第3章 寝ぐせ姫と鬼王子(6)
入学式、こういう儀式につきものの長話。暇をもてあました元は隣に座るみつきを横目で観察しながらしきりに首をかしげていた。みつきは式の冒頭から欠伸を連発し、やがて口をぽかっと開けてしっかり眠り始めた。
(―こんなに小さくて子供っぽい子が、カズ先輩の彼女ってわけないよな……妹は確かまだ小さかったはずだし…従兄弟とか、はとことか、遠い親戚とか…幼馴染とか?)
元がもともと足りない知恵を総動員して一人憶測を廻らせていると、みつきの首ががくんとおちた。上半身もがくっと落ちたような気配に、目覚めるかと思ったみつきは一向に起きる気配を見せない。
「みつき…おい、寝すぎだって…みつき…」
元が辺りに気を配りながら揺れ動くみつきの肩を小突くと、ようやくみつきがピクリと体を起こし寝ぼけまなこで元を見上げた。
「ふにゃ…?どしたの?」
その舌足らずなみつきの寝ぼけた声、どう考えてもあの一成と関係があるとは思えない、いや、思いたくない。
(―俺の見間違いか?)
散々考え抜いた元はもうわけが分からなくなり、自分を疑う以外答えが見出せなくなりそうだった。そしてのんきに欠伸を繰り出すみつきのそぶりに、ぐだぐだと憶測している自分が急にバカらしくなった。
(―あぁっ、もうめんどくせぇっ。本人に聞くのが一番早いっ)
今度は自分の肩を枕に眠り始めたみつきを小突き起こすと、元は寝ぼけまなこのその耳元に囁いた。
「なあ、お前さ、カズ先輩とどういう関係?」
みつきは寝起きの頭で欠伸の涙を拭いながら、元の問いかけに一瞬首をかしげた。頭が働いていないのか、みつきは根気よく元が繰り返した二度目の質問にようやく思い当たった様子で微笑んだ。
「ふぁぁ……カズはねぇ…波乗り…あふっ…叔父さんと…来るの…お店…」
みつきは遠慮なしに繰り出した欠伸に言葉を途切れさせながら、ようやくといった具合でそう答えた。言葉のつながりなど無視した説明だったけれど、なんとか元にも意味は通じた。
「そか…カズ先輩サーフィンするもんな…そのお店つながりってことか…そか、そか…なんだ…」
よかった、そんな風に言葉が続きそうになって元は自分でも驚いた。みつきと一成は血縁でもましてや恋人でもない、そのことが元にどう影響するかなんてその時は考えてもいなかった。みつきはそんな元のそぶりなど気にも留めず、今度はみつきが首をかしげて口を開いた。
「ね、元ちゃん。元ちゃんはカズのこと知ってるの?」
「知ってるも何も、この学校でカズ先輩のこと知らない人間なんていないって」
「ほえ…そなの?カズって有名人なの?」
「有名人っていうか…どこにいたって目立つ人だろ?」
「ん~~~…そなの?」
みつきは元の言葉に目を見張り、大きな瞳をぱちぱちと音がしそうなほどまたたいた。元はそんなみつきのそぶりに逆に瞬きながら、眉をしかめてみつきを覗き込んだ。
「そなのって…お前変わってんな…」
「そかな?」
舌足らずに首をかしげながら、人差し指を顎にあててみつきは何度も首をかしげている。元はどうも話がかみ合わないもどかしさと、みつきのぼやけた返答にだんだんと苛立ちが募ってくる。
「だってあのカズ先輩だぞ?俺なんて小等部からずっと一緒だけど、あの人が洋平先輩とか以外で話してんの見たのはお前が初めてだぞ」
「ん~~…それってカズには友達いないってこと?」
みつきは本気で一成を心配しているのか、その眉根はしっかりハの字に下がり、黒い瞳は少し潤み始めていた。元はそうじゃないんだとつい声音を高めそうになってからここがどこかを思い出し、無理やり咳払いを繰り出すことで一旦心の平静を取り戻した。
「違うって。カズ先輩には友達が少ないんじゃなくて、そういうの必要ないんだって」
「友達は必要だよぉ」
「だからそうじゃなくて…あのな、カズ先輩ってすげぇ完璧なルックスしてるだろ?黙ってたって誰もほっとかないんだって」
「ん~~~」
「わかんねぇ?」
「うん、わかんない」
もうお手上げです、元はそんな思いでみつきの天然ぶりにがくりと肩を落とした。自分の説明力のなさもさることながら、なんとなくみつきとは論点がずれている気がする。みつきには一成の魅力が分からないのだろうか、美的感覚がずれているのかもしれない、元はそんな風にすら思っていた。
「お前さ、カズ先輩といてカズ先輩がかっこいいって思ったことないわけ?」
「あるよぉ、あったり前じゃん」
そうだろ、とみつきの美的感覚が人並みである事に安堵し、だったらわかるだろうと言葉を続けようとした元の口はまたぽかんと開く事になった。
「だって、あたしのお父さんだもん」
「お…父さん…?」
「そだよ、お父さん」
その時一成を想って浮かべたみつきの笑顔を思い出し、元は自室のベットの上で思わず頬を染めた。けれど淡い思いに緩んだ元の口元は、果てない現実にすぐに深い溜め息に変わった。
(―お父さん…ほんとかよ…みつき…)
一成と話すとき、一成のことを話すとき、みつきの笑顔が極上にかわいいこと、それに元は気付いていた。そして同時に、自分の見初めた笑顔が自分に向けられたものでないことにも気が付いていた。
(―…俺、ばかだ…)
そんなこと気付かなければ良かった、気が付かなければ元はまだ救われていたかもしれない。元はあの廊下で一瞬にして一成に飲み込まれてしまった自分のふがいなさを思い返し、その情けなさに苛立つ自分を叫び出したい衝動に駆られた。
(―俺はばかだっ、どうしようもねぇばかだっ)
元はなにに当り散らしたいのか、もうそれすらわからない。ただ内側からもどかしさが溢れ出て、怒りたいのか泣きたいのか、自分でも掴み取れない感情が沸き起こる。海にでも走り出て叫び出したい衝動、それが一番しっくりくるかも知れない、元はそんなわけのわからない思いを抱え、ひとしきり自室のベットでもがき果てるとふと深いため息をついた。
「勝てるわけ…ないんだよな…」
元は煌々と灯る自室の蛍光灯を持っていたクッションで覆い隠すようにしながら、目を閉じた。
(―相手はあのカズ先輩だぞ…)
元は抱きしめたクッションを盾に、難攻不落の城塞に挑むような気持ちだ。こんな頼りない防具はゲームにもないだろう、自分は真の勇者にはなれそうにない、元は溜息に溺れていくしかできなかった。




