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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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壬生浪士組【壱】




周囲が田畑だらけの壬生村にある、広大な敷地の八木邸と隣接する前川邸が、壬生浪士組の屯所である。


空は夕焼けに染まり、夕餉を向かえる時刻。

どの家々も夕餉の準備や支度を整え、食べ始める頃なのだが。此処、壬生浪士組では少し様子が違っていた。


とある座敷――……

眉間に皺を作り、仁王立ちで正座をしている四人を鋭く見据える男の姿が、其処にはあった。


整った顔立ち。長く伸びた黒髪を高く一つに纏め、藍色の着流しを着ている。


美形と思われる彼だが、今はその顔も無表情のまま、不機嫌な空気を醸し出していた。その形相は果てしなく怖い。


正座した四人が沈黙を貫く中、男は静かに口を開いた。


「お前等、呼び出された原因は分かってるよな?」


低音でそう聞かれ、藤堂、原田、永倉の三人は何も答えずに沈黙を返す。ただ一人沖田だけは、にこにこと笑顔で男を見た。


「ええー? 何で、呼び出されたんですかー?」


全然心当たりないんですけどねぇ、と呟く沖田に男は眉をピクリと動かした。


「総司ぃ、お前には今朝の事も含めて言いたい事が山程あんだよ」


「今朝? 何かしましたっけ?」


あくまで、とぼけた振りを続ける沖田に、男の眉間の皺がまた一つ増えた。そして、そのまま沖田を鋭く見据えるが、沖田は笑顔を崩そうとはしない。


二人の交わす視線に、何処となく殺気が混じっているのは気の所為だろうか。

原田はこの雰囲気から逃れるように、痺れ始めた足を抑えながら隣に座る藤堂へ声を掛けた。


「……なぁなぁ、一体、朝に何があったんだ?」


「さぁ? 俺、稽古してたから知らないんだよねぇ。新八っつぁん、知ってる?」


小声ながら、原田からの質問は藤堂を通り過ぎ永倉まで届く。永倉は少し迷いながら、口を開いた。


「……まぁ、知ってるちゃあ、知ってるけど」


そう言って永倉は深々と息を吐く。その表情は何処か憂いが見えた。

それを見た二人が質問を止める筈がなく。藤堂と原田は正座を崩し、永倉に詰め寄った。


「何何何? その反応。そんなに酷いことやったの? 総司は」


「いや、酷いって言うか、あれは……」


「いいから、勿体振らずに教えろよ、新八!」


二対の好奇心に満ちた瞳を受け、永倉は反射的に視線を反らす。が、直ぐ様二人に視線を戻された。


「……ったく、いいか? 大声出すなよ? 笑うなよ?」


そう永倉に言われ、二人は縦に何度も何度も頷いた。その仕草から早く話せと急かしている。

永倉は息を吐き、腕を組んだ。


「実はな、今朝――……」



永倉はいつものように早く稽古を済ませ、朝餉を食べる為に大広間へ向かっていた。


ふいに、目線を上げると何やら沖田が楽しげに此方へと駆けて来る。

その笑顔は嬉々としていて、何処か黒さも含んでいた。


挨拶もそこそこに去って行った沖田を見て、また彼に何かを為出かしたのかと永倉が息を吐いた時だった。


何処からか、殺気を感じ顔を上げると、沖田を追ってきたのだろう。目の前にあの男の姿が。


沖田の名を叫びながら、嵐の如く走り去っていくその顔には、明らかに墨で書いたであろう落書きの後があった。


額に鬼、鼻下には髭。そして両頬部分には――……

“万年発情男”と大きく書かれてあった。



話を聞き終え、藤堂と原田はその姿を想像したのか、ブッと大きく吹き出した。


「想像しただけで、笑ってしまう……! 総司も毎度毎度、よくやるよなぁ」


「あっはははは! 確かに。すげぇな、見て見たかったな、その土方さんの顔! 書いてあることも、あながち嘘じゃねぇし?」


場所も忘れて、二人は畳を叩きながら大笑いをする。ひとしきり笑い終えて二人は永倉を見た。


永倉は視線を横に反らし、何故か自分達の後ろを見ないようにしていた。その表情は、青ざめている。

原田と藤堂はどうしたのかと訝しんでいたが、ふいに後ろから感じた気配に、サーッと血の気が引いた。


「……ほほーう? 平助に左之、そんなに笑って何が可笑しい? それに左之、そりゃ一体どういう意味だ。あ゛ぁ?」


「「ひっ、土方さんっ!!」」


恐る恐る振り返った先にいたのは、鬼のような形相の男――壬生浪士組の副長、土方歳三(ひじかたとしぞう)だった。


先程よりも遥かに強い殺気を出し、自分達を見下ろしている。今にも斬りかかってきそうな勢いだ。

藤堂と原田は全身から汗が吹き出すのを感じつつ、何とか弁解しようと言葉を紡ぐ。


「ひ、土方さん、誤解だって! 別に土方さんの事を馬鹿にした訳じゃないからね? ただ、ちょっと我慢できなくて!!」


「そうだぜ! 土方さんが“女たらし”とか、“万年発情男”とか“最低な色男”だなんて、これっぽっちも思ってねぇし!」


原田の言葉に場の空気がさらに下がる。


土方の眉間にまた皺が増え、藤堂は青ざめ、永倉は額を押さえ左之の馬鹿、と呟いた。

意味が分からず戸惑う原田に、土方はククッと意味ありげな笑みを浮かべる。そして、何処からともなく取り出した木刀を、原田の目前へと構えた。


「喜べ、左之。お前ぇから制裁を下してやる。なあに、遠慮しなくていい。思う存分、しごいてやるからなァ」


後退していく原田をガッシリと捕まえ、土方は舌舐りをした。その表情はさながら獲物を捕まえ、嬉々としている猛獣のようである。


「え? ちょ、待っ……! 土方さん!? 俺、何も悪くないぜ? 新八からただ聞ぃギャアァァァァ!!!!」


原田の断末魔が部屋に激しく響き、藤堂と永倉は哀れみの視線を向けた。そして、静かに手を合わせる。

だが、そう長く哀れんではいられない。次の標的は恐らく自分達なのだから。


「新八っつぁん、どうするよ。このままだと俺達も……」


「……殺られるだろうな。間違いなく」


打撲や骨折程度で済まされればいいのだが。生憎、彼の機嫌は最高に悪いようで、いつも以上に木刀の振りが鋭く見えた。


原田が何気なく言った言葉により、怒りは加速に向かってしまったようで、未だに留まる様子は見られない。


そんな土方を止めれそうな人物は、今日に限って不在。

この場の状況は、何とかして自分達で切り抜けるしかないということになる。


藤堂と永倉が、どうやってこの場を切り抜けようか模索していると、原因の一人でもある沖田が此方に近付いて来ていた。


「ふふっ、土方さん。かなり、御立腹のようですねぇ」


クスクスと笑いながら、沖田は二人の近くに座る。

どうやらこの状況を楽しんでいるようだ。

そんな沖田に二人は呆れた視線と、苛立ちを向ける。


「総司。元はと言えば、お前が原因なんだ。何とかして土方さんを止めろよ」


「そうだよ! このままだと、話進まねぇじゃん!! 何の為に呼び出されたのか分からない上に、何で俺らまでとばっちり受けなきゃなんねぇのさ!」


永倉と藤堂の言葉に沖田は頷き、それもそうですねぇ、と呟く。


そして、何かを決めたように立ち上がった沖田を見て二人は安堵の息を吐いた。

だが、それは直ぐに間違いだった事に気付く。


「でも、私、ちょーっと行きたい所があるんで。後は、お願いしますね」


そう言って、立ち上がり何事もなかったように、部屋から出て行った。それを見送り、二人は落胆の色を濃く見せる。


ふと、目線を畳に移した永倉は沖田のいた場所に落ちていた、ある物を拾う。


「何だこれ。巾着、か?」


ジャラリと音のする、それに藤堂は肩を震わせ青ざめた。


「新八っつぁん、それ……!!」


「あ? これがどうし……」


二人は瞬時に言葉を失う。

何故なら、背後に“鬼”がいたからだ。


「何故、俺のへそくりを持っているかも含めて、たっーぷり扱いてやるから覚悟しろよ?」


その後、部屋には怒号と悲鳴が暫く、鳴り響いていた。

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