リサイクル業者へ
廃棄物リサイクル業者「古橋マテリアル」の集積場は、古橋市の中心市街地から少し外れた場所にある。鉄扉や外壁に赤錆の目立つ倉庫は、古橋駅が東京都内へ直通で繋がる前からずっと同じ場所に建っていて、周りの新しいビルやマンションと並ぶとだいぶ浮いている。周辺住民からは、少なからず移転の要望も出ているとは聞いている。
ともあれ場所は知っているから、迷いはしない。番紅花さんの屋敷を抜け出た私と蓮司くんは、まっすぐ古橋マテリアルの集積場へ向かった。そこに、番紅花さんと壮華くんがいるはずだった。スマホアプリで情報を見た時、営業時間は二十時までと書かれていたから、たぶん従業員さんも帰っているはずだ。
私と蓮司くんは、地図の経路を思い出しつつ、徒歩で集積場へ向かった。お屋敷からはそれなりに距離があったけれど、二十分ほど歩いた頃、ようやく目的地が見えてきた。
コンクリート壁に赤い屋根の大型倉庫は、街灯に照らされて寒々しく闇に浮かび上がっている。脇には管理用のプレハブ小屋があるけれど、窓から灯りは漏れていなかった。誰もいないようで、ひとまず安堵する。
セキュリティは大丈夫だろうか――と一瞬考えたけれど、もし防犯装置が効くような状況なら、壮華くんや番紅花さんも入れていないはずだ。逆に言えば、ふたりが倉庫の中にいるなら、機械的なセキュリティを気にする必要はたぶんない。
どちらかといえば、防犯装置が「影」の影響を受けて、それ自体が「影」を生み出してこないかの方が心配かもしれない。そこは、蓮司くんに何とかしてもらうしかないだろう。どちらにしても、もう少し近くで様子を確かめたい。
倉庫に近寄ろうとすると、蓮司くんに腕を掴まれた。
「どうしたの」
「……そうか、人間には感じ取れないか」
蓮司くんの眉間に、深い皺が寄っている。
「ここまで濃い邪気も……平気なのだな」
「『影』がいるの?」
蓮司くんは頷いた。
「間違いない。とてつもない量の『影』がいる……おそらく、俺ひとりでは手に負えない」
息が、一瞬止まる。
「じゃ、じゃあ……壮華くんは? 番紅花さんは?」
「わからん。母上ならなんとかできるかもしれない、だがそれなら、『影』どもは消されているはずだ」
そこで蓮司くんは目を伏せた。
なにか、良くないことが起きているのは確かだった。壮華くんと番紅花さんの身にも、何かがあったのかもしれない。
逃げなきゃ――と、最初に頭に過ぎった。
けど、どこへ逃げればいいんだろう。お屋敷には戻れない。アルカナムにも行けない。あそこに集まる妖怪さんたちは、番紅花さんを頭領と仰いでいる。今の私たちは裏切者だ、顔を出せば捕まるだけだ。
妖怪の世界を捨てて、全部忘れて、人間だけの世界に戻ることもできない。あんな啖呵を切ったんだ、私はもう十分すぎるほどに関係者だ。
それに今更、蓮司くんを見捨てて自分だけ逃げるなんて、できるはずもない。万が一できたとしても、きっと一生、私は悔やむだろう。ずっと話を聞いてくれて、いつもコーヒーを淹れてくれて、私の居場所になってくれた人を――いや狐さんを、放り捨てていったとしたら。
「……行く?」
それでも疑問形になってしまう自分が、少し悔しい。蓮司くんたちみたいに力があったら、せめて自分の身を自分で護れたなら、迷いなく前に進めたのに。
見上げた蓮司くんの顔は、すごく険しかった。今まで見たことないくらいに鋭い目で、目の前の倉庫を見据えていて、口元も固く結ばれていて、声をかけることさえためらわれる。
「ついてくる気か」
蓮司くんは潜めた声で言った。
たぶん本当は、来るな、と言いたかったんだと思う。けど、言わなかった。言っても無駄だと思ったのかもしれない。
「行くよ」
「そうか」
蓮司くんはそれきり黙った。いまの蓮司くんは、狐の耳と尾を露にした黒い和装だ。私の部屋で「影」を封じてくれた時と同じ姿で、腰に差した守り刀に手をかけて、ゆっくりと、倉庫へ向けて歩を進める。
私も一歩ずつ、その背を追った。