第3話
建物の中、広々とした空間を人が埋め尽くしている。
よくよく見れば殆どが二人組で固まっているようで、鎖をつけられているような奴隷の姿も多く見られた。
また集まっている者の殆どは男性で、屈強な体や武器を持っている、戦い慣れているであろう者達であった。
エメリーが中へ足を踏み入れると、視線が一斉彼女へと集まる。
そして真っ直ぐと進む彼女の進路から人が捌け、人々は頭を深く下げた。
「お疲れ様です」
エメリーは整った顔で爽やかな微笑を浮かべると二階へと続く階段へ早足で向かう。
直前までの彼女とは一変した、好青年的な振る舞いにイリスが思わず吹き出し掛けると、エメリーが一度だけ振り返る。
その笑顔から凄まじい圧が放たれており、イリスは慌てて彼女から目を逸らし、背筋を伸ばした。
「どなたか、副支部長を呼んでください」
彼女はそう言い残し、二階の執務室へと向かった。
本に埋め尽くされた本棚や広々とした机、客人用のローテーブルとソファが用意された部屋。
エメリーとイリスがソファで対面に座っているとノックが響く。
「どうぞ」
「失礼いたします」
入ってきたのは金髪の剣士。
彼は書類の束を抱えて入室すると一礼した。
「お疲れ様です、副支部長」
「支部長こそ。……そちらは、新しいバディですか?」
「ええ。彼もヴァンパイアです」
「……そうですか」
副支部長と呼ばれた剣士はイリスを見ると僅かに訝しむような視線になったが、何かを言う事はなかった。
代わりに彼は持っていた書類をローテーブルへ置く。
「こちら、例の件に関しましてこれまで部下達が集めた情報になります」
「どうもありがとう」
「本当にご自分で向かわれるのですか」
「はい。結果は、彼の腕前次第にもなるでしょうが」
「地図に記した場所――恐らくはヴァンパイアの根城へと入口を調査していた者は皆戻ってきておりません。貴方に限って問題はないかと思われますが……どうかお気をつけて」
エメリーは書類に手を伸ばし、その内容を確認する。
その紙束の中には紛れるようにして地図が挟まれており、その数箇所には赤いインクで丸が付けられていた。
「ありがとう。……後はこちらで引き受けるから、下がって大丈夫ですよ」
「……失礼します」
剣士は一礼すると退室する。
それを見送ってからエメリーは長い溜息を吐いた。
「これが今晩の仕事だ」
「話を聞くに、厄介そうですね」
「ああ。どうやら街の一部を根城にして大勢のヴァンパイアが集っているようでな。情報によれば彼らはこの地域で無差別殺人を兼ねたテロを企てているようだ」
「テロ……!? んな無謀な」
「お前が少しはまともな感性をしているヴァンパイアで安心したよ」
エメリーは今晩の殲滅対象らについて、南支部を管轄するヴァンパイアハンターや一般人の被害が多く出ておりこれ以上被害を広げるわけにはいかないと話した。
作戦自体は至って簡単。まずは敵の根城へ繋がる通路を探し出し、可能なだけ敵の数を減らす。
しかし敵の殲滅は絶対ではない。必要な人手の把握さえできれば後日部下達と連携してより多くの戦力を投入し、本格的にテロ組織を壊滅できる。
「まあ今晩どれだけ敵を減らせるかはお前の腕次第だな」
「要は有用性を示す為のテストって事ですよね。りょーかいしました」
「ああ。ただし奴らは何故かヴァンパイアに有用な毒を隠し持っている」
「毒?」
「ヴァンパイアの吸血衝動を暴走化させるものだ。恐らくは液状の毒だろう」
取り扱いを間違えれば自分の毒ともなり得るようなものを持ち歩いていると言う敵の話にイリスは苦い顔をする。
そしてはたと小さな疑問が浮かんだ。
「根城の中は調査できてないんですよね? よくもまあそれだけの情報を集めましたね」
「まあな」
エメリーは足を組み、その上で肘を立てる。
「お前の前任はそれだけ優秀だったと言う話だ」
彼女は窓の外へ視線を逸らしながら、その瞳を細めた。
前髪で目元はよく見えないが、彼女は口元にうっすらと笑みを浮かべていた。
***
ヴァンパイアは深夜に活動が活発化する。
故にヴァンパイアハンターもまた深夜に活動することとなる。
エメリーは地図上で印のついた箇所、その一つを選び、馬車を走らせた。
そして二人は近くで馬車を降り、路地裏へ入り込む。
数分先へ進むと、エメリーは立ち止まる。
そしてイリスの腕を引いて物陰に隠れると進行方向を顎で示した。
「あいつ、動きが不自然だ」
辺りを警戒するように見回しつつ同じ場所をゆっくり往復する男。
指摘されて漸く気付いたイリスは小さく頷いた。
「恐らくヴァンパイアだろう。隠し通路が明らかになったところで奴を殺す。遅れずについて来い」
「はい……って、え゛!? マスターがやるんですか!?」
「数が多い方がお前の実力を測りやすいだろう。こんなところで体力を削られても困る」
「いやいや、アンタ生身の女の子――って、ああっ!」
イリスが慌てて止めようとしたのも束の間。
エメリーの視線の先で、怪しい男は地面に隠されていた蓋を開けて地下階段を出現させた。
瞬間、エメリーは杖から隠し刀を晒し、男へと向かって一直線に走り出したのだった。




