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新米侍女は魔塔主殿下のお気に入り ~なぜか初恋の天使様と勘違いされて寵愛されています~  作者: 朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です!


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2、魔塔の王子

「でん……我が国の魔法使いが、失礼をいたしました」

「いえ。人違いされまして……」

「え、人違いなんです? それは災難でしたね」

  

 案内役はリエルを侍女長の執務室に案内してくれた。

 

 執務室に向かう廊下は白を基調としていて美しく、一定間隔で整然と並ぶ立派な柱には精緻な植物や天使の装飾がされている。

 中庭の近くを通る時は、鍛錬中の騎士たちが奏でる剣戟の音のような金属音が聞こえた。

 

「あのでん……じゃない……魔法使いは、困ったところもあるけど悪い人じゃないんですよ。でも、初恋の人と間違えて軽率な振る舞いをするなんて……」

「不躾なことはされていません。大丈夫です」

「それならよかったです。さあ、こちらが侍女長の執務室ですよ。先に到着を知らせておりますので、中に入ってご挨拶ください」

「はい。ご案内ありがとうございました」

   

 侍女長の執務室に入ると、道中で案内役と話して緩んだ空気がぴんっと引き締められる。リエルは背筋を伸ばした。

 部屋の内部は、『お仕事をする場所』という雰囲気だ。机の上には書類と筆記具だけが整然と並んでいる。

 

「失礼いたします」

「よくいらっしゃいました」

 

 侍女長は、凛とした佇まいのベテラン職業婦人だ。

 『護国(ごこく)の伯爵家』として名声高きリンデンベルク伯爵家の夫人で、三人の子持ち。

 陽光を紡いだような金髪をアップスタイルに編み上げていて、銀縁眼鏡の奥の瞳はエメラルドのよう。眼光鋭く、隙がない。

 格好いい婦人で、初対面なのに、どこか懐かしい感じもする。

 リンデンベルク伯爵家は王家の姫を夫人に迎えた歴史もある名家なので、第二王子のシオンと似ているのかもしれない。

 

「わたくしが侍女長のエレノア・リンデンベルクです。あなたがリエルですね」

「はい。リエルと申します。よろしくお願いいたします」


 貴族令嬢が幼い頃から躾けられる伝統的な挨拶(カーテシー)をすると、侍女長は瞳を細くした。


「品のよいカーテシーですね。ですが、あなたは痩せすぎのように思えます」

「健康状態に問題はありません……」

 

 まさかクビと言われたりしないかと心配したが、侍女長は「そうですか」と頷いた。

 

「前髪も少し長いですね。目が悪くなりますよ」

「後で切ろうと思います……」

「切ってあげましょうか? そこにお座りなさい」


 椅子を示されて座ると、侍女長はリンデンベルク伯爵家の家紋が刺繍されたハンカチをリエルのひざ元に広げ、細身のハサミで前髪を整えてくれた。

 侍女長だけあって、手先が器用だ。

 目の前がよく見えて、世界が少し明るくなった気がする。


「ありがとうございます、すっきりしました」

「リエルの瞳は綺麗ですね。素晴らしいこと。紫は夫の好きな色ですの」

「お気に召していただけて嬉しいです」

「では、契約のお話をしましょうか」

 

 侍女長は満足そうにリエルを見つめて、事務的な説明に進んだ。

 

 勤務内容、規則、給与。

 全て、初めて働く田舎娘には好待遇だ。

 田舎娘でも貴族令嬢なので、礼儀作法や基本的な教養を身に付けているのが王城勤めの侍女を務める上で評価されたらしい。

 そして、別の書類も差し出される。


「こちらは、戸籍に関する手続きです。養女関係の解消申請書になりますね」

 

 これで、正式に自由の身になれる。

 リエルは迷わず羽ペンを執り、署名した。


「ありがとうございます。これで、ネーベルハルト子爵家と縁が切れる……」


 侍女長は、どこか懐かしさを感じる優しい目でリエルに微笑んだ。

 

「ええ、ええ。伸びすぎた髪も、悪縁も、切れるなら勇気を出して切ることで前に進めるというものです。自分を大切にしなきゃね」


 柔らかな言葉が、しっとりと胸に沁みていく。

 侍女長は懐から一通の手紙を取り出した。


「リエル。あなたのことは、亡き親友のミーナに代わって私が支援します。どうか安心してください」


 その手紙は、侍女長の親友ミーナからの手紙だ。ミーナはリエルがオルディナで知り合った幽霊で、伝手を活かして侍女長との縁を繫げてくれた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

   

 ミーナは、もともとこの王城で働く侍女だった。

 しかし、彼女は何も言わずに辞表だけを置いて姿を消した。


 病で亡くなったのだ。


 リエルはオルディナで幽霊のミーナに出会った。ミーナは、侍女長を気にしていた。


『余命宣告された後、親友のエレノアに何も言わないで行方を眩ましてしまったの。でも、後悔してるわ』

 

 そこで、リエルは未練を解消してあげることにした。

 親友である侍女長へ、別れの手紙を代筆したのだ。 

 ミーナは侍女長への手紙にリエルの境遇を添えて、王都での自立支援を依頼してくれた。

 手紙はミーナが生前に書いたものとして郵便馬車でエレノアに送られ、リエルは王城で住み込みの侍女の仕事を獲得したのである。


 そんな経緯を思い出していると、侍女長は思いがけないことを言い出した。

 

「リエル。あなたは子爵家と縁が切れますが、代わりにわたくしの養女になるのはいかが?」

「えっ? 養女ですか? それですと、私は伯爵令嬢になってしまうのでは?」

「ミーナからの手紙を読んで、我が家の側ではそのつもりで準備していましたの。断らないでくれたらうれしいですわ」

 

 リエルは驚いた。

 子爵より伯爵の方が身分は上だ。

 リエルは養子縁組を解除して平民の職業婦人として生きるつもりだったのに、高位貴族の養女になるなんて想定外にもほどがある。


『エレノアは面倒見がいいの。空腹を訴えたら無償で一年分の保存食を贈ってくれるような女よ』

 ミーナの声を思い出す。侍女長は本当に善良だ。 

『エレノアからの返事を読んだらスッキリした。もう安心ね。未練を解消できたわ。ありがとう』

 感謝の声を思い出すのと同時に、リエルの首元で形見のペンダントが緑色に光った。

 

(あ……! また光って……消えた……)


 光はすぐに消えた。少し不気味だ。


「侍女長、今の……」

「? 何ですか? リエル?」

「……なんでもありません」

 

 侍女長を見た限り、彼女には光が見えていた様子がない。

 このペンダントはたまに光るらしい。けれど、その光は他人には見えないらしい。

(……考えてもわからないことよりも、目の前の侍女長だ)

 リエルは心の中で気持ちを整理して、気にするのをやめた。


「私、伯爵家にご迷惑をおかけしないように努めます」

「それはオーケーということですわね? よかったですわ」


 侍女長はさりげなくリエルの手に小さなキャンディ包みを持たせてくれた。それも、好物のレモン味だ。


「ありがとうございます!」

「ミーナがあなたの好物を教えてくれたのです」

(ミーナさん、本当にありがとう……!)


「それでは、リエルの部屋に案内しましょう」

「個人部屋なんですか?」

「ええ、そうです」

     

 侍女長は、住み込みで働くための個人部屋に案内してくれた。


「この王城は広くて迷いやすいので、慣れるまでは、いつも誰かと一緒に移動するようにした方がいいでしょうね」

  

 回廊を歩いていると、王城の建築群の中でもひときわ目立つ高い黒色の塔が目に付く。あれが魔塔だ。

 

「さあ、ここがあなたのお部屋ですよ」

  

 やがて、前を歩いていた侍女長が足を止めた。示される先には、扉がある。

 

「正式に伯爵令嬢となった際には、我が家からの馬車通勤も可能ですよ」

「王城住み込みの方が移動時間がかからなくて楽なので、ずっとここに住みたいです」

「侍女になる貴族令嬢は、だいたいが家からの出勤を希望するのですが……でも、考えてみれば、あなたは特殊ですものね」


 侍女長の眼差しが同情的になっていく。

 可哀そうな生き物を見るような視線を振り切り、リエルは安心させるように微笑んでみせた。


「私はミーナさんから王城での侍女生活が素晴らしく充実した日々だったと聞いて憧れていたんです」

「まあ……ミーナがそんな風に……」

 

 侍女長は目を潤ませ、亡き親友に祈りを捧げた。

 

(いけない、侍女長を悲しませちゃった)


 思わず自分の悪評を思い出しつつ、リエルは床に荷物を置いて室内を見渡した。


 子爵家であてがわれていた部屋より、ずっと快適そうだ。

 クローゼットには侍女の制服もある。


 制服は生地が厚めでパリッとした清潔感のある白いブラウスに、落ち着いた濃紺色のロングスカートだ。胸元に結ぶ小ぶりのリボンタイもセットで用意されている。

 リエルは早速、制服に着替えた。

 侍女長に見てもらうと、侍女長は「可愛いですよ」と褒めてくれた。


「リエルは小柄なので少しサイズが大きいようですが、似合いますね。ドレスも着せてみせたくなります」 

「ドレスだなんて。私は侍女なので……」

「私の娘になるのですから」

   

 保護者めいた口調と雰囲気に、胸の奥がくすぐったくなる。

 

「リエル。この手帳もポケットに入れておきなさい。普通紙のページにはメモを書いたりできますし、つるつるしているページにはシールを貼れます」

「シール?」

「王都で流行っているのです」


 侍女長はつるつるした蝋塗り加工の紙のページがある小さな手帳を渡してくれた。

 

「ありがとうございます、侍女長。王都の文化はよくわからないのですが、慣れていきたいと思います」

 

「形から入る」という言葉があるが、前髪を切ったこともあり、身綺麗で働き者の侍女に見える。

 

 鏡に映る自分が、自分のはずなのに他人みたい。

 それは新鮮で、わくわくすることだった。

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