表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

6_前日準備

人畜無害な作者です。ほんわか描写が書けないので、さっさと製薬施設に突撃させる事にしました。よろしくお願いします。   by neighbor of people

side: エヴァン=ブリス


 早朝の清爽とした空気の中目を覚ます。ホテルのベランダからピュージェットの海を眺める。白を基調とした色とりどりな小型ヨットが複数浮いている。かなり明るくなってきたが、日はまだ出ていない。皆夜明けの時を待ち望んでいるのだろう。いつしか写真で見たリオデジャネイロの海を幻視した。今日は遂に島に渡る。十時のチェックアウト迄に準備を済ませておかなければならない。取り敢えず顔を洗おう。私は洗面台へと向かった。

 五時五十分。そろそろ朝食に丁度良い時間だ。このホテルはなんと五時半から朝食を食べることができる。料理人の方々に感謝しなければならない。また、朝飯はバイキング形式である。だが一品一品の品質が高い為コース料理と遜色無い。そのせいで懐が少し痛む。不釣り合いに良い宿である。もう少し安い宿でも良かったと今更後悔する。隣室のエリスと待ち合わせ、エレベータに乗る。全面張りの窓に映る海には、私達の背後から照らしつける太陽の光が爛々と輝く。海に浮かぶ黄金色の一筋は暗闇を指し示していた。


 朝食会場は0階にある。夕食は最上階にある、夜景の煌く会場で食べた。だがどうやら朝食は違うらしい。だが私にこだわりは無い。文句を連ねる事も無かろう。財布から朝食のチケットを取り出し、係員に提示する。


「お二人様ですね。空いている席にお座り下さい。では穏やかなひと時を」


どうやら席の指定は無いらしい。早い時間だからか、かなりの席が空いている。会場の奥の窓際、何処か雰囲気のある二人席に腰を下ろす。


「ほわぁ〜。眠いですね…。先輩はいつもこんな時間に起きてるんですか?」


「ああ凡そこの位だ。最初は慣れないがいつの間にかできる様になってるさ。尤も夜の任務が入った時は少し寝足りないがな」


「少しって。夜の任務が入った時は当たり前の様に日付変わりますよね?睡眠時間六時間も無いですよ?」


「ああそうだな」


「反応薄くありませんか?明らかにおかしいですよ」


「私はブルームが寝過ぎているだけに思えるのだが」


「七時起きのどこが悪いんですか。始業には間に合ってますよ。とゆうかそんなに早く起きて何するんですか」


「朝起きて外を十五分ほど眺め、ニュースを見ながら朝飯を食べた後に歯磨きと洗顔、歯磨きをする。そして余った時間で書類の確認、それが無い時は読書だ」


「少なくとも十五分は長く寝れますね、先輩」


「いや君は分かっていない、ブルーム。この時間がいかに大切な物なのかをな。まず感情を無にする事で嫌な出来事を消し去ろうと努力できる。そして心を鎮める事でその一日を穏やかに過ごすことができる更には……」


「もう良いです、先輩。いつもは何にも興味無さそうな雰囲気を醸し出して冷たく振る舞ってるくせに変なところで熱いですよね。それと真顔に抑揚の無い声で淡々と話すのやめて下さい。内容も相まって笑っちゃいそうなんですから」


「…。ああ、分かった。そんな事より食べ物を取りに行くぞ。話す為にここに来たんのでは無いのだからな」


「あ、逃げようとしてますね先輩。まあ良いです。今回は見逃してあげますよ」


「……。早く行くぞ」


「ええ勿論。…こんなしょうも無い会話が出来る私達は幸せ者ですね」


「…ああそうだな。」


こんな会話に何処か安心している私がいた。漆黒の闇夜の中優しく包み込んでくれるヴェールの様な、そんなすかした、だが何処か的をいている様な気がする、そんな台詞を思い浮かべた私に思わず苦笑した。


◇ ◇ ◇ ◇


 朝食を摂り部屋に戻った。時計は七時半を回っている。随分と長い間いた様だ。取り敢えず口腔ケアをしておこう。そう考えて洗面台へと向かった。

 今回の『対象』はどんな人間なのだろうか。歯を磨きながら思いを馳せる。恐怖に失禁する者もいれば金を持ち出す者、自ら崖下に飛び降りる者もいた。直近の女は最後まで牙を剥いた狂犬の如き眼を逸らす事の無かった、気骨のある人間だった。木の根に躓いたその時心は折れた様に見えたがそうでは無かったのか。今になってはもう分からない。今まで何人もの人間を血に濡れたこの手で殺めてきた。押し潰れた臓腑に香る汚穢は耐え難いものだった。

 だがこの仕事を辞めたいと思うことは無かった。それどころかこの身体はこの仕事に順応し始めた。私はそれに恐怖したのだった。私は本当に他と同じ『人間』なのだろうか。私は裁かれるべき人間であり生きていてはいけないのでは無いか。この殺人が公にされるものでは無いという事は"私にとって"救いであった。その疑問と恐怖は未だに心の奥底に留まっている。それは私にとって長らく忘れていたものだった。そして私の氷河を溶解し得るものであった。

 今回の『対象』がどの様な人間であるか、それは会ってみないと分からない。つまりこの手で殺すという事だ。そこに行き着いた時点で私は思考を放棄した。それが意図的な現実逃避なのか防衛本能による無意識の無関心なのか、それは誰にも分からなかった。


◇ ◇ ◇ ◇


 悠久の時を経て旅路の友となる鞄は大きく変化してきた。大きな葉っぱから始まり、土を焼いた物、木を組んだ物。布で包むものや布を二枚縫い合わせて物を入れることができる様にした物もある。いつしかより複雑化した物に、皮で作った物やプラスチックで作る物も現れた。それは一般的に進化と言われる変化だろう。それは人類の生活水準の向上や活動範囲の広域化に大きく貢献したに違いない。これは人と物品の相互扶助に基く共栄関係と言えるだろう。

 それは今のこの世においても然りである。現に今私の隣にあるスーツケースは宙に浮いている。この国は昔に比べ大きく重力操作技術が発達した。その技術は基本的に秘匿されている。国家の切り札として手元に置いておく方針の様だ。その為にこの技術が使われた商品は基本的に国外への持ち出しを許されず、国内の流通量も少なくなっておりとても高価だ。八百ドルはするだろう。と言えど私は局から支給された物を使っている為一セントも払っていない。この上なく奢侈だ。本当に恵まれている。

 そんなスーツケースを傍に侍らせフロントでチェックアウトを済ませる。エリスは花を摘みに行った。今の内に車を取ってこよう。


「御客様。近頃この辺りが少しきな臭くなっております。遠からず国による取り締まりがあるという噂も耳にします。十分にお気を付けください」


 それは今回の製薬施設の摘発の事だろうか。この言い方だと具体的な事は何も知らないらしい。やはり世間で目立っていた問題という訳でもない様だ。では何故報道が入るのだ。関知していない事件がいつの間にか中継されている訳だ。視聴者も困惑するだろうに。国及び報道機関に何のメリットがあるのだろうか。案外視聴率を稼ぎたいだけの可能性もある。


「…ああ、わかった」


彼女は無駄な話をするなと上司から叱責を受けるかもしれない。しかしその思いやりに心が和んだ。


 ベインブリッジに渡るには未だ船しか選択肢は無い。橋は架かっていないのだ。だが急いでいる訳でも無いのだ。気長に待つ事にしよう。


「あ〜っ先輩、水をホテルに置いてきちゃいました」


「備え付けのウォーターサーバーがあるだろう。それで済むでは無いか」


「あれ美味しく無いじゃないですか。やっぱり天然水が一番ですよ」


「なら飲まなければいいだろう。船ももう少しで来る。飲み水もあるだろう」


「先輩のはくれないんですね…」


「当たり前だろう。口を付けてないのがあれば別だがな」


「わたしは気にしませんよ」


「私は気にするんだ」


「ふん。そんなんじゃもてませんよーだ」


そっぽを見てしまった。断固として此方に目を合わせたく無いという強い意志をひしひしと感じる。


「ブルーム、君はそんなキャラだったか?合ってないぞ」


口が滑った。この発言はしない方が良かったであろう事は容易く想像がつく。


「ブルーム、すまなかった」


「…。謝罪の品として先輩のみずください」


「それは無理だ」


「何でですか!?可愛い後輩から無視される事よりも重要なんですか!」


「そうだ」


「…自信無くなります」


落ち込まれたが、無視されないだけいいだろう。他人が口を付けたものはできるだけ口に含みたく無いのだ。キスは儀式的な要素も含む為許せるが、それ以外は専ら受け付けたく無い。たとえ恋人だとしても。


これもエリスにもてないと揶揄られる一因なのかもしれない。


◇ ◇ ◇ ◇




「こんにちは。此処の署長のドウデ=モイーヤと申します。お二人は幸福局からの派遣の方でよろしいですかな?」


会議室の奥で談笑していたうちの一人の、皺ひとつないスーツを身に纏った中年の男が声をかけてきた。どうやら此処の署長らしい。


「ええ、そうです。私はエヴァン=ブリスと申します。短い間ですがどうぞよろしくお願いします」


「わたしはエリス=ブルームです。お願いします」


「丁寧にありがとう。私も君達を頼りにさせてもらうよ。所で会議の開始まではまだ一時間半程ある。移動時間も長く疲れただろう。寮はもう開放している。ゆっくり休んではどうかね。いやはや、昨夜は寮を開放できず申し訳ない」


「いえとんでもないです。今日寝る場所があるだけで有難いです。では御言葉に甘えて休ませて頂きます」


「そう言ってもらえるとありがたい。ではこれが部屋のカードキーだ。替えは無いので無くさない様にしてくれ」


黒地に金色の斜線が入ったカードキーを渡された。如何にも高級そうな色彩だ。明らかに警察署の寮のカードキーに用いられるものでは無い。来客用に部屋などもあるのだろうか。


「わかりました。それでは会議の時間まで失礼します」 「失礼します」


「ああ、ゆっくりしてください」


会議室から出てエリスと並んで歩く。廊下に微かに足音が反響する。


「先輩凄いですね…。わたしは初対面の人と話なんてできませんよ。社会人として致命的なのは分かってるんですけどね…。はぁ、わたしも頑張らないとなぁ」


「君は問題を自覚しているだけ良いさ。どんなに学歴が良い人間でも分からない人間だっている。だが君は分かっている訳だ。幾らでも伸びるさ。地道にやっていけば良い」


「それもそうですね。いきなり慣れない事をしようとしてたのが間違ってました。あ、着きましたね。先輩、また後で会いましょう」


「ああ」


そう言ってエリスは軽い足取りで彼女に割り振られた部屋に入っていった。私も休もう。そう考えてカードリーダーにカードを翳した。

 部屋は無闇矢鱈と広い。一LDKは有るのではなかろうか。その暴力的な広さに唖然としながらも足を踏み入れる。部屋は手前にトイレ及びバスルーム、奥にキッチン、リビング、ベッドルームなどがある構造だ。白を基調とし、黒のアクセントを交えた清潔感のある部屋には些かの汚れも見当たらない。そこに満ちる空気はまるで雪原を吹き抜ける寒風の様な清々しさを湛えている。肺に満ちる程に吸い込み、吐き出した。微かにデュランタの香りがする。匂いを焚いたのだろう。

 荷物をまとめて壁の棚に放り投げ、セミダブルのフロアベッドに寝転がった。それはあくまで柔軟であり、私の身は深くまで沈み込んだ。現代の主流の合成弾力マットではなく、昔ながらのコイルを用いたマットを使っているのだろうか。部屋の節々から溢れ出る、明らかに寮のそれでは無い高級感から察するに此処は寮と言いながらも来賓をもてなす為の部屋なのだろう。つまり私とエリスもそれ相応の対応をされているという事だ。

 まあ幸福局の機嫌を取っておいて損は無い。この様な事もあり得るのだろう。そう思っておく事にした。会議までは残り一時間と少しか。部屋を探すのにだいぶ手間取ってしまった。トイレと水分補給を済ませて会議室に向かう事にしよう。


◇ ◇ ◇ ◇


「これで作戦についての詳細な説明は以上となります。何か質問などございますか?」


これで終わりならば気になる事を訊いておこう。


「発言宜しいですか」


「どうぞ」


「作戦を批判するつもりはありませんが、防衛能力がお世辞にも高いとは言えない至って一般的な制約施設にこれだけの人員を割き、更には報道機関を入れる理由は何なのでしょうか」


「国の指令だとだけお伝えします」


「…。分かりました。ではもう二つだけ質問させて下さい。私達幸福局から派遣されたものは警察の特殊部隊の装備が支給されるとの事ですがいつ支給されるのでしょうか。そして警察の方との顔合わせの時間はありますか」


「装備の方は会議が終わり次第部屋の方へ届けさせて頂きます。今日顔合わせの時間が設けられる予定はありません。申し訳ありません」


「分かりました」


「では他に質問は無いでしょうか。………。ではこれにて会議を終了させて頂きます。皆様お疲れ様でした。明日の作戦の成功を心から願います」


 辺りから布の擦れる音が聞こえて来る。続けて雑踏の音が室内に響き渡る。出入り口に向かう人の濁流を視界の端に追いやりながら机の上に広げた資料に目を馳せる。今日の会議でやった事といえば作戦の再確認と擦り合わせくらいだ。特に何か新しい情報を得る様な進展はなかったといえよう。いや、長らくの疑問である報道関係の事柄に何か隠したい裏が存在する可能性があるという事実は進展と言える。念頭に置いて行動するべきだろう。鳥に糞を落とされないようにする為常に傘を差しておくようなものだが他に影響が出る訳でも無い。損は無いだろう。

 一息吐いて机上の書類を角をきっちり合わせファイルにしまう。これだけ科学が発展してもアナログのままだ。正確にはデータも配られるのだが、基本的に会議への持ち込みは許可されていない。時代錯誤甚しく感じるが、書類そのものに集中できる点は認めている。

 まあそんな事はどうでも良い。ファイルを右腕の内側に挟み込み、座り続けて歩く感覚を忘れた足に少しよろけながら席を立った。もう辺りの人はまばらだ。


公開可能な情報


ドル(アメリカドル):


アメリカの領土の狭小化に伴う国力低下により、通貨安状態。円とドルに当てはめると為替レートは

1YEN ≒ 70USD

通貨安状態ではあるが未だに国家間の貿易で用いられている。

文中の通りアイヤナではアメリカドルが用いられている。





作者のおはなし


・作者の短い人生の中、3回ほど鳥の糞を頭に落とされた事があります。ひとつはブラジルで大量のハトに頭をべちゃべちゃにされ、ふたつはこの日本で1匹ずつに落とされました。こうして見ると少しだけ運が悪いのかも知れません。


・皆さん学生の時、(社会生活の中でも良いのですが)プリントはファイルに入れてますか。作者は全く入れてません。単語テストなどが1日で3枚くらいは溜まるのでノートと教科書の間はプリントだらけでした。1週間に1回全部出した時に「こんなのもあったな」となる様な、学生としてなっていない生活です。まあ必要な奴は分けて入れているので無くなる事はありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ