第1話「叱責と、止まった歯車」
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──5月初旬、ゴールデンウィーク。
春先に開幕したプロ野球も、1か月が経過した。
まだ順位は大きく動く段階ではないが、どのチームも夏場以降の争いを見据え、力を試す重要な時期となっていた。
そんななか、青嵐ブレイズでは恒例のファン交流イベントが開催されていた。
2日間にわたって球場を一般開放し、選手たちが練習を披露しながらファンと触れ合う──いわばチームとファンをつなぐ“お祭り”である。
神代 駿は、ブルペン横の投球体験エリアで子どもたちと向き合っていた。
「もうちょっと、右足をしっかり踏ん張って……そう、それ!」
声は出す。笑顔も作る。だが、どこか気持ちが上滑りしていた。
──俺が、プロとして教えられることなんて、あるのか。
フォームは崩れていない。球速も、変化球も、平均以上だとは思う。
それでも、結果が出ない。ベンチを温める時間が増えるばかり。
「神代、お前……何やってんだ」
背後から飛んできたのは、チームの監督・田嶋の低くて太い声だった。
「子ども相手でも、見られてるって意識は持っとけ。プロが立ってるんだ、気合い入れてやれ!」
「……すみません」
駿は思わず背筋を伸ばし、頭を下げた。
「ファン交流だろうがなんだろうが、見られるってことは評価されてるってことだ。フォームがどうとか言う前に、“プロとしての姿勢”を見せろ。……お前の投げるその一球で、夢見る子どもがいるかもしれねぇんだぞ」
田嶋の言葉は怒鳴り声ではなかったが、重みがあった。
駿は無意識にグラブを握りしめた。
──“見られてる”ってことを、忘れてた。
「イベントってのは、プロとして立つ覚悟を問われる場所でもある。中途半端な気持ちなら、そこに立つな」
そう言い残して、田嶋は背を向けた。
ピリついた空気が一瞬広がったが、子どもたちの無邪気な声がそれを吹き飛ばす。
「お兄ちゃん、もう一回投げてー!」
「……よし、行くぞ」
無理に口角を上げ、駿は再びボールを構えた。
だがその球には、どこか迷いと力みが混ざっていた。
──本当に、このままでいいのか。
自分の投げる意味すら見失いそうななか、観客席の最前列。
ひとりの少女が静かに駿の姿を見つめていた。
黒髪を軽くまとめた、その横顔。
彼女の視線は、まっすぐに駿だけを捉えている。
──この出会いが、すべての始まりだった。
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