの中Edgzに足を運んでいた。注文が立て込んでいるというのは本当らしく、その日のEdgzは混雑していた。もともとそう広くはない店内にひしめく客のほとんどが恋人同士と思われる二人連れであることにも一成は目を見張った。
「珍しいな」
「それはないだろ、カズ」
「いや、悪い、つい…」
一成は忙しそうに手を動かしている勇次の邪魔にならないように、作業場の奥で身を潜めていた。まだ金属片が散ったままの作業台、そこに密やかに置かれていたのは一成が頼んだ腕時計だ。そのできばえをみれば一成の左手のブレスレットより勇次が格段に腕を上げたのは一目瞭然だった。
みつきの小さな腕に似合いそうな細かな細工は店内の客の混雑振りをうなずかせ、器用にラッピングをかける勇次の手慣れた様子に一成は心底感心した顔を浮かべた。
「勇次…すげえな。うまく…なったよな」
「なんだよ、ほめごろしか?」
店内が一段落したところで勇次は少し照れた様子で、一成に綺麗に包んだみつきへのプレゼントを手渡した。
「今度はペアで指輪つくってやっからな、彼女、連れて来いよ」
ぽんっと肩をたたいた勇次の手のぬくもりに、一成は瞳をゆるがせて勇次を見た。
「勇次…あのさ…」
「ああ、返品はきかねぇぞ。ちゃんと渡せよ」
一成が皆まで言わずとも、その先の言葉は不安にあふれていた。勇次は一成の言葉を先読みして、徹夜続きでようやく剃り上げた無精ひげの名残を触りながらその口角を引き上げた。
「ば~か、大丈夫だって。お前が振られるわけねぇだろ?自信もてって」
勇次の笑顔は少し困ったように眉を下げていたけれど、一成はいつもと代わらぬ掛け値ない勇次の励ましに胸を占めていた不安が和らいでいくのを感じていた。
「…そう…か…?」
「あのなお前が女に振られる日が来るんだったら、今頃普通に槍が降ってる。そんな辛気臭い顔すんな」
勇次は、一成の丸めた背中をぽんっとたたいて店の外に送り出した。木製の扉の向こうは太陽が西に沈む最後の名残に満ちていた。
「ありがとな…これ、無理言った」
一成は手にしたEdgzの紙袋を小さく上げてはにかんでいた。夕日の向こうには一成の希望に満ちた明日がある、勇次は冬の残光を浴びながらその眩しさに瞳を細めた。
「気にすんな、今度飯でもおごれ。あぁ…彼女とな」
勇次が片目を閉じてイタズラっぽく口にした言葉に一成は少し迷いを見せた後、一つ大きく息をついて微笑んだ。
「ああ……今度な」
久しぶりに見る一成の笑顔は勇次を不思議なあたたかさで包み込んだ。波乗りを始めたばかりのころ、その才能に勇次が手放しで褒めた時も一成はこういう顔をしていた。
「がんばれよ…カズ」
期待に胸をはずませ海に繰り出したあの時のように、今また人の波間に一成は自ら足を踏み出していく。誰も拭えなかった一成の孤独、それを満たしたのは意外にもたった一人の少女だった。勇次は救いの女神があまりに予想外だったことに戸惑いつつも、一成の光を奪われないよう珍しく祈りながら天を仰いだ。
病院からバスを乗り継いでマイスナに一番近いバス停に降り立つと、暖房の効いた車内から一転した冬の寒さにみつきと一成は体をこわばらせた。一成はみつきがコートのボタンを留めマフラーを巻くのを待ちながら、そのタイミングを計っていた。
「みつき…あのさ、ちょっと話…できるか…?」
「うん、いいよぉ」
常にない一成の言い回しにも関わらずみつきはそれにいぶかしむ様子を見せること無く、促されるまま海岸に設置されたウッドデッキに腰を下ろした。一成はみつきが寒さに体を震わせながらちょこんと腰をすえたのを認めると、おもむろにコートのポケットに忍ばせていた白い包みを差し出した。
「みつき、あのさ…これ…」
そのあとになんと言葉を続けるか、一成は考えていたはずなのにその言葉は喉に張り付いて出てこない。みつきはぶっきらぼうに途切れた言葉に首をかしげながら、差し出された白い包みにそっと手を伸ばした。
「これ…くれるの…?」
「ああ…」
一成は白い包みと一緒にみつきの柔らかな温もりに包まれた手を照れくさそうに引っ込めて、白波立つ海を見ながらうなずいた。するとみつきは中身が何かを確かめるより先に、一成の背中に飛びついた。
「ありがとっ、カズ」
「うわっ…ばっ、ばっかやろ…」
あまりに勢いよく飛びつかれ、ウッドデッキから転げ落ちそうになりながらみつきを受け止めた一成は、そこにみつきの満面の笑みを見つけて言葉を失った。
「開けてい?」
みつきの瞳はプレゼントを開ける前からいつも以上に期待と喜びに輝いていた。喜んでくれたらいいなと思ってはいたけれど、みつきの喜びは一成の想像を超えているように見えた。
「ああ…」
今度は照れ隠しでない一成の返事に、みつきは寒さにかじかむ指に息を吹きかけながら丁寧にリボンを紐解いていく。やがて白い箱の中央に鎮座する腕時計に目を留めると、みつきは時計に覆いかぶさるように顔を伏せ肩を震わせ始めた。
「カズ…」
「みつき…?どうした…?」
気分でも悪いのかそれとも気に入らなかったか、一成がみつきを呼ぶ声は不安に駆られていた。ためらいがちに差し伸べた手がみつきに触れた時、みつきは勢いよく顔を上げると一成に抱きついた。
「カズ…うれしい」
今度の抱擁は優しく一成を抱き寄せていて、一成はウッドデッキから転がり落ちることなくみつきに抱き寄せられていた。背中に回されたみつきの腕は喜びに震え、一成は不安に駆られた日々が溶けていくような安堵感に包まれた。
「カズ、ありがとっ。いいの?」
「いいに決まってんだろ」
腕時計を握り締めながら、それでも子供みたいに小首をかしげるみつきの様子が愛らしい、一成はまっすぐに自分を見つめるみつきの視線が照れくさく、それを遮るようにその小さな頭をくしゃっと撫でた。
「今学期は特に勉強もがんばったし、沙紀のことも心配かけたしな…」
一成はそんな風にプレゼントの理由を並べながら、本当に言わねばならない言葉の重みに押しつぶされそうだった。
「気に入ったか…?」
「うん…うんっ」
小さく繰り返しうなずくみつきの声が涙に震えて一成に届くと、一成は涙に濡れた頬を両手で優しく包み込み、その涙をまっすぐに捉えた。
「ばかだなお前は…こんなことで泣くな…」
一成が親指で涙を拭うしぐさに自然と愛おしさがあふれ、みつきを包む瞳の優しさがみつきを冬の寒風から守り抜く。たった一言、その一言のために一成はこの時を待っていた、言わねばならない大事な言葉が一成の喉元を駆け上げってくる。
「みつき…」
好きだ、そう言う口が凍りついた。
♪♪♪~♪♪♪♪~
一成の今わの際の言葉が、みつきの携帯の軽々しい音の前に討ち崩れていった。みつきは不吉な着信音が誰のものからか分かっているようだった。
「…総兄い…」
みつきは憎々しげにつぶやくと、電話に出ようか出まいか逡巡するそぶりを見せた。一成はそれに小さくため息をついてみつきの頭へ軽く手をのせた。
「早く出ろ、また総一郎さんに怒られるぞ」
不愉快な声音で電話に出るみつきの背中を見つめながら、一成は頭をかいてみつきに聞こえないようにため息をついた。とてもじゃないけれどさっきの雰囲気には戻れない、一成は波打ち際の白波を見つめながら、吹き渡る寒風に身を震わせた。一成のコートのポケットの中、何もない空間にきっかけを失った空虚な思いが満ち溢れていた。
<<第6章 寝ぐせ姫のほんとの秘密 終わり>>
次話から第7章となります♪




