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新米侍女は魔塔主殿下のお気に入り ~なぜか初恋の天使様と勘違いされて寵愛されています~  作者: 朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です!


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4-6

 魔塔の外壁を奔る魔力の線が、次々と最上階の装置へ吸い寄せられていく。

 変換された浄化の光が夜気を震わせ、塔の周囲に淡い波紋を広げた。


 飛翔する下でそんな変化が生じていることには気づかず、リエルは純白の翼を強く羽ばたかせ、迷いなく雲へと突き進んでいく。


 つい先日、王子が奇跡を願って眠らせたのに、瘴気竜は再び覚醒していた。


 接近する気配が伝わったのか、雲の切れ間から瘴気竜が首を覗かせる。煌々とした赤い双眸は、敵意がむき出しだ。

 額に卵型の黒石が埋まっている。

 持ち主の心に寄り添い、その体験や出会いを記憶して、輝きを増していく石だ。

 ……あんなに黒く染まるなんて。

 リエルは無意識に自分のペンダントを握りしめた。


「――オオオオオオオオオオッ‼︎」

 

 瘴気竜の咆哮が夜空を引き裂き、瘴気が奔流となって吐き出される。


「くっ……!」

 

 リエルは反射的に翼を強く羽ばたかせ、身をひねった。純白の羽根が瘴気をかすめ、背に冷たい痛みが走る。


 ――避けきれなかった。


 直撃は免れた。だが、瘴気は肌を撫でるように絡みつき、魂の奥へと忍び込もうとする。


 視界が揺らいだ、その瞬間。


 巨影が、落ちてきた。


 瘴気竜が翼を畳み、重力すら味方につけて突撃してくる。

 その速度は、巨大な体躯からは想像できない。


(反応が、追いつかない)


 回避動作が、間に合わない。


 巨大な爪が、光を裂いて振り下ろされる。痛みを覚悟した、その刹那。


『――感謝を』

「え?」


 声が響き、胸元のペンダントが光彩を放った。

 白でも、金でもない。

 無数の色が溶け合った、あたたかな輝きだ。


「グルルルルルッ⁉︎」


 瘴気竜は、その眩い輝きにたじろぎ、動揺して動きを止めた。


『ありがとう』

 

 光彩の中から、声が響く。ひとつ、またひとつ。


『お父さん、遠いのに汽車に乗って駆けつけてくれてありがとう』

『娘の出産に間に合ってよかった。駅を乗り過ごしていたら大変なことになるところだった』

『無事に駅に到着する人を見送ると、こっちまで嬉しくなるよ』


 光芒が、形を成す。

 赤と青に輝く鳥が、羽ばたきながら夜空へ溢れ出した。

  

 遅れて緑色に煌めく鳥がふわりと現れ、安堵に満ちたミーナの声がした。

『エレノアから返事がきた……未練を解消できたわ。ありがとう』


 さらに、オレンジ色の鳥が群れを成す。

『騎士団の施設を綺麗に使うようにしたら夢見がよくなったよ』

『俺も。あと、侍女が優しくなった』

『オレ、恋人ができた』

『よかったな……お前ら祟るのも疲れてたところだったわ。俺は眠るから幸せになれよ』

『城が綺麗になってよかった……』


 レモンイエローの鳥が、二羽寄り添うように踊りまわる。

『はぁ……馬鹿弟子が殿下にこれ以上無礼をせずに済みますように』

『師匠の遺品を見つけられてよかったわぁ……安らかに眠ってちょうだい』


 紫と青の輝きは、魚となって空を泳ぎ、歓喜の声を上げた。

『我々の人生を捧げた研究が完成したぞーっ‼︎』


 最後に、淡い桃色の煌めきが、花となって咲く。

『おねえしゃま、よかったねえ!』

『大切な指輪が見つかってよかった……本当にありがとうございます』

 

「みんな……」


 リエルは、ただ呟いた。


 奇跡と呼ぶには、あまりにも多くの手と想いが、そこにあった。

 リエルが出会い、手を伸ばして寄り添ってきた心の結晶だ。


 花が、鳥が、魚が。

 色彩豊かな光の渦となって、瘴気竜の周囲を巡る。


 ペンダントからは、仕上げとばかりに水色の光が溢れ出す。

 それは雪のように儚く優しく、けれど確かな重みをもっていた。

 

『天使様……』

 懐かしい声。

 幽霊王妃と、幼いシオンの声だ。

『天使様。ありがとうございます』

 ……あの日から、随分と時間が経った。

 

 リエルは懐かしい日々を胸に、目尻に滲む涙を拭って、現実に向かい直した。


 瘴気竜は、もう獣のように吼えない。

 代わりに、その喉から――人の声が、絞り出される。

 

『……振り向いてもらえなかった』


 憎しみではない。

 怒りでもない。


『手を……取ってもらえなかった……』


 それは、堕天使の嘆きだった。


 愛されなかったことを、

 選ばれなかったことを、

 ただ、悲しむ声だった。

 

 彼女の名を、リエルは知っている。


「……ルキフェルさん」

 

 同じ大天使から生まれた、眷属天使。

 人間で言うなら、姉に当たる存在だ。


「私、地上でたくさんの人間と生活してきました。そして、戻ってきました」


 生まれたてで世間知らずだった天使とは、もう違う。


「私、心が折れそうになる瞬間が、何度もありました。嫌いだなとか、恨みそうになったりとかも……」

 

 他人は思い通りにならないことが多い。

 信用していた相手に裏切られると傷つく。

 期待して失望するのはつらい。

 諦めてしまったほうが楽だ。他人を信じることなく、期待せず、距離を取って。

 

「……でも、世の中にはいろいろな人がいて……」

 

 冷たい人もいれば、温かい人もいる。

 ううん。冷たいと思った人だって、もしかしたら温かい部分もあって、付き合い方しだいで別の一面を見せてくれることがあるかもしれない。

 

 見えていないのに、相手にわからないのに、優しさや思いやりを他人に捧げている人もいる。

 他人の幸せを願う人がいる。


「地上にあなたの伝承がありました。……私、あなたに愛を持ってきました。たくさんの愛です」


 ペンダントの奥から溢れ出す声は、きららかだ。


『お墓参りにきたよ。こっちは元気にやってる。心配しないでね』

『会いにきてくれてありがとう。大好きよ。いつまでも、いつまでも――見守っているわ』

 

 死者と生者の愛が、力強く輝く。


『……ウ、ウウ……』 

 瘴気竜は苦しみ出した。

 巨体が痙攣し、額に埋め込まれた卵型の黒石が光を拒むかのように脈動して、その内側から瘴気を噴き上げた。


「……っ、溜め込んだ瘴気の量がすごい……!」

 

 記憶を溜め込み、想いを受け止め続けた器。

 そして、拒まれ、手放されなかった感情の終着点。

 

 あの額の石を『ルキフェル』から失くした方がいい。砕いてしまおうか。

 リエルが戦術を練り、光の槍を作ったその時。

 

「――瘴気竜よ」


 凛とした声が、夜気を貫いた。


「俺が、この命で抱いてきた想いを、聞け」


「……シオン様⁉︎」


(なんで、いるんです⁉︎)

 

 振り返ると、夜空を駆けてくる白い影が、ひとつ。

 白猫の姿をした聖獣ケイティ。

 そして、その背に騎乗し、星竜(せいりゅう)の剣を携えたシオンだ。


「ごめんなさいリエル。あたくし、この子には弱いのですわ」

「俺を子供扱いするな」


 仲睦まじく掛け合いをするシオンとケイティに、リエルの肩の力が抜けていく。

 シオンは瘴気竜を睨み、朗々と声を響かせた。

 

「俺はこの国を愛している。国民を、家族を、臣下を。共に歩んできた仲間たちを。そして――リエルを」


 ケイティが加速し、白い閃光となって瘴気に突っ込む。

 シオンの星竜の剣は瘴気を横に払い、くるりと切っ先を変えて、瘴気竜の額の黒い宝石へと突き立てられた。

 瞬間。

 宝石が砕けて暗黒の瘴気が爆ぜ、衝撃波が雲を押し流す。


「この星竜の剣を見つけた遺跡に、こう書いてあった。まるで文字を覚えたての子供が書いたような……一生懸命に書かれた、大天使の使い、星竜ルキを名乗る者の字だった」


 瘴気の中でも、シオンの声は揺るがない。


「瘴気は宝石に吸われ、持ち主を守る。だが、真っ黒に汚れ切った宝石は、身につけているだけで持ち主を病ませる……この剣を抜く勇者は、大天使の愛し子(ルキフェル)を苦しみから解放せよ」


 リエルはハッと息を呑んだ。

 大天使ジブリールが、星竜ルキを地上に使わせて、ルキフェルや地上を救うためのヒントや道具を散りばめたのだ。

 

 シオンの腕には、赤い糸が巻かれていた。


「命を削って研究に打ち込んでくれた部下たちのおかげで研究は予定よりずっと早く、実験可能な段階に達した……浄化の力を!」


 すると、糸越しに応える声が響いた。『赤い糸の魔女』ロザミアの声だ。


『了解。さあ、変換した浄化の力を糸を通して送るわよ!』


『きゅうー!』

 聞き覚えのある可愛いサラマンダーの声も聞こえる。

『きゅ、きゅう〜!』

『サラマンダーが張り切って魔力を供給してくれてるわ。ふふっ、負けてられないわね』


 ロザミアが煽るように言う声がして、魔塔全体が虹色に光り出した。


「魔法使いだけではないぞ」


 シオンの言葉通りだった。


 護国の伯爵(リンデンベルク)家の方角から、黄金色の光が立ち上る。

 長年沈黙していた「光返し」の鏡が、今夜、再び機能しているのだ。

 光の波は地上からふわりと押し寄せて、地上の人々の祈りや感謝が夜空にきらきらと舞い上がった。


『好きな騎士様がお怪我をなさいませんように』

『あの子の夢が叶うように』

『神様、我が子の病気が治りました。ありがとうございます』

『いつも見守ってくださる天上の神々に感謝します』


 すべてが鏡を媒体として集められ、天へと捧げられていく。


『これからも頑張るので、見ててください』

『感謝の気持ちを込めて、この日のために練習した歌を歌います』

 

 ――今夜は、光返しの夜祭。

 天界の天使たちが愛した、美しく温かな祭りの夜だ。


 それを誇るように口の端から八重歯を覗かせて、シオンは天に呼びかけた。

 

「天界よ、我が国はいつも奇跡に生かされている。不満もあるが、俺は感謝しているし、国民もみんな天の存在を信じて祈りを捧げている!」

 

 国中が灯す、無数の心。

 その情熱に呼応するように、ルミナの胸元で、青薔薇侯爵家から贈られたブローチが歌い出した。


『♪ら、ら、ら……』

 

 流れ出したのは、天界で仲の良かった姉妹の天使の物語。

 姉天使は人間に恋をし、妹天使はそれを嫌がり、喧嘩別れになったこと。

 やがて王妃となった姉天使が、毎年、天界にいる姉妹を想い、感謝し、幸せを願い――光返しの夜会を始めたこと。


 歌は、夜空に溶けていく。


『♪青薔薇一族は王妃の願いにより、後世に伝えましょう ♪商会を作り、劇団を作り、天使の物語を語り継ぎましょう……』

  

 無数の光に包まれ、瘴気竜の巨体が崩れ落ちるように縮んでいく。


 現れたのは、夜空を溶かしたような藍色の髪と血のように赤い瞳を持ち、漆黒に染まった双翼を力なく垂らした堕天使――ルキフェルだ。

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