から傘お化けと付き合った件
よろしくお願いします。
「妖怪って人権あるの?」
「私は身分上持っているが、急にどうした?」
「いやほら、結婚のときとかどうすればいいかなって…」
「気が早いな…」
私は数年前から、世に言う「から傘お化け」と付き合っている。
口約束ではあるが、結婚も視野に入れているところだ。
夢でも妄想でも幻覚幻聴でもない。真っ白な事実である。
「ところでだが、果林。このダンベルは何に使うんだ?」
「筋トレと、ムカついたときにぶん投げる用」
「なるほど」
今、目の前の絵にいる赤髪の好青年が、先ほど説明した「から傘お化け」だ。
もっとも、彼の現在の姿に妖怪のときの面影は欠片もない。茶色の目、肌荒れ一つない両腕両足に、意外と透き通った声。唐草模様の上着に作務衣に似たズボンを装着し、ごく稀に赤い舌をチョロチョロと出している。
「ふむ、私がこの世に馴染んで早数十年。まだまだ分らぬことがあるんだな…」
「もしかして、筋トレという概念が妖怪やお化けにはないのかしら?」
「そうかもしれない。私たちが基本的に使うのは妖術だし」
「ふふ。たしかに、その方が楽かもね。けど、案外あなたの体いい肉付きしているわよ?イケメンに弱いJKが見たら、速攻で鼻血地獄の爆誕ね」
「褒めているのそれ?」
「褒めてるわよ」
「それにしては、笑っているような気がするんだが…」
休日のこんな日には、彼とこんな風に色々しゃべったり、何もせずに一緒に側にいる時間が多い。彼とはなんと言うべきか、少しいるだけでも心が和らぐし、素の自分を見せられる唯一の居場所になっている。外の茜色がだんだん黒く染まる時間に、夕飯のことを考えつつも、くだらない話に花を咲かせられるのが、私にとっては幸福なことだ。
「何でもないわ。あなたを笑ってはないわよ。昨日のコント番組の内容を思い出しちゃっただけ」
「そうか。だが、そういうお前もまあまあいい女だと思うぞ。まるでギャルゲーのお清楚ヒロインみたいだ」
「ねぇ、その言葉をどこで覚えたのよ」
「ヨーチューブだけど?」
「動画の選択を致命的にミスったわね」
「なぜ?」
こんな少々ポンコツな彼に出会ったのは数年前の、ある大雨の夜だった。
その日は、会社の飲み会の帰り道で、傘を持っていないのにもかかわらず、急に降って来た大豪雨に対して、久しぶりにブチギレていたときだった。
お酒を何杯か飲んで感情の起伏がお笑い芸人くらい激しくなっていた私は、走りながら雨に罵詈雑言を吐いていた。傍から見れば、通報ものの類だったと思う。
そんなときに彼と出会った。
「ん?何これ…」
一戸建て住宅が立ち並ぶ通りにて、横を通り過ぎようとしていたゴミ捨て場に、何かが無造作に置いてあった。
視界がぼやけて曖昧だったが、目をこすってもう一度《《それ》》を見てみる。
それはこの時代には珍しいから傘模様の赤い傘だった。ただ少々所々でボロかった。
しかし、それよりも私の目に映ったのは…傘から伸びている、一本の生の大人の素足だった。
その瞬間、酔いが醒めるどころか全身に悪寒がくるほど青ざめた私は、声も出なくなってしまい、「ついに私のような一般人までもが、死体遺棄事件に遭遇する時代になったのか」「どこの局のドッキリ番組かな~」なんて現実逃避をせざるを得なくなった。
が、その逃避は「ぐぉおおおーー」という傘から聞こえる音によって、終了した。
「え?」と思いながら恐る恐る聞こえる所を見てみると、瞼とよだれを垂らしている口のようなものが、それにはくっついていた。
当然、私は発狂したが、幸いにそのお化けは目覚めることはなかった。私は、「傘そういえば持ってないしなぁ。じゃあ、ちょうどいいか」なんてとんでもない結論に至り、この傘を差しながら持ち帰ることになった。
改めて考えてみると、絶対にまだ酒が残っていたんだと思う。幸いなことに夜遅かったことから、人目は全くなかった。
そんなこんなで自宅で保護することになったお化けが、後の私の彼氏である「から傘お化け」だ。
翌朝、目覚めたときに、いきなり逃げ出そうとしたところをあっさり素手で捕まえ、「ねぇ、あなた何者?鬼〇郎の世界から出てきちゃった?」などと、質問攻めにしたのは、いい思い出である。あのときの私には自制心なんてものはなく、代わりにびっくりするほどの度胸が備わっていたのだ。
彼が履いてた下駄を飛ばそうとして、下駄がないことに気づき、慌てふためいていたのも、つい見たことなさすぎる光景で笑ってしまった。(※玄関に置いていた)
久方ぶりの興奮だった。モノクロのB級映画のような日々を送っていた私にとって、彼は知的好奇心の塊だったのだ。
「へえ、じゃあ、妖怪なのに働いているのね」
「ああ、けど、最近は全く家に帰れていなくてな…」
「大変ねぇ。アットホームが売りなのに」
「あれは詐欺だろう」
「それは分かっているんかい」
どうやら本人曰く、妖怪という生命体は、うまい具合に人間社会に溶け込んで生活しており、人間に化けることによって、今はまあまあなブラック企業で働いているらしかった。名前を聞いたらネット上で「ガチでヤバイ噂の企業」として、聞いたことのある会社だった。人間社会のすべてを知っているわけではないらしい。
そのせいかは知らないが、まだまだ最新の文化には追い付いていないところがあるようで。私の家にあったルンバを「なっ、新しい妖怪か!?」と言って驚いていた。面白。
「とにかく妖怪でも、身体は大事にね。一日中働けなんて言われていても、生きるためにそんなに苦しまなくていいのよ。生きるのって、そんなに難しくなってしまったわけではないのだから」
その後、初めてお化けの姿で話せる人間として私の都合が良かったのかは知らないが、私達は度々会うようになり、数年後には、結果的に付き合うまでに至った。今では、一緒に同棲までしている。彼は勤めていたブラック企業を退職し、今は清掃員のアルバイトをしている。
「見ず知らずにも関わらず、私を気味の悪い妖怪としてではなく、ただの生き物として見てくれたことが私は本当にうれしい」
彼はそう言ってはいたが、ぶっちゃけ私もどうして惹かれたのかは分からない。ただなんというか、いつの間にか面白い友達として、そして、恋人として受け入れていたのは、確かだった。
彼が人目のない場所で巨大化して、彼の足を私がつかむ形で空を飛ぶことができたり、海でビーチ用の傘として使って会話をしたり、知り合いの妖怪の集まりにも参加してみたりと、彼との日々は驚きの連続で、楽しんでいる自分がいる。
それは紛れもない真実なのだ。
「ん。この後、買い物なんだけど、もうすぐ雨が降る確率が高いんだって。あなた、出番よ」
「そんな便利道具みたいに…」
「いつもみたいに、足の部分は変化させておいてね。目も閉じて、人前では口も閉ざすように」
「ハイハイ…で、本日の晩御飯は?」
「味噌汁とお米。あと、麻婆豆腐にナスとキムチをぶち込んだものよ」
「へぇ、興味深い」
少々雑ではあるが、うまいことは保証できるメニュー表を頭に浮かべ、財布やエコバックを持ち、ボンッという音とともに傘化した彼を腕に吊り下げ、玄関を出た。
予報通り、雨はその直後に降って来た。
「最近の技術とやらは天まで予測できるんだな…」
「日々の文明の進歩よ。それにしても、やっぱり令和の時代に江戸の町人みたいな傘って案外目立つわね…」
「仕方ないだろう。これが本来の私なのだから」
それはそうだろうが、たまにそこらへんのコンビニのビニール傘に向かって「若造が…新参のくせに舐めるなよ、ああん?」って、威嚇するのは本当にやめてほしい。
毎回、バレないか内心冷や冷やしている私の気持ちが分かるだろうか。
そんなくだらないことを考えながら、私は住んでいるマンションから地上に降り立ち、最寄りのスーパーに足を運んだ。もちろん、彼は畳んでビニール袋に入れた。
血に飢えた獣のように特売品に群がる主婦たちの間を何とか駆け抜け、特売のナスと豆腐、ひき肉をカートに入れて、その他の材料と明日の朝食等を追加し、キッチリと支払って、すぐに帰路に着いた。
「思いのほか早く済んだわね」
「そうだな。だが、牛乳の量がちょっと多くはないか?」
「あなたの耐久性強化のために、口にビールみたいに流し込むものとして必要でしょう?」
「あれはもう勘弁してくれ…」
「冗談よ」
正直、悪かったとは思っている。あのときはかなり酒が入っていたのだ。決して出来心で「カルシウム摂取で強度増すのかなー」と、興味本位で飲ませてしまったわけではない。
そう思いつつも、再びビニール袋から彼を取り出し、傘として用いる。
「あら、雨が強まって来たわね。早く帰らないと」
「ああ、早く帰ってシャワーを浴びたい」
「《《シャワーを浴びるから傘お化け》》というパワーワード…」
「やかましいわ。お前のせいだろう。私が体で受け止めているのだから」
「それは違いないわね。ということは、あなただけ滝修行状態なのかしら」
「こんなたまにしか水が落ちて来ず、明らかに量も足りない滝があってたまるか」
「ふふっ」と今日も笑いながら私は彼と帰路を歩く。
きっと、数時間後には「うまい。初めて食べる新鮮な味だ!」とか言って、笑顔を浮かべる人間姿の彼が目に映るのだろう。
それが心底楽しみで、お互いに未知の経験ばかりだから、私は今日も笑えるのだ。
「シャワーの後はカモミールのお茶でも飲む?いいのが手に入ったのよ」
「鴨を見るお茶?鴨は家にいないが…」
「バカ。お茶の名称よ。味は保証するわ」
「おお、それは楽しみだな。緑茶よりもうまいのか?」
「それは飲んでからのお楽しみよ」
好評なら続きを書こうと思います。