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戦歌のアリア  作者: 夜と雨
プロローグ
4/11

第四話

 ローアンから引き抜かれた拳。


(ローアン!ローアン!!)


 エントランスの床に横たわるローアン。

 地面に生命が拡がっていく。


 その時、ルーナは自身を掴む力が緩んでいることに気が付くと、なけなしの力で抵抗を試みる。

 すると思いの外、簡単にヴァイスの拘束から脱出することに成功した。


 地面に足を着くと崩れるようにしゃがみ込むルーナ。

 酸欠状態を解消するように一度大きく息を吸い込んだ。

 回復には程遠いがそれだけでローアンの元に駆け付けるには十分な力が足に蘇った。


 ルーナはまだ鈍く重たい体を引き摺って進むと死の淵にいるローアンの隣まで辿り着いた。


「ローアン!!だめ!死なないで!」


 ルーナは夫の顔に手を当てると覗き込んで呼びかける。

 閉ざされていたローアンの瞼がゆっくりと開かれてルーナに焦点が合うと僅かに微笑みを浮かべた。


「ごめ、ん…悲…ま、せて…」


「いやぁ…いやよ、ローアン…」


 ルーナは涙を溢しながら、ローアンから流れ続ける血液を必死で掬っては彼の胸に戻す。


(やっぱりルーナは綺麗だな…)


 ローアンは意識が薄れていくのを感じながらルーナの涙を拭うように頬に力なく手を添える。

 その手を彼女の涙が濡らしていく。

 彼女はすぐにローアンの手と自身の手を重ねて握る。


「愛して、いるよ…ルーナ」


(ああ…そんな顔しないで…)


 ローアンはゆっくり息を吐いた。


(ごめん…ルーナ、アリア…幸せに…)


 彼の目から急速に光が消えて、頬に添えられた手からも力が失われた。


「…ローアン?ローアン!いやぁ!いやああああ!」


 ルーナは何度もローアンの名前を呼びながら、狂ったように泣き叫ぶ。


「どうして…!!」


 どれだけ呼びかけようともローアンから返事は返ってこないことを理解するとルーナは睨み殺さんばかりの目を赤い女に向けて問うた。

 ルーナの鋭い眼差しから、バツが悪そうに目を背ける赤い女。


 目を合わせようともしない女に立ち上がって更に詰め寄ろうとした時、衝撃。

 突如、ルーナの胸から剣が生えた。


「あ…」


 ルーナは状況が理解できないまま、胸から飛び出した剣先をぼんやりと見つめる。

 そして剣先が引き抜かれて自分の状況を把握した瞬間、背中が焼けるように激しく痛み出した。


「どうして?」


 視線を剣先から背後に移そうとするが、背後から無造作に蹴り飛ばされて確認することは叶わなかった。

 ルーナの体がローアンの上に重なるように倒れ込む。


「ロー…アン、アリ、ア…」


 ルーナは最期に最愛の夫と娘のことを想うと息を引き取った。

 彼女の手はローアンの手を決して離さないように固く固く握られていた。

 まるで、もう二度と離れないと誓うかのように。


―――――――――――――


「ヴァイス…お前、この女をわざと逃がしたな…?」


 赤い女は血に濡れた剣を綺麗に拭っているヴァイスを睨む。

 ヴァイスは女に返事をすることはない。


「おい!聞ィてんのかァ!!」


 その怒声でヴァイスは初めて赤い女に視線を移した。


『わざと…?あぁ…その通りだ。こうやって殺す方が効率がいいからな』


「てめェ…」


 赤い女はヴァイスに掴み掛かろうと身構える。


『勘違いするなよ、ヴェルカ。それに領主はお前が殺したんだ』


 重心を移動して行動に移す寸前に、ヴァイスは紛れもない事実を突きつける。

 ヴェルカと呼ばれた女は目をわずかに揺らすと俯いて、構えた拳も力なく下ろす。


『どちらにせよ、任務は完了した。生存者は1人もいないからな』


 報告が済んだらお前も自由だ、と剣を鞘に戻して屋敷を後にするヴァイス。

 ヴェルカも1人屋敷に居続けるわけにはいかず、渋々ヴァイスの後を追う。

 屋敷の扉を閉める直前に振り向いてローアンたちを見ると目をつぶって小さく頭を下げた。

 彼女の赤い髪が揺れる。

 目を開くと2度と振り向くことなくローアンたちを残して扉は閉ざされた。


―――――――――――――


 屋敷の外は暗く、雨が降り注いでいた。

 時折、闇を照らすように雷が鳴る。


「さっき言ってたのはどういう意味だ」


 屋敷を出るとヴァイスは彼女を待つことなく先に歩いていた。

 ヴェルカは濡れることも厭わず、早歩きで追いつくと彼に問い掛ける。


『さっき…何のことだ?』


「惚けんじゃねェよ!生存者は1人もいないっつってたろ!」


 ヴェルカはヴァイスの前に立ち塞がると再び問い掛ける。先程のヴァイスとのやり取りが何故か引っかかっていた。


『そのままの意味だ』


 ヴァイスは彼女の横を抜けるとそのまま進んでいく。

 彼女はヴァイスの言葉を何度も反芻して、そこに込められた意味に到達して彼を睨みつけて吠える。


「おい!使用人は殺さねェって約束しただろうが!」


『その約束をしたのはお前だけだ。俺たちには関係ない……そうだろう?』


 その言葉にヴェルカは唖然と立ち竦んでしまう。

 そうしている間にも雨は降りしきり、赤い髪から滴っていく。

 ヴァイスは振り向くことも気にする様子もない。


 直にヴェルカはふざけやがって、と近くにある樹木を全力で殴る。

 鈍い音を立てた後、しばらく経ってメキメキという音と一緒に折れて倒れる。


「ヴァイス…お前はいつか絶対に俺が殺してやるよ!」


 絞り出すような宣言と共に拳を向ける。


『…出来るといいな、お前に』


 興味がなさそうに背中を向けたまま返事をするヴァイスに対して悔しそうに唇を噛むヴェルカ。


「…俺はこれで自由だ!だからここで降りる!」


 ヴァイスの背中を睨みながら、苦し紛れにさえ聞こえる言葉を投げつける。

 

『……勝手にしろ』


 ヴァイスは足を止めて少しだけ振り返った。


『報告は俺がしておくとしよう』


「はっ、随分と親切じゃねェか」


 ヴェルカが皮肉げに笑うとヴァイスは再び前を向いた。


『…どうだろうな』


「……チッ」


 ヴェルカは舌打ちすると背を向けて、赤い髪を翻して森の奥へと歩いていく。

 去り行くその背中をヴァイスは一瞥することもなかった。

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