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7.特殊科学技術局と闇の森の魔女

 特殊科学技術局の本部。その通路の一つを、二人の男が歩いていた。二人は世間話をしている。その二人の前から、一人の女性が歩いて来る。男のうちの一人が、それに気が付く。なかなか可愛い子だ。そして、そう思う。少女という年齢よりは少しばかり歳を取っているが、充分に若さを感じるし、それに大人の落ち着きが多少加わり、それが彼女をより魅力的に見せているように思えた。

 どこの子だろう?

 男は思う。見ない女だ。もしかしたら、外部の人間かもしれない。杖を持っているから、魔術師だろうか? 男はその女にしばらく気を取られていたが、もう一人の男の声で我に返った。

 「おい、聞いているのか?」

 「え? ああ、何の話だったっけ?」

 「なんだ、聞いてないじゃないか。あの、オリバー・セルフリッジの奴の話だよ。あいつが、なんでも“闇の森”を解放したらしいってさ」

 男はその言葉に驚きの声を上げた。

 「あいつが? あの、危険度S級の“闇の森”を? セルフリッジって、確か調査だけしか取柄がないヘナチョコだろう?」

 「そうだよ。しかも、たった一人でやったらしい」

 「俄かには信じられないな」

 「まぁな。ところが、この話にはまだ続きがあってさ。セルフリッジは、その“闇の森”の主の魔女も回収したらしいんだが、その魔女が安全な存在だと主張しているそうなんだよ。

 で、なんでも、話に拠るとその闇の森の魔女は、美女らしいとかなんとか」

 「なんだそりゃ? つまり、奴はその魔女の色仕掛けに見事に嵌って誑かされているって話か? ハハハ… ま、調査しか能がない奴ならそんなオチがいいところだろう」

 そこまで話し終えたところで、男はもう一度、前から来た女を見てみた。そこで思わず息を呑んでしまう。そのまま、彼女は歩いて通り過ぎてしまったが。

 「ん? どうしたんだ?」

 様子がおかしい事に気が付いたもう一人がそう話しかけた。

 「いや、今すれ違った女の子が、氷のような視線で俺らを睨んでいたから、驚いて……」

 「は?気の所為だろう? どうして、知らない女の子から俺らが睨まれなくちゃいけないんだよ」

 「ああ、ま、そうなんだが…」

 釈然としない思いを抱きはしたが、男はそれを気にしない事にした。


 ……闇の森の魔女、アンナ・アンリは怒りながら特殊科学技術局の本部の中を一人で歩いていた。

 ――セルフリッジさんが、調査しか取柄がないヘナチョコ?

 すれ違った二人の男の会話の中で、彼女の最愛のセルフリッジが馬鹿にされていたのを偶然、聞いてしまったからだ。

 “取柄なら他にいくらでもあるわよ。優しいとか、博識だとか…”

 その時、彼女は特殊科学技術局から、呼び出しを受けいたのだった。セルフリッジはいない。彼女単独である。

 “本当に頭に来る!”

 オリバー・セルフリッジとアンナ・アンリが中央都市に着いてから、既に数日が過ぎ去っていた。彼女はセルフリッジの家に泊まっていた。表向きの理由は、彼女が彼の魔法にかかっている事。セルフリッジの魔法に彼女がかかっている以上、その彼に管理を任せる方が安心という理屈である。もっとも、それで完全に局を納得させられた訳ではなかったのだが。それが認められたのは、飽くまで暫定処置としてだった。まだ、局はその判断を保留にしている。闇の森の魔女、アンナ・アンリの管理と責任が誰の、または何処の担当になるのかはまだ分からなかった。

 この数日の間で、アンナは魔力の検査を受けた。そこでアンナは正直に自分の持っている魔術の内容を話した。ただし、だからといって全ての秘密を話した訳ではない。聞かれた事については話したが、当然、隠すべきと判断した点については伏せておいた。そして、自分達が有利になるように、嘘ではないが本当でもない情報の伝え方を彼女はした。結果として、そこでアンナは“安全”という検査結果を受けたのだった。

 『恐ろしい魔術を持ってはいるが、今の彼女の魔力ではそれは使用できない。また、態度も良好で反抗性や攻撃性は見られない』

 それにより、彼女はセルフリッジの元での生活を許されたのだ。もっとも、その判断で彼女に対する警戒を、局が解いたという訳では決してなかったのだが。何しろ相手は、危険度S級の“闇の森”、その主だった魔女である。例え、“闇の森”を動かしていたのが、彼女の意思でなかったとしても、油断する訳にはいかない。

 失われた魔術… “ロスト”には、総括的な判断基準として危険度が設定される。極めて安全な危険度0を最低値とし、E、D、C、B、Aと続き、最高レベルはS。このSは天災レベルの危険度で、認定されているのは僅か三例。“ベヒモス”と“海の悪魔”、そして“闇の森”だけだった。

 危険度Sと認定されていたのは“闇の森”であってアンナ自身ではないが、それでも脅威には違いない。

 そして、数日後にアンナ・アンリは局に呼び出されたのだ。判断基準の一つとして、面接を行う為、という名目である。面接を担当するのは、特殊科学技術局の局長、一人だけだった。何故、局長一人なのかと言えば、それが実質的には面接ではなく、アンナに対する通告でしかなかったからだ。局はアンナの管理を、セルフリッジ以外の人間に行わせるつもりでいた。また、局長が“闇の森の魔女”に興味を持っていたのも理由の一つだった。

 厳めしい中年の太った男。頭は剥げている。そんな人物が、アンナの目の前にいた。面接する為の部屋に彼女が入ると、そこにその姿があったのだ。あまり好印象を覚えるような容姿ではない。彼はアンナが入って来るなり、不機嫌そうな様子で彼女を眺め観た。アンナは用意されてあった椅子に腰を下ろす。

 「――君の希望は聞いている」

 儀礼的な挨拶を終えると、その男、局長のグロニアはまずそう言った。

 「あの男、オリバー・セルフリッジの管理を希望しているそうだな。だが、しかし、その希望は聞き入れられない」

 アンナの反応を窺うように、グロニア局長は説明する。アンナはその言葉を受けると、明らかに作った笑顔でそれにこう返した。

 「あら? それは、どうしてでしょう? 納得のいく理由をお聞かせ願います」

 グロニア局長は不機嫌そうな様子のままでそれにこう答える。

 「君が知っているかどうかは分からんが、あの男は、君に対して権利を付与するよう申請を出している。君の安全性を主張し、それ相応の権利を与えるべきだと……」

 そこまでをグロニア局長が語ると、アンナの表情は明らかに変わった。作った笑顔から、本当に嬉しそうな表情へ。その変化を、グロニアは見逃さなかった。そして、多少ながら驚いてもいた。その無垢な顔に。

 “セルフリッジさんが……”

 彼女はその話を知らなかったのだ。セルフリッジが自分にそれを話さなさなかった理由は分からなかったが、彼が彼女の為を思ってそれをしたのは明らかだと彼女には思えた。彼女が喜ばないはずがない。

 「つまり、あの男は君に骨抜きにされている可能性が大きい。君に対して、特別な感情を抱いているようだ。管理を任せるには不適任だろう」

 闇の森の魔女の表情に驚きながらも、それを表には現さず、グロニア局長はそう語り終えた。それを聞くと、アンナは、

 “まさか、セルフリッジさん、あの夜の事を正直に報告書に書いたのじゃないでしょうね……?”

 と、思いながら、再びニッコリと作った笑みを浮かべるとこう返した。

 「あら? でもわたし、セルフリッジさんの言う事以外は聞きませんよ?」

 グロニア局長は、その返しにため息を漏らす。

 「君は何かを勘違いしているようだ。君に選択権はない。君がかつてどれだけの魔力を誇り、その魔術で住民達をどれほど恐れさせたかは知らないが、今は君の生きていた時代とは違う。高度に発達した現代の魔術の前では、君の力など無力だ。

 事実、君はセルフリッジから簡単に監視魔法をかけられ、それを未だに解けないでいる。自由を奪われているではないか」

 それにアンナは「フフフ」と笑う。そして、こう続けた。

 「あなた達は、二点ほど勘違いをしています」

 ピクリと、それにグロニア局長は反応する。

 「まず、“骨抜き”にされたのは、セルフリッジさんではなく、わたしの方で…」

 そう彼女が語るうちに、いつの間にか部屋の壁が黒くなり始めていた。いや、空間自体が、異質になり始めている。

 「あなた方の言う、“現代の魔術”など、わたしの“闇の森の魔術”の前では無力です」

 そう彼女が語ると、壁に生じた黒が一か所に集まり、そこだけが濃くなった。そして、その黒が浮かび上がって伸び始める。まるで溶けかけた手のようになって、それはグロニア局長にまで伸びていった。この部屋には何重にも対魔法障壁が張ってある。権限を持った選ばれた人間でなければ、魔法を使う事はできないはずだ。例え使えたとしても、警報が鳴り響いて、使った者は束縛される仕組みになっている。だが、彼女にはその全てが無効化されているようだった。

 「あら? 表情一つ変えないのですね。可愛くない」

 それだけやってもグロニア局長が無反応なのを受けて、アンナはそう言った。その後で、グロニア局長はこう尋ねる。

 「現代の魔術には、対応できていないのではなかったのか?」

 「ええ、検査を受けいていた当時は。でも、もう覚えちゃいました。嘘は言っていませんよ。魔力がなければ、大した魔法をわたしが使えないのも本当です。ただ、ここには魔力が溢れているので使えますが……」

 そう答えながら、アンナは黒い何かで創り出した手のようなものを、遊ぶように操ってみせた。グロニア局長はわずかに表情を歪める。つまり、彼女は他者の持っている魔力を自由に扱える、という事。だとすれば、それは信じられない話だった。だが、と彼は思い出す。確か、“闇の森”には、そんな力があったはず。他者の魔術を吸収する能力も。それを、彼女が受け継いでいるとするのなら……。彼は次にこう質問する。

 「では、何故、君はあの男のかけた監視の魔法を解かないのだ?」

 その質問を受けると、アンナはニッコリと微笑む。それが、作ったものなのか自然に出たものなのかは本人にも分からなかった。

 「なんで、折角、セルフリッジさんがわたしにかけてくれた魔法を、解かなくちゃいけないんです? しかも、この魔法にかかっているとセルフリッジさんは感知能力でわたしを察知してくれるのですよ? 遠くにいても」

 “――かけてくれた、だと?”

 そこで初めて、グロニア局長は表情を大きく変化させた。この小娘は、何を言っているのだ?

 「これは私達に対する宣戦布告と受け取って構わないのだな?」

 その後でグロニア局長はそう尋ねた。すると、アンナは相変わらずの笑顔で、

 「ご冗談を。もし、反抗する気だったなら、こんなに簡単に手の内を見せたりはしませんよ、わたし」

 と、答える。そして、一呼吸の間の後でこう続けた。

 「先にも言いましたが、わたしはセルフリッジさんの言葉なら大人しく従います。セルフリッジさんが、この組織の味方である限りにおいて、わたしもこの組織の味方です。ただし、わたしを彼から引き離そうとするのなら、全力で抵抗しますが……」

 そう言い終えると、彼女は手を振り下ろした。それと同時に、部屋の様子が元に戻り、黒い何かも消えていた。

 「さて。どんな判断が賢明か、あなたにもお分かりになるのじゃありませんか?」

 それを聞くと、グロニア局長は「ふっ」と笑った。

 「なるほど。面白い」

 そして、その後でそう言う。

 セルフリッジがこの組織の味方である限り、闇の森の魔女もこの組織の味方。それは逆を言えば、セルフリッジがこの組織を裏切るのなら、この闇の森の魔女も組織を裏切るという話だ。

 グロニア局長は、この魔女にどう対処すべきかを考え始めた。


 面接を終えて退室をすると、アンナは真っ直ぐには出口を目指さず、同じ階にある休憩所を目指した。もっとも、彼女はそこが休憩所である事を知らなかったが。その様子を、不可解に思いながら見つめる人影が一つ。その人影はアンナを監視していた。

 休憩所とは言っても、今の時間帯に人はほとんどいなかった。だがしかし、一人だけ、長椅子に座っている者がいる。そして、その一人が問題だった。

 ポニーテールの長髪に、赤を基調とした服装を身にまとっている。女。女性にしては、やや長身。その人物は、ロストのうちの一人、セピア・ローニー。通称“千人殺し”と呼ばれる魔人だった。

 アンナはその人物の近くの椅子に腰を下ろすと、こう話しかけた。と言っても、声には出していない。魔術により、直接、彼女の頭の中に話しかけている。

 『あなたは誰? どうして、あの面接を盗み聞きしていたの?』

 それにセピアは僅かに反応する。同じ様に魔術によって直接頭の中に返す。

 『おや? アタシが盗み聞きしていた事に気付いていたのか。なるほど、感知もできるのか。しかし、ならどうして、それをあいつに伝えなかったんだ?闇の森の魔女』

 『面接を聞いていたなら分かるでしょう? わたしはセルフリッジさんの味方。もし、あなたが彼の味方だったら困るもの』

 それを聞くと、セピアは口元を微かに歪めて笑った。

 『なんだよ、面接で言っていたアレはマジか? 期待外れだな』

 『質問に答えて。どうして、面接を盗み聞きしていたの?』

 『ハッ 良いさ。教えてやるよ。

 アタシの名前は、セピア・ローニー。通称“千人殺し”だ。戦場で、ただ一人で千人を殺してその名が付いた。魔人だ。その戦力を恐れられて、封じられたがな』

 『余計な情報はいらないわ』

 『なんだよ、つれない奴だな。ま、いいか。

 あの面接を盗み聞きしていた理由は簡単だ。あんたに興味があったからだよ、闇の森の魔女。

 アタシらがこの特殊科学技術局の所有物に過ぎないってのは知っているな? まともな権利を与えられず、自由に行動もできない。でもって、アタシも含めた一部のロスト達はそれに反感を抱いているって訳だ。そして、権利を獲得する為に、密かに行動している。

 ま、それで、アタシは、あんたを勧誘しに来たって訳なんだけどな。どうだ、アタシらの組織に入らないか? なかなか、面白い力を持っているみたいじゃないか。組織の規模は小さいが、強力な魔術を持っている連中ばかりだぜ』

 それを聞くと、アンナはセピアとは別方向に顔を向けた。

 『悪いけど、断るわ』

 『どうしてだよ? 悪いようにはしないぜ』

 『もし、あなた達に協力して、セルフリッジさんの迷惑になったら嫌だもの。もしかしたら、彼の敵かもしれない』

 それを聞くと、セピアは呆れた顔を見せる。

 『は? セルフリッジ? 確か、あの調査しかできないチキン野郎だろう? なんで、あんなのに入れ込んでいるんだ?お前。あんなのアタシらは眼中にないよ。敵でも味方でもない。それ以前の問題だ』

 その言葉にアンナは目を剥く。

 『彼の悪口は許さないわよ?』

 その反応に、セピアは悪ノリを始めた。

 『おお、怒ったか。怖いね。オソロシイ。本当に情けない魔女だな。たった一人のただの男に、縛られて言いなりか。

 なんなら、アタシがそのセルフリッジを殺してやろ…』

 だが、そこまでを言った時だった。微かな動きでアンナは杖で地面を軽くコツンと突いた。そして次の瞬間、

 ドンッ!

 激しい衝撃をセピアは受けた。全身が何かに叩きつけられた。しかも、風景がまるで変っている。闇。彼女は真っ暗な洞穴のような場所にいた。その底に大の字になって横たわっている。太い柵の鉄格子が背後にはあり、金属を擦り合せるような音が鳴り響いていた。しかも、強力な重力に縛られて、身動き一つできない。

 え?

 彼女はその事態に混乱した。

 なんだ、これ? なんだ?

 背後の鉄格子の奥から、何かが蠢く気配がした。巨大な何か。それが何かは分からなかったが、この強力な重力の世界で動き回れるという事から、常軌を逸した存在だとは簡単に予想できた。声が聞こえた。

 『あら? あれだけ強く叩きつけられても全然平気なんて、凄いわね。流石、千人殺しを自称する魔人だけはあるわ』

 ははは……

 心の中でセピアは笑う。恐怖と混乱で笑うしかなかったのだ。

 『ちょっと待て。これ、なんだ? なんで、こんな事になってる?』

 声のする方を見ると、かなり高い位置にある穴の入り口から闇の森の魔女、アンナ・アンリが、彼女を見下ろしていた。彼女の質問に、アンナはこう答える。

 『あなたは馬鹿? あの面接での会話をどう聞いていたの? セルフリッジさんを殺すなんて言った相手を、このわたしが許すはずないでしょう?』

 ……いや、アタシが言ってるのはそういう事じゃなくて。

 心の中でセピアはそう返すと言った。

 『どうやって、こんな事をやった?』

 彼女が質問すると、背後から黄色の触手が伸びてきた。どうやら、背後にいる巨大な何かのものらしい。

 ……ヒィッ

 セピアはそれに凍りついた。

 なんだ、この不気味なのは?

 『どうやってって… 単に異界を召喚しただけよ。そこにあなたを落としたの。適当に選んだから、塞いじゃえばもうわたしでも何処か分からないかも。

 その後ろにいる子は、その異界に住む何かね。その子、あなたに怯えているみたいよ。何が落ちてきたのだろう?って』

 巨大な何かの触手は、それからセピアに触れ始めた。

 それで、アタシを調べているって訳ですかぁ?

 『お前は馬鹿か?』

 それから、セピアは叫んだ。

 『こんな強力な魔法を、局の本部で使ってどうするんだ? 間違いなく感知される。セルフリッジにも迷惑がかかるぞ?』

 それを聞くと、アンナは静かにこう答えた。

 『あら? それなら大丈夫よ。まだ、0.01秒しか経っていないもの。ここの感知システムが作動するには、0.1秒は必要だから、それまでに終わらせれば良いだけ』

 何?

 それを聞くと、セピアは驚愕し固まった。

 時空魔法? 時間の流れを極めて遅くしている? そんな魔法、聞いた事も見た事もないぞ?

 そう疑問に思ったが、実際に警報は作動していない。本当だとしか思えなかった。それから、アンナはこう言った。

 『ここをまだ塞いでいないのは、あなたを尋問する為よ。助かりたかったら、答えなさい。

 わたしに会いに来たのは、あなたの独断? わたしに対する敵意を、あなたの所属している組織とやらは、持っているの?』

 それに必死になって、セピアは答えた。元より隠す価値のない情報だ。

 『ほぼ、わたしの独断だ! 一応、話は伝えてあるが、あいつらはまだ、あんたにそれほど関心を持っちゃいない! だからもちろん、敵意だって持っちゃいない! 先にも言ったが、セルフリッジにだって、危害を加えるつもりはない!』

 それを聞くと、アンナはニッコリと微笑んだ。

 『あら?そう。安心した。なら、もうあなたに用はないわ……』

 そう彼女が言うと、異界の出入り口は閉まり始めた。

 『ちょっと、待て待て待て! 質問にはちゃんと答えたぞ? 助けてくれる約束だっただろう?』

 『あら?そんな約束はしてないわよ。助かりたかったら、答えなさい、と言っただけ。それに、あなたはセルフリッジさんを殺すと言ったわ』

 『そんなのは言葉の綾だ! 本気のはずないだろうが? それに、アタシがいなくなれば騒がれるぞ。お前にとっても、まずい事になるんじゃないか?』

 『そんな話、信用できない。あなたには行方不明になってもらうから大丈夫。それくらいの情報の改ざんはできるから』

 そう言っている間にも出入り口は閉まっていく。セピアにはアンナが本気に思えた。彼女は必死になって叫んだ。

 『いや、分かった! ちょっと待て! なら、宣誓する! 簡易契約魔法だ! アタシはオリバー・セルフリッジを絶対に傷つけない!』

 そう言って彼女は手の平に自分の名前を浮かび上がらせると、それをアンナに見せた。それから胸に押し当てる。これで、彼女の行動は制限される事になる。セルフリッジを攻撃しようとすれば、自動的に身体は動かなくなるはずだ。だが、アンナはそれにこう応えた。

 『まだ、甘いわねー。傷つけないだけ?』

 その言葉に、セピアは泣き出しそうになる。こう叫んだ。

 『分かった。なら、こう宣誓する! アタシはオリバー・セルフリッジの身を守る事をここに誓う!』

 そして先と同じ様に、自分の名前を手に浮かび上がらせると、それを胸に押し当てた。その瞬間だった。

 風景が元に戻っている。まるで何事もなかったかのように、彼女は休憩所の長椅子に座っていた。直ぐ近くには、闇の森の魔女、アンナ・アンリが座っている。彼女は少し笑うとこう言った。

 『ま、これくらいで勘弁してあげる。セルフリッジさんがピンチになったら、絶対に守るのよ?

 それと、魔力をありがとうね…』

 その後で、アンナは立ち上がると、ゆっくりと歩いて去って行った。アンナが去った後も、しばらく、セピア・ローニーは虚脱しそこにそのまま座っていた。これほどの恐怖を味わった事は、彼女は一度もなかったのだ。力が入らない。何より、魔法の正体がまったく分からないのが一番の恐怖だった。どう対処すれば良いのか、見当も付かない。

 ……どう、防げば良いんだ、あんなの。

 それから、彼女はアンナの最後の言葉を思い出した。“魔力をありがとう”。どういう意味なのだろう?

 そこで気が付く。

 彼女が局に隠してずっと溜め込んできたかなりの量の魔力が、根こそぎなくなっている事に。間違いなく、闇の森の魔女、アンナ・アンリに奪われたのだ。

 そこに至って、セピアはアンナに関わった事を心の底から後悔した。

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