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寝ぐせ姫~いつも一緒に~  作者: 蟻屋紋吉
第3章 寝ぐせ姫と鬼王子
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第3章 寝ぐせ姫と鬼王子(8)

 梅雨の中休みとなったその日、澄み切った青空に白い雲が美しいコントラストを描いていた。天候が懸念される時期ながら無事学園祭開催にこぎつけた黎明学園高等部には、近隣だけでなく遠方からも多くの来客が見込まれていた。一成はかねてから学園祭に遊びに行きたいと駄々をこねていた沙紀を説得しきれず、母親に連れられて校門をくぐった妹を迎えに出向いていた。


「一成、じゃあ沙紀のことお願いね。沙紀、お兄ちゃんの言うこと良く聞くのよ?お母さんちょっとあっちで役員のお仕事あるからね」

「うん、お母さんいってらっしゃい」


 母はPTAの出店の手伝いと言いながら沙紀を一成に引き渡し、さっさと顔見知りの母親同士で話に花を咲かせ始めてしまった。これが始まると長いのはどこの家でも同じだろう、一成は自分にはない社交性を煌かせる母親を尻目に沙紀の視線まで腰をかがめて微笑んだ。


「沙紀、どこかみたいとこはあったか?」


 校門入り口で渡されたパンフレットに見入る沙紀の横から学校の見取り図を開かせると、一成は中庭に1年A組のクレープ屋を見つけ押し黙った。みつきがさんざん遊びに来るように繰り返していたのを忘れたわけではない。けれど一成は出来る限り沙紀が中庭を指差さないように知らずと祈っていた。


「クレープ屋さんがいいな」


 沙紀は兄の心の中を覗き見たのか見ていないのか、屈託ない笑みとともに一成の手を取るとくいっと軽く引き付けた。まるで案内してと促されたような手の動きに一成はげんなりしそうだった。いつもはあたたかな心持のする沙紀の手が、今日は手かせのように感じられるのは仕方ないことだった。


「クレープじゃなくて甘いの売ってるとこなら他にもあるだろ?沙紀、ケーキも好きじゃないか」

「うん、好きだけど、今日はクレープ屋さんがいいの。さっきね、ピンクのウサギさんからこれ、もらったの」


 沙紀は一成と合流する前に受け取ったという紙切れを一成に差し出して微笑んだ。そこにはどこかでみたような稚拙な文字で、「うさぎの割引あり」と書かれていた。


「あのね、ピンクのウサギさんがこれみせたら苺たくさん乗せてくれるっていったの」


(―みつき…あいつわかっててやってんじゃねぇだろな)


 沙紀の言うピンクのウサギがみつきであるということはもうこの文字を見れば分かる、一成はまるで沙紀と一成を誘導するようなみつきの奇跡的なまでの手腕に舌を巻く以外ない。


「じゃあ…行くのか…?…ここ…?」

「うん」


 沙紀はためらうそぶりを隠さない一成に満面の笑みを浮かべると、一成から離れないようにいつものようにきゅっとその手を握り締めた。


「ほんとに…行くのか…?」

「うん」

 沙紀の気が変わらないかと祈りながらの声かけにも、沙紀の返事に迷いはない。こうなってしまっては仕方がない、一成は妹かわいさにその手をはねつけられないとわかっていながら、深い溜め息をもらした。



 妹を連れ歩くカズ先輩という恰好の被写体になりながらたどり着いた中庭は、数店の飲食店がひしめいていた。この中のどこかにみつきがいるはずだ、一成が溜め息まじりに辺りを見回すと、くだんのピンクのウサギの着ぐるみが手を振りながらよたよたと近づいてきた。

「カズ~、カズ~、カズカズカズ~」

「みつき…」

「カズ見て、見て。ウサギだよ、ウサギ」


 一成は何度も名前を連呼されることに顔をしかめ、ピンクのウサギの中身を思うと苦々しく、その奇天烈極まりない姿から思わず足を早めて逃げ去ってしまいたくなった。けれどみつきがピンクのウサギの着ぐるみから顔だけをのぞかせ、くるりと一回りしてみせたことにはついつい危ないと手を差し伸べてしまいそうになる。


「みつき、やっぱりおまえだったか…」


 そのウサギの気ぐるみは小柄なみつきにはずいぶんと大きいのか腕も足もだぶつき、首から呼び込み用の看板をぶら下げた大きな頭の部分に重心が傾いてよろめく足取りがおぼつかない。


「やっぱりってなにぃ?ウサギさんだよぉ、ウサギさん」


 みつきは着ぐるみが気に入っているようで、すでに立派な耳が付いているというのに、頭の上に両手でウサギの耳を作り、ウサギを意識してぴょこぴょこと跳び跳ねた。そうして浮かれたみつきは、着地を失敗するとその張りぼての頭を転がしながらその場で転んでもがきだした。


「ったく…お前は…ほら、なんでそう転ぶのがうまいんだ…」


 なぜ何もない場所でこうもうまく転ぶことが出来るのか、一成は相も変らぬみつきの間抜けぶりに小さくため息をつくと、倒れてもがくウサギを抱き起こした。


「だってぇ…見て欲しかったんだもんウサギ…」

「はいはい、ちゃんと見てんだろ。だぶだぶしてんだからいつもより気をつけねぇところぶってわかんねぇのか?」


 立ち上がったピンクのウサギの汚れを払った一成が、苦笑しながら少し嫌そうにウサギの頭をみつきに被せようとしたその時、みつきがはたと動きを止めた。


「カ…カズ…この子…」


 一成とは正反対の目元の愛くるしさ、一成のシャツをきゅっとつかんだ白い指、ツインテールのよく似合う少女の姿に、みつきはあんぐりと口を開けている。


「さっき校門でナンパした子だ…すっごいかわいいと思ったの。なんで一緒にいるのっ?」


 校門でナンパしたというみつきのチラシを握り締めている沙紀と一成を交互に見比べながら、みつきはすっかり瞠目している。一成は先ほどまでみつきを避けていたことなどすっかり忘れ、少し照れくさそうにけれどかなりうれしそうに胸をそらせた。


「前に話したことあったよな?俺の妹、沙紀だ。沙紀、こっちのウサギはみつきだ」

「うん。ウサギさん、こんにちは」


 沙紀は一成に紹介されるとみつきに向かって微笑んだ。色白の頬を上気させたその微笑みはみつきの心を一瞬でとろかせ、みつきは何を考えることなくその小さな沙紀の体を抱きしめていた。


「沙紀ちゃんっ、ずっと会いたかったのっ」


 みつきは沙紀のやわらかい頬に何度も頬ずりしながら、繰り返し沙紀の愛らしさを絶賛した。


「カズっ、カズにあんま似てなくてかわいいねっ」


(―どういう意味だっ)


 みつきにさり気なく蔑まれつつも、一成としては最愛の妹を絶賛されそう悪い気もしない。みつきがかわいいかわいいと沙紀を愛でる姿を少し誇らしげに見つめていると、沙紀もみつきをすっかり気に入ったのか小さなその手で、みつきのだぶついた袖をきゅっと握り締めた。


「うさぎさんもかわいいよ?」


 みつきは沙紀に袖を掴まれただけで顔がにやけるのか、すっかりとろけた瞳で沙紀を見つめて大きくかぶりを振った。


「ううん、沙紀ちゃんが一番かわゆい。そだ、私のクラス向こうでクレープ焼いてるから、沙紀ちゃんスペシャル作ってもらおっ、ね?」

「うん」


 言うが早いかみつきは一成の了承も得ず沙紀の手を取りさっさと自分のクラスのブースに向かって歩き出す。一成はみつきに返しそびれたピンクのウサギの頭を手にしたまますっかり蚊帳の外だ。


「おい…なんかすげぇむかつくぞ?」


 みつきにも沙紀にもすっかり忘れ去られた一成は深いため息を洩らしながら頭をかくと、人混みを不器用に動くピンクの塊を目指して歩き出した。


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