第十話
アリアがロブに連れて来られてから早くも数年が経過していた。
その中で2人の役割は自然と決まっていた。
ロブは狩猟や森に生息する植物の採取を。
ナタリアは足が不自由であったことからアリアの世話や家の中で出来ることをしていた。
当初は幼児の世話などしたことがないナタリアにとって自身のお腹を痛めて産んだわけでもないアリアは非常に厄介な存在であった。
突然泣き始める、熱を出す、勝手がわからずヒヤッとした瞬間も存在した。
その度に手を尽くしながら育てていた。
一方、ロブは最初のスタンスから変わらず、アリアを奴隷兼育てた後に売り飛ばす目的であったため接し方も素っ気なく、時には物のように扱うなど酷いものであった。
ナタリアもアリアをいつかは売り飛ばすことは理解しているため情を持たないように努めていた。だが、逆に言えばアリアにある程度の情はあった。
アリアは自分が孤児だと聞かされている。
ロブが自分に冷たいことは分かっていたが、ナタリアに対しては少なからず笑顔を向けられる存在となっていた。
そしてアリアが5歳になった頃、ロブとナタリアの間に男児が誕生した。
男児はロイドと名付けられてナタリアに抱かれて眠っている。
「ナタリア、頑張ったな」
ロブはアリアには決して見せない優しい顔でナタリアに感謝の言葉を述べる。
出産で憔悴していたナタリアも宝物を見るような表情でロイドを見つめている。
「…ナタリア、母さん」
アリアは少し離れた場所で伺うようにしていたが、ロイドを近くで見たかったので声を掛けた。
その声でナタリアはアリアがいることに気が付いて彼女に手招きする。
そっと近寄ってきたアリアにロイドを見せる。
アリアは触っても良いかを確認するようにロイドとナタリアを交互に見る。
ナタリアが頷くとアリアはおずおずとロイドの頭に手を伸ばす。
手が柔らかい髪に触れると壊れないように優しく撫でる。
ロイドがくすぐったそうに身を捩って口を動かすのを見てアリアは嬉しそうに笑った。
新しい家族の誕生はアリアたちに変化をもたらした。
しかし、そんな日々が長く続くことはなかった。
ある出来事によって簡単に崩壊してしまった。
―――――――――――――
ロイドが生まれて更に一年が経過した。
アリアの時の経験からナタリアはあまり苦労することはなかったが、体調を崩してしまった。
アリアはナタリアとロイドのために何かしようと出来ることを自主的に手伝っていた。
「アリア、これをお願い」
ナタリアが簡単な食事を作った後、アリアは代わりに食卓に料理を運んでは並べていく。
次は?とナタリアの元に戻って次の仕事を探すアリア。
「もう大丈夫、ありがとう」
そう言ってナタリアはロイドに食事を与えようとするが、潰した野菜のスープを持つスプーンが震えていた。
「ナタリア母さん、私があげるよ」
体調が悪いナタリアを心配してアリアは自分が変わると伝える。
ナタリアは少し考えてスプーンとスープの器をアリアに渡す。
少しずつね、と教えられたことをアリアは忠実に守ってロイドに与えていった。
ある程度それを見守ったナタリアは自分は食事を撮らずに横になるわ、と言い残して寝室に入っていった。
ロイドがそのまま寝入りそうになっていたためアリアはロイドをベッドに移動させて自分も食事を摂った。
野菜と何かの肉が入ったシチューを無言で食べるアリア。スプーンが木の食器に当たる音だけが響く。
「おう、帰ったぞ」
アリアが食事を終えて食器を洗い場に運んだ頃、腰に角が生えたねずみを吊るしたロブが帰宅した。
ロブはアリアを視界にいれることなく装備や獲物を仕舞って手を洗う。
「…ナタリアは?」
眠っているロイドにキスをしてから、じろりとアリアを一瞥して聞いた。
「あ…え、えっと…ナタリア母さんは、まだ体調が良くなってない、から部屋で寝てい、ます」
普段話しかけられることはないため、必要以上につっかえながら返事をするアリア。
その様子に舌打ちをするとロブは無言でナタリアを見に寝室へ向かっていった。
寝室から二言三言と言葉を交わす声が聞こえるとロブがまた戻ってきた。
アリアは急いでロブの食事を食卓に運ぶ。
ロブはシチューとパンを食べ始める。
黙々と食べるロブは最後にエールを飲むと食卓を立つと暖炉の前でくつろぎ始めた。
アリアはロブの食器を片付けると食器を洗う。
洗い終わる頃にはロブは風呂に行ってしまったのかいなかった。
「…ふぇ……」
手を拭いていた時にロイドが愚図りだしたためすぐに駆け寄るアリア。
いつもナタリアが何とかしてくれているのでどうしたら良いかよくわからなかった。
寝室のドアをちらっと見るがナタリアが出てくる気配はなく、ロイドも本格的に泣くモードに入ってしまった。
「わたしが何とかしなきゃ…」
ナタリアに無理はさせられないと自分がロイドを泣き止ませる決意をする。
アリアはロイドが泣いた時にナタリアがいつも何をしていたか記憶を辿る。
「そうだ…子守唄だ…」
突然夜に泣き出した時はナタリアがロイドを抱いて子守唄で寝かしつけていたことに思い当たる。
アリアは男児を抱き上げて揺らしながら、メロディを思い出しては鼻歌を口ずさむ。
『―――。―――』
集中して小さく、優しく歌うアリア。
ロイドのためだけに、ロイドに向けて声を響かせる。
辺りの空気が振動して収束する。
ロイドの泣き声が次第に小さくなっていく。
『―――。―――』
子守唄で寝てくれたことに嬉しくなって更に歌う。
そして最悪の瞬間が訪れた。
腕の中のロイドの体がビクンと跳ねた。
「ロイド…?」
その動きに驚いてアリアは歌うのを止めてロイドを見ると最初に赤色が目に飛び込んできた。
あり得ない光景に混乱しながらも理解しようとしてすぐに結論に至る。
赤色はロイドの口から出ていたのだ。




