表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

7_特殊

 車から降りた途端に視界に映るのは規則正しく並んだ樹々の緑だ。道路に沿って一定感覚に植えられたそれはあくまで自然でありながら何処か人工的な雰囲気をまとっている。道なりに少し進むと天に広がる青空の下、樹脂セラミック製の仮設ハウスが建てられた広場に行き着いた。今回の作戦の本部だ。通信拠点も兼ねている。装備を含む物資を受け取った後、警察と共に目的地に向かう事になっている。此処からでも僅かに見える製薬施設は薄い影を伴い、空色鼠に見える。それは黄緑の木々と白んだ青空に憎たらしい程に美しく映えている。


 本部で受け取った装備は銃と防弾ベスト、多機能ヘルムに軍用RCG携帯バッテリーだ。受け取った銃はA7カービンとYEILD-27というRCGである。どれも最新鋭の物だ。当に室内戦に最適化された装備だと言えるだろう。


「支給する装備は以上だ。これから特殊部隊と合流してもらう。その後短時間自己紹介などの時間を設けた後、施設へ向かうことになる。詳細は向こうの部隊長に尋ねるように。何か質問はあるか」


装備を渡してきた、恐らく今回の作戦の指揮官相当の人物であろう男がそう言った。


「「いえ、ありません」」


「では着いてこい」


 彼はそう口にして朝日の眩しく照り込む出入り口から外に出ていく。見失わない様急いでその黒く影った背中を追いかけた。

 

「ここだ」


 立ち止まったのは広場の隅に位置する、幾つかある内の一つの小屋だ。中の喧騒が薄く酒気を帯びた空気と共に扉の隙間から漏れ出ている。特殊部隊のいる場所は本当にここで合っているのだろうか。そもそもこの中にいる奴らは本当に今回の作戦に同行する人間なのか。それすら怪しく感じる。

 今は朝だ。陽は意気揚々とその身を天に掲げ、小鳥は新たな一日を歓迎し、酔い潰れは目を覚まし家に帰る。そんな朝なのだ。しかしあろう事かこの中にいるであろう奴らは当に居酒屋の中年の様に騒いでいる。今も尚それはとどまる所を知らない。朝一番にまた飲み始めたのか、はたまた一晩中呑み明かしたのか。どちらにしろ周囲を困惑させるに足る奇行である。

 しかし私達をここまで連れてきた指揮官は気にする素振りも無くドアのロックを解除し中へと押し入った。


「派遣の二人を連れてきたぞ。取り敢えず其処の酒瓶を片付けろ」


床に散乱した十数本の酒瓶を見つめて指揮官が言った。


「「「「はい!」」」」


 此処にいる特殊部隊員は四人だ。というより今回の作戦に参加しているのは彼等四人だけだ。

 此処には少なくとも十六本は瓶がある。大きさからして恐らく一リットルの瓶だろう。単純計算一人当たり一リットル瓶四本である。私は下戸なので一晩ビール五百ミリリットル飲めればいい方だ。そんな私からしたら特殊部隊の彼等は人を超越した何かだ。

 彼等は大量の酒を作戦当日の朝に飲み干し、指揮官もそれを叱責する様子が無い。あまりの衝撃にエリスと二人、酒瓶が消えていった部屋の奥を見つめる。

 そんな私達の様子を感じ取ったのか、指揮官が口を開いた。


「彼等は特殊部隊の隊員だ。君達が案ずる必要は無い」


「「…。」」


『彼等は特殊部隊なので仕事はできる』と言いたいのだろう。だが今の光景を見た後では『特殊な人間の集まった部隊だ。酒を呑んでいるのは彼等だけだから安心しろ』と言っている様にしか思えない。いや、気にするべきは叱責が全く無い事だろうが。



「「「「片付け終わりました!」」」」


 そう言って気を付けの姿勢でピシッと立っている……つもりなのだろうが足元が覚束ない様子だ。ふらふらと海藻のように揺れている。


「よろしい。では改めて、この二人が前に通知した幸福局からの二人だ。よろしくやるように」


「「「「はい!」」」」


 再度適当すぎるのでは無いか、と思わないでも無いが彼等にとってこれは普通なのだ。私が関与すべき所では無いだろう。

 指揮官の男はいつの間にか姿を消していた。


「よお、おまえらがれいのヤツらか。おらあビルーっつうもんだ。一応このチームをまとめてる。別に覚えないでいいぜ」


四人の中で一番大柄な男が話しかけてきた。


「私はエヴァン=ブリスだ。宜しく」


「エヴァンかぁ。いい名前じゃねえかよぉ」


 大男がその団扇のように広い手で、背後から私の背中を叩きながら言う。酒気を帯びた生温かい吐息が背後から顔を包み込み気持ち悪い。悪いやつでは無いのだろうが。まあこの仕事きりの関係だ。どうと言うこともない。


「わ、わたしはエリスと言います」


「おう、よろしくな」


流石に女性にボディタッチをしないだけの常識は持ち合わせているらしい。


「俺はアルだ」


「俺はバルだ」


「俺はセルだ」


「まあコイツらは名前も見た目も似てるから区別つかねえだろ。区別する方法は服に書いてるアルファベットだアルがAでバルがB、セルがCだ。まあ適当に読んだらコイツらのどいつかが来ると思っときゃいい。戦闘中一緒に行動してるのを間違った名前で呼んでも勝手に理解して動いてくれるもんで正直名前なんて関係ないんだけどな」


 確かに似ているが名前はどうでもいいというのは統率者として如何なものかと思う。いや、だが本人達が嫌そうな素振りを見せないのでそれで良いのだろうか。どうやら自分への誇りは酒と一緒に流れてしまったらしい。なんとも情け無い。


「てなことで自己紹介も済んだし早速これからを説明するぜ。今が大体六時過ぎだな。七時には車で出発する。向こうへの到着は三十分後を予定してる。まあ現地に向かうの全部で移動するから時間がかかるんだろう。他になんか言うことあるか?まあないだろ。じゃ、頑張ろうぜ。突入するのは俺ら六人だけだしな」


「ああ」


 色々と驚きに塗れた出会いだが悪い気はしない。酒気に当たったのか体の芯から温まっていく、そんな感覚だ。


◇ ◇ ◇ ◇


 ウミウシを羅針盤で囲んだような、端的に言えばセンスの無いマークを付けた特殊部隊の装甲車が制約施設の前に停まる。外に出てみると警察部隊の包囲は完成しようとしている。上空には報道ヘリと思わしきものも飛んでいる。海にはボートも浮かんでいるのだろう。


「ハハッ。ここの空気はうめえな」


 ビルーが大木のような腕を伸ばし深呼吸をする。巌のようなその体は清涼な酸素を血中に取り込み猛獣のように蠢く。鉛玉の数発受けても問題無さそうだ。受けさせるつもりは毛頭無いが。

 報道ヘリと思わしきヘリは空を覆う様にくまなく散らばっている。製薬施設を映すことのできていないヘリもいることだろう。

 顔一面を隠す様なヘルムを装着し、車のトランクからA7を取り出す。


「ブルーム、準備はできてるか?」


「はい、先輩。初めての大きな作戦なんですから頑張ります」


「あまり気張りすぎるなよ。死んでは元も子もない」


「分かってます。先輩を泣かせるつもりは無いですよ。でも先輩のことだから悲しんでくれるかも怪しいですね」


「私も其処まで非情では無いよ。君が前々から言っていた様に殉職補償は奨学金用の寄付だろう。ちゃんと覚えているさ」


「それ悲しんでくれるかどうか関係ないじゃ無いですか」


エリスが軽く口角を上げて言う。


「突っ込めるなら心配無いな。ビルー達が呼んでいる。いくぞ」


「はい」


エリスがはっきりと答える。その瞳はしっかりと前を射抜いていた。


side: __________


「もう来たんだ。予想してたけどやっぱり早いね。精々足掻いてみせるさ」


 男はそう言って椅子から腰を上げる。もう先の様な乱心は見られない。気持ちが落ち着いたのか、はたまた。少なくとも彼が引く気が無いのは明らかだった。彼に後退の選択肢は存在し得ないのだ。必然と言えるだろう。エヴァンと同じ様に暗く濁った瞳が鈍く光を反射した。

変更: 3話「覚ゆる。」に主人公の髪色の描写を追加しました。



設定資料集  (公開可能な情報から変更)

 

A7カービン…火器


アイヤナ軍で一般的に用いられるカービン(銃身が短く、取り回しし易い小銃)銃。企業を介さず、政府によって独自に開発された珍しい銃だ。室内戦時その能力を存分に発揮する。


YEILD-27…RCG


YEILD ARK(イィルドアーク)社によって開発された拳銃。アイヤナ軍で採用されている。リミッターが付いているタイプだが、2話に出てきた物ほどえげつない性能はしていない。精々当たった場所を溶かす程度。因みにRCGは比較的新しい技術であり、バッテリー効率がよく無い為、バッテリー消費が少ない拳銃が主である。





作者のおはなし1


・作者は大枠を決めて流れで書いてます。設定が矛盾したものなどに気付いたら遠慮無く教えて下さい。


・「魚という様な」の「いう」が漢字になっているなど、細かいものでも構いません。誤字報告して頂けると有難いです。


 評価やブックアークを頂けると作者のモチベーションに繋がります。何卒よろしくお願いします。





作者のおはなし2


 作者の住んでいる地域には路面電車を伴う路線が通っています。JRとは違って短い間隔で駅のある、地域の足となる路線です。

 作者はそんな電車をよく利用しています。すると様々な人に遭遇する訳です。登校する学生に通勤するサラリーマン、通院すると思われるお年寄り。外国からやってきた観光客と思わしき人達もいます。席を譲る人もいれば、優先席を占領して喋りながらゲームをしている小学生もいる。特に通勤ラッシュの時など、空いている奥に詰めてくれる人もいれば、『詰める』の何処を履き違えたのか人が掴んでいる吊革に割り込んで強奪する輩もいる。本当に様々多種多様な人間がいます。作者は其処に優劣をつけようというつもりはありません。まあそれは無いんじゃ無いか、と思うことはありますが。

 こうしてふと電車内を見渡して様々な人を目に収めた時、作者は面白いな、と感じます。それぞれに目的があって、好みがあって、家族があって。其処は色に溢れているんです。まるで花園の様に様々な個性が入り混じります。其処には新しい小説を読んだときの様な衝撃があります。

 無骨な電車の床を見つめるのも楽しいのかも知れません。しかし顔を上げて周りを見渡してみると其処には様々な色があります上にあげた様な人に限らず雲や建物、車もあります。前に話した「関心」の話に其処に楽しさを覚えることができる様な人生はとても楽しいのではないでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ