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15.罠の中へ

 総理大臣就任記念式典。

 その招待を、オリバー・セルフリッジは受ける事にした。そしてもちろん、功労賞の授与も。全国民が注目するその式典は、彼の目的を果たす千載一遇のチャンスだったからだ。もちろん、それが罠である可能性も彼は疑っていた。いや、ほぼ確信していたと言ってもいい。しかし、多少の危険を冒してでも、彼はそれを成し遂げなくてはならなかったのだ。今は、アンナ・アンリにかけられたベヒモスの呪いを早く解かなくてはならないという意志、いや焦燥感も彼にはある。

 会場には、科学技術の成果として、最新式の武具に身を包んだ兵士が何千人と待機していた。彼らはライフルを所持していたし、大砲までもが数十台も置かれている。記念式典に戦争の為の武器が登場する。これは、実はそれほど珍しい事ではない。昔から、その国の強靭さの証である戦争兵器は、装飾品として様々な儀式に用いられてきたのだ。古くは剣や矛、或いは馬を利用した戦車など。

 しかし、それでも少し気になる点があるとすれば、そこに何故か魔力を利用した武器の類が全く置かれていなかった事だろうか。ただし、魔力を利用しない武器は、科学技術発展の象徴とも思われていたので、それほど奇妙という訳ではない。

 セルフリッジは、その光景を会場の中のいる一人として見渡しながら、多少、不安な心持ちでいた。その傍らには、アンナの姿がもちろんある。彼が控えておくように言われた場所は、大きな石の壁が背後にあり、一般人がいる場所とは離れていたが、それでもその場所は、その会場の空気に呑まれているように彼には感じられた。

 「セルフリッジさん。やっぱり、この記念式典への出席は、断った方が良かったのではないですか?」

 緊張している様子のセルフリッジを認めると、彼女はそう話しかけた。彼はそれに笑顔で返す。

 「大丈夫です。グッドナイト大臣は僕の奥の手を知らないはずですから。それに、これを逃したら次のチャンスがいつ訪れるか分からない。功労賞授与の時の演説で、僕は現権力構造の不正と罪を訴えます。その時が恐らく、最大のチャンスです。アンナさんはいつでもあの魔法を発動できるよう準備をしておいてください」

 明らかに、セルフリッジはアンナにかけられた盲目の呪いを知ってから、事を急いでいた。アンナはそれを分かっているからこそ、不安だったのだ。彼が慎重さを失っているように彼女には思えた。更に付け加えるのなら、確かに充分に勝機はあるようにも思えたが、同時に彼女は何か違和感も感じていた。これは明らかに罠だ。相手の罠の正体が全く見えない状態で、そこに挑むのは避けた方がいい。先に仕掛けられれば勝つ可能性が大きいというだけの話。もし、相手に狙いがばれていたら、それで終わりだ。

 できる事なら、アンナはセルフリッジを止めたかった。だが、その為のいい理由が思い付かない。

 遠くにいる大臣のゼン・グッドナイトは、話している二人の姿を不敵に眺めていた。大臣である彼はもちろん、特別に用意された席に座っている。少し高台になった場所で、会場全体を彼は見下ろしていた。近くには、大砲と兵士の姿も窺えた。

 “お前の目的の大体は掴めたよ、オリバー・セルフリッジ。法律に違反したと思われる取引や、金の動きを調べていたみたいだからな。権力に歯向かう類の人間が時折いるが、お前はそのタイプだ。僕らの不正を暴くつもりか……。くだらない”

 この式典の映像は、魔法で国中に流されていた。その映像は、会場内からでも見る事ができ、大きな画像が空に浮かんでいる。総理大臣の姿がそこには映し出され、音声と共にその就任が全国民に発表され、祝われていた。総理大臣が演説をしている。それと同じものが、主要な都市などで観られるはずだった。そして、物珍しさも伴って、ほとんどの国民がそれを観に来ているはずでもあった。

 式典の全国中継。実はそれは、この国始まって以来の試みだったのだ。

 “権力を打倒したいお前にとって、これはまたとない好機だろうよ。これを逃す手はないよなぁ、セルフリッジ”

 そう心の中で呟いて、グッドナイトは「ククク……」と笑う。

 “が、もちろん、そんな事はさせない。まだ何か企んでいるようだが、そんなもんは関係ない。何を企もうが、その前にお前は罠に嵌るんだから……”

 その内に総理大臣の演説が終わった。厳かな雰囲気の中、次は功労賞の授与式が行われる事が発表される。もちろん、最大の目玉は、最も業績を上げたオリバー・セルフリッジだった。早速、彼の名が呼ばれる。それを受け、緊張している彼は、ふぅっと息を吐き出すとアンナに顔を向け、

 「それでは行ってきます」

 と、そう言った。後もう少しで自分の目的が達成されると思いながら。そしてゆっくりと歩き始める。

 そのセルフリッジの後ろ姿に向けて、アンナは「行かないで」と訴えそうになった。悪い予感が彼女を圧迫する。そして、彼が、自分の感知能力の範囲から徐々に遠ざかっていくと、アンナは更に強く不安を感じた。彼女の世界には、今、光がない。真っ暗。そしてこう思う。

 “セルフリッジさん。行かないでください。わたし、目が見えないんです。真っ暗で何も分からないんです。あなたしか、頼れる人がいないんです。どうか、お願いです。行かないで……”

 セルフリッジは、アンナの近くを離れ、演説壇に向かっていた。その時になって、彼は初めて妙な点に気が付く。彼が控える為に用意されていた場所と演説壇にかなりの距離があったのだ。これは不自然過ぎる。普通なら、直ぐ近くにするはずだ。

 これはアンナと自分を遠ざける為のものではないのか?

 彼はそう考えた。もっとも、それでも危機感は感じなかった。彼の策に、アンナとの距離はあまり関係がないからだ。先に仕掛けられさえすれば……。


 会場の片隅で、セルフリッジの姿を見守る影があった。特殊科学技術局、人事部部長のセルビア・クリムソン。彼女は思う。

 “この授与式は、確実に罠だろう”

 それからゼン・グッドナイト大臣に彼女は視線を向けた。彼は不敵に笑っている。よく笑う男だ、とそう思う。

 “セルフリッジ、お前の事だから、その程度は分かっているだろう。その上で、それを受けたのなら、お前にも策があるのか。が、あの大臣は恐らくお前の実力を適切に評価しているぞ? 権謀術数では、分が悪い。権力の強さも富の量も違うんだ。集められる情報量も”

 セルビアは、セルフリッジが罠に陥るだろうと予想していた。そして敗北すると。しかし、緊張した面持ちで壇上に向かうセルフリッジを眺めながら、少しだけそれを改める。

 “一つ勝機があるとするのなら、ゼン・グッドナイトが知略戦において、今まで欲の塊みたいな連中ばかりを相手にしてきたって点か……。

 セルフリッジの能力は適切に評価できても、そのお前の馬鹿みたいなお人好しだけは、グッドナイトには理解できないだろう。もしかしたら、読み違えるかもしれない……”

 そして、そこでふと彼女は思う。自分は、セルフリッジに勝って欲しいと思っているのかもしれない、と。が、次の瞬間にはそれを打ち消す。馬鹿馬鹿しい。自分はただの傍観者だ。害が自分に及ばなければどうでも良い。そこで視線を逸らした彼女は、変わった人影に気が付いた。セルフリッジから視線を背けた先にその人影はいたのだ。局側の職員専用の出入り口の辺り。ポニーテールの髪に長身、赤を基調とした服装。千人殺しの魔人、セピア・ローニー。何故、あの女がここにいるのだ?

 セピアの手には、鉄の棍が握られていた。殺傷能力は低いが、彼女が使うなら充分に強力な武器になるはずだ。

 まさか、警備に参加している訳でもないだろう。大体、態度からして警備員のそれではない。ふてくされた様子で、地面に腰を下ろしている。そもそも、今回の式典にロスト達は一切呼ばれていないはずだ。

 セルビアは疑問に思ってから、それでも特に気にせず、セルフリッジに視線を戻した。セピアの視線の先に、セルフリッジがいたからだった。どうしてあの女は、セルフリッジを見つめているのだろう?


 千人殺しの魔人、セピア・ローニーの視界にはいかにも頼りなさそうに思えるオリバー・セルフリッジの姿が映っていた。まったく、闇の森の魔女は、あんな男のどこが良いんだと彼女は思う。それから、彼女はため息を漏らすと続けてこう思った。

 “はぁ… 危険に自ら飛び込むような真似をするなよ、オリバー・セルフリッジ。これ、明らかに罠だろうよ。契約があるアタシはお前を守らなくちゃならない。その現場でなければ身体は反応しないから、無視しても良かったが、それだと、後であの闇の森の魔女に何をされるか分からないからな……。

 ま、お前に協力すれば、アタシの目的も達成できるかも、という事はあるが…”

 もし、セルフリッジを守る破目になったとして、その為に誰かを殺しでもしたら、罰はより重くなる。それを回避する為に、殺傷力の低い棍を彼女は用意していたのだ。もちろん、彼女はそんな事態にはならない事を祈っていた。面倒な事態は嫌だ。


 セルフリッジが壇上に上がる。できるだけ早く彼は、ゼン・グッドナイトを始めとする官僚や政治家の不正を告発しようと、いきなりそれを告げる為に口を開こうとした。形振りは構ってられない。が、彼の発言が認められたと思ったその瞬間に、彼の目の前に槍が突き出され、「動くな」とそんな声が聞こえた。そしてそのまま彼は、後ろ手に掴まれ、動きを封じられてしまったのだった。

 “なんだ、これは?”

 セルフリッジは訳が分からず、ゼン・グッドナイトを見やる。いくら何でも、こんな強引なやり方……。

 “これでは、あなたにも害が及ぶぞ? 自分が評価し、功労賞まで授けようとした人間を、壇上で捕まえるなんて、滅茶苦茶だ!”

 当然、会場はざわめく。アンナはセルフリッジに危機が迫っているのを察して、魔法を使おうとした。しかし、そこで彼女にも異変が起こってしまったのだった。

 真っ暗。

 辺りに突然、強力な対魔法障壁が張られてしまったのだ。魔術を利用して、光を感知していた彼女の世界は、それで暗闇に閉ざされる。もちろん、直ぐに彼女は対応して、その対魔法障壁を破り光を感知し始めたが、その範囲は限られていた。彼女は青くなる。

 “セルフリッジさんが、何処にいるのか分からない……”

 彼女の魔術の有効範囲外に、セルフリッジは出てしまっていたのだ。そしてその時、後ろから声が聞こえた。

 『動くな。少しでも動けば、セルフリッジの命はないぞ』

 背後に、音を出す為の何かの道具が仕込まれているのは確実だった。それは魔力を利用したものではなかったのだろう。でなければ、アンナはそれに気付いていたはずだ。

 ゼン・グッドナイトはその時、事の進行に非常に満足していた。彼の掌の中には、スイッチがある。これを押すと、“闇の森の魔女”用の強力な対魔法障壁が発動するのだ。彼はアンナが青い顔になって動かないでいるのを見ると、自分の策が上手くいった事を確信した。

 “ゲーム・オーバーだ、オリバー・セルフリッジ。お前の負けだ。あの魔女を計画通りに封じられるかどうかが唯一の懸念点だったが、それも問題なくこなせた”

 そう思うと、グッドナイトは何も言わず、突然に立ち上がった。まだ、会場内はセルフリッジが突然に捕まった事で騒然としたままだった。

 「皆さんに、とても残念なお報せがあります」

 それから、彼はそう大声で言った。機械で声は拡大されている。

 「実は、そこにいるオリバー・セルフリッジはとんでもない罪人なのです。いえ、実際はまだ罪は犯してはいません。しかし、彼はあろうことか“闇の森の魔女”という史上最悪の魔女に魅入られてしまっている。彼が業績を上げたのは、その魔女の力によります。そしてもちろん、魔女は彼を利用する為に、彼に力を貸したのです。

 このままでは、闇の森の魔女が彼を利用し、この国にどんな災いをもたらす事になるか分かりません!」

 それから、大きく空に映し出された画像に“闇の森の魔女”が、これまでどんな酷い事を行って来たのか、その記録がかなり脚色されて放映され始める。セルフリッジは、それに目を丸くした。そこでは、アンナがどれだけ残酷で残忍な魔女であるかが強調されてあったのだ。

 セルフリッジの驚いた様子を見て、グッドナイトは「フフフ」と笑う。

 “まさか、こんな強引な手段に出るとは思わなかったか? セルフリッジ。だが、だからこそやる意味があるんだよ”

 彼がこの場でこんな手段に出た主な理由は二つあった。

 一つ目は、セルフリッジの捕縛と同時に闇の森の魔女を封じなければ、確実にセルフリッジに逃げられてしまうという事。セルフリッジには彼女がいる。逃げようと思えばいくらでも逃げられるだろう。彼女と彼を引き離した上で封じる必要があった。魔力を制限された闇の森の魔女は、セルフリッジを人質に取られた状態では、何もできない。

 二つ目は、ここまで印象的にやれば、国民が彼を完全に信用しなくなるだろう事がある。いくら彼が政治家や官僚達の不正を訴えても、信用を失わせておけば、嘘や捏造だと判断されるだろう。

 グッドナイトは思う。

 “これで、お前の目的は完全に断たれるぞ、セルフリッジ。どう不正を暴こうと、信用されない。いや、そもそもその前に、そんな事ができる立場にもなれないだろうが……”

 やがて闇の森の魔女が、残酷で残忍な邪悪なものであるという事を強調した画像が全て流れ終えると、それからまた、グッドナイトは大声で語り始めた。

 「この場で、こんな事を行ったのは、そこにいる恐ろしい魔女に対抗する為です。真っ当な手段では、罠に嵌める事はできなかったでしょう。実はここには、既に対魔法障壁が張られている。もっとも、そんなものは闇の森の魔女にとっては、それほど効果的には作用しません。

 が、安心してください。かの魔女が恐ろしいのは、飽くまで魔力がある環境です。かの魔女は、魔力ならばどこにあろうが誰のものであろうが、自分の為に自由自在に利用できるという特殊能力を持っている。しかしこの場では、魔力はほとんど使われていません。つまり、あの魔女はその特殊能力を活かして対魔法障壁を無効化し切れない」

 この計画があったからこそ、グッドナイトはロスト達をこの式典には参加させなかった。その魔力を闇の森の魔女に利用される事を恐れたのだ。ただし、出入りを禁止すれば、セルフリッジに計画がばれると考え、そこまではしなかったのだが(だからこそ、セピアはこの会場にこっそり侵入できた)。

 そこでグッドナイトは、遠くにいるアンナを指差した。人が彼女の周囲から取り払われ、兵士達のライフルが彼女に向けられる。

 「美しく可愛い女性の姿をしてはいるが、騙されてはいけません。その女こそが、“闇の森の魔女”。史上最悪の魔法使いです!」

 ゼン・グッドナイトはこの会場から極力、魔力に関わるものを排除していた。理由は彼が語った通りだ。もっとも、それでもアンナの目が見えないと知らなければ、こんな計画を実行しはしなかったが。

 彼の計画の骨子は、まずセルフリッジとアンナの距離をできる限り離す事。アンナの唯一の弱点がセルフリッジである点は、セルビアの報告からも明らかだった。セルフリッジを人質に取りさえすれば、闇の森の魔女、アンナ・アンリは動けなくなる。

 だが、それでも不安はある。どうやら、闇の森の魔女は、時空魔術を使える。信じられない話だが、実際にグッドナイトは自分の目でそれを観ていた。あの広場で彼がセルフリッジを撃った時、魔女は時間の流れを遅くしていたのだ。そんなものが使えるのなら、いくら人質を取っても無駄だろう。

 が、その有効範囲は無限ではない。それをグッドナイトはその時に観察していた。彼女の周囲でしか、それは起こっていなかった。ならば、充分に距離を取り、かつ魔術を混乱させてやれば、その時空魔術を防ぐ事ができるはずだ。もちろん、それでも魔女の目が見えていたなら話は別だ。わずかな時間を利用して、魔女はセルフリッジを救出してしまうかもしれない。しかし、目が見えなければ、そもそも救出すべきセルフリッジが何処にいるかも分からない。これなら、いくら何でも救出は不可能だろう。不用意には動けなくなる。魔女には、少しでも動けばセルフリッジを殺す、と伝えてある。セルビアの報告に依れば、魔女はセルフリッジが絡むと途端に思考能力が低下するのだという。だから、それが単なる脅しであると判断する能力は、魔女からは失われるはずだ。

 “セルフリッジの目的を断つだけなら、ここまでは必要なかったが……”

 グッドナイトはそう思うと、それからアンナを見つめた。

 “この闇の森の魔女が欲しかったからな。さて、仕上げだ……”

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