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新米侍女は魔塔主殿下のお気に入り ~なぜか初恋の天使様と勘違いされて寵愛されています~  作者: 朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です!


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4-2


「子供の責任は親にある。ジブリールは責任を取って自分の子である堕天使ルキフェルを退治せよ」


 会議の場で上がる意見を、ジブリールは却下した。


「そもそも、遥か昔に天界会議で決めた規定がある。天界と地上の境目にある光の門。あれは『一定以上の能力と知識を有する天界の者は、地上に降りることが許されない』。だから、私はルキフェルを退治に行けないよ」

 

 すると、光の門を通過できる能力の天使たちが(にわ)かに顔色を悪くする。


「私のルキフェルは門をぎりぎり通れるレベルの強い子だった。堕天して力が増し、瘴気を纏い狂暴化したあの子に、楽園育ちの下級天使は近づきたくもないだろうね」


 そんなジブリールの発言に誘われて、瘴気竜討伐に難色を示す声が次々と上がった。


「人間はかつては天に感謝していた。だが、今はどうだ? 天も天使も、空想上の神話だと思って、信じていない」

「恩を忘れ、自分たちの力だけで栄えている顔をしている者たちを、助ける道理があるのか?」

「堕天使ルキフェルが恨んでいる国は、彼女の姉天使を王妃として(めと)った国だ。因縁ある国が滅べば瘴気竜も消えるだろう」


 リエルは不思議に思った。

 天界出身の瘴気竜が人間の国を滅ぼそうとしている。

 だから、瘴気竜を退治しよう。

 そんな話だと思って聞いていたら、いつの間にか人間の悪いところを探す天使が出始めて、助ける必要性を議論し始めている。

 

「感謝されなくても助けるのが天界の余裕であり、天使の慈愛というものだ」

「光と闇をぶつけると両方が消える。堕天使の成れの果てを消滅させるには、天使をぶつけるのが一番だ。規定を今回限りスルーして、ジブリールを地上に捨てたらどうだ。追放だ、追放」

 

 漆黒の髪をした眼鏡の天使がとんでもないことを言っている。

 しかも、他の天使たちも「ジブリールを追放するのはいいかもしれん」などと言い出すではないか。


「ジブリール様。追放すると言われてます」

「リエル、あの陰険そうな眼鏡はミカエルと言い、過去に私にふられた男だ。いやだねえ。お前も男には注意するのだよ」

「天使の光がぶつかると、堕天使の闇を消せるのですか?」

「言い方は野蛮だが、まあ、闇に光をぶつけると効果的だよね。相反する属性だから」


 ジブリールはふんわりとした口調で言い、無表情に手を打った。ぱしん、と両手を打つ音で、会議参加者たちが一斉に注目する。それを見やり、ジブリールは言い放った。

 

「追放されたらルキフェルをお持ち帰りして『さあ、皆をお食べ』とけしかけてあげるよ」 

「なんだと!」

「貴様、いい加減にしろ……!」


 リエルには、会議の空気が重く淀んでいるのがわかった。

 誰もが正論めいたことを口にしながら、その裏で同じ本音を隠している。

 

 ――自分は、行きたくない。

 

 リエルはおずおずと手を上げた。

 

「あのう……瘴気竜をなんとかできないか、私が試しに行ってみてもよろしいでしょうか? 私、ちょうど何かの役に立ちたいと思ってたんです。ぶつかってきます」

「は?」


 ジブリールは少しだけ困った顔になった。

 この大天使はこんな表情もできるのか――リエルは新鮮に感じた。

 

「リエル。瘴気竜はとても怒っていて、怖いのだよ。痛い思いをしたり、消滅させられてしまうかもしれないよ」

「別に消滅してもいいです」

「なんと……」


 ジブリールが瞳を揺らして動揺しているのが、なんとなく面白い。


「リエル。お前は生まれたばかりだから、何もわかっていないのだ。もう何も言わずに黙っていなさい」


 渋い顔で教え諭すような口調になるジブリールを無視して、リエルは熱意を口にした。

 

「私は生まれてから日が浅く、今日まで何もすることなく過ごしていました。お役に立ちたいです」

 

 膝でうたた寝していた白猫のケイティが目をまん丸にして見上げてくる。


「死にたいの?」

「地上風の言い方をするね、ケイティ」


 リエルは首を傾げた。


「私はただ、何もしてないのが退屈なだけだよ」


 リエルは暇だった。

 空虚な気分だった。

 自分の存在意義みたいなものをずっと考えていた。

 

 何かしたいという衝動があった。

 能力を活かし、何かの役に立ちたい。そんな欲があった。

 

 好奇心があった。

 瘴気竜とはどのような存在だろう。

 嫉妬や怒りとはどんな感情だろう。気になった。


 それになにより、義憤があった。

 

 無辜の人間たちを巻き込み、滅ぼそうとするのは悪だ。

 悪いことをしているのだから、成敗しないといけない。

 ジブリール様の眷属ということは、私たちの身内だ。

 身内の不始末は、身内が率先してするべきだ。

 でも、ジブリール様は偉い人で、消滅の危険を犯すべきではない。

 

 ――だから、自分が。


 考えをそのまま打ち明けると、再びざわめきが広がり、意見が飛び交い始めた。

 

「あまりに弱く、未熟だ。会議に参加すること自体が早い、つまみ出せ」

「元気があってよろしい、何事も経験だ、良い余興にもなるじゃないか、はっはっは」


 会議は混迷した。

 しかし、最終的に地上に行くことを許された。ジブリールが渋ったからだ。


「ジブリールめ、自分の愛娘が消滅するのは嫌と見える」

「親のせいで()()()は死ぬのだ。ざまぁみろ。反省するのだな」


 ジブリールが嫌がる方法を取ることで、素行に問題のあるジブリールへの断罪とする。

 

 会議はそんな方向で進み、リエルは自殺志願者の愚かな天使だと思われて憐れまれたり馬鹿にされたりしながら光の門をくぐり、地上世界を訪れたのだった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 光の門をくぐった瞬間、視界が一気に開けた。

 そこは天とも空ともつかぬ、高く澄み渡る蒼穹。

 限りなく広がる青の世界で、風は天界とは違い、どこか生臭い。

 

 はるか下方には、白くうねる雲海が幾重にも折り重なっている。雲の裂け目からは、かすかに地上の色が覗いていて、リエルはわくわくした。

 森の緑、川の銀、そして人の営みの小さな気配。

 ここが天と地の境界であることを、否応なく思い知らされる光景だった。リエルは翼を広げ、ゆっくりと高度を下げていった。

 

 地上へ至るその道程の途中には、不自然な影がある。

 

 澄んだ空気を侵すように漂う、濁った瘴気。

 黒紫の霧が幾重にも絡まり合い、まるで巨大な繭のように空中に留まっている。明らかに異常なものだ。


「もしかして、これが問題の?」


 おそるおそる近づくと、その瘴気の内側で、確かに何かが息づいているのが感じられる。

 警戒しながら覗き込んで、リエルは目を見開き、言葉を失った。

 

「……」

 

 それは、本能的な恐怖を覚えるのに十分過ぎるほど危険な存在だった。


 瘴気の繭の奥で、それは身を横たえていた。

 鱗は、夜よりもなお深い漆黒。

 光を反射することすら拒むかのように、黒は黒として完結し、輪郭だけが不気味に浮かび上がっている。巨体は禍々しく、そこにあるだけで刻一刻と空そのものを邪悪に汚染していくようだった。


 双眸は異様なほど鮮烈だった。

 色は、血の色を凝縮したような赤。

 

 睨まれた瞬間、リエルの喉が、ひゅっと鳴った。

 

 憎悪。怒り。そんな言葉では生ぬるい。

 その感情は、長い年月をかけて、小さな火鍋に無理やり押し込まれて煮詰まりすぎたみたいに混沌としていた。

 

 つらい。

 痛い。

 苦しい。

 悲しい。

 怖い。

 

 リエルは恐慌状態に陥り、衝動的にその場から逃げ出した。

 天界でぬくぬくと過ごしていた少女天使には、あまりにも刺激が強すぎたのだ。


 ――怖かった。


 遠くへ逃げよう。

 一刻も早く、少しでもあの存在から離れよう。


 ここでない場所へ。

 遠くへ。

 ――地上へ。

 

 一目散に地上に降りて、大きな木の陰でしゃがみこんで、深呼吸を繰り返す。


 瘴気竜は、幸い追いかけてこなかった。

 リエルはがくがくと震えながら目じりに浮かぶ涙をぬぐった。その指先に小さく儚い雪が触れて、じんわりと溶けた。

 

 こわごわと雪空を仰ぎ見ると、分厚い雲に覆われていた。リエルは雲の隙間から瘴気竜がやってこないかと怯えながら、下級天使たちが嫌がっていた理由を理解した。

 

 恐怖とは、このような感情なのだ。


 首から下げたペンダントをお守りのように握り、ふと気づく。

 分厚い鱗の瘴気竜は、額の中央に、宝石がひとつ埋め込まれていた。……あれは、リエルが持っているペンダントの石とよく似ていた。


(でも、色は真っ暗になってた……)

 

「だいじょうぶ?」


 幼い男の子のソプラノが耳をくすぐったのは、そのときだ。

 

「え……」


 見ると、きらきらとした可愛い蒼銀の髪の男の子がリエルのそばに立ち、自分のマントを広げて傘のように雪を遮ろうとしている。爽やかな花のような香りがする。いい匂いだ。


(に、人間だ……っ?)


 リエルは初めて遭遇する人間の男の子に驚き、見惚れた。その男の子は、とても可愛らしくて、綺麗だったのだ。


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