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寝ぐせ姫~いつも一緒に~  作者: 蟻屋紋吉
終章 寝ぐせ姫と王子様
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終章 寝ぐせ姫と王子様(2)

 一成の自宅の居間は、煌々と灯る蛍光灯の明かり以上に明るい声音に満ちていた。カーテンの隙間から漏れる一筋の煌きに庭先のサーフボードが浮かび上がる。カバーをかけられたまま放置されていたボードも近々またマイスナの定位置に立ち戻れることを喜んでいるようにも見えた。


「みつきちゃん少し痩せちゃったかしら?」

「ん~…ちょびっとですよ?すぐもどっちゃいそうだけど…」


 一成の母の出したお茶に口をつけながらえへっと照れ笑いを浮かべるみつきをみながら一成は大きくうなずいた。


「まあ間違いないな。マイスナであんだけ食ったのに、また食べてるもんな」

「だってぇ…カズのお母さんの料理おいしいんだもん」


 みつきは一成の母の料理にちょこちょこと箸をのばして堪能しながら、ちゃっかりと最後に味噌汁まで飲み干していた。


「一成はみつきちゃんなら太ってても痩せててもいんだもの、みつきちゃん安心してね」

「そかなぁ…?」


 みつきは一成の母の微笑みに小さく微笑みながら、そのまま視線を一成にむけて首をかしげた。


「太っちゃっても好き?」

「なっ…ばっ…ばかか、お前はっ…」


 一成が親と妹の前でされたあまりに直球な質問に答えることなどできるわけもない。一成はみつきに覗きこまれた顔をそらし、首筋までそめながら箸をおろした。


「みつきちゃんは素直よねぇ…一成とは大違い。沙紀、ご飯終わった食器もって来てちょうだい」

「…お兄ちゃんお顔真っ赤よ?」


 母親の嘲笑交じりの微笑みに、妹にまで小さく微笑まれて一成は両手で顔を覆ってそのままうつぶせた。みつきはその一成の背中に首をかしげて、そしてそっと耳打ちした。


「あたしはカズがかっこよくなくても好きだよ?カズが一番好き」


 みつきの囁きに一成が顔を覆っていた手を離したときにはみつきも食器を手にして台所に歩き出していた。


「みつき…」


 一成は立ち去るみつきの背中を見つめながら、その小さな丸みがすっかり取れてしまったことに寂しさすら覚えていた。一年前は子供っぽさの残る丸みのある体つきが愛らしくもあったけれど、いまはだいぶ丸みが取れ指先はほっそりとしてしまっていた。


 太っても痩せても好きかといわれても、そんな事に応えることなどできるわけない。一成はそんなことよりなによりもいまはただみつきがいるということだけで満足だった。何事も過ぎるというのはよくないけれど、いまのままの体型でも一年前の体型に戻っても気持ちに変わりがあるとは思えないかった。


(―好きに決まってんだろ)

 一成の囁きは台所で皿を洗う母の傍らで自分がこれまでどれだけ皿を割ったか、笑いながら話しているみつきには届かない。台所から沙紀と母の楽しげな笑い声が戻ったこと、そこに一成は小さく吐息をついていた。



 一成の自宅からみつきの自宅まで歩くと少し距離はあるけれど、一成は今日は少し遠回りの道筋を選んで歩いていた。みつきはいつもと違う道順を不思議に思うことなくいつも通りに一成の手にひかれるまま歩き、時おり寒さに肩を震わせながらマフラーの内側に顔を半分ほど埋めていた。


「みつき…ちょっとおいで」

「ん…?どしたの、カズ?」


 一成はみつきの問いかけには答えずに、遠回りな道のりを選んだその理由に近づいていった。そこには一成や沙紀が小さな頃よく遊んでいた小さな公園がほのかな街灯に浮かび上がっていた。


「わぁ…こんなとこに公園なんてあったんだね」


 みつきは小さな公園の片隅の小さなブランコに駆け寄ると懐かしそうにその鎖に触れて腰掛けた。きいっと金属のきしんだ音を立てながらみつきが小さく漕ぎ出すと、一成がその前を覆うように鎖に手をかけた。その瞳は真剣で、地面に膝をついた一成の視線とみつきの視線が同じ高さで見つめ合った。


「みつき…俺、このまま黎明の大学に行く事にした」

「どして…?」


 みつきは一成の意を決したような声音に瞳を瞬きながら首をかしげ、一成の苦渋の決断を揺るがすように寂しげな瞳で一成を見つめていた。一成はそのみつきの瞳の色を見つめながら、錆付いたブランコの鎖を握る手にぎゅっと力をこめた。


「たった2週間だ…昨日までお前と離れてただけで俺はどうしようもないくらい苦しかった。このあと一年一緒にいてもその先4年以上離れるなんて…出来るわけない」

「カズ…」

「だから総一郎さんには悪いけど、俺…」

「だめだよ」


 一成の決意を乗せた言葉を遮ったみつきの声は公園に留まっていた静寂を切り裂くように静かに響いた。一成はその静かだけれど強い否定の言葉に一瞬虚をつかれて押し黙っていた。


「だめ…?」

「うん、だめだよ。カズ、夢は諦めちゃだめ。あたしと一緒にいるために夢を諦めちゃうならだめ。カズは東都に行かなきゃだめなんだよ」


 みつきはブランコから手を離し一成の両腕にすがるように体をゆすり、頭を何度も振ってダメだと言葉を繰り返した。その瞳はすでに涙が押し寄せていて、一成はその涙に困ったように眉根を寄せて口を開いた。


「でも…」

「だいじょぶだよ、あたしは。一年くらい我慢する」

「一年…?」


 みつきは涙を拭いあげると一成のいぶかしむ声音に首をかしげて、無理やり笑顔をつくりだした。


「そ。東都はあたしじゃ無理だけど、近くの大学ならいけるとこもあるかもしれないじゃん?だからだめだよ」

「みつき…」


 みつきの泣き笑いの微笑みとその健気なまでの懇願に、一成はたまらずこみ上げる愛おしさをそのままに小さな体を抱き寄せた。その体はやはり一年前に比べればだいぶほっそりとしてしまっていたけれど、それでもこの愛おしさに変わりはない。一成の腕はその体を抱き寄せながら、みつきの腕が自分の体を抱きしめ返してくれることを嬉しく思っていた。


「ほんとに…いいのか?」

「うん。寂しいけどだいじょぶ。だってカズがうれしいって思ってくれることが一番うれしいんだもん」


 みつきが一成の胸に頬を寄せ、瞳を閉じながら微笑んでいる。一成はそっと体を離しながらみつきの柔らかくはねた髪へそっと口付けた。


「みつき…俺も…俺もお前が笑ってるのが一番いい」


 みつきは一成の愛おしさを乗せた囁きを楽しむように瞳を閉じると、一成のコートに顔を埋めてその体を抱きしめた。小さな両手に包まれて、一成も静かに瞳を閉じた。小さな公園の錆付いたブランコが二人の想いを乗せて小さくきしんだ音をたてていた。



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