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新米侍女は魔塔主殿下のお気に入り ~なぜか初恋の天使様と勘違いされて寵愛されています~  作者: 朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です!


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3、代償と契約

 魔塔への応援(ヘルプ)勤務は一日で終わり、翌日からは元の職場へ戻された。

 

 王城勤めを始めて、まだ日が浅い。

 けれど、魔塔から慣れ親しんだ職場に戻ると、「ここが居場所だ」という感情が湧く。見慣れた先輩侍女たちに囲まれると、肩の奥に溜まっていた力が自然と抜けた。


「おかえりなさい、リエル」

「おかえり。ひどい目に遭ったりしなかった?」

「魔塔の話を聞かせて!」


 侍女仲間と話をしていると、侍女長が会話に入ってくる。

 

「リエル。あなたが魔塔の魔法使いと光返しの夜会(ルクス・レヴェランス)に出席するので休日を与えるように、と魔塔から正式に命令が来ましたよ」


 光返しの夜会(ルクス・レヴェランス)というのは、シオンが言っていたパーティのことだろう。


「確かにパーティの出席の約束をしましたが、光返しの夜会(ルクス・レヴェランス)とはどのようなパーティなんですか?」

「昔は儀礼的な意味合いが強かったのですが、最近は普通のパーティーと変わりませんよ」


 侍女仲間から教えてくれた説明を合わせると、まず、この国には天使が王族に嫁いだ言い伝えがあるという。

 それは、リエルも知っている話だ。

 

 そして、ここからが初耳の情報なのだが、王妃になった天使は、王国に新しい季節の祝祭を作ったらしい。

 地上を見守ってくれる天界に感謝して、天に向けて光り輝くような音楽や感謝の言葉を捧げる――それが光返しの夜会(ルクス・レヴェランス)の発祥なのだ。


「リエル。魔塔の魔法使いって誰? 魔塔で知り合ったの?」

「どんなドレスを着るの?」

「当日はお姉さんがお化粧してあげるわ!」


 侍女たちは自分のことのように張り切り出した。

 相手が第二王子だという事実は、到底口にできない。

 

 身分の問題以前に、説明するだけで余計な騒ぎになりそうだ。

 そのため曖昧に話を濁していると、侍女のひとりが思い出したように眉を顰める。


「……まさか、例の『たぬき魔法使い』じゃないでしょうね?」


 その一言で、誰を指しているのかがすぐにわかってしまい、リエルは言葉に詰まった。

 否定も肯定もしないまま一瞬黙り込んでしまったのが、どうやら答えになってしまったらしい。


「えっ、あのたぬきと!?」

「まあまあ、意外と本気だったのねえ!」


 ざわり、と空気が弾む。驚きと好奇心が混ざった声が重なり、視線が一斉にリエルへ集まった。

 リエルはどう返していいかわからず、困ったような微笑を浮かべるしかなかった。


「まあ、好意はわかりやすく向けられてたものねえ!」

「大丈夫? 嫌だったら振ってもいいのよ。お姉さんが一緒にお断りしてあげようか?」

 

 働くうちに気づいたが、この職場の侍女たちは総じて世話焼きで、情に厚い。


 和気藹々とした職場は、居心地がいい。

 リエルが満更でもない気分で侍女仕事をしていると、コニーが「見て」と肘を突いてきた。


「王太子カリオン殿下と婚約者のオフィーリア様よ」


 促されて見ると、廊下を仲睦まじい雰囲気で歩く男女がいた。


 群青色の髪をした王太子カリオンは眼鏡をしていて、愛しそうな視線を婚約者に注いでいる。

 婚約者であるオフィーリアは、ブルーローゼ侯爵家の長女だ。心根を表すような真っ直ぐな象牙色の髪(アイボリーブロンド)を揺らしてひだまりのような微笑を湛え、王太子に寄り添っている。


「お似合いね」

「幼い頃からの両想いなんですって」


 侍女たちが遠目に褒め称える中、リエルは別の箇所を見ていた。

 

 王太子と婚約者の後ろに、小さな男の子の幽霊がいる。

 象牙色の髪色がオフィーリアによく似ているので、血縁者なのかもしれない。


「王太子殿下がしっかりなさっててよかったわよね。第二王子殿下は初恋の人がいるからってパーティにも顔を出さなくて縁談も全部断ってるんだって」

「あら、でも今回は『赤い糸の魔女』様とご出席予定って噂よ」

「ロザミア様は幼馴染ですものね。伯爵家のご令嬢でもあるし、婚約者候補筆頭だから婚約発表するのかも……」


(婚約者候補筆頭だったの、ロザミアさん?)

 

 脳裏にシオンとロザミアの姿が思い浮かぶ。

 並ぶふたりは間違いなく釣り合いが取れていた。そんな思いと同時に、胸の奥にどろりとした黒い感情が染みを作って、心が軋む。

 以前ケイティが言っていた「あなたが後で傷つかないために忠

告しますけど」という声が思い出される。

 ――誰かを好きになると、傷つくこともある……。

 

(……気にするの、やめよう)

 

 リエルは、胸の奥に芽生えかけた感情ごと、そっと自分の心に蓋をした。

 傷つくからと言われても、気づいたらどうしようもなく、落ちている。

 恋って、厄介だ。


  ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 その夜。

 リエルが自室の寝台に横になろうとしたとき、かすかな泣き声が聞こえた。


「えーん、ふえーん……」


 幽霊の泣き声だ。

 姿を見なくても、なんとなくわかる。リエルはそっと起き上がり、窓の外を見た。


 真っ暗な中庭に、小さな男の子がいる。

 日中に見かけた幽霊だ。

 

 リエルはショールを羽織り、男の子の元に行った。

 

「どうしたの?」


 問いかけると、男の子はうるうるとした瞳で縋るように見上げてくる。

 

「リアおねえしゃまの、うびあ……おっちゃったの……」


 だいぶ舌足らずだが、「リアお姉様の指輪が落ちちゃった」と言っているのではないだろうか。

 リアお姉様とは、おそらくオフィーリアだ。

 

「わかった。探してあげる」


 衛兵の巡回をやり過ごし、裾をまくって池に手を入れる。

 冷たい水の底を探ると、指先に硬い感触が触れた。それを掴んだ瞬間、胸の奥がふっと緩む。


「あった」


 月光にきらりと光る指輪を見せると、子供は白い歯を見せて笑顔を弾けさせた。


「そえ、リアおねえしゃまの!」

「オフィーリア様にお返しするわね」

「うん!」

 

 いつも幽霊が喜ぶと光るペンダントは、今宵も煌めいた。色は、優しいピンク色だ。

 リエルが濡れた裾を気にしながら立ち上がった、その時だった。


「夜ふかしさんね、リエル?」


 不意に、背後から声をかけられる。

 振り向くと、回廊の影にケイティがいた。


「ちょうどいいわ、こっちに来なさい。静かにね」


 ケイティは尻尾を振り、魔塔の近くまでリエルを導いた。

 そして、ゆらりと輪郭を揺らしてその姿を変身させた。


 小さな白猫の姿から、人を背中に乗せられるくらい大きなサイズに。


「……ケイティって、何者?」

「ふふん。とってもえらい、猫様です。さあ、特別に乗せてあげます。背中にお座りなさい」

「の、乗る……っ?」


 遠慮してはいけないのだろうか、と逡巡していると、ケイティはぐいぐいと迫ってくる。

 押されるがまま乗ると、全身がふわりと宙に浮いた。


「きゃあっ?」

「夜はお静かに。うふふ、心配しなくても落としたりしませんわ」


 なんと、ケイティは空を飛翔した。

 幽霊だからだろうか。翼もないのに、安定感抜群でふわふわと高度を上げていく。

 初めての体験に、リエルはどきどきしながらケイティの首にすがりついた。


「ごらんなさい、リエル」

「うん?」


 示された先、魔塔の頂上に、見知った姿があった。

 

 いつも結んでいる紫の髪を奔放に風に靡かせる長身の青年。

 夜気の中で、そこだけ空気が澄んでいるような存在感のある魔法使いの王子――シオンだ。


  

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