8.叱られた闇の森の魔女
アンナ・アンリが家に帰ると、そこにはオリバー・セルフリッジの心配そうな顔があった。
「どうでしたか?」と、彼は開口一番、そう尋ねる。どんな面接が行われたのか、彼は気が気でないのだろう。彼が紅茶とお菓子を居間に用意したので、彼女はソファに座ってまずはそこに落ち着いた。
セルフリッジが彼女を心配している様子に、アンナは喜んでいた。しかし、少しばかり緊張もしている。彼女は今日、失敗をした。それを彼がどう思うか。
紅茶を飲みながら、アンナは彼に面接であった事を説明した。それから、「どうして、セルフリッジさんは、わたしの権利を認めるよう申請してくれている事を、わたしに話してくれなかったんですか?」と、そう尋ねてみた。半分は誤魔化す目的で。
それに彼は困ったように返す。
「いえ、ほとんど認められる可能性のない申請ですから、アンナさんに余計な期待を抱かせるのもどうかと思いまして。それに、僕が申請した目的は、まだ他にもあってですね」
「他の目的ですか?」
「はい。僕があなたに利用されている、と皆に思わせる為です。それで、恐らく皆は僕を無能と判断するでしょう。“闇の森”を解放できたのは僕が優秀だからではなく、魔女の策略だろう、と。僕からあなたを奪おうとするのは、それがなくても同じでしょうし。いえ、優秀だと思われている方が、むしろより強く奪おうと思うかもしれない」
それを聞いてアンナは怪訝そうな顔をした。
「無能… だと、セルフリッジさんは評価されたいのですか?」
その時彼女は、今日本部で聞いた、セルフリッジを馬鹿にする会話を思い出していた。調査しか能がないヘナチョコ… と、彼はそう蔑まれていたのだ。
「はい。と言うか、僕はあまり警戒されたくないのですよ。優秀だと思われると、色々と動き難くになるので」
そうセルフリッジが答えても、まだアンナは怪訝そうな顔をしていた。それで続けて彼はこう言う。
「すいません。まだ、あなたにはそれほどたくさんの事をお話しできません。あなたが僕とずっと一緒にいると分かるまで、もう少しだけ待ってください。時期が来たら、ちゃんと説明しますから」
アンナはそれに黙ったまま頷く。それを受けると、次に彼はこう彼女に尋ねた。
「ところで、アンナさん。あなたはまだ僕に話してない事があるのじゃありませんか?」
その質問にアンナは固まる。
「なんで、そう思うんですか?」
「アンナさん、少し緊張していますから。いつもはもっとリラックスしているでしょう?」
彼は感知能力を働かせていた。
「はぁ…」と、答えてから、アンナは“千人殺し”と自称する女の魔人と出会い、彼女の所属する組織に勧誘され挑発されたのをきっかけに彼女を脅し、結果として、セルフリッジを守るよう契約させた事を話した。セルフリッジは彼女が話し終わるなり、何故か彼女を抱きしめる。
“あれ? なんで抱きしめてくるの?”
と、アンナはその行動に軽くパニックになる。しかし、それを同時に喜んでもいた。だが、彼のそのハグがいつもとは違う事も敏感に察していた。抱きしめ方が乱暴だったし、力も強い。それで彼女はこう言った。
「あの… もしかして、セルフリッジさん、怒っていますか?」
少しの間の後、彼は抱きしめる力を緩めるとこう言った。
「よく…… 分かりましたね。自分でもこれ、怒りの表現としてどうかと思ったのですが。怒っていますよ」
恐らく、彼は怒りの表現が下手なのだ。だが、それだけでアンナには充分に効果があった。軽く彼女は震えるとこう返す。
「あの… あの面接は、多分、ああするのが一番良くて、ですね…」
「はい。そこは信用します。少し大胆だとは思いましたが」
「では、どうして?」
そう彼女が質問すると、セルフリッジは再び抱きしめる力を強くした。
「自分でもそれは分かっているのじゃありませんか?アンナさん。そんな簡単な挑発に乗って、軽率に行動し過ぎです」
「でも… あれは、あの人がセルフリッジさんを殺すなんて言うから…」
「そんなのただの脅し文句に決まっているじゃないですか。僕なんかを殺しても、何の得にもなりません。立場が危うくなるだけ」
「でも…」
その段になると、アンナの声には涙が混ざり始めていた。それに気付くと、セルフリッジは腕の力を弱め、彼女の後頭部を軽く撫でてやる。これほど効果があるとは、彼にも少し予想外だったのだ。
「だって、わたし… セルフリッジさんを殺すなんて言われたから、怖くなって…」
「はい。反射的にやってしまったものは仕方ないと思います。そこはあなたも分かっているみたいですし、それほど怒っていません。ですが、問題はその後です」
「その後?」
「はい。どうして、アンナさんは、僕だけが無事で済むような対処をしたのですか? アンナさん自身の身を守ろうとしなかった?」
「それは……」と、言いかけてアンナは口をつぐんだ。あの時、彼女はセルフリッジの事で頭がいっぱいで、それを思い付きもしていなかったのだ。
「多分、僕は平気だと思います。僕は無能だと思われていますから、放っておいても無害だと判断されるでしょう。あなたが僕の為に行動しているというのも、恐らくは信用されません。僕はあなたに利用されている事になっているはずですから。
今回の件で、危険な立場になったのは僕ではなく、アンナさんです。連中から完全にマークされてしまった。連中を甘くて見てはいけません。彼らはいずれも戦乱の世に危険過ぎると判断されて封じられた連中です。しかも、どんな手段に出るかも分からない。
どうか、油断しないでください。慢心は危険です。あなたが、僕を失うのを恐れているのと同じ様に、僕だってあなたを失うのを恐れているのですよ?」
それから、セルフリッジはアンナを抱きしめる力を柔らかくする。軽く彼女を愛撫してやり、それからしばらく後で彼女を放す。彼女はそれですっかり元の落ち着きを取り戻していた。解放されると、彼女は言った。
「あの… だけど、対策なら執れます。その組織とやらの大体のメンバーは分かっていますから。あいつに組織のメンバーを思い出させるような尋問をして、その時にそれを感知したんです」
それを聞くと、セルフリッジは笑った。
「それなら、僕も分かっていますよ。予想に過ぎませんがね。白兵戦の得意な魔法騎士、シー・ゼット。呪いを得意とする、イー・ゴリアン。異常な怪力の持ち主、二ー・ウロン。緊縛魔法を得意とする、キャサリン・レッド。そして、今日アンナさんが会った、千人殺しの魔人、セピア・ローニー。メンバーはこの5人でしょう?」
その彼の言葉にアンナは目を丸くする。
「どうして、知っているのですか?」
その反応に、セルフリッジは困ったように笑った。
「アンナさんは、僕を本当の馬鹿だと思っていませんか?」
「いえ、馬鹿だとまでは……。でも、そんな事まで知っているとは、驚きです」
「アンナさん。普通、人とは縛り付けられたり、酷い扱いを受ければ反発します。特殊科学技術局が、管理しているロスト達だって、それは同じ。危険度が高いと、その縛りもきつくなる上に、元々、高い能力を持っている連中で知恵もある。当然、反発する為に協力し合うでしょう。ただし、監視されているから、大きな組織にはできない。反抗心の強い選抜メンバーで挑むはず。
と、そう思った僕は、以前からロストの怪しいメンバーに目を付けていたのですよ。この条件に一致するね。所属と活動記録くらいなら、誰でも閲覧できる資料ですから。そこから予想したのです」
それを聞くと、アンナは目を輝かせた。そしてこう言う。
「そこまで分かっているのなら、先手を打ってしまえば…」
「いえ、それは止めておきましょう。もちろん、警戒はしますが。連中を下手に刺激してしまうかもしれないし、僕は目立ちなくないんですよ。それに…」
「それに?」
「局が彼らに気付いていないとも、僕には思えないのです。勘の鋭い人もいるし。もしかしたら、彼らは手の平の上で踊らされているのかもしれない。ならば、僕らから仕掛ければ、むしろ僕らの方が、何か被害を受ける可能性があります」
「はぁ……」
アンナは彼の語りを聞いて考える。まだ、彼が何を目的に行動しているのかは教えてもらっていない。だが、この人は自分が思っていたよりもずっと“できる”人だ。そして、思っていたよりも、ずっと危険な事をやろうとしている。
“あなたは、わたしが守ります”
それから、心の中でアンナはそう呟いた。
「それにしても、アンナさんも随分と強くなりましたよね。もう、以前みたいに人前に出ても怯えなくなった」
その後でセルフリッジはそう言う。それを聞くと、アンナは微笑みながら返す。
「慣れて来て、“仮面”をつけられるようになっただけですよ。本当は今でも怖いんです」
そして、そう言いながら彼女は身体を傾けてセルフリッジに甘えた。彼はそんな彼女の頭を撫でる。優しく。
――特殊科学技術局。
人事部部長のセルビア・クリムソンは、局長のグロニアから呼び出しを受けていた。唐突な呼び出しだったが、何の用事かは簡単に予測できる。今日は、例の“闇の森の魔女”の面接が行われたのだ。しかも、予想通り闇の森の魔女、アンナ・アンリは問題ありの存在だった。恐らく、局長はその事でセルビアに意見を求めたいのだろう。
セルビアは、勘が鋭く人間観察眼に優れたやり手の女性だった。だが、必ずしも局に対する忠誠心は高くない。一癖も二癖もある人物だ。身なりは清潔。気が強そうで、隙のない雰囲気を漂わせている。彼女は実は、面接の間もその後もアンナを監視していた。アンナに興味があったからだ。面接の間は局の監視システムを使ったが、その後は彼女の肉眼で直に。そして、彼女が肉眼で観察している最中に、アンナはロストの一人、セピア・ローニーと何かしら接触を行った、と彼女は考えていた。ただし、協力関係があるようには思えない。そして、アンナがセピアに何かをしたのは確実だとも判断していた。アンナと接触した後で、セピアは酷く疲労したように思えたからだ。顔が真っ青だった。だが、何をしたのかは分からない。一瞬、ごく一瞬だけ、奇妙な間があったようには思えたが。
“交渉が失敗して、手痛いしっぺ返しを受けたのか…”
何があったのかは分からなかったが、セルビアは取り敢えず、そう予想した。もちろん、不確かな情報からの大雑把な予想である事は自覚していた。だから、その仮説を修正する心の準備もしていた。
実は彼女は千人殺しの魔人、セピアや他のロスト達の、局に対しての密かな反抗活動に気が付いていた。そしてその上で、彼女達を利用しようとも考えていた。
“面白い。これも、場合によっては、何かに利用できるかもね”
と、だから彼女は、アンナとセピアの接触をそう考えてもいた。
局長室に入ると、彼女は局長からまずこう言われた。
「君は、どうせ見ていたのだろうから、説明は省略するが……」
前置きは一切なし。セルビアの思考を見抜かれている。この男も油断がおけない。と、それで彼女はそう思った。
「闇の森の魔女の管理を、彼女の希望通り、オリバー・セルフリッジに任せようと思うが、君の意見を聞きたい」
静かに彼女はこう返す。
「一つの案としては、有りかと。誰も“闇の森の魔女”の管理など引き受けたがらないでしょうからね」
そうは答えたが“どうせ、続きがあるのでしょう?”と、彼女のその表情は言っていた。
「うむ。そして、それに伴いオリバー・セルフリッジに特別管理権限を与えようと思う。処遇としては、部長クラスの扱いだ。もちろん、調査などではなく、それ相応の仕事を行ってもらうがな」
“ふん、そう来たか”と、それを聞いてセルビアはそう思っていたが、表情には出さない。「妥当ですね」と静かに応えた。それに微かに眉を動かしてグロニア局長は反応した。
「君は以前から、あの男を買っているようだな。部長クラスで妥当か」
自分でその案を言っておきながら、グロニア局長はそう返す。彼女の評価がいかにも気に食わないといった様子だ。実を言うのなら、彼としては不相応な権限をセルフリッジに与える案を提示したつもりだったのだ。
「ええ、何しろ、彼は任務成功率100パーセントですから。単独行動になってからは、ですが」
澄ました様子で彼女はそう応える。グロニア局長はいよいよ表情を歪めた。
「途中で任務を放棄するのが、君の言う任務成功なのか?」
「ですが、その後に任務を引き継いだ者は、彼が調べた資料を基に行動し、全て極めて効率良く任務を成功させています。しかも、セルフリッジは引き継ぐ相手まで、自ら選んで提案している。分析、計画能力と評価能力に優れているからでしょう」
「調査能力は私も認めている」
セルビアの返しに、憮然とした様子でグロニア局長はそう応えた。
「だが、チーム活動していた時期に、メンバー全体の決定に逆らって失態を犯し、単独行動専門の立場に落とされてしまっている。組織の一員として優れている、とはとても言えないのではないか?」
「あれを“失態”と評価するかどうかは、価値観によると思いますが」
と、それにセルビアはそう返す。長期的視点で判断するのなら、彼の行動で人材を失わずに済んだとも取れるのだ。
チームで活動していた時期、オリバー・セルフリッジは、ロストである魔獣回収の任務を、自分達の戦力だけで行えば死傷者が出ると独自で判断し、地元の魔術師や警備兵に勝手に協力を求め、捕獲を成功させたという実績があるのだ。お蔭で死傷者は出なかったが、その魔獣は特殊科学技術局の物とはならなかった。回収を成功させたのは、地元の自治体という扱いになってしまったからだ。ロストは、回収した組織、あるいは個人の所有物になるというのが、この国の法律である。その責任を問われたセルフリッジは、チームから外され、以降、単独行動になった。そして、単独行動になってからは、ほとんど調査ばかりで終わらせてしまっている。
「いずれにしろ、手柄は他の組織に取られてしまっているではないか。我が組織の物とはらなかった。そんな男を優秀と君は判断するのか?」
グロニア局長はそう言う。それを聞いて、セルビアは“この男の弱点は、この狭さね”とそんな感想を持った。人には様々な価値観がある事を、理解しようとしない。
実を言うのならセルフリッジは、調査だけで任務を放棄し、後の手柄を他人に譲る代わり、自分の望む地域を次の任務先にしてもらえるよう便宜を図ってもらっている節があるのだ。それで彼は既に国中を旅している。その目的は分からないが、何かしら不気味なものをセルビアは感じていた。単なる旅行好きには思えない。
「あの男の明確な実績は、科学技術者チニックの発見くらいだろう。チニックは天才だが、あの男以外は、誰もその事に気付かなかった。ま、それにしても、あの男の本来の仕事ではないがな」
少しため息を漏らすと、セルビアはこうそれに応えた。
「つまり局長は、セルフリッジを分不相応な立場にし、危険な任務を任せる事で、あの“闇の森の魔女”を揺さぶろう、というのですか?」
「その通りだ。もちろん、“闇の森の魔女”以外の部下はつけない。魔女が、あの男の身を案じるのならば、自らあの男の管理下から離れようとするだろう。更に、もし仮に、それで危険な任務を無事こなしたとしても、ほとんど経費をかけずに業績を上げることになるし、その過程で“闇の森の魔女”に関する情報も得られるようになる」
「魔女の弱点が分かる可能性もある、という事ですね。セルフリッジ自身に報告させる以外にも、もちろん、密かにその為の監視や調査を行う必要もありますが」
「そうだ」
それに対し、少し考えるとセルビアは言った。
「もしも、以前と同じ様に、セルフリッジが任務を放棄したらどうしますか?」
「そんなものは認めんさ。“闇の森の魔女”という充分な戦力があるのだからな。それでも、放棄するようなら、あの男自身にその代償として“闇の森の魔女”を研究対象としての、調査や実験を行わせる。拒否すれば、懲罰だ。あの男を気遣うのなら、魔女もそれに従うしかない」
“なるほど、性格が悪い”と、それを聞いてセルビアは思った。確かに、これでは二人とも逃れる手段はないだろう。だが、この策には前提条件がある。
「良い策だと思います。しかし、もし“闇の森の魔女”が、セルフリッジの身を少しも案じなかったらどうしますか? 単に彼を利用しているだけだとしたら?」
もしそうなら、セルフリッジに与えられた権限を利用して、魔女が何かを企まないとも限らない。その彼女の質問を聞くと、グロニア局長は、顔色一つ変えずに言った。
「恐らく、その可能性は低い」
その返答に、セルビアは少し驚く。この海千山千の男が、魔女の純真な気持ちを信じている、という事実に驚いたのだ。
“あの時、あの魔女はどんな顔をしたのだか……”
彼女も面接を見ていたが、肉眼で確認した訳ではない。魔法を通して見た為、明瞭にはアンナの顔を確認できなかった。恐らく、魔女のその無垢な表情に、この中年男は魅せられたのだ。そうでなければ、権謀術数に長けたこの男が、魔女を疑わないはずがない。
「……私が、セルフリッジに権限を与えるのに賛成なのは、彼が意図的に目立たぬよう、出世しないように行動しているように思えるからです。彼は出世を嫌がっている。ならば逆に出世させれば、ボロが出るかもしれない。その行動の目的が分かる。非常に面白い試みだと思います。
ですが、決定はもう少し待ってください。少し調べてみたい事がありますから」
セルビアは、“闇の森の魔女”を独自に調べてみようと思っていたのだ。まずは、直に会い、自分の観察眼で、魔女を観てみたい。
「――だから、絶対にあの女には手を出さない方が良いって」
と、千人殺しの魔人、セピア・ローニーは繰り返していた。彼女がいるのは、とあるビルの地下室。ほとんど利用されていない倉庫の一つだった。彼女の所属している“組織”は、そこで時々、会議を行っているのだ。
「あんな、訳の分からない強力な魔法を使う奴を相手にするのは危険過ぎるし、何のメリットもないだろうが?」
それに、長髪で、いかにも魔法使いといった姿をした緊縛魔法の名手、キャサリン・レッドが、こう返す。
「メリットなら、あるでしょーう? あんた、魔力を奪われているのだから。奪い返さなくちゃ。それに、そんな時間を操るような魔法あるはずないじゃない。恐らく、それ、幻術の類よ。幻。あんたは、見事に嵌められて契約魔法までさせられちゃったって訳。あんた、幻術には弱いでしょう?」
「いや、確かにアタシは幻術に弱いが、あれは幻術じゃないって。そんな事くらい分かる!」
「本人に分かったら、幻術にならないでしょーう。ま、そこまで強力な幻術を使えるってのは、確かに厄介だけどさ」
そこでセピアは頭を抱えた。言う。
「そもそも、キャサリン。お前、アタシらが魔力溜めて、テロか何かを起こすのには反対していたじゃねぇか!」
「反対していたのは、頭の悪い使い方をするって点。魔力を溜める事自体には、反対していないわ」
キャサリンは、髪の毛を指に絡めながらそう言った。それを聞くと、セピアは次にこんな提案をする。
「そうだ! なら、男の方を狙うってのはどうだ? セルフリッジって奴な。人質に取るんだよ。多分、あの男が、闇の森の魔女の唯一の弱点だ」
何とか、“闇の森の魔女”に関わらないで済むよう必死なのだ。もちろん、セルフリッジを狙えば、セピアは闇の森の魔女が大激怒するだろうとは分かっていた。が、それでも問題はない。少なくとも、彼女にとっては。
「なるほど。で、その男を守ると契約を結ばされているお前は、現場にいられないから棄権するって訳か。
ビビり過ぎだぞ、セピア」
そこでそう言ったのは、魔法騎士のシー・ゼットだった。
その後で、「見透かされているネェ」と言ってからケケと笑い、
「そもそも、その男の為に“闇の森の魔女”が行動しているって情報からして怪しいネェ。騙されてるんじゃないのかい? その男は、魔女に利用されているだけの可能性の方が大きいだろうヨ。人質の価値はない」
と、そう続けたのは、呪いの使い手のイー・ゴリアン。その後で、「オレは、男は襲いたくない。女の方が良い」と、怪力の二ー・ウロンが言う。少し頬を赤くしながら。
「相変わらず、理解し難い性格しているわよね、ウロンは… 照れ屋なのに、女を襲うのが好きとか」と、その様子を見ながらキャサリンが言った。
「ま、何にせよ、今、情報屋の“ベルゼブブ”に闇の森の魔女の情報を入手してくれるよう依頼してある。それで、何か分かったら決行しよう。魔力を取り返すんだ」
シーがその後でそう言うと、それにキャサリンが反応する。
「情報屋ベルゼブブって、信頼して良いの? ワタシはいまいち、疑っているのだけど…」
「お前は疑り深いな、キャサリン。今までだって、役に立っているじゃないか」
情報屋ベルゼブブとは、蝿を利用して情報提供を行う個人、または組織の事で、彼らは今までにこの情報屋を頻繁に利用してきた。ただし、ほとんど正体不明の相手だったが。
「ま、疑うのは良い事サ」
とその後で、イーが続ける。
「ただ、少なくとも今は、アレを頼るしかないネ。信用できる情報源が他にねーんだヨ、オレらには」
それを聞くと、肩を竦めてキャサリンはこう言った。
「なんだか、色々な事が不確定で気に食わないな、ワタシは」
その会議の様子を、地下室の隅にいる鼠がこっそりと聞いていた。その瞳の奥の奥のその先には、闇の森の魔女の気配が。
「見つけましたよ、セルフリッジさん。あいつらの集会場っぽい所を。わたしを襲う相談をしています」
セルフリッジの部屋で、アンナ・アンリがそう言った。彼女には大量の鼠達を使役する能力があるのだ。それを利用して、情報集めをしていたのである。それを聞くと、セルフリッジは笑顔になり、こう言った。
「よし。場所を教えてください。こちらも、対策を考えましょう」