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戦歌のアリア  作者: 夜と雨
プロローグ
6/11

第六話

プロローグとは…

 体が優しく揺れる。

 その心地よい振動で更に深い眠りに落ちそうになる。


(もうちょっとだけ…)


 そう言って自分を甘やかせるアンナ。


「――――」


 遠くから聞こえてくる輪郭を持たない声。

 まるで水の中にいる気分であった。

 誰だろう…?と考えながらも瞼を開くことが出来ない。


「――くだ、い、―ンナ」


 また体が揺れて声が聞こえる。

 誰かの声にアンナはゆっくり意識の底から浮上していく。


「ん…んん…」


 ゆっくりと目を開くと目の前に人影があった。

 アンナは寝ぼけ眼のぼやけていた焦点を人影に合わせる。


 そこにはアンナを心配そうに覗き込むんでいるヨシュアの顔があった。


「あれ…ヨシュアさん…?」


 どうしてここに?と首を傾げるアンナ。

 それに先程まで夜であったはずとヨシュアを越えて周囲を見る。


 いつの間にか雨は上がっており、空はうっすらと白くなっている。

 木々からはぽつぽつと雨粒が垂れて、地面に当たって音を立てていた。

 遠くで鳴く鳥の声。

 静かな朝がアンナに昨日のことが嘘ではないかと思わせる。


 胸の中で何かが動く。

 アンナが目をやるとそこにはローアンとルーナの娘、アリアがいた。

 アンナと目が合うとアリアは、あぅ…と小さく声を上げる。

 

(そうでした!)


 小さな重みで全てを思い出したアンナ。

 土砂降りの中を走ってここまで辿り着いたこと。

 しかし雨音とアリアの寝息を聞いていた後の記憶がない。

 どうやらあの後、眠ってしまっていたようだ。

 しかも横になっていたわけでもないのにかなり熟睡してしまっていたらしい。


(やってしまいました…!)


 アンナはアリアを落とさないように顔を真っ赤にして器用に頭を抱えている。

 この緊急事態に暢気に眠りこけて、万が一アリアに何かがあったらローアンやルーナに顔向けができなかったであろうと次は顔を真っ青にする。

 アリアは百面相を演じているアンナを不思議そうなに見ている。


 ペチッと頬にアリアの手が触れるとアンナはハッとして正気を取り戻した。

 ヨシュアも慌てて声をかけることなく、アンナの混乱が覚めるまで待っていてくれたようだった。


「ヨシュアさん、どうしてここに?」


 取り乱していたことをなかったことのように居住まいを整えて話し始めるアンナ。

 改めてヨシュアがいることについて尋ねることにした。


「ローアン様が襲撃者を全て撃退してくれたんです」


 ヨシュアは襲撃者はもういないこと、ローアンがアンナを追いかけるようにヨシュアに指示を出したことをアンナに話してくれた。


「夜通し、アンナを探して少し疲れましたよ…でも見つかって良かった」


 確かにヨシュアは疲れた顔でいつも首までしっかりと閉めているシャツのボタンも外れていて肌が見えそうになっていた。

 アンナは見てはいけないと思って慌てて顔を逸らす。


「全て終わったんですよ、アンナ」


「もう大丈夫なんですよね」


「…ええ。皆さん、仲良く休んでますよ」


 ヨシュアはもう心配しなくていいと何処か興奮したように肩をさすった。

 アンナはホッとすると同時に何かに違和感を覚えるがそれが何なのかには辿り着くことができなかった。


「一緒に屋敷に戻りましょう」


 ヨシュアは肩から手を離すとそのままアンナに手を差し出した。

 アンナはアリアを落とさないようにして手を掴んで立ち上がった。


 ヨシュアは立ち上がったアンナに満足そうな顔をすると木のうろを後にして屋敷に向けて少し歩き始める。

 アンナもそれに続こうと足を出すが、転んだ時に痛めた足がまだ回復しておらず上手く力を入れて歩くことができなかった。

 アンナに抱かれているアリアが心配しているかのように声をあげた。


「怪我をしているんですか…?」


 ヨシュアはアンナの様子を見てわずかに目を細めると近くまで戻ってきた。


「逃げている時に転んで足を痛めてしまったみたいで…」


 そうですか…としゃがんでアンナの足を見ているヨシュア。

 そして失礼、という言葉と共にアンナの足を触る。


「ひゃっ…!?ヨシュアさん!」


 突然の行動に抗議するように声を上げるアンナだが、ヨシュアは黙ったまま足を触り続けている。

 得体の知れない恐怖からアンナは身動きが取れなくなってしまい、ヨシュアを見下ろすが立っているアンナの位置からではヨシュアの顔を見ることができなかった。


「や、やめてください!」


 アンナの声にヨシュアはゆっくりと顔を向ける。

 そこには満面の笑みを浮かべているヨシュアがいた。


「大丈夫ですよ、アンナ」


「な、何が大丈夫なんですか!離してください!」


 アンナは手を払おうと足を引っ張ってみるが固定されてしまったかのようだった。むしろアンナの抵抗により、足を掴む手に力が増して骨が軋んでいく。


「イ…タイです!!」


「もう逃げなくてもいいんですよ」


 ヨシュアと話が絶望的に噛み合わない。

 いくら痛みを訴えても笑顔を崩さないヨシュア。


「…僕のアンナ。君は僕が守りますから」


 ヨシュアはようやくアンナの足から手を離して立ち上がる。

 解放されたことでアンナは痛む足を無視して一歩、二歩と距離を離した。


「あ、あぁ…すみません…少し興奮してしまっていたようです」


 気が付いたように苦笑して頭を掻いて再び近寄ろうと踏み出すヨシュア。


「アンナ。やっとこの時が来たんですよ」


 アンナは混乱と恐怖のあまり更に後ろに下がる。


「一緒に帰って、あの屋敷で静かに暮らしましょう」


「さっきから何を言っているんですか!それに屋敷にはローアン様たちが…ま…さか…」


 アンナは嫌な予感がして言葉を止める。

 そんなことはないと思いながらもヨシュアの豹変を思うと間違っていない気がして恐る恐る尋ねる。


「よく気が付きましたね、アンナ。そうです、あの屋敷に生存者は一人もいません」


 正確には僕たちだけですね、とヨシュアは何故かバレたことが嬉しそうに笑っている。


(生存者…一人も?でもさっき大丈夫って…)


「……嘘ですよね?」


 豹変したヨシュアでも疑いきれないアンナであったが頭の何処かではやっぱりそうか、と納得してしまった。


「…私を騙したんですか?いえ、ローアン様たちも騙していたんですか!」


 アリアを脅かさないように糾弾するアンナ。

 ヨシュアはしょうがないですね、と言葉を紡ぐ。


「騙す…?違いますよ。仕事です、アンバー家を壊すね」


「仕事…?壊す…?」


 アンナが聞き返しても返答はなかった。


「あぁ…でも結果としては騙してしまったのですいませんでした」


 ヨシュアの声には一切謝罪の心は入っていなかった。それどころか頬は上気して僅かに朱に染まっている。


「そんなことより、僕は屋敷で天使に出会ったんです…そう、アンナ…君ですよ」


 先程の心のこもっていない言葉と比べると熱が入った言葉であった。

 アンナ自身もあまりの急展開に耳を疑った。


「初めて見た時から君を僕のものにしたかったんです。あの屋敷で君は誰よりも輝いていた」


 一目惚れですね、と恥ずかしそうな男。

 遠くを見て何かを思い出して笑う。

 

「だからあの時、殺されないように逃がしてあげたんですよ?」


 屋敷でアンナが襲撃者に襲われそうになった時にヨシュアがタイミングよく駆け付けて襲撃者から逃がしてくれた。今思い返すと武器も持っていなかったヨシュアが襲撃者相手に太刀打ちできるわけがなかった。


「アンナ、一緒に暮らしましょう。邪魔者はもういないのですから」


 男は両手を広げてアンナを抱きしめようと飛び込んでくるのを待っていた。

 当の本人はアンナと名前を呼ばれることに吐き気がしていた。そして最初から最後まで意味が分からない男の言葉で知らないうちにアリアを強く抱きしめていた。それが不満だったのかアリアは抗議するように声を上げる。

 その声に存在に初めて気が付いたかのように視線を下げるヨシュア。


「あぁ…それ…邪魔ですね。これからの僕たちの生活に…」


 ヨシュアは首を傾げるとアリアを指差して言う。


「え…?ちょ、ちょっと…」


 男の目は一切笑っておらず、本気でアリアの存在が邪魔だと思っているようであった。

 

「アンナ、貸してください。僕が処理しますから…」


 努めて優しい声色でアリアを物のように語るヨシュア。アリアを排斥しようと一時的に標的を変えたようであった。


「こ、こっちに来ないで!」


 アンナはヨシュアの視線から隠すように背を向ける。


「大丈夫ですよ。静かにさせるだけです」


「…ふざけないで!アリア様はローアン様だちの大事な子なんです!」


 アリアに対する物言いに怒るアンナ。

 ローアンたちがいないのであれば、アリアはアンバー家の最後の生き残りとなってしまう。決して奪われてはいけない、とアンナは足の痛みに耐えて男から逃げるために走り出した。


「…アンナ、聞き分けの悪い子だ」


 男女差がなくても足を痛めているアンナに追いつくのは容易く、走っていようとも大差はない。ヨシュアはやれやれと頭を振ると焦ることなく腰に隠し持っていたナイフを後ろ手で抜いて追いかける。


 逃げるアンナを茶化すように声掛けをしながら一定の距離を保ちながら進んでいくヨシュア。

 

「ほら、もっと早く逃げないと」


 後ろからの声にアンナは振り向くことができないまま速度を上げる。そのまま必死に走り続けるアンナは、ヨシュアの声が聞こえなくなっていることに気が付いて急いで近くの草むらに身を隠した。


(にげ、られた?)


 肩で息をしながらも音を出さないように懸命に抑えて、アリアに大丈夫だからね、と小さく話しかける。

 追ってくる音が聞こえない。

 アンナは草むらから僅かに顔を出して辺りを伺う。


「…捕まえた」


 突然背後から抱きしめられるアンナ。

 ヨシュアはアンナを安心させて油断させるためにわざと泳がせていた。そして後ろからそっと忍び寄ることで労せずアンナを捕まえたのであった。


「いや!離して!」


 アンナは身をよじらせるが男の腕力には敵わない。

 ヨシュアはアンナに顔を寄せる。男の顔が視界に広がると嫌悪感で目を強く閉じる。しかしそれは男の罠であった。

 視界を閉ざしたアンナの拘束は突如解放され、その隙に男にアリアを奪われた。

 アンナはすぐに幼児の体温を失ったことに気が付いて目を開けるが、その目に映ったのはナイフをアリアに突き立てようとしてる男の姿だった。


「だめ!!」


 アリアを失う恐怖にアンナは飛び出した。


 次の瞬間。

 ナイフはアリアではなく、アンナの胸に深く沈んでいた。

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