表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
70/192

青天の霹靂【肆】

髪や身体に含んだ水分を吸い取るように手拭いを動かしながら、永倉は雛乃に目を向けた。


「しっかし、アイツの話を笑顔で聞いていられんのは雛乃、お前ぇぐらいだろうな。俺なら左之を直ぐに張っ倒すぞ」


「あはは、総司さんも確実に刀が出て来そうですしね」


原田の話が嫌な訳ではない。ただ、自慢話が極端に長く身動きが取れなくなる。それが嫌で皆逃げて行くだけなのだ。


そんな原田の切腹自慢も輝く時がある。それは――

ガッシャアァァン!!!!


「原田はん! 何やの、その姿!!」


「いや、これには深ーい訳と俺の人脈がふぅぅっ!!!!」


「訳分からん事言うて、水撒き散らして! 水浸しになった土間、どないしてくれるん!?」


突然、土間から響いた怒鳴り声と悲鳴。ガタガタと騒々しい物音と久の言葉から察するに、原田が久の怒りに触れるような事をしてしまったらしい。


屯所中に響き渡る原田の悲鳴は耳障りで、永倉の眉間に皺が刻まれていく。


久の制裁を受ける原田を哀れに思う反面、自業自得だろうと呆れた表情を浮かべずにはいられない。


暫くすると音が途絶え、屯所には静けさが戻ってきた。だが、あの騒ぎがあったからだろうか。屯所には何とも言えない微妙な空気が流れていた。


「……そういや、雛乃。敬語は禁止されていたんじゃなかったか?」


「あ」


永倉に指摘されて気付いたのか、雛乃は思わず口元を押さえた。押さえたからと言って、先程までの言葉を消せる訳ではない。


口元に手を当てたまま、永倉を見ると吹き終わった手拭いを首に下げ、苦笑を浮かべていた。


「まぁ、約束は約束だし罰決定だな」


「ええぇっ!?」


雛乃は悲鳴じみた声を上げ、縋るような思いで永倉を見た。


「ほんの少し敬語を使っただけなのに、罰……?」


「あー……まぁ、総司がそう取り決めた事だからな。雛乃だって了承したんだろ?」


「う……」


痛い所をつかれ雛乃は押し黙る。視線をゆっくり地面に落とすと、一つ息を吐いた。


確かに沖田の提案には了承した。敬語を隔てる壁にはしたくないという沖田の思いに理解は出来たし、何より雛乃自身が彼らと普通に接していきたいと願っていたからだ。


誰かに近付きたい、仲良くなりたいと思うのは本当に久々の感情で、制御がよく分からない。敬語を使うべきなのか、使わざるべきなのか戸惑ってばかりいる。


(……それに、罰があるなんて最初聞いてなかったし……。罰は本当に勘弁してもらいたいんだよなぁ。特に沖田さんからの罰は疲れちゃうんだもん……)


沈んだ様子の雛乃の頭に掌を当てるとポンポンと叩き、永倉はある疑問を口にした。


「なぁ、雛乃。因みに、総司からはどんな罰を受けたんだ?」


「んと、一日小姓役だったり、甘味処に付き合わされたり、土方さんからの逃亡を手伝わされたり、一緒に寝る事だったり。他にも色々……」


それは罰という名の束縛とも言えるんじゃないか? そう喉まで出掛かった言葉を、永倉は空気と共に引き戻す。


一つ咳払いをして雛乃を見れば、浮かない表情のまま。沖田の罰を考えると、そうなるのは当然かもしれない。


得をしているのは全て沖田であって、雛乃は、付き合わされているだけなのだから。


永倉は思考を働かせて、ある事を考え出した。これなら今夜の宴会にも合うし、沖田も納得してくれるだろう。


「大丈夫だ。今回の罰は俺が決める。それなら平気だろ?」


「新八さんが?」


パチパチと目をしばたたかせる雛乃に永倉はおう、と頷きを返し、雛乃の頭をもう一度撫でた。


「実はな、今日――」


「雛乃ちゃん、此処にいたんですね!」


「……捜した」


永倉の声を遮るように沖田と斎藤が声を上げ、庭先から此方へと向かって来る。


沖田は、雛乃の姿を見つけ安堵するものの、永倉の掌が雛乃の頭上に置かれている事に直ぐ様気付き、不機嫌そうに眉を寄せた。


「ちょっと、永倉さん。今直ぐ雛乃ちゃんから離れて下さいよ。その姿、雛乃ちゃんの目に毒じゃないですか」


沖田は雛乃を永倉から引き離すと、自分の背後に雛乃を隠した。恐らく、永倉の裸姿をその目に映さない為なのだろう。


その行動の素早さに永倉は唖然となった。沖田の雛乃に対する過保護ぶりは日に日に増しているように思える。


行き場の無くなった掌を引っ込めると、永倉は腰に手を当て息を吐く。


「……お前は雛乃の親父かよ」


見た目は兄。やっている事は娘を溺愛する父親のそれだ。

着物を着直しながら、永倉は斎藤へと目を向ける。


「もう刻限なのか?」


「……ああ。既に局長、副長らは向かったようだ」


「へぇ、じゃあ俺らも急がねぇとな」


沖田に抗議し、沖田の腕から抜け出した雛乃は斎藤と永倉の会話に首を横に傾けた。


今日は何の用事もなかったはず。なのに、何処に出掛けたというのだろうか。

雛乃の疑問に気付いたのか、沖田は笑みを溢すと人差し指をピンと立てた。


「雛乃ちゃんには知らせてませんでしたが、実は今日酒宴があるんですよ」


「へっ?」

初耳だと、驚きの表情を見せる雛乃に沖田は笑みを深くする。


「因みに、出払うのは副長助勤から上に当たる幹部の面々ですから。平隊士と監督役の源さんは屯所に残るみたいです」


「はぁ……」


雛乃は沖田の言葉に頷きながら、史実年表を紐解いていく。


(……八月九日だよね、今日は。何かあったっけなぁ……。思い当たる事がないのなら、史実には関係ない酒宴なのかな……)


「ーーちゃん? 雛乃ちゃん?」


「はひっ!? な、何っ?」



思考に集中していた雛乃は沖田の声に驚き、素っ頓狂な声を上げた。その調子外れた声に沖田は思わず吹き出してしまう。


「あははっ。それは此方の台詞です。さ、ボーッとしてないで早く行きましょう」


そう言って手を伸ばしてくる沖田に雛乃は眉を寄せる。沖田の笑顔と掌、そして酒宴の話。酷く嫌な予感がした。


「……まさか」


「そのまさか、です」


反射的に回れ右しそうになった雛乃を、沖田は瞬時に捕まえると屯所の門に向かって歩き出す。


「いやぁ、楽しみですねぇ」


「誰か助けてぇぇぇぇ!!」



雛乃の声は虚しく、壬生の空に響いた。

 






◇◇◇









祇園は祇園社(現:八坂神社)の門前町として鴨川から、東大路通・祇園社までの四条通沿いに発展した地区であり、京の代表的な花街の一つである。


その祇園にある、とある揚屋にて壬生浪士組の幹部達は酒宴を開いていた。


「……良いのかな、あれ……」


「良いんですよ。酒宴ですから無礼講です」


にっこりと微笑む沖田に対し、雛乃は戸惑いを隠す事なく顔に表すと深々と息を吐いた。


酒宴が始まって、一刻半は経っただろうか。


最初は穏やかだった宴も次第に騒がしくなり、今では半数近くが完全に酔っている。騒ぎの原因は原田だ。恒例の腹踊りと共に、切腹傷を見せびらかしていた。


それを何より喜んでいるのが、局長の近藤。隣では眉間の皺を緩め、呆れた表情でそれを眺めている土方の姿もある。


片手に持っていた盃を口元へと運び、沖田は緩く目を細めた。


「それより、雛乃ちゃん。雛乃ちゃんは楽しんでますか?」


「え? あ、はい。楽しいですよ」


滅多に食せない料理に、美人な芸妓や舞妓達。花街を知らない雛乃にとって、見るもの全てが新鮮だった。本来ならば立ち入れないはずの揚屋に入れる事も出来、何となく得した気分になる。


自分の目の前にある膳と騒ぐ原田達を交互に見つめ、雛乃は笑みを溢した。


「でも……何で、私なんかを誘ってくれたんです?」


雛乃の疑問は最もだった。


参加しているのは、芹沢派も含む幹部の面々のみ。平隊士も参加していない宴に、何故、女中である自分がいるのか。疑問を感じずにはいられなかった。


芹沢も近藤も、誰一人雛乃がいる事を咎めはしない。むしろ、輪に入ってくるよう働きかけてくる。


嬉しいようで恥ずかしいようで、素直に楽しいと思える気持ちがそこにはあった。だが、何か裏がありそうで怖い。


そう沖田に伝えると沖田は軽く吹き出し、飲んでいた盃を膳に置いた。そして雛乃に視線を向ける。


「あははっ、大丈夫。ちゃんと此処に連れて来た理由、教えてあげますよ。ですが、雛乃ちゃん。その前に」


「あぅっ!!」


額に沖田の指先が伸びてきて、一瞬の内に弾き叩かれた。若干ヒリヒリと痛む額に雛乃は顔をしかめる。


「敬語、禁止って言ったじゃないですか」


「……つい、癖で」


額を優しく擦りながら、雛乃は息を吐いた。


禁止と言われても、長年目敬語を使ってきたのだから簡単に取れるはずがない。何より敬語禁止を発令する沖田が、敬語を使っているおり吊られてしまうという問題もあった。


「なら、総司さんも敬語止めて――」


「ああ、私は無理です。これはもう完全に癖ですから」


雛乃の言葉を遮り、沖田はそさらりとそう言ってのけると、満面の笑顔で微笑んだ。


これ以上反論は認めないという沖田の態度に、雛乃は二の句を告げなくなる。


雛乃の癖は駄目で自分のは良いのか。沸々と不満が湧き出てくるがそれは声にはなることはなく、心の奥底に抑え込まれた。


笑顔から拗ねた顔へ、瞬く間に変わっていく雛乃の表情を見て沖田は、目元を更に細める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ