表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新米侍女は魔塔主殿下のお気に入り ~なぜか初恋の天使様と勘違いされて寵愛されています~  作者: 朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/33

3-6

 王城内にあるパーティ会場は、豪華絢爛に輝いていた。

 吊り下げられたシャンデリアは会場の隅々まで蜜色の光を行き届かせ、磨き上げられた床の上で靴音も高らかに語り合う貴族たちは家門の誇りを着飾った全身で表している。

 その光景は、侍女として過ごしてきた日々とは、あまりにもかけ離れていた。

 

 その華やかさは、息を呑むほど。

 しかし、貴族の家で育ち、侍女たちの噂話に親しんでいるリエルは、この社交場が場違いな者を容赦なく炙り出す残酷さも孕んでいることも知っている。

 

「第二王子殿下は初恋に一途なのは美徳だが、そろそろ現実を見るべきだな」

「今日こそは、うちの娘を……」


 会場に入ると、入り口付近の席からそんな言葉が聞こえてくる。

 直後、彼らは入場したリエルと『第二王子』に気づいて驚いた顔になったが。


「浮かれないことね」


 肩に乗ったケイティが小さく言った。受け取りようによっては悪意による発言のように聞こえるが、リエルが思うに、ケイティに悪意はない。

 この『友達』なりの、不器用な気遣いなのだろう。

 おそらく、リエルが恋に浮かれ、契約期間が終わって別れるときに深く傷つくことを防ごうとしてくれている……。


 その気持ちもわかる。

 実際、リエルは彼に惹かれているのだから。

 

(この気持ちはいけない。浮かれすぎないようにしよう)


「……最近調子に乗ってる自覚はある。すまない」

「シオン様が謝らなくても……」


 リエルは苦笑した。

 彼はよく「リエルが可愛い」と口にするが、今となっては、リエルには素直にケイティに謝る彼のその素直さが、今は不思議と愛おしく思えた。年上の男性に抱くのは妙だが、時折「可愛いのはあなたです」と言いたくなるのだ。

  

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 会場のざわめきの中に、懐かしきネーベルハルト子爵家の一行がいた。 

 彼らは揃って、入口を見たまま言葉を失っている。


「まさか……」

「あそこにいるのは、リエル?」

  

 そこに現れたのは、間違いなく彼らに縁があった娘だった。しかし、地味だったあの娘は、大きく変貌していた。

 

 健康的な肌に、艶やかに整えられた真珠のように清らかな髪が、目を離せなくなるほど美しい。

 身に纏うのは、遠目にもわかる最高級のドレスと宝飾品の数々だ。

 隣にはペア衣装で合わせた美青年が寄り添っている。

 信じがたいことだが、美青年の胸元には、星を幾重にも重ねたような精緻な意匠の勲章が飾られている。

 あれは、魔塔を統括する王子の身分を示す魔塔星章だ。

 王族の美青年は、当然のように彼女を守る位置取りをしている。眼差しには誰が見ても熱愛の温度感があり、彼女が大切でたまらないのだと伝わってくる……。

 

「ま、まさか」

「どうして……?」

  

 元養父は口を半開きにしたまま固まり、元義妹は信じられないものを見るように赤い爪を強く握りしめる。

 その婚約者のゲオルグは、隣に立つ現婚約者の義妹ではなく、無意識にリエルから目を離せずにいる。

 かつて自分が手放したものの価値を、今さら思い知らされた顔。彼女の隣にいる格上すぎるパートナーに劣等感と嫉妬心を刺激されている顔だ。


「ゲオルグ様?」


 ゲオルグは、目を逸らそうとして失敗した。光り輝く存在感を放つ元婚約者から目を離せず、無意識のまま、口が動く。


「……あ、あ、あの女……あ、あんなに……」

 

 自分でも驚くほど、惨めな声が出た。

 灰を被っていたはずの石ころが、磨き上げられたダイヤモンドになって王子の隣で微笑んでいる。

 その事実に、ゲオルグの心臓は嫉妬と後悔で早鐘を打った。隣に立つフローリアが、耳障りなほど高い声で不満を唱える。


「ゲオルグ様? あんな女、見ないでくださる? 目が汚れますわ」


 いつもなら「そうだな」と同調していたはずの甘い声が、今はひどく薄っぺらく、下品に聞こえた。

 ゲオルグは無意識に、リエルの静謐な気品を思い出していた。


「……リエルは、いつも一歩引いて僕を立ててくれた。地味だと思っていたが……上品だった。それに比べて……」


 ゲオルグの視線が、横柄に扇を振るフローリアを一瞥(いちべつ)し、すぐに逸らされる。

 フローリアの指が、ぴくりと止まる。


「フローリアは、愛想はいいが……下品だ」

「……は?」


 しかし、ゲオルグは気づかない。


「すぐ身体を寄せて、甘えれば愛されると信じている女だったな」


 ゲオルグは、今さらのように呟いた。

 

「『お姉様って陰気よね』と楽しそうに姉を貶める性格は、正直、軽薄で品がないと思っていたよ」

 

 フローリアの顔色が変わる。


「妻にするなら、どう考えてもリエルのほうが良妻……」

「……ゲオルグ様!」


 ぱん、と。

 夜会の音楽さえ一瞬かき消すほど、乾いた音が響いた。

 フローリアがゲオルグを平手打ちしたのだ。


「最低ですわ! あなただって一緒になって悪口を楽しんでいらしたくせに! しかも、浮気だってなさってるでしょう、知ってるんですからね!」


 フローリアは絶叫とともに、手元にあったグラスを乱暴に傾けた。

 赤黒いワインがゲオルグの白いシャツにぶちまけられ、夜会の優雅な空気を切り裂くように、発酵した葡萄のツンとした生臭さと、鉄のような不快なアルコール臭が立ち込める。

 

「フ、フローリア……!」

「そんなにあの女がいいなら、一生惨めに後悔してらっしゃい!」

「悪い。声に出してるつもりはなかった……」

「下品で性格が悪いのは、ゲオルグ様もでしょ!」


 フローリアは追い打ちとばかりにもう一度ゲオルグを平手打ちして、背を向けて憤然とした足取りで会場から出て行った。

 周囲から好奇心いっぱいの視線と、眉を(ひそ)めて嘲笑(あざわら)うような囁きが聞こえてくる。

 

「まあ……野蛮な方ね。どちらの家の令嬢かしら」

「ネーベルハルト子爵家のフローリア様よ」

「わたくし、聞いていましたわ。婚約者の方が暴言を呟かれていましたの」

 

 ゲオルグは立ち去る婚約者を追うこともせず、遠くで王族に寄り添うリエルを見つめて、呆然と立ち尽くす。


「ああ……失敗したな……」 


 ――後悔しても、もう遅い。

 

    ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 夜会の時間は賑やかに過ぎていく。

 

「呼ばれたから少し話してくるよ。すぐ戻る」

「ごゆっくり」

 

 シオンが人に呼ばれて離れた隙に、リエルは指輪を持って人だかりの中心へ向かった。

 先ほどから幽霊の子供が「あっちにおねえしゃま」と袖を引いているので。


 幽霊の子供の「おねえしゃま」は、王太子カリオンの婚約者である侯爵令嬢オフィーリアのことだ。

 導かれるままに行ってみると、侯爵令嬢オフィーリアは華やかな令嬢たちに追い詰められていた。


「わたし、知ってるんです。オフィーリア様はカリオン殿下に贈られた婚約指輪をなくされたのですわ!」 


 追いつめているのは、侍女仲間が教えてくれた『ライバル令嬢』のデイジーだ。


 幽霊がリエルの袖を引き、訴える。

「あのひと、ゆびわ、すてた! まほー、した!」

 

 まほーというのは魔法のことだろう。

 リエルは一歩前へ出た。

 注目が集まるのを感じても、もう足は止まらなかった。


「先日、あなたさまがオフィーリア様の指輪を魔法ですり替えて池に落とされたのを拝見しました。ただ、声をかけそびれてしまって」


 差し出した指輪に、空気が一変する。


「まあ! ありがとうございます! よかった……!」

  

 侯爵令嬢オフィーリアが喜び、ほっとした様子の王太子カリオンが事実確認をする。


「私はオフィーリアが指輪を毎日紛失しても贈りなおすつもりで、まったく気にしていなかったのだが、悪意ある者が陥れようと盗んだのなら話は別だ。詳しく話を聞こうではないか」

 

 オフィーリアを追い詰めていたつもりだったのに、気づいたら逆転の様相を見せている。

 ライバル令嬢のデイジーは青ざめた。

 窮地から脱する道を探すようにさまよう血走った目は、リエルを見た。


「こ、こんな……どこの家の者かもわからない方のおっしゃることを! 信じないでくださいな!」


 その瞬間。


「――彼女は、俺の婚約者ですが?」


 凛とした、氷のような声が会場を支配した。

 割って入ったのは、国王夫妻を背に従えた第二王子ハルティシオン――シオンだ。

 彼は迷いのない足取りでリエルの隣に立つと、当然のようにその細い腰を抱き寄せた。


「こちらの姫君は訳あって身分を隠していましたが、とても高貴な生まれで、俺の恩人なのです」


(シ……シオン様……! 何を仰るの?)


 シオンは視線を会場中に巡らせた。

 そして、事の成り行きに青ざめて凍り付いたようになっているネーベルハルト子爵らを見据えて、残酷なまでに冷たく美しい微笑を浮かべた。


「俺の大切な姫君を虐待し、あまつさえその価値に気づかず放逐した罪……その罪がどれほど重いものか、理解できるだろう?」 


 朗々と告げる声に、ざわめきが起こる。

 子爵夫人は、恐怖と動揺で立っていられなくなった様子で、へなへなとその場に座り込んだ。


「養育していた子爵家では虐待を受けていたようです。そのため、王室が後ろ盾となり、保護しました」


 ここで自分が何か言っても、場が混乱するだけだ。

 リエルは扇で口元を隠し、曖昧な微笑を湛えて黙っておいた。

 

「調べているうちに子爵には余罪も確認されています。――連れて行け」


 冷然とした命令が下り、衛兵が子爵家の関係者とデイジーを拘束する。


「許してくれ」

「こんなのおかしい!」

「やめて、腕を離して! 嫌よ!」


 居合わせた全員が彼らの結末を察していた。

 もう、おしまいだ。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 場が静まり返ったのは、ほんの一瞬だった。

 やがて、抑えきれないざわめきが波のように広がっていく。


「……第二王子殿下は、あのように凛とした方だっただろうか?」

「以前は、どこか気怠げで、縁談にも一切興味を示されなかったと聞いていましたが……」

「高貴な恩人という姫君は、噂の初恋の……?」


 囁き合う声には、驚きと戸惑いが滲んでいる。

 シオンはそれを冷静に受け止め、言葉を続けた。

 

「父上とも相談し、リエルはリンデンベルク伯爵家の養女になりました」


 リンデンベルク伯爵家が前に出て、第二王子の言葉が正しいのだと裏付けするように頷いてみせる。伯爵家の隣には、青薔薇の家紋章を胸にかざる偉丈夫もいる。伯爵家や王室と親交の深い有力な上流貴族、ブルーローゼ侯爵だ。

 味方である上流貴族たちを頼もしそうに見て、シオンは会場に声を響かせた。


「俺は彼女に一目惚れして、無理を言って婚約してもらったんです。……情けない話ですが、これは俺の片想いから始まった契約でね」


 その言葉に、貴族の中から「契約?」と不審がる声が零れる。


「一年という期限付きで、俺のことを好きになってもらえなかったら婚約を解消する予定です」


 シオンが言うと、貴族たちは驚いた様子で口を開いた。

 王侯貴族の社会では、愛のない政略結婚が珍しくない。なにより、この国では男性の方が立場が優位で、シオンは王子だ。

 高貴な王子が令嬢に対して「好きになってもらえなかったら解消」など、普通ならばあり得ない。


 残念という噂が多くあったが、本日のさきほどの立ち回りは立派に見えた。しかし、そう思った矢先に、再び残念な言動が――第二王子の評価を忙しく上下させて目を白黒させる貴族たちに八重歯を見せて笑い、シオンは快活に言葉をつづけた。

  

「俺は死ぬ気で彼女を口説き落とすつもりです。……皆さん、どうか無様な男の恋を応援してやってください」


 会場から、熱を帯びた溜息が漏れる。

 

 悪評を囁かれていた第二王子が、ひとりの令嬢にこれほどまで執着し、弱みを見せている。前からあった噂によると、幼い頃から一途に片思いし続けてきた相手なのかもしれない。

 男性の貴族は渋い顔をする者も多かったが、貴婦人たちはうっとりとした。


 リエルは心配になったが、貴婦人たちが自分の夫の耳に何やら吹き込み始める。


「まあ、なんて正直なんでしょう。ねえ、あなた。第二王子殿下は素敵な方ですわね」

「そうか……?」

「誠実なお方だと思うわ。それなのに、どうしてあなたは嫌そうなお顔をなさっているの?」

「それは……」


 貴族たちの雰囲気が変わっていく。


「今までよからぬ噂があって心配していましたが、見直しましたぞ」

「第二王子殿下、応援しておりますよ」

「わたくしは妻が何と言おうと、今回の件はいけないと申し上げさせていただきますからな。しかし、すでにやらかしてしまわれたのは仕方ない……」

 

 全員ではないが、多くの貴族は納得してくれたようだった。

 シオンはこっそりとリエルの耳元で「無理を通せば道理が引っ込む」と呟き、リエルが呆れた目で見るとウインクしてみせた。


(ちょっと心配にもなるけど、シオン様の評判が改善してるのは……よかった) 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ