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夢想花〜藤森の姫と狼達の奏でる物語〜  作者: 桜柚
第壱章 記憶を巡る旅路
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時を越えて【弐】







――――時を遡ること半刻前。




街の大通りに、一人の少女がうつ伏せの状態で倒れていた。


長い黒髪を束ね結い上げ、上質な着物を身に纏っている。身の丈からしてまだ童のようだ。


人々の往来が激しい其処は、あっという間に少女を取り囲むような人垣が出来る。

だが、幼い少女が倒れているというのに、誰も少女に近付こうとしない。


何故なら、少女は普通に其処で倒れていた訳ではなかったからだ。

何の前触れもなく、いきなり其処に現れ、倒れたままピクリとも動かない少女。


民衆達は戸惑いつつ、けれども遠巻きに少女の様子を酷く気にしていた。

このご時世だ。下手に手を出して同類に思われ、役人に突き出されないとは限らない。


でも、相手が童だけに皆、良心が痛むのだろう。安易に見限ることが出来ず、どうしようかと騒めきあっていた。


ザワザワと騒ぐ声に少女の瞼が震え、紫暗の色をした双眸がゆっくりと開く。


「んんっ……」


眠たそうに目を擦り、起き上がった少女は目の前の光景に疑問符を浮かべた。

眉を寄せて首を軽く傾け、もう一度目をゴシゴシと擦る。しかし、何度擦ろうと状況は変わらない。


「……何、これ。此処、何処?」


少女――雛乃の呟きは、誰にも聞かれる事なく風となって消えた。


暫く、呆然としていた雛乃は両手でパチンと頬を叩き、恐る恐る周囲を見てみる。


そこにはいつも見慣れているビルやマンションはない。それどころか、電柱や街灯、車さえ見当たらなかった。

見えるのは着物を着た人々と和風な家々。


地面に手を当ててみると、硬いコンクリートではなく砂地。ザラリとした感触は紛れもない現実のものである。


(この風景……。何だか見た事あるよね。そう、テレビと実際に何度か……。ああ、そうだ。映画村だったけなぁ……)


祖父が時代劇を観るのが習慣だったので、何度か時代劇の撮影所である映画村に行った事があった。雛乃の視線の先にある光景は、その場所と酷似している。


だが、雛乃が見る限り、周囲に撮影の機材やカメラは見当たらなかった。此処は映画村のようで、映画村ではないのかもしれない。


もしかして――


(作り物ではない、本当の江戸時代だったりして……?)


そう思考を向けるが、有り得ない事だと首を何度となく振り、その発想を瞬時に打ち消した。


自分は蔵に居た筈だ。それがいきなり変な場所に飛ばされるなんて、そんな訳の分からない話が現実にある訳がない。

そのような状況に、巻き込まれた覚えも一切無いのだから。


だから、きっとこれは夢なのだ。リアルに感じる夢で、次に目を覚ませば自分は蔵にいる筈。


だから、それまで――――


(この世界を、ちょっと探検してみようっと!)


こんなに和風な世界はなかなかそう見られない。どうせなら、楽しんで良い思い出を作るべきだと、雛乃はそう結論付けた。


先程までの不安要素は何処へやら。今の雛乃は満面の笑顔を浮かべていた。

コロコロと表情が変わる雛乃を、ずっと傍観していた町の人々は怪訝そうに、或いは悲観的に、驚きの眼差しで彼女を見ている。


元々、不可思議な少女だった。


いきなり現れ倒れて、起き上がったら起き上がったで訳の分からない言葉を、しきりに呟いている。


そんな少女の様子に民衆は、頭を強く打った所為で更におかしくなったのではないかと悩み出す。

更には、医者か役人を呼んだ方が良いのではないか?と心配の声まで出始めていた。


民衆の間でそんなやり取りが行われている事とはつゆ知らず、雛乃は完全に自分の世界へ入り込み、これからの予定を着々と立てていく。


雛乃は何故、現実ではなく夢だと思ってしまったのか。それにはちゃんとした理由がある。


それは視界に色彩がある事。モノクロではない、色のある視界。

現実では、有り得ない。

十年間、一度も戻らなかった色彩は度々、夢でしか視ることが出来なかった。


だからこそ、この時をどうしても現実だとは思えなかった。


雛乃は色取り取りに塗れている、町並みに目を細めながらゆっくりと立ち上がる。

見るもの全てが新鮮なのもあるが、色彩が付いているだけで些細な事でも、こんなに嬉しくなれるのだと初めて知った。


淡い色合いの着物の汚れを払い、目の前に群がる人々に視線を移した雛乃は、ある人物と目が合う。


それは如何にも、悪どい企みをしそうな下品な笑みを浮かべる浪人達だった。

その笑みを雛乃に向けながら、浪人達は此方に近付いて来る。


「……何ですか?」


微かに眉を寄せつつも、笑顔を崩さず雛乃はそう問いかける。それに浪人の一人が反応を示し口を開いた。


「なぁ、嬢ちゃん。ちょっと俺等に付き合ってくんねぇか?」


「何処までです?」


「そこの茶屋までだ。なあに、直ぐ済む」



そう言って浪人は雛乃の肩を掴もうとするが、その手は雛乃によっていとも簡単に払われた。


「話なら、此処で聞きます。直ぐに済む話なら尚更の事、移動するだけ時間の無駄じゃないですか」


笑みを絶やすことなく、相手を見据えたまま答える雛乃に、先程までの幼稚さは無い。

見た目とは違う、毅然とした態度で答える雛乃に浪人達は一瞬たじろいだ。だが、直ぐに調子を取り戻し声を張り上げる。


「う、うるせぇ! この小娘がッ!! 俺達を侮辱する気か!!」


「侮辱はしていません。正論を言ったまでです」


雛乃は小さく息を吐いて、憤る浪人達を静かに見上げる。

雛乃にとって、このような輩に絡まれるのは怖くも何ともない。

家柄上、何度も誘拐されかけ脅された過去を持つ所為か、有り難くない免疫が出来ていた。


だが、全てにおいて余裕がある訳でもなく。雛乃の視線はある一か所に留められている。

それは浪人達の腰に携えてある刀。平成の世にはない、武士の魂とも呼べる代物。


あれを出されたらどう対応すれば良いものか、雛乃は悩んでいた。


剣術は習ったことはないし、護身術は見様見真似で覚えたもの。そんなの付け焼き刃な術で、太刀打ち出来るかどうか。


(……夢とはいえ、あれで傷つけられるのは嫌だよ……)


そう内心呟いて、雛乃は再び口を開いた。


「お兄さん方、黙ってないで早く用件を話して頂けませんか? 時間ばかりがどんどん過ぎちゃいますし」


ね?と、雛乃の諭すような優しい笑顔に相手の浪人達は、面喰らったように動きを止める。

しかし、一瞬の間の後、ヒュッと風を斬るような音が聞こえ、雛乃の首筋に銀の切っ先が向けられた。


それに驚いたのは仲間の浪人達と、周囲の人々。

刃を向けた張本人と雛乃は、表情を変えずにお互いを真っ直ぐ見据えていた。

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