5_泡沫の日
通告通信
おめでとう御座います。
あなたは国家に害をなす存在として認められました。報酬として命を贄とし国家の糧となる義務が与えられます。他の国民には為す事の出来ない重要な責務です。心して臨みましょう。
此れは国民が心からの自発的な意思決定をもって行われるものであって、国家による国民の言論弾圧にはあたりません。我が国は国民の主権を重んじます。
この書状の公開・保存を禁じます。目を通し次第直ぐに焼却処分して下さい。これを破った場合、厳罰を科せられる可能性があります。紙の繊維には情報端末を縫い込んだ特殊な繊維が用いられています。
アイヤナ連邦共和国国家幸福維持局局部長
オヴァリーセア=ブルーハイツ
Side: __________
白く照らされた、無機質であり且つ何処か神々しさを感じさせる部屋を見定める。無数に伸びる鈍色の機械を伴ったラインはその止まる事を知らない様に見えた。その憂懼する事の無い姿に男は身震いした。なんと美しいのか。そしてどれ程に累卵の如き危うきにあると言うのか。それは彼曰く力の象徴。我々の象徴。謂わば蜂起の象徴である。甘美な香り漂うそれは絶大な力を備えている。人々を魅惑する魅力をありありと放っていた。
だが男にはこの先長く無いだろうと分かっていた。力は十分にある。しかしそれを操る器が不足していた。男には力が無かった。もうじき奴らが来るだろう。そうすれば自分もこれもおしまいだ。だが男は逃げる気など毛頭無かった。まるで懐かしむ様に、憐れむ様に。その体を磨く。一片の汚濁さえ見逃さなかった。それは何からなのか。男にしか分からない。だが男がこの『レヴィアタン』に並々ならぬ感情を抱いているのは確かだった。
「僕を置いていかないでくれよ。また会えるだろう?」
それに応えるかの様に薬剤製造ラインに取り付けられたランプが一つ、猩々緋に輝いた。
side: エヴァン=ブリス
馬の嘶く様にその身を震わす車に身を預けながら凪の海の水光に思いを馳せる。まるで鮮魚の鱗の様に輝くそれを想像して思わず微笑みが溢れた。ベインブリッジに向かう車の中唯一の楽しみと言っても過言では無い。春の野原の花々の様に美しい心になれるのだ。こんなに科学が発達した現在でも未だ自然は残されている。先人達は偉大な功績を残した様だ。
「先輩、何で自動運転機能を使わないんですか。今の車はどれでも『安心安全!自動運転機能付き!』って宣伝されてるので知らない訳無いですよね」
「私は運転が好きなんだ。自分の手で車を動かして、ペダルを踏み締めて。愉しむ事が出来ない人生なんて損だろう。私に言われても信用ならんかもしれんがこれでも私は日々楽しんでいるのだよ。自動運転など飛行機や電車に乗っているのと同じだ。受動的なものだろう。それは私にとって唯の移動手段にしかなり得ないんだよ」
「そうなんですね。まあ確かに暇だなぁとは思ったりしますから理由を作るのは良いですね。わたしも免許取ろうかなぁ。先輩の趣味みたいですし」
「私に合わせようとしなくても良いぞ。私の運転の代わりをしようと思っているのだったらそれも大丈夫だ。やりたくて免許を取るなら何も言わんが。やりたくて私は好きに生きている。ブルームも好きにしたら良い」
「好きで取るんですよ…。先輩ほんとに過保護ですね…。そんなんじゃ相手にめんどくさがられますよ。わたしは嫌じゃ無いですけど。それに先輩も疲れるでしょ」
「そんなものか」
「はい」
何故か満面の笑みでエリスがいった。その顔はピュージェットの海のように美しかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ほら、着いたぞ」
「ほにゃぁ。おはようございます…。もうシアトルですか…。」
「昼飯何が食べたい」
「魚料理が食べたいでです」
「わかった。ここの近くに本格的な海鮮料理屋があるらしい。行ってみるか」
「いいですね」
車を走らせ約五分、目的地に着いた。店名は『定食屋魚』だ。何とも捻りの無い安直な店名である。店内はまさに漁師の家といった雰囲気だ。メニューを見るに様々な国の海鮮料理を提供しているらしい。「すし」、「カルパッチョ」、「セビーチェ」に挙げ句の果てには「フィッシュ&チップス」まである。何処で修行をしたらこんな様々な料理を作る事ができるのだろうか。それとも料理人が複数人いるのだろうか。分からないが客である私達はご飯さえ食べられればそれで良いのだ。
「ブルーム、君は何を食べる」
「そうですねぇ…。わたしはこの古日本国、現東阿連合国の欄にある『海鮮丼』にします。魚が多くて美味しそうなんですよねっ」
「私は『エスカベーシュ』と『フィッシュ&チップス』にしよう」
「本気ですか先輩。ここ本格的なんですよね。それじゃあクソまずいフィッシュ&チップスが出てくるんじゃ無いですか」
「いやそれで良い。私はフィッシュ&チップスに醤油とケチャップをたっぷりとかけて食べるのが好きなのだ。その為にいつもこの二つは持ち歩いている」
「うえぇ。流石に引きますよ先輩。それはもうフィッシュ&チップスでは無いですよ。しかもそれ美味しいんですか。塩気凄そうですけど。病気にはくれぐれも気をつけて下さいよ。わたしはまだ先輩に死んでほしく無いんですよ」
「ああわかっている。これぐらいで私は死なない」
「それなら良いんですけど。所でこの後は何処にいくんですか」
「取り敢えずホテルにチェックインする。何故か作戦開始まで警察の寮に泊まれないからな。二日前なのだ。泊まらせてくれても良いものを。ああ部屋はちゃんと一人一部屋だ。料金は二人で半分ずつだ」
「分かりました。あと相部屋とか言ってたらしめてましたよ、先輩。わたしたちは別に恋人じゃ無いんですから。一人の方が落ち着きますしね」
「ああ、そういうと思った」
「所で人に興味が無さそうな先輩でもこんな配慮が出来るのに何でうちの局は出向先で泊まったホテル自費負担なんですか。おかしいですよね」
「確かに異様だとは思うが。それよりも一応上司である私を馬鹿にした発言が聞こえたような気がしたのだが」
「すみません。口が滑りました」
「まあ今回は見なかったことにしておこう。自分の発言には気を付ける事だ。仕事において人間関係は最も重要だと言っても過言では無いぞ。ああ、くそっ」
「…ふふ。先輩はこう見えて優しいんですから。わたし達みたいに支えてくれる人が少ないですけどいるじゃ無いですか。気に病む事無いですよ」
「部下に慰められるとは格好がつかないな。だがありがとう、ブルーム」
「はい」
まるでケチャップのような何やら甘酸っぱい香りがした。
Side: __________
男は目の前のテーブルに置かれたピザとスープに口をつけた。何も変わらない、不変の美味しさがそこにはある。しかし何かが違った。男が求めているのは美味しさでは無く、人の温かみに付随する歓喜と至福という名の美酒であった。もはやその瞳に光があるのか。汚濁に塗れたその瞳は既に何も映していない。
「ああ、また違う。僕が、僕が、僕が、僕が僕が僕が…。僕が欲しい物はこんな物じゃ無い!いつになったら出来てくれるんだ。誰もいない。味も無い。あの時の味はいつになったら分かるんだよ。なあ……。」
トマトソースのかかったピザがその身を翻しながら机から落ちた。無機質な床が赤く彩られる。
「せめて誰かと会わせてくれよ。何で僕だけなんだ。ぅあ゛ぁあ゛あっ!」
男を耐え難い頭痛が襲う。あの時からずっとそうだ。薬を数錠流し込む。一時的に症状を抑える物だ。しかし次第に効き目も薄くなり、症状の間隔も短くなってきている。先生もいつか症状が悪化し死に至るだろうと言っていた。それがいつになるかは分からないが。しかし男は自らの命が網に囚われた魚の様に、もう先が長く無い事を自覚していた。
いつの間にかスープが床に落ちていた。頭痛の内に机から叩き落としていたらしい。スープカップの真白の破片とその中身がピザの上に彩りを加えていた。何処か美しく何処か儚いそれを見て男はいつの間にか涙を流していた。
side:エリス=ブルーム
ホテルのベッドはふかふかだ。硬いベッドが好きな人も居るらしいけどわたしは柔らかいベッドが好きなのだ。運良く当たりのホテルをひいたらしい。いや、高級宿なのだからベッドは柔らかくて当然か。ベットから腰を上げ窓へと近づく。カーテンを引いたその先には華麗な光に輝く都市と対照的に漆黒を内に孕んだ海のコントラストが美しくはっきりとわたしの目に飛び込んでくる。
今日は色々な事があった。先輩の運転する車で移動して、先輩と海鮮料理を食べて。先輩の変な一面を見る事ができて少し喜ばしかった。だが何よりも先輩が一人部屋を取ってくれた事が嬉しい。わたしが昔宿は一人部屋が良いと言っていたのを覚えてくれていたのだろうか。自然と頬が緩む。今のわたしは聖母だ。もう何が起きても赦す事ができる全能感が身体中に漲ってくる。
わたしは宿で相部屋はできるだけ避けたい人間だ。夫婦、ましてや恋人でも無いのに何故相部屋を取るのか。それは意中の人であっても例外じゃない。最近はAIを用いたカメラ警備によってホテルの安全性は高いラインで保持されているけど、耐えきれない抵抗感があるのだ。お金がない時は相手に寝させて自分は安い宿に泊まる。融通の利かない頭の固い人間であると思われるだろうし実際そうだけどこれは譲れない。恋人でも無いのに他人と寝るなど不貞の輩だ。初めて一緒に寝るのは恋人が良いのだ。だがいつか先輩と相部屋で泊まるのも良いかもな、と考えている。
泥人形の様だった頃のわたしを支え続けてくれたのだ。責任感の強い優しい人だ。私にとっての王子様だ。しかし物語の支えられるだけのお姫様では駄目だ。補い合う関係こそ理想だ。その為にも自分を磨かなければ。今までより一層ギアの回転が上がる音がした。
公開可能な情報
・アイヤナ連邦共和国 :
首都: ロサンゼルス
人口: 約1億7840万人
21世紀現在のアメリカの西半分にあたる部分にある国。地名は基本的に変更を加えられていない。イスタンブールやサンクトペテルブルクがそうである様に、都市名称の変更がなされる事が多い。そうで無い事に意図があるのかはたまた作者がめんどくさがったのか。真相はわからない。
とある理由で独立した。旧アメリカの領土東半分においてアメリカ合衆国は存続している。アラスカは東阿連合国の領土となっているのでアメリカ合衆国の領土は21世紀現在と比べ大幅に低下していると言えるだろう。
・東阿連合国:
首都: カムチャツカ 最大都市: ウラジヴォストク、東京
人口: 約4億3540万人
周辺国の脅威に対抗するという名目で建国。しかしその実態は日本の隷属に等しい。何故北方の土地の痩せた寒冷地がそれ程の国力を蓄えることができたのか。怪しい匂いがする。
ベーリング海を囲い込むようにその国土を有し、その広大な国土を用いた食品生産技術が発展した。旧日本列島では精密機器生産及び電気工学が発達。
作者のおはなし1
最初の手紙、なんか色々おかしいですね。
作者のおはなし2
Qなんかこの話短い気がするんですけど…
A.気のせいです。別にこれで文字数稼ぎしようなどとは考えていません。次の日の布団のシーツの状態に賭けて誓います。
あと悩みなんですが、エリスの心の中の発言がなんか固いのと、日常描写が苦手すぎるんですよね…。後者は置いといてエリスの心の中の発言はもっとラフな感じにしたいんですがいつの間にかこうなっています。なんかセーブをかける良い方法ないですかね…。そう言う事なんでいつの間にかエリスsideの文章が大幅に変わってるなんて事があるかもしれません。ご了承ください。