第二話
「アンバー家の領主様とその奥様ー!!使用人を殺されたくないなら2人で出てきてくださいよー!」
丁寧に喋っている様に聞こえるが人を馬鹿にするような声が屋敷中に響いている。
どうやら声はエントランスの方から響いているようだった。
更に謎の声は悪びれる様子もなく言葉を重ねていった。
「10分だけ待ってやるから、さっさと出てきやがりくださーい!1分遅れる毎に、使用人の腕を一本ずつ斬りますよー!早くしないともっと死んじゃいますよー?」
(もっと…?なら既に誰かを…?)
ローアンは可笑しそうに笑う声を反芻して激昂。
声のする1人で駆け出そうとした。
「待って、ローアン…!」
寝室のドアを前にルーナに腕を掴まれたローアンは、振り解こうとした。
「ルーナ、止めないでくれ!」
「1人で行っては駄目…私も行く…!」
ルーナの言葉にローアンは驚いて振り返った。
2人で来いと声の主は告げていたが、愛しい妻を危険に晒すわけにはいかない。
「だ、だめに決まっているだろう!?」
「私にとっても皆は家族よ!あんな勝手な言葉、認められない!」
ルーナはローアンが想像する以上に声の主に、そして1人で解決しようとしているローアンに対しても怒っているようだった。
ローアンたちの硬い視線が交差する。
「………わかったよ」
先に視線を緩めたのはローアンだった。
その言葉にルーナは大丈夫、何とかなるわ、と彼を柔らかく抱きしめ合う。
彼にはそれが自分自身にも言い聞かせるように聞こえた。
しばらく抱き合った後、ローアンはベビーベッドで眠り続けるアリアを抱き上げてアンナに呼びかける。
「さっきとは状況が変わったけど、幸いにも襲撃者はアリアのことを知らないみたいだ…だから頼んだよ」
「…わかりました、お任せください」
ローアンの意図を汲んだアンナ。
彼女の口から、一緒に逃げましょうと言う言葉が出そうになったか、ギリギリところで飲み込むと、背筋を正して、アリアを受け取る。
「私たちの希望…アリア。幸せになってね」
ルーナは抱き上げられた我が子の撫でて、名残惜しそうに指を引き離す。
そして隣に立つ夫と目を合わせると互いに手を固く結んだ。
「行きましょう、もう時間はあまり残されていないみたい」
「……やっぱり君も一緒に逃げたっていいんだよ…?いや、本音を行ったら逃げてほしい」
そう言ったローアンに対して、少し怒った表情に変わるルーナ。蒸し返すなと言わんばかりの表情だったが、不意にそんな顔も綺麗だなと思った。
ローアンたちは無言のまま、寝室の出口に立ち、ドアを開ける。
カウントダウンの声が響いていた。
―――――――――――――
「……聞こえてんだろォ!!さっさと来やがれェ!」
5分が経過した頃、ローアンたちが中々エントランスに姿を見せないことに声の主は焦れてきたようで、上辺だけ丁寧な口調も荒れたものに変化した。
「返事くらいしやがれェ!!」
ローアンは屋敷中に拡がる声の主の突き刺すような殺気から妻を護るように先導して進む。
彼と繋いだルーナの手がぎゅっと強張る。
先程までの上部だけは丁寧な言葉遣いからの突然な変化で声の主に対して潜在的な恐怖を感じているようだった。
「このままだと使用人に危害を加えかねないな…」
「そうね…急がないと」
ローアンの独り言のような言葉に反応したルーナを見ると目が合う。
彼女は怖いはずなのにそうと感じさせないように力強く頷いた。
ローアンたちは足を早めてエントランスに向かう。
―――――――――――――
廊下を抜けて、階段を降る。
見知った屋敷だが、エントランスまでの距離が嫌に遠く感じてしまっていた。
しかし、遂にエントランスの明かりが見えた。
エントランスには襲撃者たち。
フードで被った人物が2人と平民の姿に身を包んだ4人が、アンバー家の使用人たちを囲むように立っていた。
フードの人物はどちらも目深に被っており、顔を確認することは出来なかった。
そのうちの1人がローアンたちの姿を見とめると数歩、ローアンたちの前に出てきてフードを脱いだ。
「ようやく、到着かァ…遅ェんだよォ」
放たれた声は先程から屋敷中に響いていた声と同じであった。
フードの中、声の主は整った顔立ちに燃えるような赤色の瞳と髪を持つ女で、ローアンたちを前に楽しそうに犬歯を覗かせて笑っていた。
その自然体にも見える立ち姿には一切の隙もなく、薄く殺気を纏っているようだった。
赤い女は殺気を収めることなく、ニヤリと笑ってみせる。
「約束通り来たぞ…使用人たちを早く解放しろ」
ローアンは殺気に呑まれないように剣を向けると赤い女に告げた。
「良いぜェ…だけど、その前に俺と遊んでいけよ、な!!」
殺気をローアンに向けると同時に赤い女はローアンに殴りかかる。
「ふっ!」
予期せぬ行動に、一瞬だけ戸惑ったローアンだったが、咄嗟に彼は手に持った剣を振り上げる。
キィン!!
剣が弾かれ、火花が散る。
金属同士がぶつかったような音がエントランスに響いた。
ローアンはその光景に目を見開く。
「……素手で?」
ローアンは剣から伝わった感触や音に眉を顰める。
女の拳には布が巻かれてはいるが、どう見ても武装しているようには見えない。
明らかに人間離れしていた。
「ローアン!」
ローアンの後ろに立っているルーナが駆け寄ろうとしたのを腕を上げて止める。
「君たち…いや、君は何者だ…?」
ローアンは剣を握り直すと警戒しながら赤い女に誰何する。
拳を構えたままの女は突然の問いで虚をつかれたような顔をする。
「あァ?俺か?俺は…『貴様らに話すことはない』」
女の言葉を遮るようにもう1人のフードの人物からくぐもった声がする。
おい!と女が抗議するが無視してフードの人物が続ける。
『アンバー家当主よ、抵抗するな』
感情を感じさせない声が響いて、フードの人物が剣を使用人たちに向けると幾人かひぃっ、と声を上げる。
「おいおい!ローアンと遊ばせてくれるって話だろ?」
赤い女はフードの人物に体ごと振り返って抗議をする。
『…ダメだ。こちらにも都合がある』
フードの人物はしばらく沈黙していたが、首を横に振って女の言い分を拒否した。
女の顔が不機嫌そうにゆっくりと歪んだ。
「……い、や、だ!俺はこいつと遊ぶんだよ。邪魔するならお前らから消してもいいんだぜ?」
そう言って拳を構えて睨みつけるとフードの人物に殺気を放った。
得体の知れない者のやりとりに自分たちの命運が掛かっているのはわかっていたが、ローアンはただその成り行きを見守るしかなかった。
『ちっ…わかった、好きにしろ』
そしてフードの人物は舌打ちをすると忌々しそうに吐き捨てた。
その言葉に女の顔は嬉しそうに変化してローアンの方に振り返った。
「おい、領主様ァ。許可が出たぜ。さぁ遊ぼうぜェ!」
赤い女は再び拳を構えるとローアンに向けて言う。
厳しい戦いになると予感したローアンの額からは汗が一つ流れた。




