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6.権力の集中と分化のこと、生き残りのこと、闇の森の過去のこと

 テントの中。ランプの灯りに照らされた闇の森の魔女、アンナ・アンリは、布団の中でオリバー・セルフリッジの腕に背後から抱かれながら、本を読んでいた。それは一般的な娯楽小説で、彼女は区切りのいい所まで読み終わると一息ついた。それを見たセルフリッジは、少しの間の後でこう話しかける。彼は読書の邪魔になると思って、彼女が読み終わるのを待っていたのだ。

 「しかし、意外ですね。アンナさんが、娯楽小説を読むなんて」

 数日前、彼らは本屋に立ち寄り、そこでアンナの為に数冊の本を買ったのだ。できるだけ広い範囲をカバーした魔術書と他の雑学書、後は文学小説と娯楽小説。アンナは魔術書にざっと目を通すと、まずは娯楽小説を読み始めたのだった。

 「あら? どういうイメージですか? わたしだって、娯楽は好きですよ。と言っても、これにはちゃんと真面目な目的もあるんですがね。娯楽小説の方が、今という時代がより分かると思ったから選択したんです。取り敢えず、それが知りたいですから」

 「本当ですか?」

 とセルフリッジが尋ねると、「本当です」と彼女は答えてから一呼吸の間の後で「半分くらいは……」と、そう続けた。

 彼らは今、中央都市に向かって旅をしている最中だった。調査をある程度のところで切り上げると、“闇の森”の近くの街を発ったのだ。もうかなり寒くなっている季節だったので、テントの中でお互いに身を寄せていないと温まる事ができない。もっとも、彼らがそれを嫌がるはずもなく、むしろ喜んでいたのだけど。

 「でも、小説だと、必ずしも世の中を描いているとは言えないので、その目的を果たせるかは分かりませんがね」

 セルフリッジがしばらく後にそう言うと、「わたしだって、これが現実をそのまま映していないってことくらいは分かっていますよ?」と、アンナは返した。ただし、少し迷ってからこう続けたが。

 「ただ、この小説。わたしが想像していたようなものとは少し違っています。いえ、それでも面白いのですがね。何と言うか、社会が少しも分からないんです」

 それにセルフリッジは数度頷いた。

 「そうでしょうね。今は、小説から社会批判性が失われかけていますから。僕はそれほど詳しくはありませんが、娯楽小説だとより顕著なのかもしれません」

 「社会批判性?」

 「そうです。社会の問題点を小説が指摘し、警鐘を鳴らす。そんな社会的機能も、小説にはあって、だからこそ、社会に対する批判性がその評価の一つにもなっていたのですが、それが失われているのですよ。

 ……これは、もしかしたら、機能の分化が起こっているからなのかもしれません。科学だけでなく、時代の進歩と共に社会全体にそれが起こっている」

 「科学は歴史の流れと共に各専門分野に分かれていったのでしたよね、確か。それが、科学以外にも起こっているのですか?」

 「ええ。実は科学だけじゃなく、様々な社会的機能に分化は起こっているんです。例えば、政治はその昔、宗教と不可分でした。“まつりごと”とは政で、祭り事。つまり、それは神に祈る儀式を意味していました。演劇や物語も、政治的な道具の一つでしたし、同時に宗教行事の一つとして劇が演じられる場合も多くあった。そして、当然ながら、そこには社会批判性が込められている事も多くあったのです。これは物語だけに限らず、絵画や音楽の分野でも同じ様に、政治や宗教と密接に結びついていました。なんと自然に対する理論ですらこれは同じで、不可分だったのです。

 しかし、時代が流れると、政治と宗教は分けられるようになり、更に文芸、音楽、絵画などもそれらとは別個のものとして扱われるようになっていったのです。もちろん、アンナさんの時代でも“単なる娯楽小説”はあったかもしれませんが、それがより進んでいるのですね。娯楽小説は、ただ楽しむ為だけのものになりかけている。もちろん、それ自体は良い事でも悪い事でもありませんが」

 そのセルフリッジの説明を聞き終えると、アンナはこう訊いた。彼の言い方に、何か含みを感じたのだ。

 「良い事もでも悪い事でもないけど、何か問題があるのですか?」

 彼はそれに頷く。

 「はい。これは、前に話した“権力の集中”問題と関係してくるのですが、この“権力の集中”を防ぐ仕組みと、“機能の分化”は一部で背反性があるのですよ」

 “権力の集中”問題とは、正のフィードバックによって、一部に権力が集中してしまう現象の事だ。権力を握った人間は、その権力を利用して、自分達にとって有利なルールを敷こうとするだろう。すると、有利になったルールのお蔭で、更に権力は集中してしまう。これが繰り返され、結果的に一部に権力と、そして富が集中する事になる。もちろん、これは社会を不安定にさせる。

 「権限の分化が起これば、むしろ権力の集中を防ぐかもしれませんが、それはむしろ逆方向に進んでいます。権力の集中を防ぐためには、皆が正しい知識を持ち、権力を監視し、社会に対して適切な批判を行っていく事こそが重要なのです。そして、その知識を与える役割と権力を監視する意識を育てる役割を担う一つには、小説のような物語がありました。ところが、最近の小説はその役割を担ってはいない。もちろん、小説だけに限りません。機能が分化していけば、この傾向はより顕著になっていくでしょう。科学的な知識の習得を、一般人が疎かにしている点も同じように問題です。正しい判断能力を失わせてしまう。

 ……権力の集中を防ぐのは、とても重要な機能でしてね。例えば、平等主義を唱えるような社会でも、これがないと瞬く間に権力が一部に集中をし、専制政治へと堕していってしまいます。歴史上、そんな国家がいくつもありました」

 そこまでを聞いて、アンナは「ふーん」と声を発すると、身体を回転させてセルフリッジと向き合う形で彼を見つめた。確かに、そんな国があるのは珍しくないと思いながら。

 「前から思っていたのですが、セルフリッジさんは“権力の集中”に何か特別な思い入れがあるようですね」

 彼はその彼女の言葉に少し慌てる。

 「ははは。鋭いですね、アンナさん」

 彼女はそれにこう返す。

 「セルフリッジさんは、時々、わたしが闇の森の魔女である事を忘れますよね? 頭の回転が鈍かったら、そんな立場にはなれませんよ」

 その後で彼女は、何も言わないでいる彼を見つめながら“笑って誤魔化した。まだ、詳しくは話してはくれないみたい”と、そう思う。それから、その点を追及しようかとも考えたのだが、少し悩んで止めた。話さないのなら、それなりの理由があるのだろうと思ったのだ。それから彼女は、身体の向きをまた変えると、雑学書を手に取り、

 「この本を買う前に、別の本を買おうとしたのを止めたのも、それと関係がありますか?

 あの本が、“権力の集中”に関わる何かだったとか」

 と、そう尋ねた。彼女の時代から、権力者が都合良く情報を改ざんした書籍というものは出回っていたから、その類かと思ったのだ。しかし、セルフリッジはそれを否定した。

 「いえ、それは違います。止めたのは、あの本の内容がデタラメだったからですね。小説なら百歩譲ってそれでもフィクションだと分かる書き方がされてあれば仕方ないのだとして、知識を提供する目的の本が間違いだらけ、というのは明らかに問題があるでしょう」

 その言葉に、アンナは少し驚く。

 「でも、あの本、売れているのでしょう?」

 「売れていますよ。ただ、“売れ方”には多少の問題がありましてね。あれ、内容が“とんでもない”という事が話題になって売れているのですよ」

 少し考えるとアンナは訊いた。

 「……どういう事です?」

 軽くため息を漏らすと、セルフリッジはその質問にこう答える。

 「本が売れる、売れないにも、“権力の集中”と同じ様に、前に述べた“正のフィードバック”が大いに関係していましてね。何かで話題になって騒がれると、それで関心が高まってまた話題になる、これを繰り返す事で凄まじい宣伝効果が得られ、売れてしまう場合があるんですよ。その切っ掛けは、別に何でも良くてですね、例えば“内容が間違いだらけ”というようなものでも、注目されさえすれば起こる可能性があります。

 小説でも、文章や設定が酷過ぎてそれが話題になって宣伝効果を得、売れる事がありますが」

 彼女はそれを聞くと、黙って自分の持っていた本を見つめた。別にその本に問題がある訳ではないのだが、なんとなく。そして、「それは、ある意味、迷惑な話ですね」と、そう感想のようなことを言った。それからこう続ける。

 「でも、内容が間違っているのなら、もうその人の本は売れなくなっていくのじゃないですか?」

 セルフリッジは少し笑うとこう返した。

 「いえ、それがそうでもなくて、ですね。まだ、本を出しているし売れてもいるんですよ。困ったことに」

 アンナはそれに不思議そうな顔をした。

 「どうしてです?」

 そして、そう質問をする。セルフリッジはこう答える。

 「“売れている”からでしょうね」

 「売れている?」

 「はい。科学では、明らかに間違っている理論何て見向きもされません。科学はより正しい理論が“生き残る”システムの上に成り立っているからですね。ところが、本は違います。本はより売れる本が“生き残る”システムの上に成り立っています。だから、内容が間違っていようが、世の中に悪影響を与えようが、売れてさえいれば生き残り続けてしまうんです。法律で規制されなければ、ですが。そして、例えどんな理由でも話題になれば、本は売れてしまうんです。

 もちろん、何が売れるかは読者が判断する事ですから、読者の方を教育してやれば、生き残る本も自ずから変わってきます。そうすれば、問題は解決するかもしれませんが、その為には何をやれば良いのか、まずはそこから分かりません。

 因みに、この“生き残り”のロジックは、遺伝的アルゴリズムと呼ばれています。これも重要な概念ですね」

 そのセルフリッジの説明を聞き終えると、アンナは「遺伝的アルゴリズム」と、そう呟き、その後でこう言った。

 「寒い地方では、毛皮の豊富な生き物が生き残り易い。ならば、逆の発想もできるのではないか? 毛皮の豊富な生き物を得たいと思ったなら、その地方を寒くしてしばらく放置すれば良い。自動的に、毛皮の豊富な生き物が生まれ、手に入る」

 セルフリッジはそれに不思議そうな顔をする。

 「なんですか? それは」

 「婆様…… わたしの師の言葉です。婆様は、その遺伝的アルゴリズムの概念を知っていました。そういう名では、呼んでいませんでしたが、いえ、そもそも名付けてすらいませんでしたが。そして、それを自分の魔術開発に利用していたんです」

 そう言い終えると、アンナは毛布を抱きしめるようにして身を少し竦めた。

 「寒いんですか?」

 そう言って、セルフリッジは彼女を抱く手を少しだけ強くする。彼女はこう答えた。

 「いえ、大丈夫です。ただ、少しばかり昔を思い出してしまって。婆様の事とか、婆様の魔術の事とか……」

 その言葉にセルフリッジは反応する。

 「あなたの師と魔術……

 その話は、僕も興味があります。もし、よろしければ、話してくれませんか?」

 それにアンナはゆっくりと頷いた。

 「構いません。確かに当時は秘密にしていましたが、婆様は遠い昔に死んでしまいたし、それに、今更話したところで、何も変わりませんから…」


 ……アンナ・アンリの師、ログナが森にやって来たのは、彼女がある国の魔術研究機関を逃げ出した事が切っ掛けだった。彼女は、研究方針を巡って機関と対立をし、独自の研究をする為に機関を離れ、森を訪れたのだ。アンナを助手にしたのは、その為に人手を欲していたからだった。

 「“ベヒモス”は完全に失敗作だ。あんなものを更に発展させようなどとは、正気の沙汰ではない」

 ログナはアンナに向けて、そう研究機関の悪口を言った。“ベヒモス”とは、物質の質量を魔力エネルギーに変える事で産み出された化け物で、神話に出てくる怪物の名を取って、そう呼ばれるようになった。

 ログナは、呪文を超微細に刻み込む技術を開発した張本人で、彼女のその技術を基にして機関は、“闇が闇を呼ぶ”テクノロジーの開発に成功をした。

 超微細呪文が物質の質量を魔力エネルギーに変えると、そこから“異界”を発生させる。闇とはその異界の事で、その異界はより大きな異界に集まる性質を持つ。これは、つまりは正のフィードバックである。そうして発生した異界は、通常の世界とは異なった法則の支配する別世界である為、それを利用して様々な現象を引き起こす事ができる。

 “ベヒモス”は、その異世界の結合によって生成されている。自身が異世界そのもののような存在だ。莫大なエネルギーを保持しているだけでなく、周囲に毒気を常に発し続けており、近づく事もできない。その姿を思い浮かべただけで呪われてしまうような代物である。そんなとんでもない化け物を研究機関が開発したにも拘らず、その国が戦争に勝てなかったのは、ベヒモスを制御し切れず、有効利用できなかったからだ。むしろその存在は、その国の負担にすらなってしまったのだった。

 因みに、その“ベヒモス”は、ログナが研究機関を離れた後で、更に巨大に成長をし、セルフリッジの時代にも危険度Sクラスのロスト…… 忌地として存在し続けている。

 ログナは“ベヒモス”とは全く違った異界の利用方法の着想を持っていた。異界の中に魔物を発生させ、それらを競い合わせる事で、様々な魔術を自動的に生成してしまおう。つまり、遺伝的アルゴリズムの発想である。その研究を行う為には、実験場として広い場所が必要となる。そして彼女は、それをあの森に求めたのだ。

 アンナはそのログナの研究を手伝う為に様々な魔術、処世術や権謀術数を仕込まれた。アンナはそれにより、他の魔術師や機関と戦う事もあったし、物資や情報を調達する事もあった。もちろん、実験を行う事も。

 やがて、ログナの実験が進むと、その場は近隣の住民達から“闇の森”と呼ばれるようになっていく。異界の作用により、光が極端に少ない闇が覆うようになっていたからだ。もっとも、それでもそこはまだ人の住める場所だったのだが。そしてその過程で、ログナとアンナは“闇の森の魔女”と呼ばれ、恐れられるようになってもいたのだった。

 時代が流れ、戦況が悪化してくると、その彼女達の状況に変化があった。なんと、近隣の住民達が他の国から攻め込まれるのを恐れて、ログナのその闇の森を頼って来たのだ。住民達はなんとか自分達を護ってくれるように彼女達に懇願した。それまでは、むしろ忌み嫌っていたにも拘らず。それにアンナは難色を示していた。彼女は人々を信用していない。彼女はログナもきっと嫌がるだろうとそう思っていたのだが、意外にもログナはそれを受け入れてしまった。

 「どうしてですか?」

 と、そう尋ねたアンナに対し、ログナはこう答えた。

 「連中は軍隊を呼び寄せる為の良い餌なんだよ、アンナ。よく見ておきな、この“闇の森”の威力、研究の本当の成果をお前にも見せてやるから」

 そう。その頃になると、ログナの研究はほぼ完成に近づいていたのだ。

 “闇の森”に初めて軍隊が攻め込んできた当初、誰もが直ぐに陥落されるだろうと予想していた。どれだけ高度な魔術を持っていようと、軍事力という点では劣るだろうと考えられていたからだ。物量、魔力の規模があまりにも違い過ぎる。しかし、結果はその予想に反して“闇の森”の圧勝だった。

 確かに“闇の森”には物量が圧倒的に不足していた。だが、それはあまり関係がなかったのだ。何故なら、“闇の森”は、軍隊の持つ魔力を利用して軍隊を攻撃したからだ。彼らは自分達の魔力により傷つけられた。しかも、見た事もないような異界の魔物達も彼らを襲う。そればかりか、彼らの持つ魔力も魔術も吸収し、闇の森は更に力をつけてしまった。その技術には、“闇が闇を呼ぶ”正のフィードバック作用が応用されてあったのだが。

 結局、一人も失う事なく、闇の森は軍隊を打ち負かしてしまった。

 この勝利で、近隣の住民達は、ログナやアンナに深く感謝をした。闇の森の中で、祝宴が開かれたほどだ。ログナは意外にもそれを受け入れ、自らの勝利と成功とに酔いしれていた。もっとも人間嫌いのアンナは、その喧騒に耐え切れず、独りでいたのだが。

 軍隊は、その後“闇の森”を攻めあぐねた。下手に攻撃すれば、闇の森は更に魔力や魔術を吸収し力を増してしまう。何より、闇の森の全容が見えない。情報があまりに不足していたのだ。そこで、軍隊は攻略方法を兵糧攻めに切り替えた。物資の流入を遮断してしまえば、住民達は森の中で暮らし続ける事はできない。これには顕著な効果があった。森の中の住民達の暮らしは、日増しに困窮していったのだ。しかし、ログナはそれに無頓着だった。彼女は元から森の中で自給自足できる体制を整えていたが、森に住む人間達を助けようとはしなかった。それが反感を産む事は自覚していたが、「嫌なら出て行け」としか彼女は言わなかった。彼女にとって、人はそれだけの価値しかなかったのだ。その労力は彼女には資源の無駄に思えた。ただ、アンナの方は、多少なりとも人々の生活を援助していたのだが(特に子供は助けた)。

 そして、そのうちに、妙な噂が流れ始める。戦争に負けてクロノ・クロノス王国に従えば、平和で安定した生活が送れる、と。森に住む住民達はその噂に惹かれ始めた。だが、ログナはそれに対しても鈍感だった。彼女にとっては、魔術の研究だけが価値観で、それ以外のものは目に入っていなかったのだ。何しろ、その時、当に彼女の研究は最終段階に入ろうとしていたのだ。そして、いよいよ彼女の研究が完成しようとする段になって事件は起きた。

 ――ログナが刺された。

 平静を装って近づいて来た中年の男が短刀で彼女を刺したのだ。彼女を殺し、クロノ・クロノス王国に従う為だった。その男は、更にログナを襲おうとしたが、彼女が憤怒の表情で睨みつけた為、恐ろしさで動く事ができず止めは刺せなかった。

 ログナは刺された傷を押さえながら、アンナのいる闇の森の中枢部に向かった。住民達が弱ったログナに止めを刺そうと後を追って来ていた。アンナは逃げてきたログナを見るなり傷ついていることに驚き、「どうしたのですか?婆様」と叫ぶと駆け寄って魔法で治療しようとしたが、彼女に止められてしまった。

 「止めな。無駄だよ。治療魔法を無効可する特殊な短刀でやられた。……油断した。まさか、連中が、こんなものを、持っているなんて。恐らく、攻め込んで、……きた軍隊のものだろう。くそう…」

 それを聞くと、ならばとアンナは普通の治療道具を持って来ようとしたが、それもログナによって止められてしまう。

 「止めろ! 時間がないんだ、アンナ!」

 アンナはその声に震えた。

 「……はぁ 良いか、よくお聞き。連中が……、この場所を取り囲んでいる。…悔しいが、この中枢部には闇の森の防衛陣は施さなかった。連中を倒せない。油断していた。くそう、痛い。しかも… アンナ、連中は松明を持っている。火を… 放たれれば…、ここは火の海だ。魔法を使える奴もいるから、お前一人では… はぁ… 防ぎきれないだろう。その前に…」

 そう言い終えると、ログナは弱々しく一室を指差した。

 「私は、恐らく、もう駄目だ… だから、お前が代わりに、この“闇の森”を完成させるんだ。お前が……、この“闇の森”の核となり、この“闇の森”システムを…」

 そこまでをログナが語ったところで、外に火の手が見えた。ログナは叫ぶ。

 「早く! ここが燃やされないうちに! 私に恩返しがしたいと思うのなら、この私の最期の願いをどうか聞き入れてくれ。私が人生を賭けたこの“闇の森”システムを完成させてくれ!」

 それはアンナが初めて耳にするログナの懇願の言葉だった。アンナにはそれを拒否し切れない。アンナは少し躊躇しつつもログナを残して、その一室へと入った。そして、木をくり貫いて造られたようなそれを認めると、その中に身を置いた。闇の森の核を設置する装置。その瞬間だった。闇が彼女の中に侵入をし、そして爆発した。“闇が闇を呼ぶ”現象が急速に起こり、森全体を覆い尽くす。アンナは恐怖と驚愕とを感じた。自分の意識が、拡散するのが分かる。そして。

 そして、たくさんの人々の“死”が彼女に飛び込んできた。師のログナも含めて、その闇の森の“闇”は、その森の中にいた住民の全ての魔力を吸収した上で、住民達を根こそぎ殺していったのだ。

 男も、女も、子供も、老人も。闇の森に全てを奪われて死んでいった。放たれていた炎でさえも闇は吸収した。


 ――いやーっ!


 闇の森の核となったアンナは、絶叫した。もちろん、その声は誰の耳にも届かなかったが。


 ……それから、オリバー・セルフリッジに救い出されるまで、彼女は“闇の森”のシステムに囚われ続けたのだった。

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