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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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鴨と雛と梅の花【陸】

その表情から芹沢が梅を大事にしている事がよく分かる。梅も嬉しそうに笑い、芹沢に促される形で梅は雛乃へと近付いていった。


「ほんなら改めて挨拶や。ウチは梅、いいます。よろしゅうね」


「あ、はい。雛乃です。宜しくお願いします……って、ひゃうあぁっ!?」


梅は雛乃が頭を下げる動作の途中にいきなり雛乃に抱き付いてきた。その動きは素早く、沖田から奪い取るような勢いがあった。白くて細い両手を伸ばし、雛乃を強く強く抱き締める。


それは一瞬の出来事で、雛乃を始め、沖田達にも何が起きたのか直ぐには分からなかった。気付いた時には、雛乃の身体は梅の腕の中にすっぽりと収まっていたのである。


「はぁぁぁ、ほんまにちっちゃいんやねぇ……。肌はもちもちやし、こんな風に腕ん中にすーっぽり入るんやもん。聞いてた以上に、ほんま可愛ええわぁ」


梅は雛乃を堪能するようにギュッと抱き締め、頬擦りを繰り返していた。時折、雛乃がくすぐったそうに身を捩るが、梅は全く動じない。


端から見ると、二人は仲の良い姉妹に見える。経緯を知らなければこの状況を深く追求する事もないだろう。


「あれは、昔から可愛いものを好いてるようでな。見ると、ああやって抱き締めずにはいられないらしいのだ」


軽快に語る芹沢に半ば呆然と雛乃と梅を見ていた沖田は、視線を上げた。その目はそのまま芹沢をしっかりと捉える。


「……へぇ。そんなお梅さんを使って雛乃ちゃんを其方に引き込もう、とか考えてませんよね?」


沖田の問いに芹沢は扇子を扇ぐ手を止め、ついと目を細めた。



「フン、そんな下らん事を考えておったのか。儂はお梅が会いたがっておったから、連れて来たまでよ」


「ああ、そうなんですか。でも――、何か企んでいるように見えますよ? 芹沢さん」


沖田は微かに鋭さを増した瞳で芹沢を見つめる。その視線を気にする事もなく、芹沢は止めていた扇子をパチンと閉じた。


「そう思いたければ、思っていればいい。言っておくが注意すべきは儂ではないぞ、沖田」


「ッ、それはどういう、」


芹沢はそれ以上、何も答えない。怪訝そうな沖田に、芹沢は口端を緩やかに吊り上げるだけだ。息を吐くと、芹沢はゆるゆると扇子を開き再び扇ぎ始める。


完全に口を閉ざしてしまった芹沢に沖田は為す術もなく、そのまま雛乃達の方へと視線を戻した。


その渦中の雛乃はというと、自分を抱き締めたまま離そうとしない梅のを何とか止める為に梅へ話し掛けようとしていた。


「……あのっ、お梅さん」


「んん? 何やの?」


「えと、そろそろ、離してもらえませんか? 温かい食膳が冷めてしまいますし、私は後片付けとかがありますので……」


梅は思わず、ピタリと動きを止め雛乃を見つめる。輝く程に鮮やかだった満面の笑顔を崩し、眉間に皺を寄せた。


「……それはアカン」


「えっ、でも早く食べないと朝――」


「そうやなくて。その敬語がアカン言うとるんよ」


雛乃の言葉を遮るように梅は片手を横に振った。そして、その片手の人差し指を雛乃の口元に向ける。


「ウチん事は、そうやねぇ……梅姉って呼んでや。他の呼び名や敬語は、一切認めへんから」


「……は、はぁ……」


素直に頷きながらも、雛乃の表情は若干引きつっている。それもそうだろう。雛乃の想像していた梅と余りにも違う梅の性格。衝撃が強過ぎた。


裏表のない性格には好印象を抱きそうだが、多少強引さが目立つ。そんな梅を嫌だと思わないのは、梅の優しさが何となく伝わってくるからかもしれない。


(……でも、今日だけで敬語で話すなって何回言われたんだろ……)


藤堂や沖田に続いて、梅にまで敬語を禁止されるとは思わなかった。初対面だというのに、梅は雛乃にあれこれと指示を出す。その様子はまるで妹を世話する姉のようだった。


「――にしよか。って、雛ちゃん聞いとるん?」


「はっ? はい?」


梅に呼び掛けられ雛乃は思考を一旦停止し、顔を上げた。梅は雛乃を見て更に笑みを深くする。その意味ありげな笑みに、雛乃は凄く嫌な予感がした。


雛乃はもう一度、梅から逃れようと身を捻り梅の身体を押すがびくともしない。全く動かない身体の代わりに、雛乃を捕えている腕に更に力が入ったように見えた。


この細い腕の何処に力があるのかと、雛乃は思わず舌を巻く。筋力だけなら隊士に引けを取らないかもしれない。


暴れる雛乃の頭を何度か撫でると梅は息を吐いた。


「さてっ。ほんなら、早速座敷に向かおか。ウチが雛ちゃんを綺麗ーに磨いたるわ」


ふふふ、と怪しげに笑う梅と手の動きに雛乃は頭上に疑問符を多く浮かべる。


「へっ? 磨く? ……えっ!? ちょっ、何でそんな事に!? 私、何にも聞いてないんですけど!!」


実際には、先程梅がきちんと早口で説明していたのだが、梅の強烈な印象により雛乃は上の空で全く聞いていなかったようだ。

それが仇となり、梅は強引に押し進め決行という形へと持っていった。この時点で既に雛乃の意思はもう関係ないらしい。


雛乃は突き付けられる現実から、何とか目を背けようと頭を振り、耳を塞ぐ。


(磨くって事は、着物とか髪とか弄られるの!? いやいやいや、無理無理! 目が回るだけだもん、あんなの!!)


雛乃には忘れてしまいたかった苦い思い出がある。それは現代での出来事、雛乃がまだ中学生の頃の事だ。友達数名に服を代わる代わる着せ替えられ、人形とさせられた挙句、全校生徒にその姿を見られてしまったという苦い苦い思い出があった。


あの時は恥ずかしさと切なさと、その他の様々な感情が入り混じって、何ともやるせない気持ちになったのを未だに覚えている。


雛乃は嫌な記憶を振り払い、何とか平静を保とうとしていたが、梅の行動力を思うと身震いが止まらない。このまま行くと確実に、あの時の二の舞になりそうだからだ。


雛乃の様子を気にする事なく梅は、着々と準備を進めている。その表情は凄く生き生きとしていた。


「まぁ、詳しゅうは部屋に行ってからや。綺麗に着飾ったるさかい、安心してええよ」


「っ、だからっ、誰もそんな事、頼んでませんんんん!!」







雛乃の叫びを完全に無視し、梅は雛乃を抱き抱えて八木邸へと向かう為に廊下を進んで行く。食膳を持ち立っている野口の脇を通り抜けて、足早に芹沢達の元から去っていった。


それを半ば呆然と見送っていた野口と沖田は同時に息を吐く。


「……嵐が去った」


「……そうですね」


梅の行動に驚く二人を横目に、芹沢は満足そうに頷いて扇子を閉じる。ちらりと沖田を一瞥すると踵を返して歩き出した。


「儂らも戻るとするか。野口、行くぞ」


「えっ、あ、はい!」


野口は返事を上げると、沖田から断りを入れて残りの食膳を受け取る。均衡を保つように体勢を立て直し、先を歩く芹沢の元へと急いだ。


床が軋む二つの足音が去り、一人残された沖田は額に片手を当て深々と息を吐いた。


「結局、芹沢さんに連れて行かれちゃいましたね……」


実際には、梅によって雛乃は連れて行かれた訳なのだが、八木邸へと拉致された時点で、芹沢がやった事と同じ事ように思えてならなかった。


あの意味深な笑みはこの事だったのかと、沖田は額に手を当て眉を潜める。


止めようと思えば、梅の行動を止める事は沖田にも出来た。でも、敢えてそれをやらなかったのには理由がある。


(……面白いから傍観してた、なんて言ったら、確実に土方さんから怒られますよねぇ……)


男を惑わす色気を放ち、あの土方が毛嫌いする梅が雛乃を猫可愛がりした――

どう考えても、止めるには惜しい光景だろう。


貴重なものを見れた事に関しては芹沢に感謝すべきなのかもしれない。かと言って、雛乃を易々と芹沢派へ渡す理由にはならないのだが。


「あの子は……、私の、なんですから」


沖田は自分に言い聞かせるように呟くと、土方らの待つ広間へと引き返していった。






それを見つめる人影が一つ。


廊下から死角になる場所で気配を断ち、静かに佇んでいた。


「……ふぅん。あれが例の女中ねぇ。ちっせぇ女子だなぁ」


人影は率直な感想を漏らすと、ふわぁと欠伸をかき、何事もなかったかのようにその場から歩き出す。


「どうやら、色々と楽しくなりそうだねぇ。――少ぅし遊んでやろうかなぁ」

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