一々口伝・巻之一 【シナリオ形式】
<主な登場人物>
孝佳:久能孝佳。20代の放浪の武士、頭は切れるが性格は昼行灯。
千代:森田千代。父の遺言により、孝佳に弟子入り志願中の熱血娘。
方満斎:萌城方満斎。萌城流道場師範で、一見達人風の老人。
殿様:川代藩の殿様。気分屋だが話はわかる人。
家老:切れ者の年寄り。
野次馬A:船着き場をうろついていた町人。(職人または商家の雇い人など)
野次馬B:同じく
[1]
T「一々口伝 巻之一」
[2]
□ 茶屋。
街道筋の茶屋。天気は快晴。縁台に男が一人、女が一人、間には餅の置かれた皿。
□
旅装の武士=孝佳は迷惑そうな表情。
□
旅装の武家女=千代は決意の表情。
□
孝佳「まさか旅にまでついて来るとはなあ。」
千代「入門をお許しいただくまで、一歩も引かぬ覚悟です!」
□
孝佳「男も逃げ出す修行を、女の千代殿に耐えられるものではない。」
千代「いいえ! 似角流の達人・久能先生に就いてこの道を究めよとは
父の遺言…弟子にしていただくまで、絶っっっ対に諦めません!!」
[3]
□
孝佳は天を仰いで溜息ひとつ。
孝佳「では千代殿。」「ためしにひとつ問う。答えられたら弟子にしよう。」
千代(嬉)「はい、なんでしょう!?」
□
皿は2枚。それぞれ、きなこ餅が2つづつ置かれている。
孝佳の声「什摩。この餅は1つ4文(約200円)。我々が2つづつ食べれば合わ
せて4つ。支払う銭は…」
□
千代「16文(約800円)です、これでお弟子にしていただけますか!?」
(欄外注:4×4=16)
□
孝佳「…………」(財布から銭を出しつつ力無く笑って)「残念でした。ここからが問題
なのです。」
□
孝佳、もぐもぐと餅を食いながら
孝佳「1つ4文の餅4つと、1枚4文の波銭(*)4枚。これは同じか否か?」
(欄外注:*寛永通宝の一種で、裏に波模様が入っていた。1枚4文。)
□
千代「4つと4枚でどちらも16文、同じです!」
もぐもぐ食いながら
孝佳「不正解。」
[4]
□
孝佳、姿勢を変えて
孝佳「千代殿は餅で何か買うか? あるいは銭を食うか?」
□
千代「餅で物を買ったり、銭を食べたりするわけはありません。」
孝佳「そうだ。」
□
孝佳「ということは、4つの餅と4枚の銭は、同じではない。如何?」
千代「う……た、たしかに。」
□
孝佳「では、同じではないものを同じと考える、その理由は何故か?」
□
千代「?」「?」「?」
千代、悩んでしまう。
□
孝佳、刀を手に立ち上りながら
孝佳「これがわからないなら、似角流を修行しても無駄だ。」
千代「あっ! わっ、わかりました、わかりました!」
[5]
□
孝佳(振り返りながら疑いの眼)「本当に~?」
□
千代(引きつり笑い)「はい! もう、完っっっ璧にわかりましたっ。」
孝佳の声「じゃあ……ここにたくさんの縄があったとする。この縄で」
□
孝佳、遠くを指差し
孝佳「あの山にはえてる立ち木の本数を数えられるか?」
□
森に覆われた、小さな山が見える。
□
千代「は? 長さじゃなくて本数を? 縄で???」
千代、困って滝汗となり考え込む。
孝佳「本当にわかったのならできる筈だ。困ってしまうのはわかってない証拠。」
さっさと立ち去る孝佳。
□
千代「あっ!」
千代は杖を手に慌てて立ち上がり、
[6]
□
追いかける。
千代「久能先生、お待ちを!」
孝佳(振り返りもせず)「弟子にした憶えはない!」
□ (場面転換)川代の町
孝佳、町中を歩いていく。一生懸命追いかける千代。
□
孝佳、ふと立ち止まる。千代は後ろでぜえぜえはあはあ。
□
千代「先生、今日はこの町にお泊まりですか?」
孝佳「うーん……」(困)
□
孝佳「実は、路銀(旅費)が心もとない。」
□
千代「はあ? 勘定間違いですか。数に強い久能先生らしくもない。」
孝佳(横目でにらみ付けて)「-☆ 路銀も持たず後を追いかけてきた奴が一人いるから
な!」
[7]
□
擬音文字:だいしょっく わたしのせい!?
千代、顔面蒼白!!
□
千代は慌てて土下座。
千代「も、申し訳ありません! まさか久能先生のご迷惑になるとは……!!」
孝佳、きょろきょろしつつ
孝佳「ついてきてしまったものは仕方ない。謝ったって銭は作れん。」
□
孝佳、何かを見つけて
孝佳「…少しわらじ銭を稼がせてもらうか。」
千代「え?」
□
そこには、「萌城方満斎/萌城流指南所」と二行が書かれた看板。(下半分トリミング)
□
緊張した微笑の孝佳と、目を見開いている千代。
千代「ど、道場破りですかっ…!」
ゴクリ……
[8]
□ 道場内。
一段高くなった師範席に、方満斎が座している。後ろに「知行合一」との額が。
方満斎「なるほど…江戸から参られた、似角流・久能孝佳殿と申されるか。」
□
丁寧にお辞儀する孝佳だが、千代はそのうしろでガチガチ状態。
孝佳「修行の身なれば、萌城方満斎先生に是非、一手ご指南を給わりたく。(*)」
(欄外注:* 技を1つ見せて下さい=私に勝ってみて下さい=勝負しろ)
□
方満斎(馬鹿にして)「痩せ浪人が生意気な!」「わしはこれでも当藩の指南役を仰せつ
かっておる。よかろう、立ち合おう。吠え面かくなよ?」
バッ!
方満斎。立ち上る。
□ 道場の庭。
広い庭に、杉の大木がある。
千代「庭で立ち合うのですか?」
孝佳「そのようだ。」
□
方満斎、木刀を手に
方満斎「では、わしが先手をとらせてもらう。」
[9]
□
方満斎、杉の木を差し、
方満斎「あの木の高さを測ってみよ。ただし、木に登ったり切り倒したりしてはなら
ん。」
□
千代(驚)「は?」
孝佳「承知しました。ついては、ちり紙を一枚いただきたく。」
□
孝佳、ちり紙を折って三角形をつくってる。
千代「あの…立ち合うって、剣や柔で勝負するのでは…?」
□
孝佳、糸に石を結び付けながら
孝佳「?」「お前、ここをどこだと思ってるんだ。道場だぞ?」
千代「道場ですよね?」
□
孝佳、そろばんを手に
孝佳「そう。算術道場だ。看板を見なかったのか?」
□
千代(驚く)「え……剣術道場じゃなくて算術道場!!」
(回想)「萌城方満斎/萌城流指南所」の二行の下に大きく「算術道場」の看板。
キャプション「江戸時代、算術は武術と同じく、試合や道場破りがしばしば行われてい
た。」「実はこれはヨーロッパでも事情は似ていて、17世紀頃には方程式の解を争う
決闘に負けた方が恥を忍んで自害なんていう事件も、洋の東西で起きてたのである。
この時代の数学は、退屈な勉強などではなく、名誉を賭けた真剣勝負だったのだ!」
[10]
□
孝佳「ん~……このへんかな?」
孝佳、庭に仰向けに寝転がって片目をつぶり、作った直角二等辺三角形の紙に糸で
石を吊るして一辺を糸に沿って垂直に立て、腕を伸ばして、長辺に合わせて木の
方向を見ている。(図1)
□
千代「???」
疑問顔の千代が見てる前で、孝佳は杉の木に向かって歩き
孝佳「2歩、3歩、4歩……」
□
杉の木の前に立って、幹にに手を置き
孝佳「ふむ。」
□
振りかえって
孝佳「およそ5間半(約10m)。いかが?」
□
方満斎、感心の体。
方満斎「先月、大工の棟梁が登って高さを測ったが…5間半とのことであった。」
千代「じゃあ、ちょうどですね♪」「…でも、一体どうして、地面を測っただけで?」
[11]
□
孝佳、三角に折ったちり紙を手に
孝佳「よいか。この紙の三角の二辺は同じ長さだ。」
□
三角のちり紙は二等辺直角三角形。
孝佳の声「一辺を垂直に立てると、もう一辺は水平になる。そうすると…」
□
孝佳「こうなる。」
背景に、杉の木を一辺とする直角二等辺三角形の図。木の位置から孝佳がいた場所
までの距離と、杉の木の高さは、同じ。「x=y」
□
方満斎「どうやら『塵劫記』(*)はご存知のようじゃな。」
(欄外注:江戸時代の有名な算術書。)
孝佳(冷静に)「入門編ですからね。では、次は私の番です。」
□
孝佳、五合桝を手に
孝佳「この五合桝で、これなる女性の目方を測ってください。」
[12]
□
方満斎と千代の両方がショック!
□
方満斎「桝は米や酒の嵩を測るものだ! 人間の目方が測れるわけがなかろう?」
孝佳「できないと申されるか?」
□
方満斎「当たり前じゃ! おぬしはできるのか!?」
□
孝佳「……では、船着き場へお付き合い願いましょう。」
□ 船着き場。
小舟に乗って浮いてる、千代と船頭と孝佳と方満斎。大きな空樽も乗っている。
あつまってきた野次馬は、商人や職人などいろいろ。
[13]
□
野次馬A「なんだなんだ?」
野次馬B「算術の師匠が勝負してんだってよ。」
□
孝佳、船端の水面のところになにやら印をつけている。
□
方満斎「これでどうするんだ?」
孝佳「千代殿、舟を降りてくれ。方満斎先生と船頭さんはそのまま。」
□
千代、小舟を降りる。
千代「?」
□
孝佳「千代殿が降りた分だけ舟は軽くなり、浮いたわけです。」
方満斎「だからどうした?」
□
孝佳、五合桝で水を汲み、
孝佳「ひとつ。ふたつ。」
樽に入れる。
[14]
□
野次馬A「今度は水を汲み出したぞ?」
野次馬B「何をする気だ?」
□
孝佳、一心不乱に水を汲む。
孝佳「はたちまりやっつ(28)。はたちまりここのつ(29)。みそぢ(30)。みそぢまりひと
つ(31)。みそぢまりふたつ(32)。…」「よそぢ(40)。よそぢまり……」
□
孝佳、船端を見る。印のところに水面が来ている。
孝佳「ふむ・・・・」
□
孝佳、そろばんで計算中。
孝佳「五合桝56杯で水は28升。ということは目方は……13貫と469匁(約50.5kg)!!」
[15]
□
岸でざわめく野次馬。
千代(赤面して絶叫)「そ、そんなに重くありませんッッッ!!」
□
方満斎「と、言ってるが?」
孝佳「秤を使ってみればわかることです。着物も含めた千代殿の目方とこの水の目方は
ほぼ同じ。間違いありませんよ。」
背景は、左側に千代の絵、右側に水樽、両者が「=」で結ばれている。
□ 道場。
孝佳、師範席に座らされてる。
□
下座で平伏している方満斎と、横で真っ赤になって落込んでる千代。
千代「《書き文字》ダイエットしなきゃ…」
方満斎「恐れ入りましてございます。」
[16]
□
孝佳「方満斎殿、このあたりはまだ算術の初歩です、勝負はこれからではありません
か。」
□
方満斎「いえ、とんでもない。とうてい私の及ぶところではございません。」「拙者、
亡き父より算術道場を継ぎましたものの、精進が足らずお恥ずかしい限りで…」
孝佳(溜息)「ではどうします。看板を下ろすのですか?」
□
方満斎「……修行しなおしたく存じます。ぜひ久能先生のご門弟に。」
□
孝佳(感動)「拙者のような若造に対しそこまで……感じ入りました! 本日から弟子に
しましょう。」
□
方満斎、孝佳の手を取り
方満斎(嬉しそうに)「先生!」
□
横から千代も手を取り
千代(嬉しそうに)「先生!」
孝佳「弟子にしたのは方満斎だけだ。千代殿は許してないぞ。」
[17]
□
方満斎「え~、つきましては、当・川代藩に算術指南役として久能先生をご推挙いたし
たく…」
孝佳「ああ、待って待って!」
□
孝佳(困)「そういう堅苦しいのが嫌だから旅をしてるんです、拙者は。」
□
方満斎「わかりました。では、拙者も旅のお供をいたします。」
孝佳「いや、でもそれは・・・」
□
方満斎「師匠の旅に弟子が供をし身の回りのお世話をする、これは当然のこと。」「さっ
そく藩に願い出て参ります、御免。」
孝佳「ああっ、ちょっと…!」
孝佳が止めようとしたが間に合わず、方満斎は急いで出ていってしまう。
[18]
□
孝佳「ふう・・・。こんなことになるなんて。」(溜息)
千代「どうなると思ってたんですか?」
□
孝佳「江戸で高名な算術家・久能孝佳と名乗れば、勝負を避けてなにがしかの銭を包ん
でくれると思ったんだ。まさか本当に勝負するとは思わなかった。」
□
孝佳「若いからナメられたんだろうな。」
千代「久能先生のお名前も、江戸を離れれば意外に知られてない、ということですか。」
□ 謁見の間。
殿様と家老の前で、方満斎が平伏している。
殿様「で、その旅の算術使い、おぬしに『算術の初歩』と申したのだな!」
□
方満斎(平伏したまま)「御意……お恥ずかしい限りでございます。」
[19]
□
家老「うーむ。その者、かなりの算術の達人と見えますな。これはぜひお目通り…」
殿様「黙れっ!」
□
殿様「藩の指南役である方満斎が愚弄されたのだぞ! これは我が藩が愚弄されたに
等しい!」(昂奮)
□
殿様「即刻討手を差し向け、その者を血祭りに…!」
家老「殿、お待ちください!」
家老、あわてて。
□
家老「算術の試合に負けて剣で異種返しをしたのでは、外聞が悪うございます!」
殿様、家老のほうを振り向きつつ、
殿様「ではどうしろと言うのだ!?」
□
家老、平伏しつつ
家老「まずはその者に難題をふっかけ、答えられぬ時にお手討ちといたせば名分も
立ちましょう。」
□ 川。
轟々と流れる急流の大河。
複雑に蛇行している川の岸に、孝佳・千代・方満斎と家老。
□
離れたところで座をしつらえて眺めている殿様。小姓が太刀を持って控えている。
[20]
□
川を眺めつつ
家老「というわけで、この大河の幅を測ってもらいたい。」
孝佳「こんな急流に橋でも架けるのですか?」
□
家老「どうでもよい。とにかく、幅を測ればよいのだ。」
□
孝佳「でも拙者は川代藩の者ではなく、ただの旅人……。」
家老の声「黙らっしゃい!」
□
フキダシで繋ぐ
家老「お主は、当藩の指南役に許可なく勝手に勝負を挑んだのだ。その罪は、当藩の掟
では死罪に値する。それを許す代わりに、この仕事をしろと言うのじゃ。」
[21]
□
方満斎、家老の後ろでつぶやく。
方満斎「はて、そのような掟、聞いたこと……」
家老、それを無視して
家老「つべこべ言わず、測れい! さもなければ打ち首じゃ!」
□
孝佳、考え込んでしまう。
□
川は蛇行しており、川岸が曲線を描いている。
□
方満斎「これは困ったな。急流だから渡って測るわけにいかんし…今度は三角の紙を使っ
て歩幅で測るわけにもいかん。」
千代「久能先生……」
千代はハラハラ。
[22]
□
孝佳、川をじっと見ている。
□
家老「どうじゃ? どうしてもできぬか? できぬなら覚悟を決めて潔く……」
孝佳、川を見たまま、
孝佳「……物差しをお貸しくだされ。」
□
一同「は?」
□
孝佳「一尺(約30cm)のモノサシを一本。」
千代「ムチャです! 一尺ザシで川幅が測れるわけがない!」
□
家老「貴様…本当に測れるのか?」
[23]
□
孝佳「一尺のモノサシ。たこ糸。羅針盤(方位磁石)。それに5尺の棒。」「これだけあれば、
この川の幅を測ってご覧にいれましょう。」
□ (時間経過)
川岸に、たすきがけした方満斎が5尺(約1.6m)の棒を立てている。
□
孝佳は糸を結び付けた竹の物差しを前に構え、片目で見ている。糸の端を口にくわ
えて、糸はピンと張られている。
□
物差しの目盛り(一寸以下の大きさ=ミリ単位)の横に、方満斎と5尺の棒が見える。
[24]
□
孝佳「ふむ…」
パチパチ…パチ
孝佳が、口に筆をくわえ、懐紙を手に算盤をはじいてる姿を、三人は不思議そうに
見てる。
□
孝佳「では方満斎、こんどは、先ほど拙者が立っていた場所に。」
方満斎「はいっ、先生。」
□
家老「久能殿。みどもは、川幅を測れと申したのだぞ? こちら岸ばかり測っていかが
致す。」
孝佳「あ~、計算中に話しかけないで。」
□
孝佳、気迫のある目付きで
孝佳「孫子曰く、将が戦いの場に在るとき、状況をわかってない者は君主といえども
これに命令してはならない。(*)」「計算は算術家にとって命がけの『戦』
ですぞ!」
(欄外注:「将の命を君に受け軍を合はせ衆を聚むれば(中略)君命も受けざる所有り」
孫子・九変編)
[25]
□
家老はその迫力にたじろぐ。
□
孝佳、今度は糸を垂らして、羅針盤(方位磁石)を手に方満斎のほうを見る。
□
方満斎の後方に、川の向こう岸が見える。
□
孝佳「ええと、ここから棒までちょうど2間(約3.63m)だから、こちらで割って
あちらで掛けると…」
孝佳、筆を口に加えて算盤をはじく。
[26]
□
孝佳「出ました。川幅はおよそ16間と4尺(約30m)。」
□
家老「で、デタラメを申すな!」
孝佳「なぜデタラメです?」
□
家老「お主は川を渡ってないではないか! こちら岸を何ヶ所か測ったが、それだけで
なぜ川の幅がわかる!?」
千代「そうなんです、私も気になります、どういうことなんですか?」
[27]
□
孝佳「あ~…よろしいか。三角形が同じ形のとき、大きさが違っても、辺の長さの割合
は同じなのです。従って、二つの三角の大きさの対比と、片方の三角の辺の長さが
わかれば、おのずからもう片方の辺の長さもわかってしまうのですよ。」
角を挟んでの相似形の図。「x:x'=y:y' ∴y'=x'(y/x)」
[28]
□
家老「なるほど・・・理屈は分かった。だが、大きいほうの三角はどの辺も測れぬはず
だ。それはどうやって出した?」
孝佳「ああ、それは…」
□
三角形を二つ重ねた相似形の図。「x:y=x':y'」
孝佳「と、こうやって高さ=遠さ(y')を割り出したわけ。一辺の長さがわかれば、二つ
の同じ形(相似)の三角の割合はわかります。《書き文字》これも塵劫記♪」
[29]
□
孝佳「なにも川そのものを測らずとも、同じ形の小さな三角から計算すれば川幅はわか
るのです。算術とは、こういうものなのですよ。」
□
背景が崩れて行き、千代は何かに気がついて驚いている。
□
殿様も驚いて、
□
扇をバッ!と開き
殿様「見事じゃ!!」
家老「殿!?」
[30]
□ 街道筋
孝佳と千代が歩いている。
千代「ようございましたね、殿様からのご褒美がたくさん!」「これで路銀は困りませ
んよ~♪」
孝佳(つまらなそうに)「まあね。」
□
千代「それにしても、よかったのですか? 方満斎殿を…」
孝佳「方満斎はすでに基礎をわかっている。いまさら修行などせんでも、極意の写本
さえ渡しておけば自分で似角流算術を勉強するさ。」
□
千代「ところで久能先生、私、わかりましたよ。」
孝佳「何が?」
□
千代「山の立ち木の数え方です。大勢で一本づつ数えたら途中で混乱しますもんね。」
「そこで縄を沢山に切って、木1本に1つづつ巻いていくんです。全部の木に巻き終っ
たら、縄をほどいて集めて、縄の数をかぞえれば、木の数もわかりますね。縄の数と
木の数は同じですから。」
(欄外注: 模範解答 by 木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉))
[31]
□
孝佳、驚きの顔。
□
それに気づかず、千代は感心した表情でうなずきながら腕組み。
千代「あるものを違うものに置き換えて、数えたり測ったりしやすくする。それが算術
というものだったのですね。餅と波銭、私と水、立木と縄、そして大小の三角……。」
孝佳、くるりときびすを返す。
□
孝佳「急ぐぞ、千代!」
千代「はい? 《書き文字》呼び捨て?」「それに、そっちは江戸へ戻る道…」
□
孝佳「旅などしてられるか、急いで江戸へ戻るんだ。お前に教えなければならないこと
が山ほどある!」
[32]
□
千代(驚き)「え! じゃあ…じゃあ、お弟子に!?」
□
孝佳(振り返りもせずスタスタ)「修行は厳しいぞ。しっかりついてこい!」
千代「は、はいっ、どこまでもついていきます!」
街道を足早に去って行く孝佳を、千代が必死に追う。
キャブション「『算術』『和算』などと呼ばれた日本の流派数学は、幕末には同時代の
西洋数学に肉薄する高度な計算を実現していた。しかしそろばんの使い方が秘伝と
され、解法の多くは文献に残されなかったため、近代になるとその大半が失われて
しまったという。今は『流水算』『ねずみ算』など中学入試の問題にその一部の残骸
が見られるのみである。」
~~~ 完
かなり前の作品で、今見てみると知識不足で時代考証に関する解釈に多少間違ってる部分が見られますが、訂正するとストーリーが破綻するためそのままにしてあります。(汗)
この原作シナリオからどんな漫画が描かれたか、よろしかったらご覧下さい!(>▽<)
「一々口伝」(作画:ゆちよ)
http://mangayomo.com/indies/lnbbblLoUlUFo3FL/view?id=197