僕と強盗
「僕と強盗」
「いらっしゃいませぇ」
今日も僕は家から近くのコンビニで深夜のバイトをする。働く時間は十一時から朝の七時までだ。十一時から朝の七時までというと八時間もあるけどなんて事はない。ずぅっと事務所で椅子に座ってマンガを読んでいるか、廃棄の弁当をむしゃむしゃ食べているかをしていれば、あっというまに太陽が昇り、雑誌類の置いてある側の窓から眩しい朝日が差し込んでくる。今日だっていつもの様に事務所の椅子に座って、マンガを読んで過ごすつもりだ。
時計の針は三時を回り、一応床の清掃や棚の整理が終わったので、事務所でマンガを読むことにした。
「先輩。先輩。なんか怪しいヤツがきたっすよぉ」
話し掛けてくるヤツは同じ深夜のバイトの竹内だ。深夜のバイトはほとんど一人ですることが多かったが、最近コンビニで物騒な事件が多くなったので、二人でシフトを組む事もあり、今日は二人だった。竹内は僕より二つ年下の男で、なぜか僕のことを先輩としたってくる。
「怪しいヤツ?」
僕は読んでいたマンガを散らかっているテーブルに置き、監視カメラの映像が映っているテレビを見た。
確かに怪しい。画面は四つに区切られており、入り口、本棚、レジ前、弁当コーナーのそれぞれの場所が映っているが、怪しいヤツはせわしなく店内を歩いている様だった。入り口の画面に現れたり、本棚に現れたり、レジ前をうろちょろしたりと誰が見ても怪しい。何故か竹内は楽しそうに先輩レジ行きましょうよ、とウキウキした様子だ。僕は怪しいヤツとは接したくなかったが、仕方ないので事務所のドアを開けてレジへ向かった。
「いらっしゃいませぇ」
僕の声が店内に響く。その声に驚いたのか怪しいヤツはびくっと身体を反らし、棚に並んでいるポテトチップスを二三個、床に落としていた。竹内はそれを見てうひゃうひゃと笑っている。僕も面白いことは面白かったが、怪しいヤツを観察していて声にだしては笑わなかった。
怪しいヤツは僕らと同じくらいの年齢に見えた。しかし髪がぼさぼさで、はっきりいって暗そうだ。きっと小中高といじめられっこだったんだろう。
怪しいヤツはなにやら挙動不審で、マンガの雑誌を手にとって読んでみたり、お菓子のコーナーをうろうろして、ケーキを両手に取って賞味期限をくらべたりしていた。
「アイツ・・なにがしたいんっすかね」
竹内があからさま迷惑そうな目で怪しいヤツを凝視している。
その視線に気付いたのか、怪しいヤツはレジ前に『おいしいメロンパン』を一ケ持ってやって来た。
「いらっしゃいませぇ」
僕と竹内はマニュアル通りのレジ作業をした。竹内がバーコードをスキャンし、僕は『おいしいメロンパン』を一番小さいレジ袋に入れた。
「158円になります」
竹内が怪しいヤツに言った。怪しいヤツは息をハァハァと荒くしてきょろきょろしている。僕はおいしいメロンパンかよ、と心の中でツッコミを入れながら笑いたいのを我慢していた。しかし何故か怪しいヤツは、お金を出さないで、僕ら二人レジを挟んだ前でつっ立っている。
「お客様・・158円になります」
竹内がもう一度言った。それを聞くと怪しいヤツが小さな声でぶつぶつ呟いた。
「あのぉ・・あのぉ・・」
怪しいヤツは腕の組みながらモジモジしている。僕と竹内は目を合わせて互いに、なんだコイツは、というアイコンタクトをした。
「あのぉ・・あのぉ・・お金を・・くれませんか?」
怪しいヤツは小さな声で金を要求した。僕と竹内は目を丸くして怪しいヤツを見た。
「お金って、このレジからお金をだして、あなたに渡せという事ですか?」
竹内が驚きながらも怪しいヤツに質問した。怪しいヤツはうなづいて、きょろきょろまわりを見渡した。
「という事はあなたは強盗ですか?」
僕は間抜けな質問を怪しいヤツにした。
「そうですぅ」
強盗は僕の質問にイエスと答えた。その瞬間、竹内は狂った機関銃の様に笑い始めた。
「イヒヒヒ。お前強盗かよ。うひゃひゃひゃ」
僕もその笑いにつられて強盗に悪いと思ったが笑ってしまった。
「強盗。あはは。強盗」
竹内はすっかりつぼにはいってしまったようで、カウンターを手のひらでバンバン叩きながら笑っている。強盗は困った顔で顔を赤らめながらオドオドしながら叫んだ。
「笑わないで下さいぃ!」
強盗の悲鳴とともに店内に銃声が響いた。竹内は口をあけたままひざをつき、身体を硬直させている。強盗の右手には銃が握り締めてあった。
「銃があるなら最初から素直に出しておいてくれれば・・」
僕は両手を万歳しながら強盗にあやまった。
「二人ともいい加減にしてくださぁい・・。はぁはぁ・・僕は真剣なんですぅ・・」
強盗は銃を下ろし、ジャケットの中に隠して、あたりをきょろきょろ見回した。
「僕が小中高ってずっといじめられてきたから、それをわらってるんだろぉ・・」
当たった。やっぱしいじめられていたのか。僕は銃をジャケットにしまったのを見て万歳した手を下げた。竹内はそれを聞いてまた少し笑っているようだ。
「まぁまぁ強盗君。笑ったのは悪かったよ。けど強盗なんて止めときな」
竹内がおそるおそる立ちあがり、強盗に話し掛けた。
「大体、このレジに入ってるお金なんて、五万円ぐらいしか入ってないぞ」
強盗は少しショックそうな顔をした。
「だって、俺らが来たとき集金しちゃったし、十一時からの売り上げなんて全然ないぞ」
竹内が説得を続ける。
「こんなしょぼいコンビニ狙うより、でっかく郵便局とか銀行を狙ったほうがいいぜ」
強盗は困ったように腕を組み、上を見て考えている。まったくなんなんだコイツは。僕は早く諦めて帰って欲しいと心から願った。
そのとき入り口の自動ドアの扉が開いた。
「いらっしゃいませぇ」
僕は反射的に声を出してしまった。
入ってきた男は僕らをみて何食わぬ顔で、ジュースの売っているコーナーへ行った。強盗は困った顔でそわそわし始めた。
「キミ。レジに並んでいるのかね」
男は強盗に話しかけた。
「あっいえすいません」
ビシッとキメたサラリーマン風のスーツ男が、強盗の前を割り込みジュースを置いてきた。
「早くしてくれたまえよバイト君達。僕はこれから首都高に乗って朝一で大切な会議あるのでな。ふん」
「はい、すいません。わかりました」
竹内がジュースをスキャンしようとする。
「あっ。勝手に動かないでくださいぃ」
強盗が竹内にチャッ、と銃を構えた。
「ん。なんだキミは」
スーツ男が強盗に話しかけたので僕は状況を説明することにした。
「かくかくしかじかで・・」
「なるほど。そういうことか。」
「そうなんですぅ。だから早くお金を渡して欲しいんですぅ」
「だから五万くらいしかないって。お前こんなトコ強盗したって意味ないって」
竹内は一歩の引かない。
「ふん。くだらない。どうせお前は小中高といじめられて育ってきたんだろ。見るからにそんな感じだ、根暗め。」
あちゃー。スーツ男が言ってはいけないことを言ってしまった。強盗は肩をぷるぷる震わせて今にも泣き出しそうな感じだ。
「ちなみに、僕は小中高とずっとエリート街道まっしぐらのエレベーター式で、会社だって名前を言えば誰だって知っている会社に勤めている。えっへん。」
強盗はすでに涙を大量に、頬に流している。
「ひどい・・ひどすぎる・・。」
強盗はスーツ男に向かって発砲した。
スーツ男は胸から血を流し、そのまま後ろに倒れた。
「ひぃぃぃぃ!」
僕と竹内は身をのけぞらして後ろに下がった。
「ハァハァ・・こ・・この男が悪いんだぁ・・」
強盗は肩で息をしている。
「おねがいですからぁ早くお金をわたしてくださいぃ」
半泣きで、銃を両手で挟みながらお願いのポーズをされた。
「ほらっ。竹内。売り上げだしてやれよ。」
僕は殺されちゃかなわないと思い、竹内を右ひじで突っつき、渡すように促した。
「わっわかりました」
竹内がレジの両替ボタンを押して中のお金を取り出していると、目の前の強盗はしゃがんで、なにやらスーツ男の持っていた鞄をあさり始めた。
「あの。強盗さん。なにをなさっているんですか?」
僕は一心不乱にゴソゴソしている強盗に聞いた。
「見てわからないんですかぁ?スーツ男の鞄から金目のモノを盗み取っているんですぅ」
ははぁ。なるほど。僕はうなづいた。確かにスーツ男は金を持っていそうだ。これから高速に乗ると言っていたし、少なくとも高速代とこれから買うはずだったジュース代くらいはあるだろう。
「はうわああああぁあ!」
急に強盗が大声をあげた。竹内はその声に驚いて五百円玉を床にばら撒いていた。
「どうしたんですか?強盗さん」
僕はひっくりかえって蛙みたいになっている強盗に聞いた。
「どうしたもこうも・・・・こーぉんなにお金が入っているんですよぉ!」
強盗は鞄の中の札束を僕らに見せた。確かに鞄いっぱいに札束が入っている。推定で一億くらいあるだろう。竹内と強盗は、良かったじゃん良かったじゃん、とスーツ男の死体の横で抱き合いながらはしゃいでいる。
「ありがとうございますありがとうございますぅ。こんなお金が手に入ったのも二人のおかげですぅ。」
強盗は満面の笑みで僕らに何回もぺこぺこお辞儀した。
「よかったな強盗!」
竹内はぽんと肩に手を置いた。
気づくと本棚側の窓からは気持ちの良い朝日が店内に差し込んできている。僕は良かった良かったと思いつつ、時計に目をやるともう七時だった。
「おっ。もう七時だぞ。交代の時間だ。」
僕は竹内に言った。それにしても朝の七時から来る朝のバイトが遅い。そろそろきてもいいはずなのだが。
「お二人ともお疲れ様でしたぁ」
強盗はすっかり上機嫌で、お辞儀しながらルンルンとコンビニを出ようとした。僕はほっと胸を撫で下ろすものの、レジの画面を見て大変な事に気付き、ちょっと待って下さい、と強盗に声を掛けた。
「ん?」
「メロンパンの代金」
「あぁ!そうか。そうだよね。あははは」
僕は夜中にスキャンした『おいしいメロンパン』がまだ未払いのままで画面に残っていたので代金を請求した。
「一万円でいい?」
強盗はスーツ男の鞄からスッと万札を抜き出した。
「一万円おあずかりしまーす」
竹内がそれを受け取り、おどけてみせた。僕と強盗はそれを見て笑いながら、僕は一万円をレジに打ち込み、強盗はわくわくしてレシートとお釣を待った。
「九千と・・八百四十二円のお返しです。」
僕はレシートとお釣を渡す。強盗はそれを受け取る。
そのとき入り口の自動ドアが開いた。
いかがでしたでしょうか?つまらないものを最後まで見てくれてありがとうございます