表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

無口な彼女の裏アカが、俺のこと好きすぎる件」

作者: 星宮 翠
掲載日:2026/05/06



---


朝倉陽太朝倉陽太(あさくらようた)は、少しだけ困っていた。

目の前に座る彼女――南雲凛南雲凛(なぐもりん)が、今日も一言も喋らないからだ。


放課後の教室。

窓から差し込む夕方の光が、机と机の間に長い影を落としている。

クラスメイトたちはとっくに帰っていて、残っているのは陽太と凛だけ。


「……あのさ」


意を決して声をかけると、凛はゆっくりと顔を上げた。


ぱち、と目が合う。

それだけで、なぜか一瞬、息が詰まる。


相変わらず整った顔立ちに、感情の読めない無表情。

少し長めの前髪の奥で、黒い瞳がジト目でこちらをじっと見ている。


「……なに」


短い返事。声も小さくて、必要最低限。


(いや、付き合ってるんだよな、俺たち)


内心で確認するように思う。


付き合い始めて、もう一か月。

告白したのは陽太のほうで、凛はほんの少し考えてから「……いいよ」とだけ言った。


それだけだった。


好き、とか。嬉しい、とか。

そういう言葉は、一度も聞いていない。


「いや、その……今日、帰り一緒に帰る?」


なんとなく聞いてみる。すると凛は、一瞬だけ視線を逸らしてから、


「……どっちでもいい」


と、いつも通りの温度で答えた。


(どっちでもいい、か……)


断られているわけじゃない。

でも、喜ばれている感じも、まったくしない。


陽太は曖昧に「じゃあ、一緒に帰ろう」と言って、鞄に手を伸ばした。

その間も、凛は何も言わない。

ただ、静かに立ち上がって、少しだけ距離をあけて隣に並ぶ。


――近いのに、遠い。


そんな感覚が、ずっと消えない。



帰り道住宅街の細い道を、二人で並んで歩く。


身長162㎝の陽太と、147㎝センチの凛。

並ぶと自然と目線がずれる。


少し見下ろす形になるはずなのに、なぜか凛のほうが“上”にいる気がするのが不思議だった。


「……」


「……」


会話はない。


靴音と、風の音だけが続く。


(これ、カップルの帰り道で合ってるよな……?)


頭の中でツッコミを入れる。

友達と帰るときのほうが、よっぽど会話している気がする。

でも、嫌なわけじゃない。


むしろ――(……こうやって一緒にいられるだけで、まあいいか)


そう思ってしまう自分がいる。


ふと横を見ると、凛がほんの少しだけこちらを見上げていたら目が合う。

その瞬間、凛はぴたりと視線を逸らした。


「……前見て歩いて」


ぼそっと言う。


「いや、見てたのそっちじゃん」


「……見てない」


「見てたって」


「……見てない」


小さな言い合い。でも、声のトーンはほとんど変わらない。


(いや、これ……)


ほんの少しだけ、口元が緩みそうになる。


(今の、ちょっとだけ会話っぽかったな)


そんな小さなことで、嬉しくなる。

……我ながら、ちょろいと思う。



家の前で別れるときも、特別なことは何もない。


「……じゃあ」


「おう、また明日」


それだけ。


手を振るわけでもなく、名残惜しそうにするわけでもなく、凛はそのまま家の中に入っていく。

扉が閉まる音を聞いてから、陽太は小さく息を吐いた。


(……やっぱ、好かれてる感じはしないよな)


ポケットに手を突っ込んで、空を見上げるとレンジ色に染まった大空が、やけに広く見えた。



その日の夜。

ベッドに寝転がりながら、スマホをいじる。特にやることもなく、SNSをなんとなく眺めていた。


タイムラインを流し見して、いいねを押して、またスクロールして。


――ふと、指が止まる。


「……ん?」


見慣れないアカウント。


アイコンは、シンプルな白い猫のイラスト。フォロワーも少なくて、鍵もかかっていない。


ただ、それだけなら気にも留めなかった。


問題は――投稿の時間だ。


「……これ」


ついさっき見た時間と、妙に近い。

それに――


「……この文体」


短くて、ぶっきらぼうで。

でも、どこか見覚えがある言い回し。


嫌な予感がして、陽太はそのアカウントを開いた。

そして、次の瞬間。


「……は?」


思わず、声が漏れた。画面に並んでいたのは――


『今日も好きすぎて無理』


「……は?」


思わず、もう一度声が漏れた。


短い一文。

でも、その破壊力はやたらと高い。


「……なにこれ」


スクロールする。


『目合っただけで心臓もたないんだけど』


『無理。かっこよすぎる』


『なんであんな普通に喋れるの。こっちは死にそうなのに』


「……いやいやいや」


思考が追いつかない。誰かの惚気アカウント――にしては、妙に既視感がある。


さらに指を動かす。


『今日、Yくんが下校誘ってくれた』


『無理。嬉しすぎてちゃんと歩けなかった』


「……Yくん?」


一瞬、引っかかる。


でも次の投稿で、その疑問は消えた。


『家まで一緒に帰った』


『隣にいるだけで無理。近い』


『なんであんな普通に歩けるの。意味わかんない』


「……」


言葉を失う。


(……これ、俺だろ)


今日の帰り道。


並んで歩いた時間。


少し距離を空けて歩いていた凛の姿が、頭に浮かぶ。


さらにスクロール。


『朝、Yくんと教室一緒に入った』


『終わった。心臓うるさい』


『目合った。無理』


「……」


喉が、乾く。


(完全に一致してる)


今日の出来事と、投稿の内容がぴたりと重なる。


もう“似てる”なんてレベルじゃない。証拠が、揃いすぎている。

震える指で、プロフィール欄を見た。


『人見知り。無口。』


「……いや本人だろこれ」


思わずツッコむ。


固定された投稿を見てみると


『彼氏できた』


その一文のあとに、少しだけ間が空いて――


『無理。好きすぎて無理』


「……」


スマホを持つ手が、止まった。


(……彼氏)


(……Yくんって、俺だよな)


確信に変わり、ゆっくりと息を吐く。

さっきまでの不安が、嘘みたいに消えていく。


(……めちゃくちゃ好かれてるじゃん)


むしろ――


(好きすぎだろ)


口元が、抑えきれずに緩んだ。



その日から、陽太の日常は、少しだけ変わった。いや、正確には――“見え方”が変わった。


翌朝、教室に入ると、凛はいつもの席に座っていた。

姿勢よく、静かに本を読んでいるいつも通りの光景だ。


「おはよ」


声をかける。


すると凛は、ほんの一瞬だけ顔を上げて、


「……おはよ」


と、小さく返した。


それだけ。 それだけ、のはずなのに――


(絶対今、心臓うるさいとか思ってるだろ)


そう思った瞬間。ぶわっと、変な笑いが込み上げてきた。


「……なに」


凛がじっと見てくる。


「いや、なんでもない」


慌てて顔を逸らす。


(やばい、無理)


普通にしてるだけで、勝手に裏の言葉が浮かんでくる。


『無理。好き』


『近い。心臓うるさい』


(……いや、こっちの心臓がうるさいんだけど)


席に座りながら、内心でツッコむ。ちらっと横を見る。


凛はもう本に視線を落としていた。

相変わらず無表情で、感情なんて一ミリも読み取れない。


でも――


(これであの中身はずるいだろ)


ギャップが、えぐい。



休み時間。何気なく凛のほうを見ると、ちょうど目が合った。


ぴたり、と時間が止まる。数秒。

それから、凛はさっと目を逸らした。


「……」


(きた)


確信する。


絶対、今――


『目合った。終わった』


って思ってる。


「……」


ダメだ。もう無理だ。肩が震える。


「……なに」


また、じっと見られる。


「いや、ほんとなんでもない」


「……変」


「それはお前な」


「……?」


首をかしげる凛。

その仕草すら、裏アカの投稿と結びついてしまう。


(これ、一生飽きないやつだろ)



昼休み。珍しく、凛のほうから近づいてきた。


「……これ」


差し出されたのは、小さなチョコ。


コンビニで売ってるやつだ。


「……え、いいの?」


「……余った」


「絶対嘘だろ」


「……」


否定はしない。

ただ、少しだけ視線を逸らす。


(余った、ねえ)


頭の中で、あのアカウントがよぎる。


『渡した。無理。手震えた』


「……ありがと」


受け取る。

指先が、ほんの少しだけ触れた。その瞬間、凛の肩がぴくっと揺れる。


「……っ」


何か言いかけて、やめる。

そしてそのまま、くるっと背を向けて自分の席に戻っていった。


「……」


(絶対今、やばいことなってるだろ)


スマホを取り出したくなる衝動を、なんとか抑える。


(いや、さすがに今更新されるのはまずい)


そんなことを考えている自分が、すでにだいぶおかしい。


でも――


(……かわいいな)


ぽつりと、思った。今まではわからなかった。

でも、知ってしまった今は、あの無表情の裏で、どれだけ感情が揺れているのか。


それが全部、見える気がして――


(これは、ずるい)

小さく笑って、チョコの包みを開けた。



---



その日の放課後。いつも通り――のはずだった。


「……今日」


帰り支度をしていると、不意に凛が口を開いた。


「……用事あるから、先帰る」


「え?」


思わず顔を上げる。


凛は目を合わせないまま、鞄を持って立ち上がった。


「……ごめん」


それだけ言って、そのまま教室を出ていく。


「……」


取り残される。


(……珍しいな)


一緒に帰るのが当たり前、ってわけでもないけど。

こうやって、はっきり断られるのは初めてだった。


しかも――


(なんか、避けられてる?)


そんな感覚が、少しだけ胸に残る。



家に帰ってから。


なんとなくスマホを開く。


あのアカウントへ無意識に、指がそこへ向かう。


最新の投稿は――


『無理』


それだけだった。


「……は?」


短すぎる。


でも、スクロールする。


『バレたかもしれない』


『無理』


『気持ち悪いって思われたらどうしよ』


『距離置いたほうがいいかも』


「……」


胸が、きゅっと締まる。


(……ああ、そっちか)


たぶん、態度に出てたんだろう。ニヤけそうになったり、変に見たり。


それで――(勘違いさせた)


一人で、勝手に不安になって、勝手に、離れようとしてる。


「……はぁ」


ため息がこぼれる。


(めんどくさ……)


でも。その“めんどくささ”が、嫌じゃないと思ってしまう。


むしろ――(……かわいいな)ぽつりと呟いて、立ち上がった。



次の日。教室に入ると、凛はもう席にいた。

でも、いつもより少しだけ距離がある気がする。目も、あまり合わない。


「……おはよ」


声をかける。


「……おはよ」


返事はある。

でも、それだけで会話は続かない。


(……やっぱりな)


一瞬だけ考えて――やめた。回りくどいのは、たぶん無理だ。


だから。


「……ちょっといい?」


昼休み。凛の席の前に立つ。


「……なに」


警戒したような目。でも、その奥にある不安は、もうわかる。


「屋上、行こ」


「……え」


少しだけ戸惑って、それから――


「……わかった」


小さく頷いた。



屋上。誰もいない静かな空間。


風が少しだけ強くて、髪が揺れる。

凛は、少し距離を空けて立っていた。目も、合わせようとしない。


「……あのさ」


先に口を開いたのは、陽太だった。


「……俺さ」


一拍、置く。凛の肩が、わずかに強張る。


「裏アカ、見た」


「……っ」


空気がぴたりととっまていた。


ゆっくりと、顔が上がる。


「……なん、で」


声が震えている。


「……たまたま見つけた」


正直に言うが少しだけ、視線を逸らした。


「……勝手に見たのは、悪かった。ごめん」


風の音だけが流れる。

そのあと。


「……きもい、よね」


小さな声。


消えそうなくらい、弱い声。


「……あんなの」


ぎゅっと、自分の袖を握る。


「……見られたら」


顔は俯いたまま。

でも、その耳が赤くなっているのが見えた。


「……普通、引くよね」


「……」


少しだけ、間を置く。


それから――


「……いや?」


シンプルに返す。


「むしろ」


彼女の方に一歩、近づく。凛がびくっとする。


「めちゃくちゃ可愛いと思ったけど」


「……っ!?」


一気に顔が上がる。

わかりやすすぎるくらいに凛の顔が真っ赤にそまっていた。


「だってさ」


さらに一歩。


距離が縮まる。


「普段あんななのに、裏であれって」


「……やめて」


「ギャップえぐいし」


「……やめてって」


「好きすぎて無理、とか」


「……っ!」


凛が顔を覆う。


完全にキャパオーバーなのだろう。顔以外まで赤くなっている。


「……だからさ」


少しだけ、声を落とす。


「俺にその気持ち直接言ってよ」


ゆっくりと、手が下がり目が合う。

逃げ場のない距離。


「……む、り」


小さく首を振る。


「……言えない」


「なんで」


「……恥ずかしいから」


即答だった。


「……知ってるだろ」


「知ってるけど」


「……じゃあいいじゃん」


「……よくない」


「なんで」


「……だって」


言葉に詰まる。視線が揺れる。

それから――観念したみたいに、小さく息を吐いた。


「……すき」


かすれる声。


「……好き」


もう一度。


今度は、少しだけはっきりと。


「……ずっと、陽太君のことが好きなの」


顔は真っ赤で、目も合わせられていない。


それでもちゃんと、言ってくれた・とてもうれしかった。


「……」


一瞬、言葉が出なかった。それくらい、まっすぐな思い。


「……そっか」


ようやく、それだけ言う。それから、少し笑って――


「俺も凛ちゃんが好きだよ。大好き。」


凛の肩が、ぴくっと揺れる。


「……知ってる」


ぼそっと返ってくる。


「なんだよそれ」


「……なんとなく」


「適当だな」


「……でも」


少しだけ顔を上げて。ほんの少しだけ、目を合わせて――


「……嬉しい」


小さく、そう言った。



その日の夜。


例のアカウントが更新されていた。


『無理』


『直接言った』


『死ぬかと思った』


『でも』


少し登校時間に間があって。


『もっと好きになった』


「……」


スマホを見ながら、思わず笑う。


(……やっぱり)


ベッドに倒れ込みながら、ぽつりと呟いた。


「めんどくさくて、可愛いな」






最後までお読みいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ