表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
69/192

青天の霹靂【参】


「……あのな、佐伯。楽しみたいのは分かるが、同志の奴等を殺してどうすんだ。少しは協調性を養えよ。じゃねぇと、身を滅ぼす事になるぞ」


日頃、自身も要人暗殺等を請け負っている一琉としては、佐伯の腕を高く買っている。だが、他の面での問題が目立ち、厄介者扱いされているのが現状だ。潜り込ませた先、壬生浪士組でも孤立を強めている。


一人の方が動きやすいのは同意出来る。しかし、疑われやすい現状を作っているのには感心しない。


壬生狼の監察は、予想以上によく動いている。このまま勝手気儘に振舞い続けると、確実に佐伯は粛清されるだろう。


その粛清が壬生狼だけならまだいい。長州からも下されやしないかと、一琉は懸念していた。


先日の件を吉田は笑って受け流していたが、彼らの部下である浪人達はそうは思わず、佐伯に必ず敵意をぶつけて来るに違いない。


それが新たな火種となり、憎悪を呼ぶ。そんなおぞましい負の連鎖を身内で繰り広げたくない。そんな一心で一琉は佐伯に、協調性を持てと忠告したのだった。


一琉の忠告が、無事佐伯に届いたのかどうかは分からない。ただ、佐伯はいつものように何の感情も表す事無く、笑顔を顔に張り付けていた。


「はいはい。一応、気をつけてはみるよ。で?  話はそんだけ?」


「……あと一つ。まぁ、こっちが本題なんだがな」


佐伯を見ていると、真剣に考えてる方が馬鹿らしくなる。心配する価値もなかったか、と一琉は軽く肩を落とした。


「佐伯。悪いがお前ぇ、暫くの間闇討ちを控えろ」


「何で? 理由は?」


「壬生狼の存在もあるが……まぁ、ちょっと禁裏で妙な動きがあってな。手が離せなくなりそうなんだわ」



長州藩と手を結んだ尊攘派が大和行幸を近日中に決行する予定である。一琉はその為の手回しに奔走していたのだが、公武合体派の雄藩や上層公家が何やら画策しているような節が見られ、其方も監察しなくてはならなくなった。


一琉は尊攘派だが、それは一個人としての意見だ。藤森家として動くのであればどちらにも属さず、あくまでも中立の立場でなくてはならない。

藤森の人間は皆、朝廷ひいては天皇の為の剣であり、盾でもある。何百年も前から堅く守られてきた、鉄の掟。それを破る事は決して許されない事だった。


故に、中立の立場でしか公では発言出来ない。また、逆も然りである。


全てを把握するにも、朝廷内に暫く籠もらなければならず、裏家業の仕事も合わせると、佐伯を含む間者達に指揮する余裕など完全になかった。


「お前ぇは身内を殺しちまった処罰も兼ねて、一月ぐらい大人しくしてろ。これは桂も了承済みだ」


「……ふぅん。分かった」


「言っとくが、異論は認め――、何だって?」


聞き間違いかと、耳を穿り一琉は佐伯に問い掛け直すが、返ってきた言葉は先程と同じものだった。


「分かった。了解したって、そう言ったんだけど?」


「何だ、やけに素直じゃねぇか……」


酷く抗議するものと思っていた佐伯の反応が、予想以上に大人しかった事に対し一琉は驚きを隠せない。そんな一琉を見て佐伯は口端を緩く吊り上げると、その場から立ち上がった。


「俺もさぁ、素直に従う時だってあるんだよ。やりたい事があったからさぁ、暇を貰えて丁度良かった」


のんびりといった口調で話し笑う佐伯だが、笑顔が少しだけ緩め、狂気に染まった瞳を一瞬だけ覗かせた。


それは瞬き程度の、誰も気付かない僅かなもの。それにただ一人気付いた一琉は、見極めるように目を細める。


「……おい、佐伯。お前ぇ何を――」


「話は終わり? なら、俺は帰るよ」


一琉に背を向け、締め切られていた襖を佐伯が開けると、お盆を手にした澄が其処に立っていた。開ける間もなく、突然前方に現れた佐伯に澄はどうしていいか分からず、その場で固まっている。


程良く漂う茶の匂いに目を細め、佐伯は首を傾けた。


「これ、貰ってもいいのかなぁ」


「……え? あ、はい。粗茶ですが、どうぞ」



佐伯は湯呑みを一つ取ると、その中身を口へと流し込む。茶の味に満足したのか、へらへらとした笑顔を浮かべると、そのまま座敷を出て行った。


佐伯が居なくなった座敷は何とも言えない雰囲気が漂っていた。

開け放たれたままの襖を見つめ、新見は軽く舌打ちをする。


「相変わらず、自分勝手に動く奴だ。自重の意味も分かっているのかいないのか、疑わしいな」


新見は同意を求めるように一琉に目を向けるが、一琉は眉間に皺を寄せ何やら考え込んでいる。


どうかしたのか、と新見が声を掛けようとしたが、それより先に一琉の口が動いた。


「……(はく)(すい)。いるか」


名を呼んだと同時に、黒装束を身に纏った人物が二人、天井から降りて来た。


一琉に頭を下げ、見せる忠誠心。隙のない身の熟しに気配の薄さ。一目で忍だと分かる。


「佐伯を見張れ。そして、アイツが何を為出そうとしているのか、それを早急に探り出せ。――良いな?」


一琉の命に二人は黙然と頷き、その場から一瞬にして去って行った。


「一琉。何故、佐伯に忍をつけた?」


聞きたい事は山程ある。何より一番気になったのは、先程まで此処にいた佐伯を監察するという事だ。


然り気ない新見の問い掛けに、一琉は新見を一瞥すると深々と息を吐いた。


「嫌な予感がすんだよ。佐伯は、市中での問題を起こしたがる常習犯だからな……」


今の情勢は長州・土佐を筆頭とする尊攘派が多勢で優位に立ってはいるが、ここ数日の朝廷内の動きからして状況が変わる可能性もあった。


市中での騒動が御上の判断を動かし兼ねない。だからこそ過激に動き回る佐伯の動きを封じようとしたのだが、甘かったようだ。


佐伯は常に血に飢えている。それを解消する為、間者となり闇討ちを行っていたと言っても良い。あの狂気を孕んだ瞳は佐伯が修羅である証。そして、それは狩りの合図でもあった。


「あの瞳を俺は確かに見た。つまり佐伯は近々、誰かを狙うつもりなんだろうよ。仕事取り上げるべきじゃなかったな」


仕事から離れた佐伯が要人を狙う事は先ず無い。恐らく狙うのは一般の人々だろう。


「これが俺の取り越し苦労なら良いんだ。そうじゃなかったら、大変な事になっちまう」




狂気に揺らめく修羅の犬。


それは、嵐を呼ぶ――――






◇◇◇









―――夕七ツ刻。



涼しい風が漂い始めたのを肌で感じながら、雛乃は井戸の水を汲んでいた。


「んしょ、っと。ふぅ、よし。これくらいで良いよね」


手桶四杯分の水を確保すると、雛乃は満足そうに頷き大きく息を吐く。井戸の操作は簡単そうに見えてかなりの重労働である。雛乃は背や体格が小さい分、身体に懸かる負担も大きかった。


力を入れ過ぎて真っ赤になった手を軽く振り払い、痛みを飛ばしていく。


痛みが緩和され、雛乃が土間へ運ぼうと手桶へ手を伸ばした時、前方にフッと黒い影が掛かる。何事かと顔を上げれば、肌色の、若干日に焼けた鍛え抜かれた筋肉が目に入った。


「よお、雛乃! 今日は散々だったみたいだな」


「平助から聞いたぞー。何でも、総司に散々振り回された挙げ句、甘味を山のように食わされたんだって?」


声を掛けてきたのは原田と永倉の二人。稽古上がりで汗をかいたのだろう。着物を腰回りまで下ろし、上半身は見事裸になっていた。


汗を手拭いで拭き取る為に脱いでいる永倉とは違い、原田は自慢の肉体美を披露したいのだろう。惜し気もなく上半身を、堂々と見せ付けていた。


雛乃は目を瞬かせ、思わず一歩身を引く。


雛乃が男性の裸を見るのはこれが初めてではない。隊士達の行水姿を何度も見ているし、慣れたと言えば慣れたのだが。相手が原田となると、話はまた別である。


雛乃の視線が自分の身体に注がれているのを察知するや否や、原田は子供のように目を輝かせた。


「おお? 何だ? 雛乃もやっぱり見事だと思うか? この、俺の切腹傷!!」


また始まった、と表情を歪める永倉と共に雛乃も苦笑を浮かべた。


原田には若気の至りで作った切腹傷を見せびらかす癖がある。雛乃も原田の自慢話を何度も聞かされ、この話は聞き飽きていた。


だが、そんな雛乃の感情などお構い無しに、原田の話は機関銃のように繰り出され続ける。

嫌な顔一つ見せず相槌を何度か打つと、雛乃はニコリと微笑んだ。


「なるほど。えっと、確か、その傷は普通の傷とは違うんでしたよね」


「おうよ! この傷は金物の味をよーく知ってんだ。俺のような立派な切腹傷持ってる奴なんざ、いねぇだろうよ」


鼻息荒く自慢話を語る原田は嬉々としていて、この話が暫く続く事を物語っていた。雛乃としては早くこの場を切り抜けて、土間に向かいたいところなのだが、原田がこの調子ではそれは非常に難しい事だった。


永倉に助けを求めるという手もある。だが、それでは原田を血の海に沈める羽目になるだろう。食膳の前の流血沙汰は避けたかった。


雛乃は一つ息を吐くと、握っていた手桶から手を離す。


「……じゃあ、そんな立派な傷痕を持つ左之さんなら、この手桶を土間に運ぶなんて事訳無いんでしょうね」


雛乃はさり気なく、そうポツリと呟いた。小さな声だったにも関わらず、原田には十分だったようで八重歯を見せ豪快に笑っている。


「おう!! 俺は立派な男だからな! 何でも出来るぞ。何だ? この手桶を土間に運ぶのか?」


こくこくと、何度か頷く雛乃の頭を撫でると、原田は雛乃の足元にある手桶を全て両手に持ち上げ、土間の方へと駆けて行く。


ちゃんと見ておけよぉぉぉ!!という叫び声と共に、自慢の筋肉と切腹傷を晒しながら、原田は庭から走り去って行った。


残された永倉と雛乃はそれぞれ深々と息を吐く。ふと顔を上げれば絡み合う視線。永倉と雛乃は同時に吹き出した。


「あはははっ。流石、雛乃だなぁ。見事な誘導じゃねぇか」


「私は何もしてませんよ。左之さんが勝手に持って行ってくれたんです」


調子の乗った原田程、扱いやすい人物はいない。それを理解していたからこそ、雛乃は原田を傷付けずに終わらせる遣り方を取ったのだった。


永倉は井戸端に手拭いを置くと、滑車を動かし水を桶に汲み上げる。そして、軽く手を洗うとその水を頭から被った。


火照っていた身体が徐々に冷やされていくのが分かる。髪に掛かった水滴を頭を振って落とすと、手拭いに手を伸ばした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ