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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ご近所の「大事件」と、その後の現実

作者: 苦労猫 闇ねこ
掲載日:2026/04/19

 世の中には、テレビの向こう側で起きていると思っていたことが、ある日突然、自分の家のすぐ裏手で起きることがある。

 薬局にディルドを堂々と売っている街の空気、そして治安だから事件が起きるのも半ば必然だったのかも知れないが、あの時もそうだった。普段はのんきな空気が流れている住宅街で、とんでもない事件が起きたのである。

 少女が外国人に乱暴された揚げ句命が奪われ、段ボール箱に入れられて玄関先の空き地に廃棄されたという文字にするのも恐ろしい話だ。


 実は、私自身もあの日、ニアミスをしていたかもしれない。

 いつものようにトンポーローマンの買い物を頼まれ、近所の二軒のコンビニのどちらかへ行くことになっていた。

 その日たまたま、気分の問題で事件現場に近い方の店ではなく、もう一軒の方へ足を向けた。

 後で時間を逆算すると、あちらのセブンへ行っていれば、殺害現場であるアパートの前を通っていた可能性があったのだ。 

 トンポーローマン一個の気まぐれが、その日の自分の立ち位置を静かに変えていたのである。

 もしかしたら、あの子が助かっていた可能性もゼロではない——とは思う。

 しかし結末は一つしかなく、起きなかったことをいつまでも悔やんでも仕方がない。

 ただ、あの日の「気まぐれ」は、今も妙に記憶の隅に引っかかっている。


 事件が起きた当時はもう、ひっくり返るような大騒ぎであった。

 静かな町にパトカーのサイレンが鳴り響き、ヘリコプターが空を舞い、見たこともないような数の記者がマイクを持ってうろうろしている。まるでお祭り騒ぎのようだが、中身はちっともめでたくない。


 特需という名のカオス

 そんな非常事態の中で、妙な活気を呈していたのが近所のコンビニであった。


 全国から押し寄せたマスコミの連中が、昼も夜も現場に張り付いているものだから、彼らの胃袋を満たすためにコンビニは大繁盛。

 テレビ局だけで七、八局、新聞・雑誌・通信社まで合わせれば総勢二百人近い人間が、あの静かな住宅街に何日も居座っていた計算になる。

 一日三食として六百食分の需要が毎日この町で発生するのだから、おにぎり、サンドイッチ、カップラーメンといった手軽な食べ物は、棚に並んだそばから、まるでお湯が蒸発するように消えていく。


 弁当コーナーは常に空っぽ

 パン一つ残っていない棚

 レジには疲れた顔の記者たちが列をなす


 コンビニだけではとても足りず、近隣で出前をやっている小さな店の配達バイクもひっきりなしに走り回っていた。

 コンビニのゴミ箱はカップ麺の容器やペットボトルであふれかえり、外にまでゴミが散らばって居た。 近所の人間が「ちょっとお昼でも」と買いに行っても、そこには食い散らかされた後のような光景が広がっているばかり。

 事件の悲惨さと、コンビニの売上増という、なんとも言えない皮肉な「功罪」がそこにはあった。商売繁盛は結構なことだが、こんな形で町が賑わうのは、実に複雑な心境である。


 さらに、事件を風化させないためだか、被害者の少女をしのぶためだか知らないが、どこかの偉い人たちが「ヒマワリを育てよう」と言い始めたのだから、さあ大変である。


 趣旨は立派かもしれないが、実際に育てるのは地元の住人や小学生たちだ。


 真夏の炎天下での水やり作業

 重たいジョウロを持っての往復

 容赦なく照りつける日差しと、噴き出す汗

 ただでさえ暑くて死にそうな夏休みに、子供たちは真っ黒になりながらヒマワリの管理に追われることになった。ヒマワリは太陽に向かって元気に咲いているが、それを見守る子供たちは今にも枯れそうな顔をしている。

 綺麗な花を咲かせることが、本当に「癒やし」になっているのかどうか。

 大人の「思いつき」に付き合わされる現場の苦労も、これまた一種の経済的・精神的なコストと言えるのかもしれない。


 しかし、そんな騒動も一時の嵐のようなものだ。

 嵐が去り、世間の記憶から事件が薄れてきた頃、そこにはもっと生々しく、世知辛い「現実」がどっしりと居座り始める。


 まず、犯人が住んでいたというあのアパート。

 事件の舞台になってしまった建物なんて、誰も住みたがるはずがない。結局、アパートは跡形もなく解体されてしまった。

 普通なら「はい、次は何を建てましょうかね」となるところだが、そうはいかないのが世の中の厳しいところだ。

 家を建てようにも買い手がいない、貸そうにも借り手がいない。

 結局、そこはポツンと寂しい駐車場になった。アスファルトで固め、線を引いただけの、なんとも味気ない空間である。


もっと切ないのが、遺体が発見された現場の跡地だ。

あの日、乱暴された幼女が段ボールに詰められ、まるで荷物のように敷地に置き配されてしまった家があった。

 その家の住人は犯人でもなければ協力者でもない、ただそこで普通に暮らしていただけのまったくの無辜むこの市民である。


 それなのに自分の家の前が「遺棄現場」として全国に知れ渡ってしまった。

 供養と称して善意でそこに置かれる花束やお菓子。 ルックスのよい小1女児が乱暴の上、殺害され遺棄された現場となれば、そこに置かれる供物の量は想像をはるかに絶する。

 小さな空き地を埋めつくすほどの花束やお菓子が置かれるのである。

 これは小さなアイドルも真っ青の量である。

 ソンナものが大量に置かれるのだから、そこの住民はたまったものではない。 

 結局その住民はそこに住み続けることができなくなり家を取り壊して引っ越さざるをえなくなった。何の落ち度もないのに、住み慣れた家を失い、多額の費用をかけて更地にし、逃げるように去らねばならなかったのである。


 しかし、鬼の仕打ちはそこで終わらない。

 日本の税制では、建物が建っている土地には「住宅用地の特例」が適用され、固定資産税が最大で六分の一に軽減される。

 ところが更地にした瞬間、この特例がきれいさっぱり消える。

 つまり、逃げた後も毎年、跳ね上がった税金の請求書だけが、あの土地から送りつけられてくるのだ。売ろうにも「事故物件」として買い叩かれるか、そもそも買い手すらつかない。

 塩漬けにすれば税金だけがかかり続け、手放せば二束三文——どちらを選んでも損しかない、という地獄である。


 私個人としては、たとえ枕元にキュートな裸の幼女が股間から血や白い液体を流す幽霊が出たところで、どうにかなるものでもないし、別に気にもしないのだが世間様はそうはいかないらしい。

「幽霊が出る」という噂より、現実の「事件現場」というレッテル

 個人の感情とは無関係に、情け容赦なく暴落する不動産査定額

 現在、その遺棄された場所は駐車場にすらなっていない。

 ただの更地である。

 雑草が生え、風が吹き抜けるだけの場所だ。

 下手に活用しようとすれば「あそこは……」と囁かれ、何もしなければただ税金だけがかかっていく。


 「事件が起きる」ということは、誰かの人生が終わるだけでなく、その周りの土地の価値や、全く無関係だったはずの人の人生まで、根こそぎ奪い去っていくということなのだ。


 現実に残ったのは、住宅街の中にポッカリ空いた活用できない空き地と、それを見るたびに、嫌でも思い出してしまう近所の人たちの記憶という、なんとも重たいお土産ばかりだ。

 「事件がおきなければいいね。平穏が一番」、と、みんなお茶をすすりながら言うだろう。

 だが、その平和が一度壊れたあとの片付けは、想像以上に高くつくし、いつまで経っても終わらないのである。

 まったく、えらいことだよ、と思う今日この頃であった。

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― 新着の感想 ―
すごい考えさせられる話でした、でも読みやすかったです! これからも応援します。 よかったら僕の連載小説も覗いてみてください。
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