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14.怯えるオリバー・セルフリッジ

 大臣執務室。

 「やれやれ、身体のあちこちが痛いよ。あの魔女め」

 と、グッドナイトは誰に言うともなくそう文句を言った。秘書のピボットがこう尋ねる。

 「何も、大臣自らが、あのような事をやらなくても良かったのではないですか? 一歩間違えれば、大変な事に……」

 それに「ふん」と鼻で笑ってから、グッドナイトはこう答えた。

 「見極めるべきものを見極めたかったんだよ。ま、実際、分かったし、色々… それに」

 「それに?」

 「楽しくないだろう? 自分でしなくちゃ、ああいう事は。これで、緻密に計画が立てられるぞ」

 言い終えると、グッドナイトは楽しそうに笑った。

 「しかし、それにしても、あの魔女はかなりいいね。あの魔力、魔術、そして、見上げた忠誠心!」

 それからグッドナイトは、ピボットを見ながらこう言った。

 「君よりも遥かに高いだろう。彼女の、主人に対する忠誠心は!」

 完全に浮かれている。ピボットは軽くため息を漏らすとこう応えた。

 「失礼ですが、彼女のあれは、忠誠心とは別物かと思います。それに、主従関係とも違っているかと」

 「ほぅ… では、何だ?」

 「愛です」

 「お前は、自分で言ってて恥ずかしくないのか?」

 「恥ずかしいですが、事実であるとしか思えませんので」

 それを聞くと、グッドナイトは「ククク…」と笑い始めた。よく笑う男だ、とピボットはそう思う。

 「ま、どうでも良いけど、あの魔女は欲しいよ。是非とも。あんな小物には勿体ないじゃないか」

 “直ぐに、他人のものを欲しがるんだから”と、そんな感想を抱きながら、ピボットはこう尋ねた。

 「小物ですか?」

 「小物だよ、あのセルフリッジって奴は。僕からの挑戦状を受けて、青い顔で震えていたぜ。動揺して馬鹿をやって失敗してくれるとありがたいんだが。そうしたら、あの可愛い闇の森の魔女ちゃんも、愛想を尽かすのじゃないかな?」

 言い終えるとまた笑う。

 「可愛かったよな、あの子。あれだけ優秀で、あの容姿だったら、誰だって欲しくなるって」

 ピボットは、浮かれている彼を見ながら、またため息を漏らした。

 “この人こそ、相手を舐めすぎて、失敗しなけりゃいいけど”

 と、それからそう思った。


 “……目を付けられるのは仕方がない。目立つなという方が、無理な作戦を立てたんだ”

 その日、市場で買い物をしている間も、それを済ませて自宅に辿り着いた後も、オリバー・セルフリッジはずっとグッドナイトから受け取った招待状、実質的には彼からの挑戦状について考えていた。そして、グッドナイトが、やたら分厚い服を着ていた事を思い出す。

 “あれは防護服だ。魔術と物理攻撃に対してのもの。なら、あの行動は単なる悪ふざけなんかじゃなくて、アンナさんの実力を確かめる為にやった事なのかもしれない。

 あの人は、間違いなく権力の中枢にいる。総理大臣に就任するのは、別の人物だが、裏で糸を引いているのは彼だ…。ベヒモス問題解決で、利権を失うと思ったのに、逆に権力を手に入れたあの人の権謀術数は怖い。どうすれば、良いだろう?”

 彼は落ち着きのない様子で、ソファで寛ぎもせず、机の近くにずっと立っていた。

 闇の森の魔女、アンナ・アンリはそんな彼を心配そうに見つめていた。広場で、ゼン・グッドナイトと遭遇してから、ずっと彼の様子はおかしい。明らかに動揺している。いや、怯えているのだろうか?

 「あの、セルフリッジさん? 紅茶でも淹れましょうか?」

 不安になったアンナはそう彼に話しかける。そう言うアンナを見てセルフリッジは思った。

 “この人がいなければ……”

 焦燥感に押し流されるようにして、彼に悪い考えが過ぎってしまう。

 “この人がいなければ、もっと目立たずに行動できていたかもしれないのに。それで、着実に事を進められていたかも……”

 突然に無垢な彼女の表情を憎らしく彼は思い始めた。もちろん、彼はそれが自分の弱さから出た考えである事に直ぐに気付く。しかし気付いただけで、それを克服できるとは限らない。

 “駄目だ? 何を考えている? 彼女がいなければ、確実に行き詰っていた。彼女のお蔭で後一歩のところまで来れたのじゃないか。それに例え他の方法で上手く進んでいたとしても、絶対に注目を浴びてしまったはず……。

 彼女は少しも悪くない。むしろ、感謝しなくちゃならないのに……”

 「あの、セルフリッジさん?」

 無言のセルフリッジに、アンナはより不安になってそう話しかける。その声に、再び彼は苛立ちを感じた。だが、必死に噛み殺してその表情を見せないようにする。自分が怯えているだけだとは分かっていた。その恐怖が怒りに変ってしまっているだけだという事も。彼女は何も悪くない。

 が、

 その時、アンナの表情が青ざめたのが分かった。彼女を見る自分の目が、無意識の内に冷たいものに変ってしまっていた事を、セルフリッジはそれで自覚する。

 “どうしてしまったんだ?僕は”

 アンナが明らかに動揺した様子で席を立ったのが分かった。

 「紅茶、淹れますね」と、そう言った。ポットを取る為に近づいて来るが、セルフリッジとは視線を合わせようとしない。

 “どうする?”

 内心で彼は慌てた。自分の弱く醜い心を、彼女に悟られてしまった。近づいて来る彼女に、どう接すれば良いのかが分からない。しかし、そのタイミングだった。

 「大丈夫です」

 アンナがそう言ったのだ。

 「わたしは、何があってもセルフリッジさんを見捨てたりなんてしません……。あの人が、よっぽど怖かったのですよね?」

 あの人というのが、ゼン・グッドナイトの事であるのは明らかだった。そこでようやくアンナはセルフリッジへと顔を向ける。そしてその時、セルフリッジは、彼女の発言にではなく、むしろその表情に注意を向けていた。彼女の視線から今の彼女の心理を読み取ろうとしていたからだ。

 何かが、おかしい。

 そして、そこで気付く。そう。彼はその時になって初めて気が付いたのだ。彼女の顔の、いや、その視線の違和感に。アンナの手を掴むと、

 「いつから?」

 と、彼は訊く。アンナはその言葉にビクッと震えた。

 「あの、何の事ですか?」

 そして、そう逆に尋ねる。セルフリッジは、顔を強張らせて、「誤魔化さないでください」と、そう詰め寄る。アンナは後退りをし、ソファの処にまで下がった。そのまま、半ば倒れるようにしてソファに腰を下ろす。セルフリッジは、そんな彼女の顔を両の掌で優しく包む。彼女に向けてこう問いかける。

 「あなたの目は、僕を見ていなかったじゃないですか? いったい、いつからです? いつから、その目は機能していないのですか?

 あなたは、魔法で光を感知して、見えている振りをしていたのですね?

 今日、後ろを見ていたのに、グッドナイトさんが拳銃を撃ったのが分かったのものだからですか…」

 それから、彼はアンナを抱きしめる。強く。声を震わせながら、アンナは言った。動揺していた所為で、演技が下手になってしまったと後悔しながら。

 「あの…、セルフリッジさん。怒っていますか?」

 セルフリッジは、彼女を抱きしめながら首を横に振った。

 「怒っていません……。いえ、やっぱり、怒っているかもしれません。ただし、あなたに対してじゃありません。僕は、僕自身に対して怒っています」

 “健気に僕に尽くしてくれている、こんな彼女に八つ当たりをしようとしていたなんて… 僕は…”

 それから静かに彼は、こう言った。

 「原因はべスモスですね? あんな化け物を相手にして、無事で済むはずがない。僕があなたに頼んだから……」

 彼の様子に戸惑いながら、アンナは返す。

 「セルフリッジさん。そんなに気にしないでください。これは、仕方ない事だと思うんです。だって、誰もこんな事になるだなんて想像ができません」

 そのアンナの言葉に、セルフリッジは首を横に振った。

 「相手はあのベヒモスです。何があっても、不思議じゃない。それに、僕は、僕が真剣に頼めばあなたが絶対に拒否できない事を分かっていました。分かった上で、無理をお願いしたんです。

 僕は、あなたを犠牲にしてしまった……」

 それを聞くと、アンナは少し悩むとこう言った。“どうしよう? 彼が苦しんでいる”と、そう思いながら。

 「あの、多分、大丈夫です。わたしの目は死んではいません。ただ、見えないだけで。超大容量魔力保存装置の中のベヒモスの魔力を使ってしまえば、きっとそれでわたしの目は見えるようになるはずです。この“呪い”の根はあれでしょうから」

 それを聞くと、でも、とセルフリッジは言った。まるで子供のような言い方で。

 「でも、その時がいつ来るか分からないのですよ? もしかしたら、十年以上かかるかもしれない。チャンスが来なかったら、一生このままなんて事も……」

 「大丈夫ですよ。もし、そうなったとしても、わたしの日常生活に支障はありませんから。目で捉える事はできませんが、魔法で光を感知して何不自由なく暮らせます」

 その言葉にも、セルフリッジは首を横に振る。

 「それでは、ずっと光を感知する為に気を遣わなくてはならなくなるし、それに、魔法で光を捉えるのと、目で光を捉えるのとではやはり違います。あなたは、ずっと暗い世界の中にい続ける事になる……」

 それからセルフリッジは、声を立てずに泣き始めた。そんな彼にアンナはどう声をかければ良いのか分からず戸惑う。それから更に深くアンナを抱きしめながら彼は続ける。

 「すいません。僕には、あなたを仕合せにする事はできなかった……」

 が、そこでアンナの様子が変った。「フフ」と笑う。

 「どうしたんですか?」

 その笑い声を不思議に思ったセルフリッジがそう尋ねると、彼女はこう応えた。

 「大嘘をつかないでください、セルフリッジさん」

 アンナの言葉に彼は不思議そうにする。彼女は続けた。

 「わたし、セルフリッジさんと会ってから、ずっと仕合せですよ。因みに、抱きしめてもらっている今は、至福です」

 その返答に、セルフリッジは目を丸くする。そして、

 「……ありがとうございます」

 と、そう呟くように言った。

 「なーんで、セルフリッジさんが、お礼を言うのですか?」

 アンナは微笑みながら、そう返す。それに対し、セルフリッジはこう応えた。

 「もしも、僕が目的を果たし終えたら、その後は、僕は、あなたと一緒にいる事だけを考えて暮らします……」

 それに、アンナはにっこりと笑って返した。

 「はい。期待しています」

 と。


 大臣執務室。

 ゼン・グッドナイトは秘書のピボットからの報告を受けていた。彼はオリバー・セルフリッジ及びに闇の森の魔女、アンナ・アンリの生活を、ここ数日間、部下達に監視させていたのだ。

 「なるほどね。別に、二人の様子がおかしくなった点はなしか。雨降って地でも固まっちゃったかな?」

 とグッドナイトが言うと、ピボットはこう応える。

 「むしろ、これまで以上に仲睦まじい様子ですね。特にセルフリッジの行動に変化があって、闇の森の魔女をとても大切に扱っているそうです。まるで介護をするように、身の回りの世話までして」

 それを聞くと、グッドナイトは「へぇ」と返し、二ヘラといった感じの妙な笑顔を浮かべた。

 「僕がセルフリッジの事を、銃で撃った時さ、あの魔女は後ろを向いていたのに、直ぐに反応したんだよ。しかも、僕を警戒してもいなかったのに。後ろに目が付いている訳でもないだろうに。

 これ、なんかおかしいと思わないか?」

 「と、言いますと?」

 「あの魔女の事だから、周囲を感知する能力くらいあるだろう。だが、常にそれを発動しているとは思えない。しかしだ。もし、仮に目が見えなくなっていたのなら、話は別だろう? 常に感知能力を働かせていなくちゃならない。

 セルフリッジのその行動の変化の理由が、彼女の失明にあるのなら、筋が通る」

 それを聞くと、ピボットは顔を顰めた。

 「失明ですか? しかし、何が原因で闇の森の魔女が光を失ったというのでしょう?」

 それを聞くと、グッドナイトは「ふん」と笑った。

 「ベヒモスの“呪い”を少し調べてみたよ。そうしたら、その代表的なものに“光を失う”というものがあるじゃないか。

 あの魔女は、ベヒモスを異世界に追いやっているんだ。それくらいの呪いを受けていても不思議じゃないだろう」

 「なるほど」と、それにピボットは応える。それからグッドナイトは「ふーむ」と声を発し、少しの間の後でこう言った。

 「やぁ、ピボット君。来たよ、来た。頭にアイデアがビビッと来た。今まで集めたあの魔女に対する情報で、魔女を手に入れる作戦を思い付いたよ。この魔女の失明って材料があればイケるぞ」

 そして、グッドナイトはまた笑う。それを見てピボットは“少し、調子に乗り過ぎているような気もするけど…”と、思う。それから、一言諌めようかと迷ったが、結局はそれを口にしなかった。機嫌がそれで悪くなったら厄介だし、それにグッドナイトは勘が鋭く、これまで大体の作戦を成功させてきたからだ。万が一、失敗しても被害を最小限に抑える策を用意してもいるだろう。そういう男だ。そうでなければ、ここまで権力を手にする事はできない。いかに恵まれた立場であったとしても。

 「記念式典で、セルフリッジを嵌めるだけじゃなく、あの闇の森の魔女も手に入れるぞ、ピボット君」

 が、それでもピボットは、グッドナイトの浮かれっぷりに一抹の不安を覚えたのだった。

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