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母への反逆

 蓮司くんに連れられて向かった先は、屋敷の外れの蔵だった。重々しい扉を開けると、土の臭いがする闇の中に、白い光で包まれた私のスマホが浮いていた。


「やることは、わかっているな?」


 小声の問いかけに、小さい頷きで返す。

 壮華くんが欲しがった情報は、九月前半までの「影」出現状況だった。少し前に確かめたのは八月までだったけれど、もう少し先までの情報が欲しいと壮華くんは言っていた。

 けれど、九月のデータは結構な数があったはず。全部を見るには時間がかかりそうだ。


「僕は外で見張ってる。手早くお願いするね」


 壮華くんは蔵の外に出た。私は蓮司くんに見守られながら、作業を始めた。いったん「全部のピンを表示する(非表示のピンも表示します)」の設定をオンにして、一つずつ確かめていく。九月四日を「表示」、九月二十一日を「非表示」、九月十四日は……前半だから「表示」で。


「順調か」


 蓮司くんが囁いてくる。


「順調だけど……ちょっと、数が多い」


 日付を確かめて振り分けるには、結局全部のピンを見てまわらないといけない。予想以上に時間がかかる。


「ごめん、壮華くんに伝えてきて。いま、やっと半分くらい」


 蔵の入口へ向かった蓮司くんが、首を傾げながら戻ってきた。


「……壮華がいない」

「え?」


 手が止まる。


「見回りしてるとかじゃなくて? それか、怪しい誰かがいたとか」

「だったら、俺たちに一声くらいかけてもよさそうだが……どこにも気配がない」

「それって――」


 どういうこと、と言おうとした瞬間、蔵の入口が眩しく光った。懐中電灯か何かの灯りだ、と気付いた瞬間、ぞっとするほどの冷たい声が聞こえてきた。


「……やはりか」


 番紅花さんが、狐耳の人たちを引き連れて、蔵の入口に立ち塞がっていた。


「母上! これは――」


 蓮司くんが、あわてて頭を下げる。


「言い訳は聞かぬ。……おとなしくせよ」


 蔵の中に、狐耳の人たちがなだれ込んでくる。私と蓮司くんの首元に、短刀が突きつけられた。


「我らの中に内通者がいると報告を受けた。その者が、今夜のうちにこの機械を奪いに来るはずだ、とも。だが……まさかおまえだったとはな、蓮司」

「違います!」


 私は声を張り上げた。


「なにかの間違いです。私たちは、ただちょっとアプリのデータを見に――」

「これに触れたいだけであれば、なにも我が結界を破る必要はなかろう。朝まで待ち、我が許しを得ればよいだけのこと」


 ぞわりと、背中が粟立つ。

 少し前に、私が言ったこととそっくり同じだ。誰でも当然考えることを、否定したのは――


「壮華くんを! 壮華くんを呼んでください!!」


 私は叫んだ。


「壮華くんが全部知ってるはずなんです。彼から事情を聞けば――」

「ほらね、言った通りでしょう」


 聞こえた言葉に、息が止まる。壮華くんの声が、入口の方から聞こえていた。


「内通者は間違いなく、しらを切る。そして、全部僕のせいにするだろうって。……残念だよ、兄さんたちが敵と通じてたなんて」


 歩み出てきた壮華くんは、いつものように微笑んでいた。ほんの少しの曇りもない、晴れやかな笑顔だった。


「釈明はできないよ。僕は、兄さんの傍で全部見てたんだからね……今から思えば、確かに、変な動きはいくつもあった」


 なにか、話がおかしなことになってるのは確かだ。誰かが嘘を言ってるんだろうか? けど誰が? 壮華くんが騙されてるの? それとも番紅花さんが?


「お待ちください母上! せめて、俺たちの話を――」

「釈明は後で聞く」


 まったく聞く意思がなさそうな、おそろしく冷ややかな声で、番紅花さんは言った。


「すべては明日、明らかになるであろう。妾と壮華がすべてを解き明かした後で、言いたいことがあれば言うがよい」


 番紅花さんの白い手が、私たちを指差した。


「この者らを戒めの部屋へ。明日、妾と壮華が戻るまで、目を離すでないぞ」


 狐耳の人たちが、私と蓮司くんを強引に立たせた。引き立てられていく間、壮華くんはいつもの小動物めいた笑みで、満足げに、私たちのことを見ていた。

 ――壮華くんだ。そう、直感した。

 私の勘は鈍い。人の表情を読むのも、妖怪さんたちの気配を感じ取るのも苦手だ。だけど、今だけははっきりとわかる。

 大切なお兄さんが大変なことになっているのに、明日になったらもっとひどいことになりそうなのに、あんな風に笑えるわけがない。普通なら。

 でもどうして。あの、かわいくて優しくて気配り満点の壮華くんに、何があったのか。

 訊きたかった。けれど捕らえられた私たちに、質問などできるはずもない。去っていく壮華くんと番紅花さんの背中を、私と蓮司くんは、ただ見送るしかできなかった。

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