表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寝ぐせ姫~いつも一緒に~  作者: 蟻屋紋吉
第3章 寝ぐせ姫と鬼王子
37/109

第3章 寝ぐせ姫と鬼王子(14)

 元たちが遊園地に行ったその日、みつきは一成と一緒に部室にこもっていた。窓から見える曇天の空に時々薄日がさしこみ、湿り気を含んだ強い南風が夏の訪れを感じさせていた。みつきはこうして部室に閉じ込められてもやはり遊園地を諦め切れなかったのか、曇り空を見あげてはため息をつきその度に一成の視線に小さく縮こまって課題に向き直っていた。そんな不毛な溜め息を幾度となく繰り返した頃、とうとうみつきが手を止めてぼーと外を見つめはじめた。それに一成はみつきの限界を悟ると、溜息交じりに参考書をぱたんと閉じた。


「もういい、やめろ」


 一成の言葉は抑揚を欠き否応なくみつきの不安を煽った。低く垂れ込める雲からは今にも激しい雷が落ちてきそうで、みつきは肩をすくめて一成を覗き見た。


「だいじょぶ…ちゃんとやる…」


 不安を色濃くたたえるみつきの瞳に一成は自分の言葉がどう響いたのかすぐに察すると、遊園地を無下にしたことを今さらながらに省みていた。


「そうじゃない…何を考えていたのかくらいは、だいたい想像がつく。どうせ、遊園地のことでも考えてたんだろ?集中できないときにやっても無駄だ。休憩する」


 一成がズボンの後ろポケットに手を伸ばしたのを見て、みつきが勢いよく立ち上がった。


「いいよ、今日は私が出すっ、行ってくるっ」

 言うが早いか一成の制止も聞かずみつきは廊下に駆け出した。ぱたぱたと遠のく足音が途中で途切れず階段を降りた気配に、一成は知らずと安堵の息をついていた。



 一成はみつきの買ってきたコーヒーを2、3度軽く振ってから、プシュッと音を立てて開けた。何も言わなくてもいつも一成が飲むコーヒーを買ってくるみつきに、一成は誰にともない優越感を感じながらそのコーヒーを一口飲みこんだ。

「なあ、みつき、沙紀がお前と遊びたいって言ってんだ。期末終わったらどっかで一日時間作れよ」

「いいよぉ、どこ行く?」

「さあ?沙紀に聞いとくけど、たぶん海だな」

「海っ、いいね~、そしたら一緒に砂でお城つくろっと」


 みつきは一人盛り上がりながら楽しそうに体を揺らし、いつもの寝癖をぴょこんと跳ねさせる。そうして自分の買ってきたお菓子の袋と格闘していたけれど、なかなか開かないそれを見て一成が何も言わずに手を出した。お菓子の袋もろくに開けられない鈍くささに呆れきっている一成のしかめ面にも、みつきは無邪気に笑って見せた。


「それ新製品なんだよ、また今日見っけたの」


 みつきは得意げに言いながら一成が一回で袋を開封したのに拍手すると、わくわくしながら袋にさっと手を伸ばしその口元をほころばせた。

「ん~、おいし」

「そうかそうか、よかったな」


 チョコビスケットの季節限定版、コンビニで買える駄菓子をみつきは瞳を閉じながらゆっくりと味わって飲み込んだ。口直しはいつもの甘いジュースだ。


「カズもどうぞ」


 みつきは一成がほとんど甘いものを口にしないことを知りながら、一つ摘み上げて差し出してくる。一成はコーヒーを口元に運びながら小さく首を振り、甘いお菓子の口直しが甘いジュースで出来るみつきの才能に顔をしかめた。


「いらねぇ」

「そう?おいしいのに…」

 みつきは一成のそっけない口調に軽く口を尖らせて、手にしたビスケットをぽりぽりと噛み砕いていく。砂のお城に甘いジュース、それに至福の笑顔を浮かべるみつきの姿に一成はあきれきっていた。こんな子供みたいなのをどんなとんびが狙うってんだ、一成は苦々しく昨日の会話を思い浮かべた。



「カズ、明日だねぇ、遊園地。行かせてあげないわけ、やっぱり」

 一成は洋平の口はしに浮かんだもの言いたげな様子に眉をしかめた。こういうときの洋平に、不用意な発言はご法度だ。一成はそれをよくよく噛み締めながら腕を組むと、みつきに言い切ったときのように口調を強めた。


「行かせるわけねぇだろ、もう期末まで時間がないんだ」


 一成は、これ以上は何も聞かない、何も言わないという態度を精一杯して見せたけれど、これで洋平が大人しく引き下がるはずもない。洋平は頑なな態度で自分を拒絶する一成の顔を先程よりも数段意味深な笑みを浮かべて覗き込んだ。


「ふ~ん…カズって結構独占欲強いねぇ」

「どっ…独占…欲…?」

「そ、前はそんなもののかけらも見せなかったじゃん?一回寝たらぽいっ、一回やったらぽいって、名前どころか顔すら満足に覚えなかったくせに」


 洋平はぽい、ぽいっというたびにゴミ箱に何かを放り投げるしぐさを大げさにしてみせると、それに顔をしかめる一成に身を乗りした。


「ね、ほんとは遊園地に行くのがダメじゃなくて、元と行くのがダメなんじゃん?」

「元…?冗談じゃねぇ」


 一成がまるで一緒にしてくれるなとばかりに洋平の言葉を一蹴すると、洋平はだよねぇと小さく呟きながら一成に同意を示してうなずいた。しかし、そんな協力的なそぶりは一瞬で、洋平はすぐに顔をしかめたままの一成に向かってにやりと口元を歪めて見せた。


「ま、元じゃあカズのライバルには役不足だけどさ、でも…あんな風にお願いしてきてほんとはみつきちゃん、カズより元と一緒にいたいんじゃない?みつきちゃんほんと元のこと好きだもんね」


 便利な友達として、洋平はわざと最後の言葉を飲み込むと一成の反応をうかがうように口元に笑みを浮かべた。洋平のとどめの一言はあらかじめ計算されていたに違いない、一成は参考書を握る手に無駄な力がこもるのをどうにも抑えがたく、洋平の意味深な視線から顔をそらして参考書に目を落とした。しかし何度文字の羅列を目で追っても、もう一成の頭には何も入ってこない。一成がイライラしながら必死にアルファベットを睨み付けていると、洋平が溜息混じりに呟いた。


「カズ、絶対欲求不満だって。みつきちゃんと会ってから一回もLIvRA行ってないじゃん、気づいてた?」


 気がつかなかった、それが一成の本音だったけれど、一成はそう言いそうになったのをこらえ、出来る限りあきれたそぶりを装って洋平に肩をすくめて見せた。


「これでも俺は忙しいんだ。沙紀とみつきの子守に、自分の勉強もあるんだぞ?俺はLIvRAに行かないんじゃない、行けないんだ」

「物はいいよう、日本語は便利だねぇ…まったくカズはそうやってすぐ自分の気持ちごまかしてさ…ま、僕はどうでもいいけど、そうやってごちゃごちゃ言ってるうちに、どっかの誰かに、とんびに油揚げってことになるよ」

「とんび…?」

「そ、とんびに掻っ攫われてから、その時になって泣きついても僕は知~らない」


 わけが分からないと眉をひそめる一成にはお構い無しで、洋平は手近なソファに体を沈めて雑誌をぱらぱらとめくり出した。


「おい、洋平っ、どういうことだっ」


 一成が洋平のひょうひょうとした物言いに声を荒げ、思わず掴みかかりそうになった腕を浩一郎に掴まれた。一成が浩一郎を振り向くと、浩一郎は一成に向かって静かに首を振っていた。まるで、洋平に何を言っても無駄だとばかりのそのしぐさに、一成の体の熱が急速に引いて行く。


「浩…」

 助けてくれ、一成が洋平の意地の悪さにすっかり辟易し、幼馴染の浩一郎に救済をもとめる視線を向けると、浩一郎は一成の肩をぽんっと叩き眉をしかめた。


「カズ、よく目を凝らせ。とんびはその辺を旋回してる」

「…ウサギ…かわいかった…」


 浩一郎と晴彦にたたみかけられ、一成の心に寒風が吹きすぎて行ったのを思い返しながら、目の前で今度は別のチョコを齧りだしたみつきを別世界の生き物を見る思いで見ていた。洋平の目は腐ってる、とんびにだって餌を選ぶ権利はあるだろ、一成はそう思いつつ知らずとどこかにいるかもしれないとんびに目を光らせずにはいられなかった。


<<第3章 寝ぐせ姫と鬼王子 終わり>>

次話から第4章となります♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ