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寝ぐせ姫~いつも一緒に~  作者: 蟻屋紋吉
第2章 寝ぐせ姫と桜の木
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第2章 寝ぐせ姫と桜の木(9)

 4月最後の授業を終えて、みつきは皆の反対を押し切って入部を果した部活動にいそしむため軽い足取りでグラウンドに向かっていた。みつきがチア部に入ると言ったとき、一成は反対した。どうせ怪我するに決まってる、良太も不安げにしていたけれど、みつきは存外楽しそうに部活に励んでいた。


「おい、みつき、そんなに浮かれてると転ぶぞ」


 相変わらずの寝癖がぴょこぴょこと跳ね、鼻歌交じりにジャージの入った巾着袋を振り回し廊下をいくみつきの背後に溜め息交じりの一成の声がかけられた。


「ありゃ?カズだ~、やほぉ」


 みつきが軽妙なステップのまま振り向くとジャージ入りの巾着袋が遠心力となって小柄な体がバランスを崩した。そんなみつきの注意力のかけた行動などすっかりお見通しの一成の腕に、みつきの体はすっぽりとおさまった。


「やほぉじゃねぇ。気をつけろよ、いつも言ってんだろ?」

「わかってるよぉ、今日はまだ転んでないもん」

「そんなの当たり前なんだよ。まったくお前は…」

「わかってるってばぁ、カズなんか用事あったんでしょ?あたしこれから部活なんだよぉ」


 急いでるの、とでも言うようにみつきは一成のお小言から逃れようとその場で駆け足しながら忙しさをアピールしてみせる。本当はさして急いでいないのが分かっていても、そうされるとなんとなく気ぜわしくて、一成はみつき相手についつい長くなりがちな小言を早々に用件を切り出した。


「みつき、今日の部活は何時に終わるんだ?」

「ん?部活?…今日は早いと思うよ、なんで?」

「いや、あんまり遅くなると良太さんが心配するだろ。遅くなるならちゃんと良太さんにそう言っとけ。昨日もあんまりお前の帰りが遅いって、心配して俺に電話かけて来たぞ」

「あ…そだったの?ごめん、ごめん。昨日は携帯の充電切れちゃったんだよね」

「ったく、お前はそんな風にのんきでいいけどな、良太さんは気が気がじゃないみたいだったぞ。まるでお前が誘拐されたみたいに動転してた」

「あ……えと…うん、わかった…」


 昨日の良太の電話口の焦燥を少し茶化しながら一成が笑った言葉に、みつきの視線は明らかに泳いだ後、すぐに一成に向かって小さく微笑みその腕を軽くたたいて見せた。


「今日はだいじょぶ、後で電話しとくね。カズ、ありがと」


 みつきの笑顔のぎこちなさと腕に触れたその手の微かな震え、その違和感に一成はいぶかしみながら小さく吐息をついてみつきの頭に手をのせた。


「そうか?じゃあ、俺もまだしばらくは学校にいるから、終わったら電話しろ。また良太さんの過保護っぷりに火がつく前に俺がお前をマイスナに送ってやらないとな」

「ほんとっ、カズ一緒に帰ってくれるのっ?」


 みつきは一成の言葉に瞳を輝かせると声をはずませて一成のニットをきゅっと握り締めた。一成はみつきの瞳いっぱいにきらめく輝きに安堵しつつ、けれどみつきの頭にあるだろう想いを先読みして口を開いた。


「あ…ああ…なんだよ、その目は…送っては行くけど、寄り道はしないぞ」

「寄り道はしなくていいけどカズも一緒にご飯食べよ。叔父さんにお願いするから、ね?」


 みつきの哀願にほだされた一成が返事の変わりに小さく微笑むと、みつきは嬉しそうに飛び跳ねながらグラウンドに向かって体を翻した。すると、それに合わせてジャージの入った巾着袋もくるりと周り、寝癖の付いた髪の毛もぴょこんと跳ねあがる。


「じゃ、カズ待っててね。大急ぎで終わらせてくるっ」

「あっ、おいっ、走るなよっ、転ぶぞっ」

 良太に負けないくらいの一成の過保護な声にもみつきはにこやかに手を振ると、案の定階段に一度つまずいてから一気に部室にむけて走り去っていった。



「みつきいいなぁ…」

 連休前のこの日、いつも通りの練習メニューをいつも以上に積極的にこなす浮き足立ったみつきに並走しながら同じ一年部員の千秋が口を開いた。


「ん~、なにがぁ?」

「なにって、わかんないの?」

「わかんないよぉ、なんのこと?」


 みつきの勘の悪い間の抜けた返事に、千秋は高い位置で結い上げたポニーテールを軽く左右に振りながら、いつものはつらつとした表情を少し曇らせ小さくため息をついた。


「もう…ま、そこがみつきのいいところなんだけどさ…カズ先輩とあんなに傍にいられることだよ。みつきはそのありがたみがさ、全然分かってないんだよねぇ」

「そかなぁ…」


 残りはあと半周、みつきは浮ついた自分の足に自分で足をかけて転ばないように精一杯注意をはらわねばならずついつい返事がなおざりになっていた。すると千秋はそんな気のないみつきの返事に口を尖らせ、みつきを軽く小突くしぐさをしてみせた。


「だってさ、あたしなんてみつきよりずっと前からカズ先輩のこと見てんのに、話したことはおろか、声を聞くこともほとんどないんだよ?ましてあんな風に笑ってもらったり、一緒に帰る約束なんて、夢のまた夢だよ」


 千秋は自分の中の醜い感情を悟られまいとわざとおどけた口調に聞こえるように精一杯気を配りながら大げさなくらい深い吐息をついた。するとみつきは千秋の嘆きに心底不思議そうに首をかしげてから、名案を思いついたとばかりに瞳を輝かせた。


「そだっ、じゃあ千秋ちゃんも一緒に帰ろっ。今日はね叔父さんとこで一緒にご飯食べるんだよ」

「え…嘘…いいの…?」

「千秋ちゃんは友達だもん、遠慮はなしよ」


 期待に胸をはずませながらそれでも少し伺うような千秋の視線に、みつきは微笑んで力強くうなずいた。


「おじさんのハンバーグすっごいおいしいんだよ」


 微妙に的を外れたみつきの屈託ないそぶりに千秋は少し目を見開き、小さく芽生えたみつきへの嫉妬心に強い罪悪感を覚えた。もしもカズ先輩が私にだけ微笑んでくれるなら友達だって犠牲にしてもかまわない、千秋は心の奥底に潜む恥ずべき気持ちに小さくため息をつくと、そんな気持ちから自分を切り離すようにゴールラインを力強く踏み抜いた。


「せっかくだけど…今日はやめとく…」

「え~なんでぇ?一緒に帰ろうよぉ、大勢の方が楽しいよ?」


 千秋はしきりに残念そうにすがりつくみつきの口調の裏を読もうとしていた。そうしてすぐにそれが浅はかな勘ぐりに過ぎないと悟ると、みつきの無垢な瞳に自分の嫌な部分をさらけ出された羞恥心からほんのりと頬を染めて俯いた。


「だって…汗臭いじゃん…」

「え…」

「それに今日はメイク道具も忘れてきちゃったし…」

「え~…そんなのカズは気にしないよぅ」

「せっ先輩は気にしなくても、私が気にするのっ」


 千秋が照れ隠しと罪悪感から振りほどこうとしたみつきは思いのほか勢いよく吹き飛ばされ、土煙ととももに尻餅をついていた。


「あっ…ごめん、みつきっ、大丈夫っ?」

「うん、だいじょぶ…こほっ…だいじょぶ」

「ごめん、みつき…ほんとに、ごめん…」


 乾いたグラウンドに舞う砂埃の中でみつきを助け起こしながら千秋は何度も申し訳なさそうに謝り続けた。そこには小さなみつきの体を突き飛ばしたことにくわえて、天真爛漫なみつきを妬んだこと、うらやんだ自分への罪悪感も同時に謝罪していた。


「え~なんで千秋ちゃんが謝るのぉ?あたしがドジなんだよぉ…これだからいっつもカズに怒られるんだよねぇ…」


 みつきは最後に手のひらを軽く払いながら、無事であることを示すようにくるりと一周軽やかにまわって見せた。そうして微笑んだみつきの笑みには、計算など微塵も感じない無垢な思いが満ちていて千秋はますます胸が痛む。


「ごめん…」

「もぅ…ほんとにだいじょぶだよ?」

「うん…」


 みつきのまっすぐ自分を見つめる瞳、その真っ正直な純粋さが印象的ですぐに友達になれた。けれど今はそのまっすぐな瞳が少し辛くて、千秋の視線はみつきから逃れるように校舎へと続く渡り廊下へとさまよった。

 その視線の先、そこには夕焼けに染まる校舎を背に、黒いシルエットが浮かんでいた。細身ながら逞しく、長い手足が優雅にグラウンドに向けて歩みを進める。時々髪をかきあげるしぐさまで計算されているような完璧さに、千秋は夕焼けと同じくらいに頬を染めずにはいられない。


(―カズ先輩…)


 何度も夢に見た、何度も胸に思い描いた、その人が自分を手招いてくれることを。けれどその人の瞳に自分が映ることはない、頭で分かっていても心が追いつかないのはどうにもしようがなかった。千秋は知らずと一成に惹きつけれてしまうその視線を無理やりはがし、ジャージに付いた砂埃をぱたぱたと払うみつきにむかって微笑んだ。


「みつき……カズ先輩来てるよ」


 ぎこちなくならないように精一杯気をつけて、でもばれない自信がなかったせいでその微笑みは俯きがちになる。促されてようやく顔をあげたみつきには、千秋のポニーテールが風に揺れているのだけが見えていた。


「ほら、いこ」

 千秋はみつきに瞳を合わせないようにみつきの華奢な手を掴むと、今度はみつきが転ばないように校舎に向かって促した。


<<第2章 寝ぐせ姫と桜の木 終わり>>

次話から第3章となります♪

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