第7話「柱になる覚悟」
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六月中旬、梅雨の晴れ間。
試合のないオフの球場に、少し湿った風が吹いていた。
ベンチにひとり腰をかけていた神代 駿は、手の中の水ボトルを弄びながら、ぼんやりとグラウンドを眺めていた。
──俺は、このチームに何ができてる?
最近、ようやく投げたボールが自分の意志通りに進む感覚を掴みかけていた。
あの特訓の成果が、前の試合で確かに現れた。
だが、それは“成果”というにはまだ小さな一歩に過ぎなかった。
「……ま、ちょっとはマシになったんじゃね?」
突然、そんな生意気な声が頭上から降ってきた。
見上げると、ベンチのすぐ外に小学生くらいの男の子が腕を組んで立っていた。
キャップを浅くかぶり、片手に応援メガホンを持っている。
鋭い目つきと達者な口調が、妙に印象に残る。
「……なんだ、お前」
「オレ? お前のファンじゃねーよ、別に。ただ、親父に連れられて昔から試合見てっからさ。期待して損したー!とか、ずっと言ってたのに──最近ちょっとだけ、マシになったから」
彼は言葉の最後に「べつに、応援してるわけじゃねーけど」とぼそっとつけ加え、そっぽを向いた。
「颯真。こら、お前また選手に偉そうな口叩いてんのか」
声の方を振り返ると、そこにはユニフォームの上に年季の入った応援ベストを羽織った年配の男性──与那覇さんがいた。
「こいつはなあ、神代くん。生意気だけど、ちゃんと見とる。昔っから、厳しい目でな」
「……そりゃ光栄ですね」
駿が軽く肩をすくめると、与那覇さんはにやりと笑った。
「お前さんの親父──ミスターは、空を見て打つ男だったよ。見えないもんを信じて、背中で仲間を引っ張った」
「……俺には、そんな器ないっすよ」
ぽつりとこぼしたその言葉に、与那覇さんの声が低く返る。
「柱になるってのはな、打つとか打たねぇとかじゃねぇ。折れそうなやつがいたら、横で立っててやる。そういう奴を、みんな“柱”って呼ぶんだよ」
──柱、か。
かつて、ある人にも似たようなことを言われた気がする。
『駿、お前がこのチームの軸になれよ。下手でも、ど真ん中に立ってる奴が一番カッコいいんだ』
風花の兄──天野 翼の声が、心の奥で静かに響いた。
「……あんたら、うるさいな」
駿は立ち上がって、ベンチに転がっていたグラブを手に取った。
颯真が目を丸くして言う。
「な、なんだよ?」
「キャッチボールでも付き合えよ。どうせ暇なんだろ?」
「へ、べ、別にいいけど! 受けてやるよ!」
グラウンドに駆け出していく少年の背中を見ながら、駿は小さく笑った。
柱になる。
まだ遠い話だ。
けど──
「……そのど真ん中に、立ってみるか」
陽が傾き始める午後のグラウンドに、新しい風が吹いていた。
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