第三話
「おい、領主様ァ。許可が出たぜ。さぁ遊ぼうぜェ!」
赤い女はいつでも飛び掛かれるように拳を構えている。
「ま、待ってくれ!その前に使用人たちを解放してくれ!」
ローアンは今にも飛びかかって来そうな女に慌てて声を上げる。
自分の屋敷で好き放題してくれた襲撃者に対して怒りを覚えていたが、それ以上に使用人も心配であった。
「使用人ン?あァ…確かに約束したからなァ…」
怪訝そうな顔をした赤い女は後ろを振り返ると思い出したかのような顔をして他の襲撃者たちを解放するように言い放つ。
しかし、彼らが使用人を解放する様子はなかった。
「おい、お前らァ…早くそいつらを何処かにやれ。そいつらがいたら領主様は気になって本気になれねェんだからよォ」
俺は気が短いんだから早くしろ、と床を蹴って威嚇する女。
フードの人物は蹴られて陥没した床を静かに見て、部下に合図する。
部下たちは使用人を立たせると剣を突きつけたままで彼らを屋敷の外に誘導させた。
「領主様ァ…これで良いんだろォ?」
赤い女は笑う。
エントランスにはローアンとルーナ、赤い女とフードの人物の4人だけとなった。
(これで心配事が一つ減ったね…後はこの2人を倒して捉えられれば…)
目前の女はやる気に対して、フードの人物は邪魔をするような気配はない。
ローアンは介入されることなく、襲撃者を1人減らせるのなら願ってもないチャンスだと考えた。
彼は剣を両手で構え直した。
「ようやくだなァ…行くぞ!」
言葉と同時に床を踏み込んで一気に加速する。
ローアンも踏み込んで振り下ろす。
拳と剣が交差して火花が散る。
「まだまだァ!」
女はニヤリと笑って拳を振るい連撃を放つ。
何とか重い拳を捌くローアンは悪寒を感じて身を引いた。
ローアンの頭があった場所を女の蹴りが通過する。
ローアンは後ろに転がりながら体勢を直そうとするが、追うように女の攻撃が続く。
拳に剣を合わせて大きく振り上げて弾く。
「くらえ!」
その隙にローアンは立ち上がって追撃の突き。
女は片足を半歩後ろに下げると難なく回避すると、もう片方の足を軸にした鋭い蹴りがローアンの腹部に吸い込まれて吹き飛ばされる。
「ローアン!!」
蹴りの衝撃で屋敷の壁に激突したローアン。
見守るように見ていたルーナが声をあげて駆け寄ろうとする。
「…っ、大丈夫」
ローアンは声を出してルーナに問題はないと示す。
蹴りが入る瞬間に剣を腹部の前に差し入れると同時にナイフを投げて追撃を防いでいた。
「はは…やるなァ、領主様」
女の頬から血が流れる。
(…大丈夫とは言っても、ちょっとしんどいね…)
ローアンはすぐに立ち上がると剣を真っ直ぐ構え直した。
「傷を負うとは思わなかったぜェ…」
赤い女は頬の血を拭う事なく、満足そうな笑顔を浮かべて動きを止めている。
「…満足したなら帰ってくれないかい?襲撃も不問にしてあげるから」
女の言葉に軽口で返すと額から流れる汗を拭った。
「無理だなァ…まだ遊び足りねェしな」
「…それは残念だ」
素直に帰るとは思っていないため、言葉とは裏腹に残念と言う気持ちは込められていなかった。
「んじゃあ、ちょっとだけマジで行かせてもらうぜ」
その言葉で赤い女の目が輝いて全身から発せられる圧力が増した。構えられた女の拳が音もなく漆黒に染め上げられていく。
拳をぶつけ合わせると火花。超硬度な金属が干渉しあうような低く重い音が響く。
今までとは明らかに違う異質な変化に気が付けばローアンの足は後ろに下がっていた。
「簡単に死ぬんじゃねェぞ?」
拳から上がる蒸気が大気を揺らしている。
そして女の姿がブレるとローアンの横から気配。
気配に剣を向けると重すぎる衝撃に剣を手放しそうになる。奇跡的に弾いた勢いに任せて、距離を取るように下がると背後からの衝撃で息が止まる。
痛みを無視して前転。
無理矢理に体の向きを変えて斬り上げるが空を切る。
「足元がお留守だぜェ」
ローアンの顎に女の蹴りが刺さり、一瞬意識を刈り取られる。その一瞬が大きな隙となって追撃の連打が襲いかかった。
最後に一撃で再びローアンは吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
女は息を深く吐き出すと構えを解いた。
全身から蒸気を放っており、黒い拳はひび割れていた。ひびの隙間からは溶岩のような輝きが見え隠れしている。
(このままだとまずい…)
壁の下に座り込んだままの姿勢で、血を吐いたローアンは思考を巡らせる。
ローアンに比べると赤い女の技量はかなり差があり、正直余裕はあまりない。
片手を見ると幸いにも剣は手放してはいないようだが、握ると激痛が走る。
(体もボロボロだね…)
視界の端にルーナが映る。
彼女は泣きそうな表情で口に手を当てて、動けないでいた。
(こうも一方的に…情けないね…)
「もう終わりかァ?領主様ァ」
ローアンは悲鳴をあげる体を無視して立ち上がった。
赤い女はすぐには動き出す様子はないが、ローアンが立ち上がったことに嬉しそう声を掛ける。
彼は俯いたまま赤い女を無視して、まだ回復していなさそうに肩で息をする。
(彼女がすぐに攻撃してこない理由はわからないけど今のうちに…)
ローアンはバレないようにゆっくりと魔力を剣に向けて集めていく。
静かに収束していく魔力を感じると剣を頭上に掲げる。
「なんだァ…?」
ローアンの動きに赤い女は訝しげな顔をしながらも警戒して低く構える。
拳のひび割れはそのままだが、蒸気は止まっている。
ローアンは女を見据えると掲げた剣を、ただ振り下ろした。
『――共鳴せよ』
魔力の籠る声が揺れる。
瞬間、空気が震えた。
床がビリビリと振動する。
ローアンの剣が低く唸る。
そして――
『共鳴衝レゾナンス』
ローアンが魔力を言葉に乗せて解放する。
予想外の動きに拳を構えていた赤い女の瞳が大きく見開かれた。
ドンッ!!
魔力の奔流が女の立っている場所を埋め尽くして、膨大な熱量と共に空間が爆ぜた。
しかし。
赤い女は本能の従って瞬時に後ろに跳んで回避した。
「……今のスゲェなァ」
爆ぜた場所に目をやりながら呟く。
「避けられた…」
空気の破裂。音速にも近いその攻撃を避けられたことにローアンは唖然とする。
「おい、今のスゲェな!もう一回やれ!」
赤い女は新しいおもちゃを見つけた子供のような表情でローアンに振り向いた。
攻撃してくる素振りはなく、ローアンが再度魔法を使用するのを目を輝かせて待っている。
(……使うまで待ってくれるなら)
慢心なのか遊んでいるのか、チャンスを与えてくれるなら見逃す手はないと先程とは違って隠すことなく魔力の密度を上げて剣に宿していく。
剣を中心に魔力が渦巻くと女は、おォ!!と身を乗り出して魅入っている。
ローアンは魔力の螺旋を掲げて放てるように全身に力を込めていく。
『そこまでだ』
フードの人物の言葉とルーナの悲鳴が響く。
急いで声の方を向くとそこにはルーナを掴み、首筋に剣を突き付けるフードの人物の姿だった。
ローアンは魔力を破棄すると彼女に近寄ろうとする。
『動くな』
ビクッとした動きを止めるローアン。
ルーナの首筋から一筋の血が流れる。
「おい!ヴァイス!何のつもりだァ!」
フードの人物――ヴァイスは名前を呼ばれたことに舌打ちすると悪びれる様子もなく言い放つ。
『遊びは終わりだ』
「何度も邪魔すんなって言ってんだろォが!」
赤い女は戦いを邪魔されたことに苛立ちを隠すこともなく噛み付く。
『お前の上司は今は俺だ』
ヴァイスの感情を感じさせない声で赤い女に続けていく。
『命令に逆らうなら相応の罰が与えられるが本当にいいのか?』
その言葉で赤い女は眉間に皺を寄せて心底、不愉快そうな顔を浮かべる。
ヴァイスは顎でローアンを示して命令する。
『さっさと領主を殺れ』
赤い女は舌打ちをするとヴァイスには返事をせずに拳を構える。
「や、やめて!」
『黙れ』
ルーナが声を上げるが、ヴァイスはルーナの首を掴み上げる。
体が持ち上がるほどの力で酸欠状態となっていた。
「ルーナ!!おい!やめろ!やめてくれ!」
『領主。この女が大事なら剣を捨て、そいつに殺されろ』
殺すと言う言葉にルーナが反応して抵抗するが、ヴァイスの力が緩む様子はない。
(もう…手立てがないみたいだ…)
彼女の顔色が青く変化していく姿を見て、ローアンは剣から手を離した。
重い音を立てて床に剣が落ちる。
「…やれ」
ローアンは赤い女に体ごと振り返ると手を広げて立つ。
「……悪く思うなよ」
赤い女はゆっくりとローアンに近付くと構えて拳を引いて力を溜める。
「ロ、ァン…ダ……メ………」
そしてまっすぐ突き出された拳はローアンの心臓の位置に吸い込まれる。
鈍い音と共に突き抜けた拳。
自身を貫く腕を見て、苦痛に顔を歪めて血を吐いた。
(……ルーナ)
拳が引き抜かれると同時に血が勢いよく溢れ出る。
ローアンは糸が切れた人形のように後ろへ倒れた。
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